結婚初夜に逃亡したら、クールなはずの国王陛下が本性を露わにして魔女の私を追いかけてきます! 3
「にゃんちゃん?」
『いいでしょ。ボクが面倒見るし。何せボクはお兄ちゃんだからね!』
どうやらすっかりヘンリーを弟認識したらしい。
『弟が困っていたら助けるのが兄の役目。ボク、頑張る!』
「お、おい……」
自分が面倒を見ると言い張るパールに、さすがにヘンリーも待ったを掛けた。
「セ、セラフィナ……お前、この猫になんとか言ってやってくれ」
『猫じゃない! 兄様!』
パールが猫呼びに腹を立てる。その様が大変可愛らしい。
すっかりデレデレになった私は愛猫に呼びかけた。
「……にゃんちゃん」
『なに?』
「にゃんちゃんはヘンリーをこの家に置きたいの?」
『うん!』
「イイヨォ!」
「おい!!」
甲高く甘々な声で返事をした私に、何故かヘンリーがツッコミを入れてくる。
「お前、反対じゃなかったのか!」
「気が向いていなかったのは事実だけど、にゃんちゃんが望むのならその限りではないかな。お猫様の望みは最大限叶えるのが飼い主の努め。知らなかった?」
「知るか!」
「それに、置いてほしいのはあなたもでしょ。望みが叶ったのだから素直に喜んでおけばいいのに」
「……猫の望みでというのが納得できないんだ……っと、クソがッ! オレに飛びかかってくるんじゃねえ!!」
注意したにもかかわらずまた「猫」と呼ばれたのが気に食わなかったのだろう。パールがヘンリーに飛びついた。胸元にしがみつかれたヘンリーが情けない悲鳴を上げる。
「があああああああああ……! 猫が……猫がオレに……!」
『また猫って言った。兄様って呼んでって言ったのに!』
「兄様、兄様、兄様!! なんとでも呼ぶから頼む……離れてくれっ!」
「……だって。離れてあげたら? お兄ちゃんなら、弟のお願いを聞いてあげなきゃ」
『わかった!』
元気よく返事をしたパールがヘンリーから離れる。てててっと走り、私の肩に飛び乗った。
身体を硬直させていたヘンリーが、ゼエハアと荒い呼吸を繰り返す。
「クソが……酷い目に遭った……」
「猫飼いにとってはご褒美なのに。それに、にゃんちゃんは噛んだり爪で引っ掻いたりしない子だから、ビクつく必要はないと思うけど」
「そういう問題じゃねえ!」
大声で言い返されても、目に涙を浮かべているので全然怖くない。
パールの鼻に指を近づける。彼はひと嗅ぎしてから、鼻をちょんとくっつけた。
冷たく湿った感触がとても愛おしい。
「とにかく、にゃんちゃんがあなたをここに置きたいみたいだから、しばらくは面倒を見てあげる。ただ、その前にお祖母様に挨拶はしてよね。この家の主は私ではなくお祖母様だから」
「……他の魔女と一緒に暮らしているのか? 魔女というのはあまり群れたがらない性質だと思っていたが」
「ひとり暮らしをしている子は確かに多いけど、私の場合は血縁者がいたから。お祖母様っていうのは、文字通り私の祖母なのよね」
「お前の祖母……というと、リャシーナ王国の王太后か? 『夜烏』の異名を持つ?」
「そう」
ヘンリーの言葉を肯定する。
私の祖母ニクスは近隣諸国にその名を轟かせる有名な魔女で、祖父に見初められてリャシーナ王国に嫁いだ。そして父を生み、祖父が亡くなったあとは引退すると言って、魔女の森へと越したのである。
「私に魔女の素養があると分かった時にお祖母様に預けるって話になったのよね。ほら、やっぱり血縁者だと安心だし、私、王女でしょ? 滅多な者には任せられないって」
「それは……そうだな」
「お祖母様なら王族に必要な教育も教えられるし。というわけで、お祖母様に挨拶に行きましょ。こういうことは早いほどいいから」
「お、おい」
「あ、着替えならこれを使って」
用意しておいた服を投げ渡す。長袖チュニックに長ズボンという一般的な庶民の服装だ。
「文句は受け付けないわよ。男性ものの服があるだけ有り難いと思って」
高位貴族や王族が着るようなキラキラした服が魔女の里にあるわけがないのである。
そもそもここ魔女の里には、女性しかいないのだから。
さすがにそれはヘンリーも分かっているのか、大人しく受け取った。
着替えを済ませ、祖母の下へ向かう。
この家は祖母のもので、彼女の管理下にある。
説明しなくても、私たちの話は全て筒抜けだろうと分かってはいたが、世の中には礼儀というものがあるのだ。
「お祖母様、セラフィナです。今、お時間よろしいでしょうか」
祖母の部屋に行き、扉をノックすれば、すぐに返答があった。
「いいよ、入ってきな。その男も一緒にね」
「はい」
緊張気味のヘンリーを促して部屋の中へと入れば、祖母が揺り椅子に座り、煙草を吹かせていた。彼女の肩にはいつも通り、使い魔のヤタがいる。
ヤタを苦手としているパールがさっと私の後ろに隠れた。突かれたくないという意思表示だろうが、その気になったヤタを止めることはできないので、逃げるだけ無駄な気もする。そのヤタは、じっとパールを見ていたが、ふっと視線を外した。
今日は揶揄う気はないようで、祖母の肩で大人しくしている。
「目が覚めたんだね」
ヘンリーに目を向けた祖母がふうっと煙草の煙を吐き出した。この煙草は祖母特製のもので、有害物質は一切入っていない。どちらかというと栄養剤に近い効能があって、祖母にとっては常備薬みたいなものだ。
「お初にお目にかかります。ヘンリー・ヴェラストニアです。この度は助けていただき、ありがとうございました」
祖母がリャシーナ王国の王太后だと聞いたからだろう。ヘンリーは礼儀正しい態度で挨拶をした。
祖母がヒラヒラと手を振る。
「助けたのは孫たちだ。礼を言う必要はないし、堅苦しい挨拶も要らない。あたしはもう引退しているし、今はただの魔女として里で静かに暮らしているだけだから」
そう言いつつも、祖母はヘンリーを見定めているようだ。
上から下まで彼を舐めるように見たあと「ふうん」とひとつ頷いた。
「それで? 庶子の王子様は、国に戻らずここにいたいのかい?」
「……」
「国は内乱状態で、一日も早く国王が即位することを求められている状態なのに? 無責任だとは思わないのかい?」
祖母がずばり告げる。ヘンリーは唇を噛みしめたが、祖母から目を逸らしはしなかった。
静かに口を開く。
「おっしゃるとおりです。ですが、このまま戻ったところで今回の二の舞になるのは目に見えているかと。オレは弱くて……いや、それ以上に国王という地位に対する執着がない。そんなオレが国王になっても国民のためになるとは思えない……いや、これは言い訳ですね。オレはただ……時間が欲しいんです」
「時間、ね。即位の決意を固めるための時間かい?」
「……はい。嫌だと言っても逃げられないのも、オレしかいないのも分かっていますから。それならせめて心を決めるための時間が欲しい」
苦い顔をしているが、現実逃避をするつもりもないらしい。
そう、どうせ最終的に、彼は王位を受け入れるしかないのだ。
何せヘンリーの即位を反対している人たちは、前王アレクの娘が公爵家に降嫁して産んだ、まだ一歳にもならない幼児を擁立しようと考えているのだから。
血筋的にもヘンリーが即位するのが正しいし、幼児を新たな国王に……など新たな火種を生むことにしかならない。それは彼も分かっているのだろう。
王位に執着がないとは言いつつも、自分しかいないと理解しているようだった。
「前王の息子だと判明してからここまで、正直、自分の意思とは無関係に来ました。でも、それでは駄目だと思うんです」
国王という役目を受け入れるのなら、自分の意思で。
それができない今は帰れないのだと訴えるヘンリーに祖母が頷く。
「それはそうだね。中途半端な気持ちで即位されたら国民が迷惑だよ。……よし、わかった。そういうことなら、しばらくの間、この里での滞在を許そうじゃないか。魔女仲間にはあたしから通達しておいてやるから安心しな」
「あ、ありがとうございます!」
祖母の言葉を聞き、ヘンリーが安堵の溜息を漏らす。私の後ろに隠れつつも様子を窺っていたパールも、自分の望む結果となったことを喜んでいるようだった。
尻尾がご機嫌に揺れている。
「セラフィナ」
「……え、はい」
モフモフした愛らしい尻尾の動きに見入っていると、祖母に呼ばれた。
顔を上げ、彼女と視線を合わせる。祖母は煙管をヘンリーの方へと向けた。
「里に滞在中は、あんたが全部面倒を見るんだよ」
「えっ……」
予想していなかった言葉に目を瞬かせれば、祖母は唇の端を吊り上げた。
「当たり前だろう。あんたが拾ってきたんだから。それに、その男はパールの弟分なんだろう? 飼い猫の弟分なら主人であるあんたが面倒を見てやるのは当然じゃないか」
「……」
絶句である。
なんとなく察してはいたが、やはり別室での会話を聞いていたようだ。
弟分と言われ、背後に隠れていたパールが飛び出してくる。
『そうだよ。ボクの弟なんだ! ご主人と一緒にお世話をするよ!』
「……だ、そうだが?」
「……わかり、ました」
項垂れつつも首肯する。
パールが面倒を見たがっている以上、私もある程度かかわらないといけないだろうなとは思っていたが、一任されるとまでは考えていなかった。
正直、全く気は進まないが、パールがしたいというのなら頷く以外の選択肢はない。
「さすがに異性を同じ屋根の下にというわけにはいかないからね。……そうだ。近くに今は誰も使っていない丸太小屋があっただろう。あそこを使わせてやりな」
話はこれで終わりだとばかりに、祖母が私たちから視線を外す。ゆるりと煙管を吹かせ始めたのを見た私たちは頭を下げて退出した。
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