戻る

結婚初夜に逃亡したら、クールなはずの国王陛下が本性を露わにして魔女の私を追いかけてきます! 2

第二話


「そ、それより……お前が助けてくれたのか?」
「見つけたのはこの子だけどね。連れ帰って手当てしたのは私よ」
 そう告げれば、男は素直に頭を下げた。
「すまない。助けてもらったこと、感謝する。あのままではオレは確実に死んでいただろう」
「そうね」
 男の言葉を肯定し、質問するために口を開いた。
「分かっているみたいだから聞くけど、どうしてあんなところでひとり倒れていたのかしら? エリンラカンの森は危険な場所。あんな奥深くまで傷だらけで進むなんて、普通、自殺願望でもない限りしないと思うんだけど」
「……う」
 私の指摘に男が目を逸らす。その顔に「言いたくない」と書かれてあることに気づき……なんだろう。妙にイラッとした。
 だってこっちは疲れている中、一生懸命治療をしたのだ。それなのに話したくないとかどういう了見だ。喧嘩を売られているととられても仕方ないと思う。
 私は低い声を出し、彼を睨んだ。
「……あのね、命を助けてもらっておいて、話はしたくないです? それってずいぶん調子がいいと思わない?」
「……」
「雨が降りしきる真夜中にあなたを連れ帰って、傷の手当てまでして。そのお礼がこの態度? いくらなんでも有り得ないと思うけど?」
「た、助けてもらったことは本当に感謝している。だ、だが……オレの素性を聞けばきっと態度を変える」
「態度を変える? 何それ、どういう意味で?」
「その……身分とか……今、オレが置かれている状況とか、だ」
 煮え切らない態度を取る男に、苛々が増してくる。抱えていたパールを男に向かって放り投げた。
「やっちゃえ」
『わーい』
 待ってましたとばかりにパールが男に飛びつく。その途端、男は悲鳴を上げた。
「やめろ!! オレから離れろ!! 近づくんじゃねえ! クソッ、クソッ、クソッ……」
「……面白いな」
 パールに纏わり付かれて泣きそうになっている男を見つめる。
 先ほど治療した時に気づいたのだが、男は筋肉が綺麗についていて細身なのにがっしりとした体格をしていた。
 そんな人が四キロほどの猫に襲われて手も足も出ないというのが、悪いけどとても面白かった。
「た、助けてくれ……」
「じゃ、話してくれる?」
「ぐっ」
「パール、もっとやっちゃっていいわよ」
『やった~!』
 パールも男が何もしてこないことを理解しているので、ただ嫌がらせができるだけの現状がとても楽しいようだ。キラキラと目を輝かせている。その様を見た男が、両手を上げた。
「わ、分かった! 話す! 話すから、頼む! 猫を退けてくれ」
「最初から素直にそう言えばいいのよ」
 ひょいとパールを抱き上げる。彼を腕に抱えると、男はあからさまに安堵の表情を見せた。
「た、助かった……」
「失礼ね。にゃんちゃんは世界一可愛い猫なのに」
「そう言われても無理なものは無理なんだ。昔、野良猫にぞろぞろ後ろをついてこられたことがトラウマで……」
「それ、単に好かれてるだけじゃない。なんでトラウマになるのよ」
 私なら嬉しいだけだと思いながら尋ねると、彼からは「意味が分からなくて怖かった」という答えが返ってきた。
「ふうん?」
「子供心に怖かったんだ。とにかく……オレのことだが……ヴェラストニア王国と言って分かるか?」
「ヴェラストニア王国? 今、王位継承で揉めている国でしょ。エリンラカンの森からも近いし、もちろん知っているわよ」
 ヴェラストニア王国は大陸西部に位置する、鉱山と鉄鋼業が有名な国だ。
 平和な国だったが、今は違う。
 前王アレクが亡くなったあとに即位する予定だった王太子が流行病で急逝したことで醜い後継者争いが起き、内乱状態となっているのである。
「今、一番王位に近いと言われてるのは、前王アレクの落とし胤と言われるヘンリーだったかしら」
 王太子が亡くなったあとに判明したのだが、実は前王アレクには庶子がいたのだ。名前はヘンリー。
 当時、国王が城に滞在していた歌姫に生ませた子で、信頼する侯爵に預けていたのだとか。
 侯爵は国王との約束でヘンリーのことを公表するつもりはなかったらしいが、王太子が亡くなったことで心情が変わったようだ。何せ王太子を除けば他に前王アレクの血を継ぐ直系男子はいない。王家の血を継ぐ者がいなくなることに焦燥感を覚えた彼は、息子を連れて王城へ向かい、前王アレクに庶子がいたことを告げたのである。
 突然現れた前王の血を継ぐ子供を歓迎した者もいたが、当然拒絶した者も多かった。
 そうしてヘンリーを歓迎する者としない者に分かれ、大揉めしているのが現状である。
「ヘンリーの存在が明らかになってそろそろ半年くらいかしら。他に有力な候補者もいないんだからさっさと戴冠させてしまえばいいのに」
 国王がいない状態が続くのは、国にとっても周辺諸国にとっても好ましくないことだ。
 そう思いながら告げると、男が俯きながら言った。
「……だ」
「何?」
「だから……そのヘンリーはオレだと言ったんだ」
「……ハア?」
 何の冗談だと思いながら彼を見る。顔を上げた男は死ぬほど苦い顔をしていた。
「オレだって、何か酷い悪夢を見ているんじゃないかと今でも疑っている。だが、父上がオレを城に連れて行ったのも、そこでオレが前王の落とし胤だと告げられたのも現実だ」
「……」
「ヘンリー・ヴェラストニア。それがオレの名前だ」
 重苦しい空気が流れる中、男──ヘンリーが名乗る。私はまじまじと彼を見つめ、確認するように聞いた。
「……本気で言ってる?」
「ああ。こんなくだらない嘘など吐くものか」
 ヘンリーが吐き捨てるように告げる。そのあまりに嫌そうな態度を見て、彼の言っていることは本当なんだろうなと察した。
「へえ……王子様なんだ」
 品のある顔立ちだし、貴族だろうとは思っていたが、まさか王子とは思わなかった。
「……庶子だし、半年前に知ったことだがな。……それよりお前、態度は変えないのか?」
「態度?」
「王子と知られたことで、今まで家族や友人だと思っていた人たちや、幼い頃からよくしてくれた騎士団の人たち全員から態度を変えられたからな」
「ああ、そういう? まあ王子だったんなら仕方ないんじゃない? 宮仕えしているわけだし」
「……そうだな」
「でも私はあなたとは無関係だし、それに」
 言葉を句切る。腰に手を当て、胸を張って名乗った。
「私だってネームバリューなら負けてないもの。私の名前は、セラフィナ・リャシーナ。リャシーナ王国第一王女よ」
「は?」
「知らない? リャシーナ王国の第一王女が魔女だって話は、結構有名だと思ったんだけど」
 ギョッとしたように目を見開く彼に告げる。
 遺伝とは関係なく生まれることで知られる魔女だが、何故か昔からリャシーナ王国の女系王族には魔女が輩出される確率が高かった。しかも魔女と婚姻を結ぶ王族もこれまた多い。
 そのため、酪農業くらいしか取り柄のない小国にもかかわらず、リャシーナ王国は近隣諸国にかなり警戒される存在となっていた。
 魔法などという意味の分からない力を使う魔女を何人も抱える国を軽視できないという理由からである。
「今は魔女修行で里にいるけど、あと二年経ったら国に戻るから……その時はどこかで会うかもしれないわね」
 現在私は十八歳だが、一応、二十歳で国に戻るつもりでいる。そうしたら王族としての活動をする予定だから、同じ王族であるヘンリーとは何かと顔を合わせる機会もあると思うのだ。
「そういうわけだから、あなたが王子様だって聞いても私の態度は変わらないってわけ。むしろ命の恩人なわけだし、あなたの方こそ私を崇め奉るといいわ。『ありがとうございます、セラフィナ様』ってね」
「誰がそんな真似するか」
「そ? じゃあ、普通にセラフィナって呼んで。私もヘンリーと呼ぶから。年も近そうだしいいでしょ?」
 少し迷いを見せたヘンリーだったが、ややあって私の提案に頷いた。
「そう、だな」
『なら、ボクのことは兄様と呼んでくれていいよ!』
 腕の中で丸まっていたパールがここぞとばかりにアピールし始めた。その声に驚いたのかヘンリーがベッドの上で後ずさった。
「う、うわああああ……!」
「……さすがにちょっと失礼じゃない? でもにゃんちゃん。どうして兄様呼びなの?」
 普通に名前を呼ぶのでは駄目なのか。不思議に思って尋ねてみると、パールは鼻を膨らませて答えた。
『だってボクが見つけたんだよ。つまり、こいつはボクの弟分ってわけ!』
「弟分ねえ……」
 そういえばこの間、子分がほしいとか言っていた気がする。
 パールは皆に可愛がられるポジションで、本人も満足しているみたいだが、兄貴分となることに憧れも抱いているようなのだ。
『いいでしょ! ご主人!』
 青い瞳をキラキラさせてお強請りする愛猫を拒絶できる飼い主がいるのなら見てみたい。
 私は呆気なく陥落した。
「イイヨォ……」
「おい! オレの人権は!」
 ヘンリーが至極当然の訴えをしてきたが、私はあっさりと棄却した。
「え、ないけど」
「おい!」
「にゃんちゃんがほしいって言ってるんだから、望みを叶えるのが飼い主の義務では?」
『わーい、弟ができた~!』と喜ぶパールをホクホクした気持ちで見つめる。
 パールが嬉しいなら私も嬉しい。
「よかったねえ」
「何もよくないんだが? クソッ……このオレが猫の弟分……だと?」
「まあまあいいじゃない。長い人生そういうこともあるわよ」
「あってたまるか!」
「で? その王子様のあなたがどうしてあんな場所に落ちていたのかは説明してくれるわけ?」
「……いきなり話を戻すな。……お前、ヴェラストニア王国が内乱状態になっているのは知ってると言っていたな?」
 がっくりと肩を落としたヘンリーがベッドの上で胡座をかき、溜息交じりに聞いてくる。私も椅子に座り直し、話を聞く体勢になった。
「……数日前、オレを王位につけたくない一部の貴族に襲われたんだ。味方がオレを逃がし、這う這うの体でエリンラカンの森まで辿り着いた」
 エリンラカンの森はヴェラストニア王国を出てすぐのところにあるので、国から逃げ出した彼が森まで来たというのは理解できる。ただ──。
「中に入ったのは、正直どうかと思うわよ? エリンラカンの森は人の手がほとんど入っていない。道と呼べる道もないし、何より危険な魔獣がうじゃうじゃ生息してる。逃げ延びるために入るには適していないと思うけど。あなただってそれくらい知っているでしょ?」
「仕方なかったんだ。追手が迫っていて、しかもオレは怪我を負っていた。応戦すれば死ぬし、森に入れば魔獣に殺される。今死ぬか、後で死ぬかの二択だ」
「で、後で死ぬ方を選んだってわけ?」
「あいつらに殺されてやるのは業腹だったし、もしかしたら森に入っても生き延びられるかもしれないと思った。実際、森に入って二日はなんとかなったんだ」
「それは単に運が良かっただけね。普通はそれまでに大型の魔獣か鳥に襲われるもの。こんな奥深くまで辿り着ける人なんてほんの一握りよ」
 そして辿り着けたとして、魔獣に襲われる確率が高くなるだけ。
 エリンラカンの森は深い場所に進めば進むほど、危険な魔獣の数が増えるのだ。
 呆れ顔で彼を見る。ヘンリーも分かっているのか、肩を落として項垂れていた。
「魔獣もそれほど大きいものには当たらなくて、でも道が分からなくて。迷っているのは分かっても、どちらに進めばいいのか分からなかったんだ」
「それで森の奥へ来ちゃったんだから、運が悪かったわね。あそこで倒れていたのは?」
「雨が降ってきて、雨宿りをしようと思ったんだが、腰を下ろしたところで限界が来てしまって。こんな場所で意識を失うわけにはいかないと思ったんだが、身体が言うことを聞かなかった」
 ヘンリーの話を聞き終え、頷く。
 なるほど、どうりであんな危険な場所で倒れていたわけだ。
「それで? これからはどうするの? 森の外へ出たいっていうなら送っていくくらいはするけど。怪我も治っているでしょ?」
 一晩もあれば、傷薬の効果は出ているはずだ。そう告げると、彼は驚いたように自分の身体を確認し始めた。
「……嘘だろう? 身体が全く痛くない……」
「手当てしたって言ったでしょ。魔女特製の傷薬を使ったのよ。──それで、どうする?」
 追われている庶子の王子様なんて面倒すぎる人と長く関わりたくない。
 そう思っての言葉だったが、ヘンリーは気まずそうに私から目を逸らした。
「ヘンリー?」
「……いや、よければしばらくここに置いてもらえないかと」
「嫌だけど!?」
 どうして自ら面倒事を抱え込まなければならないのか。秒で断りを入れる私に、ヘンリーが頼み込んでくる。
「頼む! あいつらはきっとまだオレを探してる。今の状況で出て行っても前回の二の舞になるのは目に見えているし……できれば、少し考えたいんだ」
「考えたいって何を?」
 世話になりたいのなら全部言えと目線だけで告げる。ヘンリーは躊躇いを見せたが、やがてボソボソと語り出した。
「……王位に就くべきなのかどうか、だ。父上の言葉に従いここまで来たものの、正直オレは王位に興味などない。しかも今回、命まで狙われた。そこまでされて、それでもと言えるほどの執着をオレは持ち合わせていないんだ」
「侯爵家の息子だったのに、突然『実は王子様です、王位を継いでください』だもんね」
「ああ、それも気楽な次男坊だったんだ。剣で身を立てようと地方の騎士団に入団して……その最中に父上に呼び戻された」
 今後の進路も決め、そのための行動も起こしていたのに突然「王様になれ」は確かに可哀想だ。この様子では納得するための時間など与えられないまま、今日まできたのだろう。
「……でも、ねえ」
 どう見たってヘンリーは面倒事の塊のような男だ。その男を匿うというのは果たしてどうなのだろう。
「うーん」
『ご主人! 弟を置いてあげようよ』
 悩んでいると、パールが可愛い顔で私を見つめながら訴えてきた。