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婚活聖女のお見合い相手は幼なじみの勇者様でした エロトラップダンジョン攻略なんて聞いてません! 3

第三話


 
 下層への階段を目指して、二人はひたすら進んでいく。
「そんな都合良く宝箱はないからな」
「わ、わかってるわよ」
 つい、さっきと同じような宝箱がないか、あたりをキョロキョロしてしまうが、前を歩くルカにバレていたようだ。
 あんな破格のご褒美、二度目はないはず。頭ではわかっているけれど期待する気持ちまでは抑えきれない。
(でも、いつもあんな報酬出していたら、ギルドが破産するんじゃ――)
 思考を巡らせかけたとき、エレナの肩になにかがぽたりと落ちてきた気配があった。
 一瞬ぎくりとするが、すぐに雨水だろうと気を取り直す。
 数日前に降った雨がどこかに滞留していて、少しずつ漏れているのだろう。
 ――ぼちゃり。
 歩いていると今度は、スカートから太腿にかけて、いやな湿り気があった。
 随分大きい雨粒だ。
 このあたりは水漏れしやすいのかもしれない。
 それにしてもいやな感触だ。
 なんだか生ぬるくて、ぬめりがある。
 顔をしかめながら自分の下半身に目をやった。
 どろりとした紫色の液体が、腿を伝っていく。
(――紫?)
 緩んでいた緊張の糸が一気に張り詰める。
「ルカ、上! スライムがいる!」
 叫ぶと同時にロッドを天井へ向かって投げる。
 一瞬紫色の塊が見えたけれど、それは猛スピードで壁を伝い下り、岩の陰に隠れた。
「このっ!」
 ルカがその岩を蹴り上げると、スライムが現れる。
 真ん中に剣を突き立てようとするが、スライムは二手に分かれてさっと避けた。
 刃が岩を打つ鈍い音が響く。
「は……?」
 ルカは虚を衝かれたようで、当惑の声を上げた。
 スライムは合流し、元の大きさに戻る。
 地上階にいたスライムよりも大きい。狼くらいの大きさはありそうだ。
 スライムは一瞬、何事か逡巡するようにうねうねと蠢くと、突然数十ほどの小さな塊に分裂し、ルカの足元を縫って移動していく。
 統率のとれた動きだった。
 そのうちのいくつかが身体の中から液体を噴出させる。
 雨粒ほどの大きさの体液が、エレナの身体に数粒かかった。
「きゃっ」
 先ほどかかった液体もきっとこれだ。
 ようやく自分はスライムに攻撃を受けていたのだと悟る。
 スライムたちはエレナの前で再び一つに結合する。
 半透明だから体内の様子までもがはっきりと見えた。中には体表よりも濃い紫色の液体が溜まっている。
 スライムはうごうごと身体をくねらせ、液体をひとところに集めはじめた。
 攻撃の準備をしているのだ。
 わかっているのに身体が動かない。
 こんな動きをするスライムは見たことがなかった。
 どんな攻撃がくるのか、どう防げばいいのか――。
 頭の中では必死に計算しているのに答えが見つからなくて、ただ呆然と立ち尽くす。
「エレナ!」
 スライムを飛び越えて、ルカがエレナの前に立つ。
 瞬間、スライムが紫色の液体を一気に噴出させた。
「くそっ」
「ルカ!」
 エレナの盾となったルカはその液体を正面から浴びてしまう。
 ――毒。
 ようやく一つの答えにたどり着き、身体から血の気が引いた。
 しかしルカはひるむことなく、剣を振り上げる。
「イデウス!」
 呪文を唱えると、剣の刃は赤く光った。
 炎魔術を剣に纏わせたのだ。
 発熱する刃を、ルカは一気に振り下ろす。
 今度はスライムも反応できず、真っ二つに切り捨てられ、動かぬ液体に戻った。その場には紫色の水溜まりができる。
「ルカ! 毒が……!」
「いや、大丈夫だ。即死するような毒じゃないらしい。くそっ、無駄に甘ったるくて腹立つぜ」
 ルカがぺっと唾を吐く。
 顔面からまともに体液を浴びたのだ。
 ルカのこめかみから顎先に向かって、紫色の体液が幾筋も流れていく。髪の先からもその液体が滴っていた。
「それにしても、やっぱりこのダンジョンはおかしいな。地上階のスライムがそもそも異常だったんだ。何年もマスター不在のダンジョンであんな数のモンスターが生息しているなんて」
「今のスライムも?」
「こっちはもっとやばい。俺の剣を避けるところ、見てたよな? 知性があるんだ。スライムといえば雑魚モンスターの代名詞だってのに、こんなのは初めてだ」
「ル、ルカでも見たことがないモンスターなんて……」
 冒険の経験は随一のはずなのに。エレナが戸惑うのも当然だった。
「婚活で遊び半分に倒すレベルじゃないのは明らかだな。一体なにが起こってるんだか――うわっ、お前なんだよ、その格好!」
 難しい顔をしていたルカはエレナのほうを見るなり慌て出す。
「格好って……きゃあぁぁっ!?」
 エレナも自分の姿を確認して思わず手で身を隠した。
 いつの間にか、着ている聖女服がぼろぼろになっていたのだ。
 右肩から胸にかけて肌が丸見えで、胸の谷間までもが晒されてしまっている。
 スカートも裾が不揃いにほつれて、ただでさえ短い丈がさらに短くなってしまった。太腿が丸出しどころか、動けば下着まで見えそうなほどだ。
 他の部分も、小さくほころび、ちらちらと肌が見えていた。
 すべてスライムの体液がかかった部分だ。
「もしかして、酸だったの!?」
「いや、肌は傷ついていないからもっと特殊な成分だ。服の繊維だけに作用する液体……」
「なんなのよそれ!?」
 聞いたことがないし、服だけを攻撃する意味もわからない。
 見れば、頭を重点的に狙われたルカもそこから流れた液体で服の首元がぼろぼろになっている。
 けれど無駄に整った顔には傷一つない。
 エレナ自身、痛みはどこにも感じなかった。
 本当に服だけを溶かしているのだと理解する。
「でも最後はなんで頭を狙ったのかしら。服を攻撃するのに、服のない場所を……?」
 疑問が口を突いて出たとき、ルカが突然ふらりとよろめいて、岩壁にもたれかかる。そしてそのままずるずるとへたり込んでしまった。
「ルカ!? だ、大丈夫!?」
「くそ、やられた。粘膜だ。あいつらの体液は服を溶かす以外に、粘膜から体内に入って別の作用を起こす」
 いやな汗が背中を伝った。
 やはりあれは毒だったらしい。
「ど、どうしよう。解毒薬なんて今日は持ってきてない」
「だから心配すんなって。大体どんな作用かわかってる。前に飲み屋で、店員からドリンクに盛られたし」
「の、飲み屋の店員!? なんでそんな冒険者でもない一般人が毒なんて」
「毒っていうか、あれだよ。媚薬」
「び……!?」
 予想外の言葉に唖然としてしまう。
「なんでそんなもの……」
「問い詰めたら俺のファンだってさ」
「あんた、その辺の人から一服盛られたりするの……」
 人気者もそれはそれで大変らしい。さすがに同情した。
「でも媚薬ってつまりその人と……」
「ワンナイト? そんなはずねえだろ」
「痛っ」
 おでこにデコピンが飛んでくる。
「薬盛ってくる女とどうこうとかありえねえから」
「でもそういう効能なんじゃ……」
「仲間にすぐ回復を頼んだから大丈夫だよ。なに、心配してんの?」
「は、はあ? そんなわけないでしょ!?」
「随分深刻そうな顔をしてたけどな」
 ルカがにやりと笑う。
(すぐ調子に乗るんだから)
 せっかく同情したというのに、そんな気すら吹っ飛んでしまった。
「とりあえず治癒を頼む。解毒なら聖女のカバー範囲だろ」
「えっ? あ、そ、そうね」
 ルカの声にハッと我に返った。
 治癒魔術の種類は大きく分けて二つ。
 外傷を治すか、内部の負傷を治すか、だ。
 切り傷や火傷などの外部の怪我に比べて、内臓へのダメージに対する治癒魔術はより高度だとされている。
 患部が目に見えない分、治療のイメージをするのが難しいのだ。
 エレナも苦手な分野だった。
 村にいたときには楽勝だったけれど、王都に来てからというもの、成功率は一割ほどに落ちてしまった。
 今回の媚薬も解毒の難易度はかなり高い。
 飲んだ液体は胃の中だけでなく、体中に作用してしまっている。
 どう治癒魔術をかけるのか、想像するのがかなり難しい。
「ルカ、身体のどこがつらいのか、教えてくれる?」
「どこって……」
 背中を岩壁に預けてへたり込んでいるルカは少しだけ眉間に皺を寄せた。
「……全部」
「全部? 全身がつらいのね? どんな感じに?」
「……暑い。それから……思考が乱れる。集中できない」
「熱っぽくなるのかしら。そのせいで頭の働きが鈍く……?」
「血を持っていかれてんだよ。脳みそ動かすための血が、こっちに」
「は――」
 突然ぐいっと腕を引かれたと思ったら、ルカの下腹部に手のひらを押しつけられる。
 抵抗しようと身じろぎして、自分の手がなにか硬いものに触れているのに気づいた。
 これは、ルカの男性の象徴だ。それが硬く大きく膨れている。
「な、なんてもの触らせるのよっ!!」
「いてっ」
 思わず持っていたロッドでぽかりとルカの頭を叩いた。
 手が離れたあとも、そこには熱い象徴の感触が残っている気がした。
(あ、あんなに大きいの……)
 意識が全部そちらに持っていかれそうになる。布の下を想像しかけて、慌てて頭をぶんぶんと横に振った。
「ち、治癒魔術を使うから!!」
 沈黙が怖くて、大きな声でそう宣言した。
 一刻も早く今の記憶を忘れたい。ルカの体調を早く治して、なかったことにしなければ。
 エレナはロッドを振りかざして、強く念じる。
「ディステティオ!」
 しかし、治癒魔術の呪文を詠唱しても、ルカの様子に変化はない。
(失敗した……)
 ひどく落胆する自分と、どこかしかたなく思っている自分がいた。なにせ成功するほうが珍しいのだ。
(通常のダンジョン攻略時には解毒薬を持ってきていたのに)
 魔法の失敗に備えて一応携帯しているのだが、今日は使う場面もないと思って置いてきていた。
「はぁ……」
 俯きがちのルカがため息をつく。エレナは反射的にびくりと肩を跳ねさせた。
 呆れられたと思ったのだ。聖女のくせに唯一の取り柄である治癒魔術を失敗するなんて。
 どんな嫌みを言われるだろうか。次の言葉は甘んじて受け入れるしかない。
 ドキドキしていると、不意にルカの身体がぐらりと前方に傾き、エレナの剥き出しの右肩にもたれかかった。
「お前の肌、なんでこんな甘い匂いがすんの……」
「えっ!?」
 ルカの声はくぐもって掠れていた。
 甘えるような声音にさっきとは別の意味でどきりと心臓が跳ねる。
 ルカがもぞりと頭を動かし、前髪の隙間から上目遣いの青いまなざしと目が合う。
 同時に、髪をうなじのあたりから指で梳かれた。
 熱のこもった視線と少しだけ触れた彼の指の感触に、鼓動がさらに速くなる。
「香水?」
「す、少しだけ使ってる」
「果物……桃とか?」
「え、いや、ちが……フローラル系だけど」
「じゃあこれはエレナ自身の匂いか? 甘くて、みずみずしくて」
 首筋にルカが鼻先をこすりつける。
 じわりと汗がにじんだ気がした。
「や、やめてよ」
「むかつく。わけわかんねえ男のためにめかし込みやがって」
「や……っ」
 ちゅ、と微かなリップ音がした。
 ルカが唇で首筋に触れたのだ。
 彼が浴びたのが媚薬だというのが今さら心配になってくる。
(だって媚薬ってことは、そういうことをしたいってわけで――)
 ちらりと見れば、ルカの下腹はやはり窮屈そうに膨らんでいた。
「エレナ……」
「っ!」
 ルカが一度身体を離す。そして正面から向き合う格好になった。
 ルカの綺麗な顔が段々と近づいてくる。
 思わずぎゅっと目をつぶった。
(どうしよう、私、ルカと――)
 ――ぽこん。
「あいたっ」
 硬直していると頭にわずかな衝撃が走った。
 目を開ければ、ルカがいつの間にかロッドを手にしていた。
 どうやらそれで小突かれたらしい。
「なに緊張してんだよ。お前に盛るほど飢えてねえわ」
「な、なんですって……!」
 笑い混じりの言葉はすっかりいつものルカだ。
 あれは全部演技だったというわけか。まんまと騙されてしまった。
「安心しろ、治癒魔術なんかなくて平気だ。媚薬は一度くらってるし、なんならもう慣れた」
「ばっかみたい! あんたなんか一生毒で苦しんでればいいわ!」
 ぷりぷりと怒りつつ、内心安堵していた。
 ルカの男性的な一面に少なからず戸惑っていたから。あのまま迫られたら。あれが冗談じゃなかったら――。
 自分は拒めたのだろうか?
(ばかね。拒むに決まってるじゃない。むしろぶん殴って目を覚ましてやったわよ)
 心の中で結論を出したとき、ルカがおもむろに立ち上がった。
 そしてそのままどこかへ去って行こうとする。
「え、ちょ、ちょっとどこに行くの?」
「いや、わかるだろ。トイレ行くのにもいちいち申告がいるのかよ」
「あ、ご、ごめん……」
 用を足しに行くところだったらしい。
 ふらつくルカがなんだか心配で声をかけたが、失敗してしまった。
「本当に意味わかってんのかね……まじでただ催しただけだと思ってそー……」
「え?」
 ルカが何事か口の中でつぶやく。
「いや、呑気なもんだと思って」
「な、なによそれ!」
「お前さ、着替えとか持ってきてねえの?」
「は? 通常の攻略じゃないんだし、荷物になるから持ってきてないわ。解毒薬すら置いてきたのに……」
「じゃあ、これ」
 ルカが身に纏っていたマントを外して寄越す。
「なに?」
「これ羽織っとけ」
「なんでよ。別にいらないわ」
「その格好でうろつく気か」
「う……」
 エレナの服装はもはやぼろぼろだ。片方の肩口とスカートの裾が壊滅的である。
 しかし冒険者たるもの格好くらいで文句を言っていられない。
「大丈夫よ。これで」
「どうせその格好で走って、下着が見えたとかいちゃもんつけてくるんだろ。おとなしく着とけ。――目の毒なんだよ」
 ルカが苛立ったように髪をかき乱す。
「え、なに?」
 最後の言葉はよく聞こえなかった。
 しかしルカは答えない。
「足手まといだから身に付けとけ。防御魔術の代わりにもなる特殊な素材だから。また同じ攻撃されて、素っ裸になりたくなけりゃな」
 そう言い残すとルカは物陰に消えていった。
 この階は広い道にいくつか小さな横穴が開いているつくりだ。おそらく階下へ繋がるのはメインとなるこの道なのだが、当時生息していたモンスターのねぐら等の用途で細かく枝分かれしているらしい。
 ルカが消えていったのもその小さな道の一つだ。
 一人になったエレナは観念してルカのマントを羽織った。
 たしかに次に同じ攻撃を受けてしまったらもう裸だ。さすがに平静でいられる自信はない。
 マントは前開きだが、先ほどよりは肌が隠れた。
(これでよし。あとはルカの帰りを待ちますか。その辺で倒れてなきゃいいけど)
 ルカが用を足しに行く、と言ったのを、エレナは特に疑いもせず信じていた。
 実際には今にも暴発しそうな下腹部を治めにいったのだが、微塵も気づくことはなかった。

 


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