傾国美女はやりなおしたい! 破滅回避の契約結婚のはずが、冷酷宰相にめちゃめちゃ溺愛されています 2
「宰相閣下。……お初にお目にかかります。エディス・ラヴクラフトでございます。どうぞお見知りおきください」
「あぁ。私は……回りくどい駆け引きは苦手だ。手短に用件だけ告げたい」
エディスに向けてくる視線は、相変わらず冷たい。
それでも、事態を打開してくれそうな人は彼しかいないから、逃げてはならなかった。
「うかがいます」
「君は、自分が有力な妃候補となっている自覚があるのだろうか?」
「陛下からはなにもうかがっておりませんが、恐れ多くも目をかけていただいている自覚はございます」
「残念だが、ラヴクラフト嬢は陛下の妃となるのに必要な資質をなにも持っていない。辞退していただけないだろうか?」
時が戻る前もほぼ同じやり取りをしていた。
(あのとき私は……宰相閣下のお話をまともに聞かなかった。私のことをなに一つ知らないのに資質がないと言われて、腹を立てたっけ……)
今ならその資質が努力ではどうにもならない、持って生まれた身分とそれに付随する人脈のことだとわかる。
「宰相閣下は……私が妃となることに反対なのですね?」
「申し訳ないが、そうだ」
「……顔しか取り柄のない私が陛下のおそばにいるべきではないと、わかっているつもりです。けれど王命であれば、辞退する力がありません。わざと嫌われることは国王陛下とギャラガー侯爵様の不興を買う可能性があるので、到底できません」
エディスの言葉を受けて、ジョシュアが目を丸くする。
「ギャラガー侯爵の不興?」
「はい。陛下とお近づきになる機会をくださったのはあの方ですので」
出会いから仕組まれていたことを、エディスはほのめかす。
「驚いた。そこまでわかっていたのか。……私は少々君を侮っていたようだ」
皆まで言わずとも、ジョシュアには伝わったみたいだ。
つまりエディスは「私と男爵家は巻き込まれただけなんです!」と主張したいのだ。
「恐れ入ります」
本来のエディスであれば、そんな裏事情に思い至るはずもない。
ずるをして賢くなった気分で、褒められても嬉しくはなかった。
「……なるほど。言いたいことはわかった。だが、君個人としてはどうなんだ? 陛下と結ばれることを望むのか、望まないのか……」
それはエディスへの気遣いだろうか。
以前のジョシュアはエディスを目の敵にしていた。
顔を合わせれば文句を言い、にらんできたのだ。
けれどこうやって話してみると、もしかしたら甥を守ることに必死だっただけで、じつはいい人のような気さえしてきた。
「個人的な感情など無意味です。……大切な方を確実に不幸にしてしまう道を、私は選べません」
「そうか……。ラヴクラフト嬢は、本当は思慮深い女性なのだな……」
感心されても困るエディスだったが、スチュワートの味方であるこの人に嫌われないことは重要かもしれない。
「もし宰相閣下が策をお持ちなら、ぜひおうかがいしたいのですが。私が不慮の事故に遭う……以外でお願いできればと……」
エディスが死亡したら、当然スチュワートとは結婚できないし、男爵家がギャラガー侯爵に恨まれることもない。
けれどエディスは、一度死んでいるからこそ、やり直しの人生では大往生を迎えたいのだった。
「勝手に私を非道な人間にしないでくれ! ……いや、だが……王族に嫁ぐ条件を満たせなくする道はあるかもしれない」
例えば顔や身体に醜い傷ができることだろうか。
「そんなの絶対になしです! お先真っ暗ではありませんか!」
痛いのも、唯一の長所を失うのもご免だった。エディスは警戒してジョシュアから距離を取る。
「早まるな。……座って話そう」
続きは、二人で噴水の縁に腰を下ろしてからの再開となる。
「この国の法では、王家に嫁ぐ者は初婚でなければならないんだ」
エディスも王妃となってから、その法は学んでいた。
確かかなり前の王が、美しい人妻に恋をして、権力にものを言わせて離縁させ、王妃に据えようとした事件があり、のちの国王が悲劇を繰り返さないために作った法律のはずだった。
「つまり、国王陛下から求婚されるより先に、私が既婚者になってしまえばいいとおっしゃるのですか?」
「そうだ。だが、誰でもいいというわけにはいかない。……お優しい陛下はともかく、ギャラガー侯爵の報復に遭うかもしれないからな」
「ギャラガー侯爵様が簡単には手出しできない、私と男爵家を守ってくださる高位貴族の方ですね?」
それはよい案だと思う。
敵に傾国の美女とまで言わしめたエディスならば、機会さえもらえれば高位貴族の青年を落とせるかもしれない。
(でも……まだ求婚されてはいないけれど、陛下が私に興味をお持ちである事実は、すでに噂になっているし、横取りするような真似ができる人なんているのかしら?)
これではまるで、国王から嫌われる役割をその人に押しつけるみたいだ。
エディスは、条件に当てはまりそうな人物を必死に考える。
幸いにしてやり直す前の経験から、高位貴族の名前は把握していた。
(……ギャラガー侯爵と同等か、彼より身分が高い方で、国王陛下ですら簡単には罰を与えることのできない人物って……)
だんだんと、沈黙が気まずくなっていく。
ジョシュアももしかしたら、同じ人を思い浮かべているのかもしれない。
「あ……あ、あの……?」
夜風が心地よいはずなのに、妙な汗をかいている。
ジョシュアがわずかに視線を動かし、エディスのほうを見た。
沈黙が妙に長く感じられる。
「……私と……結婚するか……?」
顔に、ものすごく不本意だと書かれていた。
これでもエディスは、二年後に傾国の美女と言われるほど容姿が整った令嬢なのだ。
男性からうっとりとした視線を向けられた経験は数え切れないくらいあるが、その逆は滅多にない。
やり直し以前も含め、ジョシュアは貴重な例外だった。
(まさか私が……愛のない結婚をするなんて……)
体感として数日前まで、そんなことになるとは考えてもいなかった。
けれど、今夜スチュワートと話してみて、たとえ未来の予想ができるようになっても、結局エディスには選択肢が与えられないと実感したばかりだ。
誰かの手を借りなければ、身の安全を確保したまま結婚を回避するなんて、到底不可能だった。
(やっぱり……敵の敵は味方……これしかないのかもしれない。でも……宰相閣下はそれでいいの?)
エディスが躊躇している様子を見せたから、スチュワートも明言しなかったが、本来ならこの舞踏会の直後から本格的に結婚に向けての準備が進んでいくはずだ。
猶予がないからこそ、エディスはわずかな可能性に賭けたかった。
けれど、それが新たな不幸を生んではいけない気がした。
「……宰相閣下は、それでよろしいのですか? 損な役回りでしかありません」
「君を陛下の妃にすることが防げるのなら、私はそれだけで十分だ」
真剣なまなざしだったが、ある意味でとても失礼だ。
(……どれだけ私のことがお嫌いなのかしら……?)
もしかしたらどこかの社交の場ですれ違っていたかもしれないが、これでも言葉を交わしたのは初めてである。
そんな相手にここまで言われる筋合いはない。
けれど本気で憤れないのは、エディスを王妃にするという選択が間違いであることを、エディス自身がよく知っているからだ。
未来を知らないのに、先を見通しているジョシュアは、なかなかにすごい人である。
「わかりました……宰相閣下に不本意な結婚を強いてしまい、申し訳ありませんが……よろしくお願いいたします」
エディスの中に、この人ならば難局を乗り切ってくれるかもしれないという期待感が生まれていく。
「こちらこそ……君の感情を無視してすまないが、この国と陛下のために……どうかよろしく頼む」
ジョシュアが手を差し出してくる。
もちろんエディスは彼の手を取り、握手を交わした。
この瞬間から二人は同志となったのだ。
そうであるのなら、エディスには一つ、彼に伝えておかなければならないことがある。
「……ですが、宰相閣下。私と結婚するのであれば、必ず守っていただきたいことがございます!」
「言ってみたまえ」
「私、じつは傾国の美女なのです! 私を愛した男性は破滅します! だから絶対に、私を愛さないでください」
今のところ彼はエディスに対して好意を持っていないようだが、それがずっと続くとは限らない。一緒に暮らしているあいだに、うっかり惚れられでもしたら一大事だ。
彼は王位継承順二位で、国政に影響を与える大貴族だ。
スチュワートとの結婚を回避しても、ジョシュアがほだされたら意味がない。国を傾けることがなくても、公爵家が傾く危険性がある。
「……は!?」
「聞こえませんでしたか? 私は国を滅ぼす美女で……」
「しっかり聞こえたが、先ほどまでの思慮深さはどこへ行ったんだろうか? どうして急に知能が下がったんだ!? さすがに心配になるぞ……」
「私は思慮深い人間などではありません。顔しか取り柄がないと言ったではありませんか!」
一瞬、自分がどれほど危険な女なのかを説明するために、時が戻った事実を言ってしまおうかと思ったエディスだが、さすがにそれはやめておくことにした。
おかしな発言をする者だと思われて、この案に後ろ向きになられたら困ってしまう。
「とりあえず、顔しか取り柄がないという君の言葉は理解した。……大丈夫だ。顔立ちが整っていても知性が感じられない者には惹かれない。だから君を愛する可能性は万に一つもない」
普通に考えたら失礼極まりない言い草だったが、今のエディスにとって「君を愛する可能性は万に一つもない」という言葉は、とても頼もしく感じられるものだった。
彼ほどの思慮深さがあれば、エディスの未来は明るい。
「そう言っていただけると、安心して嫁げます。……それから、贅沢は敵なので、豪華な食事や高い宝石を与えるのもおやめください。きっとすぐに堕落して悪女になってしまいますから」
「ペットの飼育方法ではあるまいし。……もしや『マドレーヌ怖い』を模した、高度な戦略だろうか?」
「マドレーヌ……?」
「いや、なんでもない。……だが、無理のある結婚だ。人前では私が君に一目惚れしてしまったという設定で通すから、そのつもりで」
「かしこまりました。私も……宰相閣下にベタ惚れな貧乏男爵令嬢という設定で、一生懸命、お役目をまっとういたします!」
エディスは自分の拳をギュッと握り、気合いを入れて立ち上がる。
そして今度は、エディスのほうからまだ座ったままの青年に手を差し出した。
「それでは宰相閣下、一緒に参りましょう」
「……なぜだ? 私は疲れているんだ。……たぶん、君のせいで」
「なにをおっしゃるのですか? 私たちはこの舞踏会で出会い、恋に落ちたお馬鹿な恋人同士ですよ」
「それもそうか……」
不本意なのが丸わかりだが、ジョシュアはエディスの手にそっと触れ、立ち上がった。
そのまま二人で舞踏室へと戻り、ダンスを踊る。
(……あまりダンスがお好きではない印象だったけれど……お上手だったのね?)
王妃となってから参加した舞踏会で、エディスはジョシュアが踊る場面を見たことがない。
初対面からエディスをにらみつけてくるような人だから、女性嫌いだと思っていたのだが、リードは完璧で、エスコートも上手だった。
少なくとも、恋に落ちた演技はちゃんとできる人だと確認できて、エディスは安堵した。
「視線が痛いな」
「仕方がありません」
招待客は、どうしてジョシュアとエディスがダンスを楽しんでいるのかわからず、混乱しているだろう。
休憩室から戻っていれば、スチュワートも見ているはずだ。
彼がエディスの選択を知って、喜ぶはずがないとわかっている。
(ごめんなさい……国王陛下……)
傷つけたい相手ではないけれど、エディスはやはりこの道しか選べない。
心の中でスチュワートに謝罪をしながら、エディスは精一杯ダンスを楽しむ演技をした。
「今後、陛下から個人的なお誘いがあったら、私に連絡してくれ。……こちらで対処する。君は、できるだけ陛下と顔を合わせないようにしなさい。……さすがに、つらいだろう?」
ジョシュアがターンの直後にボソリとつぶやいた。
今のはおそらく、彼の優しさだ。
かつて国王スチュワートに近しい者の中で、エディスが一番に苦手としていた人物は、意外にも気遣いのできる人だった。
彼の思いやりは、エディスの支えとなる。おかげでまだ頑張れそうだった。