有能騎士はツンな幼なじみに一途な溺愛をわからせたい 2
真新しい騎士の制服に身を包んで目の前に現れたジョエルに、アンジェラは言った。「なんであなたがいるの!?」と。
まあ、聞くまでもなかったのだけれど。
ミモザ魔術師団に所属している魔術師の任務は、主に地方との連絡役である。
このユーグスティア王国は各地に騎士団や騎士隊を駐留させているが、辺境の砦とは往来に時間がかかる。天候に恵まれず足止めを食らったり、危険な道を通ったせいで怪我人が出たりすることも多かった。
そこで各地との連絡役を請け負うのがミモザ魔術師団だ。
テレポート用の魔法陣を使って王都と地方を行き来し、駐留隊の日誌を受け取ったり、必要なものを届けたりしている。また、大怪我を負ったり病気になったりした騎士たちを王都に移動させることもあった。
ただ、大きなものを運んだりするのは魔術師には文字通り荷が重い。それにテレポートに失敗して、目的地とは別の場所に転移してしまう事故も稀にだが発生する。
そういうときに必要になるのが、力仕事や護衛を請け負ってくれる騎士だ。
つまりジョエルは士官学校を出て騎士になって、ミモザ魔術師団に配属された。そういうことであった。
職場に顔見知り──しかも、弟の友達──がいるのは、いろいろとやりにくいなあという気持ちはある。
しかしミモザ魔術師団に入団したのはアンジェラのほうが二年も早い。そう考えると、先輩風を吹かせるチャンスだと思った。
この日、アンジェラはいつものように先輩ぶってジョエルに指導していた。
「ジョエル。いまからエトゥーザ砦に行くわよ。わかる? エトゥーザ砦。もう覚えたかしら?」
テレポート任務に就く際、アンジェラはそう言ってジョエルを誘う。
魔術師団の詰所のベンチに腰掛けて武器の手入れをしていたジョエルは、顔を上げて答える。
「……さすがに覚えてるよ。トマスが駐留してるところだろ?」
彼は立ち上がると、腰に剣を佩いた。
ジョエルが入団してもう三か月が経とうとしている。そろそろ教えることもなくなってきた。というか、ジョエルは物覚えも要領もよくて、アンジェラが先輩風を吹かせられるチャンスは思っていたほどなかった。ちょっとつまらない。
アンジェラは魔術師が身に着ける群青色のローブを羽織り、ジョエルを伴って転移室へと向かった。
転移室とはテレポート用の魔法陣が描いてある部屋のことだ。詰所の二階と渡り廊下でつながっている塔の上にある。
塔の上まで登って転移室の扉を開けると、大きな魔法陣が描かれた床が目に入る。
この国の騎士たちが駐留する砦には、同じ魔法陣の描かれた部屋がある。もちろんこれから向かうエトゥーザ砦にもだ。
この魔法陣は遠く離れた場所同士をつなぐポータルの役割をしている。そのポータルをこじ開けるために、魔術師が必要なのだ。魔法陣が錠前だとすれば、魔術師は鍵といったところだろうか。
「じゃあ、行くわよ」
アンジェラはそう言いながら、一足先に魔法陣の中へ入る。
何度も行き来しているエトゥーザ砦のことを頭の中に浮かべると、それに反応したのか魔法陣がぼんやりと輝きだした。
「おっと、待ってよ」
魔法陣の発光を目にしたジョエルは慌てたようにアンジェラの近くにやってくる。そして彼は続けた。
「前に、シャンテ団長のお供でテレポートしたんだけどさ……団長は魔法陣の縁にチョークで何か書いてたよ」
アンジェラはほかの魔術師がテレポートするときの行動を思い返した。たしかに多くの人は魔法陣にいろいろと書き足している。とくにこの魔術師団の女団長であるシャンテのテレポートは丁寧なものだった。
「ああ……それは、行き先の座標を書き足しているのね」
「座標?」
「ほら、地図にあるでしょ。緯度とか、経度とか……そういう、数字的なものが」
テレポートにはそれなりの強い魔力が必要だ。魔力不足の者がテレポートを試みると、失敗してしまうこともある。お目当ての魔法陣とは別の場所に到着してしまうのだ。テレポートは転移魔法の魔力が込められた魔法陣の間でしか発動しないものだが、近くに紛らわしい術式の魔法陣があったりしたら、そちらに引っ張られてしまうらしい。
「そうならないために、目的地の情報を書き足してテレポートの精度を上げるのよ」
アンジェラが説明すると、ジョエルは不思議そうな表情をした。
「君はその座標ってやつを書いてないよね?」
「精度を上げるって言っても、おまじないに近いものだわ」
だから書いても書かなくてもそんなに違いはない──と、アンジェラは思っている。ほかの皆が慎重すぎるのだ。
アンジェラはこの魔法陣がエトゥーザ砦の魔法陣と共鳴している光景をイメージした。すると魔法陣の放つ光がぶわっと強くなる。
この瞬間がアンジェラは好きだった。目もくらむような強い光が、周囲にあふれる瞬間が。
座標を書き足さない理由を、ジョエルにはおまじないに過ぎないものだからだと説明したが実はちょっと違う。
アンジェラには細かい設定が必要ないのだ。
なぜなら自分は理屈じゃなくて直感で魔法を使うタイプだから。
ほかの魔術師には必要なことかもしれないが、アンジェラにはあまり意味がない。そう説明したほうが近いかもしれない。
まあ、天才肌っていうやつだ。
魔力のないジョエルに説明してもわかってもらえないだろうけれど。
「うう……」
周囲にあふれた強い光が消えていくと、ジョエルが一歩二歩とよろめき、膝と両手を同時に床についた。
アンジェラは足元の魔法陣と周囲の景色を確認し、エトゥーザ砦へのテレポートが完了したことを確認する。それからジョエルに声をかけた。
「着いたけど……大丈夫? 歩ける?」
するとジョエルは顔を上げて答える。
「も、もちろん……うぅ……」
彼は立ち上がろうとしてよろめいた。
「大丈夫じゃないじゃない。ここで休んでる?」
「まさか。俺は君の護衛なんだから」
ジョエルは今度こそ立ち上がったが、彼の様子は明らかにテレポート酔いだ。魔力耐性のない人によく見られる症状である。
「私は日誌を受け取って入り用の品を聞いてくるから、その間あなたは外の空気を吸ってきたら?」
「いや……君を一人にするわけにはいかないよ」
ジョエルに対して先輩ぶって気を使ったわけだが、彼は首を横に振る。
「それになんで外の空気を吸う必要があるわけ?」
しかも生意気にも頑としてテレポート酔いを認めない。
だからアンジェラは別の言い方をした。
「じゃあ、トマスのところへ行って近況を聞いてきてよ。私用になっちゃうけど……お母さまがトマスのこと心配してるから」
弟のトマスは屋上の物見台か、屋外の訓練場にいることが多い。トマスのところへ行けば外の空気を吸えるだろう。それに気の置けない友達と話していれば気がまぎれるというものだ。
アンジェラは形のいい額に脂汗をにじませているジョエルを一瞥し、先輩ぶって「お願いね」と言い足して、早歩きで転移室を後にしたのだった。
アンジェラはエトゥーザ駐留隊の隊長室に向かう。
王国軍本部からの連絡事項を伝え、ここ数日分の日誌を受け取る。それから入り用の軍需品が書かれたメモも受け取った。
「ほかに連絡事項はないかしら?」
そう確認すると、隊長はぽんと手を打った。
「そうだ。うちの砦に新しく魔術師が入っただろう?」
「ええ」
砦に駐留している騎士たちの中にも魔術師はいる。ジョエルは魔術師団に所属している騎士だが、その反対バージョンといったところだ。
騎士団や騎士隊の中の魔術師は武器や防具に強化魔法をかけたりするのが仕事らしい。エトゥーザ砦のような国境地帯だと、侵入者や野生動物による被害が出ないように結界魔法を張ることも多いのだとか。
「ルーカスっていう魔術師なんだけどね。彼、君の使う魔法に興味を示していたんだ」
隊長は「ちょっと待ってて」と言い残して、ルーカスとやらを呼びに部屋を出て行ってしまった。
机の上には書きかけと思しき手紙が置いたままになっている。不用心だなあと思いつつ、アンジェラは誰もいなくなった部屋を見回した。
窓の外から聞き覚えのある笑い声が聞こえてくる。トマスの声だ。
アンジェラは窓に近づき、声のするほうに視線をやる。
弟は、訓練場の脇でジョエルと肩を寄せて何かを話している。トマスは時折笑い声をあげてジョエルを小突いたりしていた。ジョエルのテレポート酔いも治まったようだ。
王都へ帰る際に、またテレポートしなくてはいけないわけだが。
そのとき、隊長が戻ってきて言った。
「ごめん。探したけど研究室にはいなかった。次の機会にちゃんと紹介するよ」
「ええ。じゃあ次に来たときにでも、ご挨拶させてもらうわ」
アンジェラはそう言って隊長室を出ると、ジョエルがいるところへ向かった。
「アンジェラ。仕事は済んだの?」
ジョエルはアンジェラの姿を認め、急ぎ足でこちらへやってきた。
「おお、姉ちゃん! 元気?」
アンジェラの姿を認めたトマスは、砕けた口調でそう言ってジョエルの後に続くように歩いてくる。
「あなたも元気そうね」
トマスはアンジェラと同じ赤毛だ。ただしアンジェラは紅色、トマスはレンガ色。
もともと体格がよかった弟だが、本格的に鍛え始めたからだろう。士官学生の頃より身体に厚みが出てきた。
一方ジョエルは……背の高さこそトマスと変わらないが、身体の線は細い。まばゆい金の髪は肩に届かない程度に伸びていて、視界の邪魔になる部分を無造作に結んでいる。
濃い緑色の瞳を縁取るまつげは男性のわりに長い。そのまつげは強い主張をしない程度にカールしているのがまたうらやましい。
トマスも顔はそんなに悪くないはずなのに、ジョエルと並んでいるとクマというかイノシシというか、雑で荒っぽい印象になるから不思議だ。
アンジェラは次に自分が来るときまでに、両親へ手紙を書いておくようトマスに言いつけ、ジョエルを連れて転移室のある塔へ向かった。
魔法陣のある部屋の扉を開けたとき、男の人がうずくまっているのが見えた。
「えっ……だいじょ……」
「大丈夫ですか」
うずくまっている誰かにアンジェラは声をかけようとしたが、ジョエルのほうが早かった。
「どうしました? 誰か呼んできましょうか」
彼はアンジェラの前にさっと出ると魔法陣に早足で近づいていく。
そこでうずくまっていた男が顔を上げた。
サラサラした黒髪に、眼鏡をかけた男の人だ。よく見ると魔術師のローブを羽織っている。眼鏡の奥の瞳はらんらんと輝いていて、具合が悪いようには見えなかった。
彼はジョエルとその後ろにいるアンジェラを見比べ、立ち上がり、眼鏡をくいっと直す。
「あなたがミモザ魔術師団のミズ・エメットですか? あなた、この魔法陣をさっき使いましたよね?」
「え? は、はあ」
アンジェラがうなずくと、眼鏡の男はぱっと顔を輝かせる。
「やっぱり! すごいですね! 魔法の残滓が特徴的です。あなた、かなり魔力を持て余しているでしょう?」
「魔法の、ざんし……?」
聞きなれない言葉に首をかしげる。そして思い出した。この砦の駐留隊に新しい魔術師が入ってきたこと。彼がアンジェラの魔法に興味を抱いているという話を。