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婚活聖女のお見合い相手は幼なじみの勇者様でした エロトラップダンジョン攻略なんて聞いてません! 2

第二話

 

 ダンジョンの入り口は一見すると、普通の洞窟と変わらない。
 岩肌にぽっかりと空洞が開いているだけだ。
 その中――地上階も、はじめはそれがダンジョンとは気づかないだろう。人が立ったまま歩けるほどの広さがあるものの、ゴツゴツとした岩の景色が続いているだけだからだ。
 ダンジョンは、地下へと進んでいく構造になっている。
 それぞれの階の一番奥には、下層階へ行くための階段が用意されており、一番下の階に鎮座するモンスターを倒せばそのダンジョンの攻略、となる。
 最下層のモンスターはダンジョンマスターと呼ばれている、ダンジョンを支配するモンスターだ。
 マスターの魔力をダンジョン内に行き渡らせると、ただの洞穴がモンスターの生息に最適な環境となる。
 つまりダンジョンマスターの魔力を栄養として、他のモンスターが生き延びているというわけだ。
 モンスターの動力源となるのは、マスターの魔力だけではない。
 人間を食べればより効率的に栄養を摂取できる。
 そのためダンジョンはあらゆる手を使い、人間を中におびき寄せる。
 財宝の入った宝箱といったギミックも、そのための罠だった。
 エレナたちはダンジョンの地上階をずんずん進んでいく。
 岩の道はでこぼこして多少歩きにくいし、周囲は薄暗いけれど、特段注意することはない。
 転ばないことだけ気をつけながら、足早に歩く。
「ダンジョン婚活ってどうなったらクリアと見做されるの?」
「そりゃ、二人が結婚したらだろ」
「そういう意味じゃなくて、今日なにをしたら違約金を取られないのかって聞いてるの!」
「攻略の条件か? 最下層に相談所が置いた宝箱があるから、その中身を入手すれば攻略完了だよ」
「ああもう、無駄に最下層まで行かないといけないなんて……!」
 たいしたモンスターが出ないといえど、なかなかの広さがあるダンジョンだ。数時間はかかるだろう。
 ぷりぷり怒るエレナの隣で、ルカは呆れたような視線を寄越した。
「お前それ……今日のために新調した服じゃないんだよな?」
「え、服?」
 エレナは自分の姿を見下ろす。
 着ているのは、数着持っている聖女服のうちの一着だ。
 白のミニスカートに、裾に刺繍の施された長いローブ。これは動くたびにひらひらと揺れるシルエットがかわいくてお気に入りだ。
「いつもの服だけど」
「そんなスケベな格好で冒険に出てんのか!? 頭おかしいんじゃねえの。痴女じゃん」
 ルカが素っ頓狂な声を上げる。
「はあ!? あんたがスケベだからそう見えるだけでしょ!? ちゃんとしたショップで買った、正規の聖女服よ!!」
 店名を言うと、ルカは大げさなため息をつく。
「そこの店主はギルドに金を払って公認をもらってるんだよ。ちゃんと頭使って考えろ。無駄に肌が出てて、無駄にひらひらした服、冒険に向いてるわけねえだろ。お前みたいな頭空っぽのお上りさんを相手にしたうまい商売だよ」
「な、なんですって……! おかしいのはこういう格好してなきゃ採用しないパーティーのほうよ。フリーでやっていくなら少しでも目立たないと。みんなそうしてる」
「で、そういう服を着て声をかけてきた奴らはお前の実力を正当に評価したのかよ」
「……」
「スケベな服を着るからスケベな男が寄ってくる。自明の理」
「っ、そ、れは……っ、私の魔法がうまくいかなかったから、で……」
 反論して、余計みじめになった。
 たとえスケベ心で声をかけたとしても、エレナの魔法が成功していれば、彼らの見る目も変わったかもしれない。
 その機会をうまく生かせなかったのはエレナ自身の責任だ。
「ふ、服装のこと言うなら、ルカだって」
 自分への矛先を相手に向けるべく、エレナは装飾過多なルカの格好を睨みつけた。
「そっちはギルド公認ですらないでしょう? そんなちゃらついた格好の勇者、他にいないわよ」
 ルカは白い騎士服風の服装に、肩や脛などの一部はプレートアーマーで覆っている。
 そのアーマーにも細かく紋様が入っており、防御というよりも装飾用として身に付けているらしかった。
 他のパーティーメンバーもそれぞれ、黒、青、赤の騎士服風の装備で揃えており、その制服が彼らのトレードマークだった。
 だからルカのパーティーはどこにいても異様に目立つ。
「俺らのは特注で作ってもらってるんだよ。公認の職人に」
「オ、オーダーメイド……」
「そりゃそうだろ。こんな服、他で売ってるの見たことあるか?」
 たしかにこの服が既製品なら、冒険者がこぞって真似するはず。
 そうでないところを見ると、かなりの高級品らしい。
「なんでそんなに服にこだわるのよ」
「え、だってかっけえじゃん」
 きょとんとした顔から馬鹿みたいな答えが返ってきた。
 平民のくせに、女の子たちからダンジョンの王子だとか呼ばれてちやほやされているが、口を開くとその辺の若者と変わりない。
「あんた散々私の服を馬鹿にしたくせに……!」
「そりゃ、俺らは実力が伴ってるから。強くもないのにチンドン屋みたいな服を着てたらそれこそ馬鹿だろ」
「ぐ……!」
 なにを言うかではない。誰が言うかが、説得力の源。
 ルカのパーティーのレベルは、間違いなく冒険者たちの中でもトップクラスだ。
 その中でもリーダーのルカに言われたらもう黙るしかない。
 一体、いつからこんなに差がついたのだろう。
 故郷にいた頃からたしかにルカは実力者だったけれど。
 勉強している風でもないのに成績は一番良かったし、魔術の腕だって。
(女の子にきゃあきゃあ言われていたのも、あの頃から同じ……)
 エレナの女友達もみんなルカに首ったけで、彼女たちがルカを追いかけ回しているのを、エレナは白い目で見ていた。
 けれど所詮、小さな村の人気者だったはず。
 それが今は国を代表するほどの有名人だ。対するエレナは、日銭を稼ぐことすらままならない平凡な女の子。
(もしかして内心哀れんでたのかしら……)
 ルカは同郷のよしみか、たまに家を訪ねて来ることもあった。そのたび、なんだかみじめな気持ちになった。
 心配性な母親が、ルカに「娘の面倒を見てやってほしい」という手紙を出しているのを知っていたから。おそらくそれで渋々様子を見に来ていたのだろう。母も母で、幼なじみだからといってそんな頼み事をしないでほしい。
 立場の差を見せつけられるばかりではないか。
 いやでも耳に入ってくる名声。彼を紹介してほしいという女の子たちからの呼び出し。そして華美になっていく彼の身なり――。
 ルカは変わった。
 遠くに行ってしまった。
 隣に並べばそう実感してしまって苦痛で。
「疲れたのか?」
 エレナが急に黙ってしまったのに気づいてルカが問うてくる。
「別に」
「モンスターもいないし、治癒はケチらず自分に使っていったほうがいいぞ」
「余計なお世話。いつあんたが転んで膝を擦りむくかわからないし、取っておくわ」
「ガキじゃねえんだから……そういえば、最近聖女が持ってるそのロッドってなんなんだ?」
 ルカはエレナの右手を見遣る。
 そこには聖女服とお揃いの白いロッドが握られていた。
 ヘッド部分には青い宝珠と翼を模した装飾がなされている。
「これ? かわいいでしょ」
「なんかの強化アイテムか?」
「ううん。魔術を使うと魔力に反応して宝石が光るの」
 前方にロッドを構え、魔力を流し込むイメージでぐっと力を込める。
 宝珠はふわりと青い光を放った。
「なんの意味があるんだよ」
 若い聖女のあいだで、好みのロッドを持つのが最近の流行なのだ。コーディネートの一環である。意味を聞かれても困る。
 呆れたような視線を向けられて、エレナは慌てて言葉を重ねる。
「い、いや、ただかわいいだけじゃなくて、他にちゃんと実用的な意味合いも――」
 そのとき、岩陰からさっとなにかが飛び出してくるのが目の端に映った。
 野ウサギくらいの大きさだ。
 けれどその質感はつるりとしていて、水面を連想させる。
 考えるより先に身体が動いた。
「でぇいっ!!」
 ロッドを振りかぶってその物体に振り下ろす。
 見事ロッドヘッドが命中し、物体は粉々に弾けて小さな水溜まりを作った。
 これは《スライム》だ。
 ダンジョンにはよく出現する凡庸な雑魚モンスター。
 わずかな魔力でも生きられるので、攻略済みのダンジョンでもしばしば目撃される。
 一説によると、水が魔力を得て固体化し、モンスターになったと言われている。
 エレナはスライムがただの水に戻ったのを確認すると、得意げな顔で振り返った。
「ほら、見た!? ロッドは意外と頑丈なの。弱いモンスターなら、こうやって倒すのにも使えるんだから」
「おしゃれアイテムを物理攻撃に使うなよ……」
 ルカの顔には、女は理解できないと書いてある。
「そもそも、なんでエレナが真っ先にモンスターを倒すんだよ」
「へ?」
「婚活なんだぞ? こういうときは男の後ろに隠れて『きゃー、こわーい! 守ってー!』とか言うのがお約束だろ。それをお前、よりによって脳筋な攻撃して」
「だ、だって、ダンジョン婚活は二人で力を合わせて奥に進むって……」
「ダンジョンである前に婚活だろ。自分を演出してなんぼだろ。か弱い自分でいたほうが断然、男受けするだろ」
 目から鱗だ。
 そんな発想、どこにもなかった。
「だからモテねえんだよ」
「なんですって!?」
 ルカの独り言はばっちり耳に届いた。
「あ、あんたにかわいいなんて思われたって意味ないじゃない! 今日はさっさと終わらせるために進んでるんだから――」
「エレナ!」
「ぅわっ!」
 息巻いていると突然身体をぐいっと引っ張られた。
 エレナの背後から、小ぶりなスライムがルカの顔に向かって飛びかかる。
 それをルカはやすやすと、剣で真っ二つに切り伏せた。
「あぶね。後ろから来てた」
 どうやら油断しているエレナに小さなスライムが襲いかかろうとしていたらしい。
 素直にお礼を言うのが癪に障る――などと考えているうちに、今度は岩陰から出てきたスライム二体がルカに飛びかかる。
「ちっ、なんだぞろぞろと」
「でやっ!」
 ルカが一体を切りつけているあいだに、エレナはもう一体を叩く。
 強いモンスターではないが、攻撃されると打撲くらいの傷は負う。
 こう数が多いと地味に面倒だ。
 いつの間にか、二人は自然と背中合わせになっていた。
 岩場の陰に、さらにスライムの蠢く気配がする。
「どうやらこの一帯はスライムの住み処らしいな」
「全部馬鹿正直に倒すのは面倒ね。適当にいなして奥に進むのが一番楽だと思う」
「同意。じゃあせーので走るぞ。――せーのっ!」
 ルカの掛け声で、奥に向かって走り出す。
 スライムが一拍遅れてついてくる。
 ルカに向かって飛びかかるスライムをエレナが、エレナに向かうスライムをルカがそれぞれ叩き落とす。
 打ち合わせしたわけでもないのに連携は息ぴったりだった。
(なんかこうしてると村でのことを思い出す……)
 冒険者志望はエレナとルカの二人だけだった。
 野山を駆け回って特訓した日々が急に蘇ってきたのだ。
 モンスターの代わりに野ウサギを標的にして、戦略と体力と魔術を鍛え、怪我をすればエレナがすぐに治した。
 小競り合いは絶えなかったけれど、それ以前に互いを高め合うライバルだった。
 そう、ライバル。
 あの頃は対等だったはずなのに。
 実力の差は随分開いてしまった。
「エレナ、魔術を使う。お前は地下に飛び込め」
 走りながらルカが言う。
 ダンジョンの行き止まりには地下へと下りる階段が見えた。
 ぽっかりと切り出された穴の奥は暗く、階段の先は見えなくなっている。
 ルカは得意の炎魔術を使うつもりだ。スライムが苦手とする炎で小規模な爆発を起こし、動きを止めるのである。階下まで追ってきたら面倒だと思ったのだろう。
 炎をまともに見ると、薄暗いダンジョンで視界が利かなくなる。
 それを避けるために、階段へ避難しろという意味だ。
 昔の特訓は無駄ではない。言葉が少なくてもこれほど意思が伝わる。
 フリー聖女のときは無縁だった仲間との連携。それをルカで感じるなんて。
 人気や実力が乖離していくにつれて、ルカは変わってしまったと思った。
 けれど、こうしているとあの頃のまま――。
「エレナ、行けっ!」
 背中をぽんと押されてエレナは階段に転がり込む。
 瞬間、頭上で小さな爆発音が聞こえた。
 一拍遅れて煙の香りが漂ってくる。
 階段を下りたところで身を潜めていると、軽快な足取りでルカが駆け下りてきた。
「大成功」
 白い歯を見せて笑うルカに、思わず毒気を抜かれた。
 当たり前のように手のひらを向けられて、エレナは肩をすくめると、パンッと手を合わせた。
 ルカは変わらない。――そのはずなのに。
(だとしたらなんであんな噂が……)
 先日、衝撃的な事件が起こり、冒険者たちが震撼した。
 攻撃魔術を人間に向けて使うのは大罪とされているにもかかわらず、その禁を犯したものがいたのだ。――つまり、ダンジョン内で殺人事件が起こった。
 その容疑者がルカだ。
 証拠不十分で釈放されたけれど、それは無実の証明ではない。
 数ヶ月経った今でも、誰もがルカを真犯人だと疑っている。
 エレナも彼への疑いを完全には払拭できずにいた。
 ルカがそんなことするはずがない。そう思いたい。けれどやはり彼は変わってしまったのだろうか。
 遠くへ行ってしまったルカ。変わらないルカ。自分の見ているなにが本当なのか、信じるべきはなんなのか、ずっと迷っている。
「どうした、行くぞ」
「あ、う、うん」
 歩きはじめたルカに慌ててついていく。
 地下一階は、地上階よりさらに道が広くなったが、薄暗くゴツゴツとした岩肌の洞穴が続いているのは変わらない。
 最地下層にいるダンジョンマスターの魔力は近いほど強力になる。そのため、階を下りるごとに生息するモンスターも強くなっていくのが一般的だ。だからこの階には普通、それほど強いモンスターは存在しない。
(まあ、そもそも強いモンスターなんてこのダンジョンにいるはずないけど)
 普通の攻略時と同じ思考をしていると気づいて苦笑した。
 これは婚活用の空っぽのダンジョンなのだから、それほど警戒する必要はないのだ。
 しかしルカは難しい顔でなにやら考え込んでいる。
「なに、怖いの?」
「はあ? そんなわけあるか」
 むっとして顔をしかめると、ルカは先へ進みはじめる。
「少し気になることがあっただけだ。まあ、杞憂だろうが」
「ふうん?」
 ダンジョンの壁には青く発光するヒカリゴケがびっしりと生えていた。
 植物のヒカリゴケによく似ているが、こちらはれっきとしたモンスターだ。
 光をよく反射するため発光して見える植物のヒカリゴケと違って、青いヒカリゴケは魔力に反応して自ら発光する。
 そのためエレナたちが侵入してきたのをきっかけに光りはじめたのだ。
 攻撃してくるモンスターではないので、灯りの役割をしてくれてありがたかった。
 洞窟内はぼんやりと鈍く照らし出されて、ある程度先が見通せる。
 ――ルカは殺人を犯したの?
 ルカに直接聞こうかと、何度も考えた。
 けれどなんとなく今ではない気がして。
 開けた場所に出てからにしようとか、もう少し落ち着いてからにしようとか、意味のない理由をつけて口を開きかけては黙る。
 答えを聞くのが怖かった。
 ルカは変わってしまったのかもしれない。あの頃のルカはとっくにいなくなっていて、ただ自分が、彼を「変わっていない」と思い込みたいだけなのだろうか。
 ルカに問えば、答え合わせをすることになる。
 真実を突きつけられて、そのとき自分はどうするのだろう。
「もうへばったのかよ」
「そんなはずない――」
 口数の少なくなったのを不思議に思ったのか、ルカがそう聞いてくる。
 慌てて首を横に振るが、道の先にあるものを見て、意識がそちらに集中する。
 行く手のど真ん中に、なにかが鎮座しているのだ。
 大きな岩か……あるいは、モンスター?
 薄暗い中では、うまく正体を掴めない。
 ルカは緊張するエレナをよそに、スタスタと歩いていって、自分の脛くらいの高さであるその塊を爪先でコツコツと蹴った。
「なにびびってんだよ」
「……宝箱?」
 エレナもじりじりと近づいていって、物体を視認する。
 それはダンジョン攻略の際に見慣れている、なんの変哲もない木製の宝箱だった。
「初心者じゃあるまいし、見たことはあるだろ?」
「そ、そりゃああるけど、こんなところに置かれてたから驚いただけよ」
 人間をおびき寄せるためにモンスターが仕掛ける宝箱。普通は道の端や、横道の行き止まりなどに配置されている。
 メインの道の真ん中にあるなんて異例だ。
 こんな場所にあったら取り逃すほうが難しいのに、これまでの冒険者はなにをしていたのだろうか。
 よく見ると、蓋の部分に文字が彫ってある。
「ええと……『婚活の極意は相手を知ることから。相手のいい部分を見つけて褒め合いましょう』……なにこれ」
「ギルドが置いたギミックだな。条件を満たすと宝箱が開く仕組みらしい」
「なんでそんなものギルドが……」
「だから、ダンジョン婚活を盛り上げるためだろ。空っぽのダンジョンをただ歩いてたって飽きるじゃねえか」
 たしかに、モンスターの残党が出るかは時の運。景色がいいとは言えないダンジョンで、ひたすら下層を目指していても疲れるだけで盛り上がりには欠ける。
「はあ、ばからしい。そんなのは真面目に婚活する人だけがやればいいのよ。私には関係ないわ」
 宝箱を避けて先に進もうとするが、
「いいのか? 中身は多額の賞金って書いてあるぞ」
 ルカの言葉に、慌てて元いた場所に戻った。
「嘘!?」
「本当だって。ま、いらないならいいけど」
「いるに決まってる!」
 お金なんて今一番欲しい物だ。拾えるものは小銭でも拾う。
 エレナが宝箱の前にしゃがみ込むと、ルカもそれに倣った。
(ルカのいいところ……)
「お前は楽でいいなあ。俺に褒めるところがたくさんあって」
「は?」
 せっかく真面目に考えようと思っていたのに、この男は。
 苛立ちながらルカを見ると、ヒカリゴケにぼんやりと照らし出されたその顔が綺麗で。
(余計にむかつく!)
 悔しいけれど、本当に端整な顔立ちをしているのだ。
(自分でも顔がいいのをわかってるのよね、こいつは)
 だからといって容姿を愛でている――いわゆるナルシストとは少し違う。自慢するのではなく、使い倒す。便利な道具のように、自らの容貌を利用している。
 たとえば画家のモデルや村長の鞄持ち。顔がいいというだけで需要があり、村にいた頃からそれなりの小銭を稼いでいた。
「ルカはね、なんか小賢しいのよ。はい、褒めた」
「は? おい、それ褒めてるか?」
「褒めてるわよ? あんたはお小遣い稼ぎの才能は人一倍だったわ。ほら、次はルカの番」
 呆れた顔をしていたルカは、わざとらしく口を尖らす。
「どーしよっかなー。今のじゃあんまり気持ち良くなれなかったなー。もっと褒めてくれないと、エレナのいいところ出てこないかもなー」
「なっ、せこいやつね!」
「うわ、せこいって言われて傷ついた……これだとエレナのいいところ、ますます出てこねえなー」
「くっ……」
 舐めた態度である。
 普段なら、そろそろ拳が出そうなところだが、今はそういうわけにはいかない。
 お金が欲しい。欲しすぎる。
「……ルカは、いいやつ」
 ぼそり、と相手に聞こえるかわからないくらいの声量でつぶやく。
 ルカはその頭の回転を、自分のためだけに使っているわけではない。彼は家族思いで、友人思いで、近しい人はみんななにかしら助けられてきた。
 自分で稼いだお小遣いだって、教室の花瓶を割った子にカンパするためのものだったし、大人たちもルカの頭脳には随分頼っていた。
(私も……)
 雷雨の夜、両親は弟妹たちにかかりきりで、エレナが一人毛布をかぶって震えていたとき。
 ルカはびしょびしょの姿で窓から入ってくると、怖がりなエレナをひとしきり笑い飛ばした。そして寝付くまでずっと手を繋いでいてくれた。
 朝になったらすっかり晴れて、ルカの姿も消えていたけれど、あれは夢じゃない。
 優しいぬくもりを、今でも嵐の夜には思い出す。
 もう雷の音がしても怖くないけれど、それでもあのときの温度を思い起こすだけで心が凪いだ。
「……なによ」
「いや……」
 横目でルカを見ると、意外そうに目を丸くしていた。
 素直に褒めるなんて今までになかったからだろう。なんだか恥ずかしくなってくる。
「ほら、私が言ったんだからルカも早く言いなさいよ!」
「ん? ああ、そうだな……エレナはとりあえずめちゃくちゃかわいくてー」
「真面目にやれ!」
「おっと」
 心にもないことを言っている。
 見え透いた嘘に拳が抑えきれなかった。
 振り回した腕をルカが避ける。
 そうしているうちに、身体がぶつかって、宝箱ががしゃんと倒れた。
「あっ!」
 倒れた拍子に蓋が開く。
「こんな適当で開くの? 呆れた……」
 なんだかこちらばかりが真面目に向き合ったようで腹立たしい。
 宝箱からはひらりと長細い紙切れが出てくる。
 なにげなくそれを拾って、エレナの苛立ちは吹っ飛んだ。
「嘘でしょ……!」
 宝箱に入っていたのは小切手だった。そこに書かれていた金額は、エレナの一年分の生活費くらいある。
「お金って、こんなに!? こんな雑なギミック開けただけでもらっていいの!? これなら一年働かなくてもなんとかなる……あ、でもルカと山分けだから半年?」
「俺は別にいらねえよ」
「どうして!?」
「そのくらい、すぐ稼げるし」
 普段なら嫌みと捉えて突っかかるが、今は素直にありがたい。
「ルカ、ありがとう……。あ、でも、これだけお金があれば違約金も払えるし、もうダンジョンを出てもいいのかしら」
 深く考えずつぶやくと、ルカがさっと小切手を取り上げる。
「やっぱり半分もらう」
「えっ、なんでよ!?」
「なんでって……ていうか、お前もうちょっと金の使い方考えたほうがいいぞ。せっかく金が手に入ったのに、違約金で使うのもったいないだろ」
「まあそれはたしかに……。わかったわよ、節約のために最後まで攻略する」
「ああ、そうしろ。貧乏暇なし」
「あんたって本当いちいちむかつくわね」
「いてっ」
 今度は振り上げた拳が、ルカの肩口に命中した。