戻る

縁談をぶち壊したい最強王女と過労気味の天才宮廷魔術師が甘いキスで国を救います! 2

第二話


 ファイエットの怪力は、生まれつきだった。
 魔力そのものには恵まれているらしいが、それを魔術として使いこなすことが、ファイエットにはできない。その代わりなのか、常人ではありえないほどの怪力が備わっていた。
 幼いころには、その怪力を使って人々を助けることを誇りとしてきた。だが、結婚適齢期が近づくにつれて、これは女性として不利だと理解するようになった。
 王の娘は城の奥に引きこもり、国の重要な行事以外には人々の前に姿を見せることはない。しかも、行事のときには極力ベールなどで顔を隠している。
 だから、ファイエットの素顔はあまり知られておらず、怪力だという噂も城の一部でとどまっているようだ。おそらく、体裁が悪いとして、国王が箝口令を敷いているのだろう。
「み、……見間違いではありません? 私のこの細腕で、岩など動かせるはずが」
 まずは、すまして答えてみた。
 だが、クレマンは羽ペンのインクで少し染まった指を組み直しながら、少し椅子から乗り出して、にっこりと笑った。
「見間違いではございませんよ。この目で、ハッキリと見ましたから。ここの窓から、よく見える」
 そう言って、クレマンが窓を指し示した。今は木製のシャッターで覆われていたが、角度的にこの部屋は、ファイエットの先ほどの行為を観察するのに絶好の位置にあったとわかる。
「あら」
「何やら、侍女たちから逃げていたようにお見受けいたしましたが。今夜は、隣国の王子を中心としての、歓迎パーティが予定されております。ケネス殿下は、まさにあなたとのお見合いのために来訪したと、聞いておりますが?」
 なのに、その本人が逃げているのはどういうことだと、クレマンはやんわりと尋ねているのだろう。
 確かに、そろそろ歓迎パーティのための着替えや化粧などにかからなければならない時刻だ。パーティの支度には時間がかかる。
「それはそうなんですけど。私も、結婚したくないわけではないのよ」
 ファイエットはもじもじとしながら言う。
 恋に恋する年齢だし、結婚に対する憧れも抱いている。だから、隣国の第一王子というのは、絶好の好条件なのだが──。
「サリオン王国と我がカルバレン王国は、国同士の関係もいいし、サリオン王国も我が国と同じぐらい豊かな王国だと聞いているわ。しかも、第一王子でしょ。結婚したら隣国の王妃となるわけだから、これを断る手はないわ。しかも、相手のケネス王子はとても見目麗しいと聞いているし、すごく乗り気なんですって。だから、私もわくわくとしてはいたの。だけど、今までのことがあるでしょ? せっかくその気になったというのに、私の怪力が原因で、幻滅されてお断りされてしまったらガッカリだわ。最初は隠そうと考えもしたけれど、面倒だから、結婚話が進む前に、私はこんな特性の持ち主ですって、知らせておいたほうがいいかなって。まずは挨拶代わりに、荷物を運んであげようとしたの」
「荷物を」
 クレマンがギョッとしたように、目を見張る。
 それから、言いにくそうにこほんと咳をした。
「いずれあなたの怪力が知られてしまうにしても、まずは互いの性格を知り、好感を抱いてからのほうがよくありませんか?」
「だけど、好感を抱いてから断られたら、心がぽっきり折られるでしょ? いいかなーと思った相手から断られてしまうことを、私は今まで何度も重ねてきたのよ。そのたびに、ひどくガッカリしたわ。だから、そういうのは御免なの。まずは怪力を見せつける。それで引かれるのだったら、それだけの男だったってわけよ」
「な、……なるほど」
 クレマンがうなずいたのを見て、ファイエットはその顔を真剣に見た。
「それでね。ケネス王子一行の馬車がやってきたのを、お城の窓から確認したの。荷馬車にはたくさんの荷物が載っていたから、その荷物を運ぶお手伝いをしようと思ったのよ。あのかたたちが滞在するのは城の離宮だって知っていたので、そこに入りこんで、まずは荷物を運ぶ前に、ケネス王子にご挨拶しようと思ったんだけど」
「なるほど」
「ケネス王子は大勢、使用人や警護の兵を連れてきたわ。だけど、皆、何らかの準備で忙しいのか、あちらこちらに散っていて、庭には人の気配がなかったの。それでね、離宮の中でもケネス王子が滞在するであろう一番奥の部屋に向かったの。離宮の構造は理解していたし、庭のほうから回ったわ。そのほうが近道だから。そうしたら──」
 そこでファイエットは一度、言葉を切った。
 話そうか、どうしようか、悩む。
 だが、すでに国王に直接訴えた後なのだ。
 それは聞き入れられなかったが、国一番の魔術師にも話を聞いてもらいたい。あれがどういうことなのか。ファイエットの中で、消化しがたいモヤモヤがたまっていた。
 それでも外交問題にならないように、まずは口止めが必要だった。
「このことは、決して他の人に話してはダメよ? あなたが国一番の魔術師だと見こんでの、話だから」
「私の口は固いです。何なら、他言しないという誓いを立ててもいい」
 クレマンはそう言って、ごく自然な流れのように指で印を切る仕草をした。だが、その直後に、クレマンはハッとしたように動きを止める。
 魔術師がそんなふうに日常的に魔術を繰り出す姿をよく見てきただけに、どうしてその誓いの魔術が作用しないのか、不思議に思った。
「どうしたの?」
「いえ。誓いは止めましょう。代わりに、私を信じて、話を続けていただきたい」
「え?」
 ファイエットは首を傾げた。
 今の魔術の中断と、クレマンの身体から魔力がまるで感じられないのと、何らかの関係はあるのだろうか。
 クレマンは畳みかけるように言った。
「それより、ケネス殿下の件でお話されたいこととは?」
「それなのよ!」
 ファイエットは身を乗り出した。
 自分ひとりの胸に秘めておくにしては、あまりにも衝撃的な出来事だった。
「庭にたたずんでおられる、あのかたの姿が見えたわ。こちらには背を向けていたんだけど、きらびやかな衣装といい、間違いないはずよ。近づこうとしたそのときに、その手に小鳥が握られているのに気づいたの。小鳥は、ぴい、ぴいと鳴いていたわ。それに驚いて立ちすくんだそのとき、あのかたは指先で小鳥の胸を刺し貫いて、心臓を取り出して、口に運んだの……!」
 ケネスはこちらに背を向けていたから、全てが見えていたわけではない。
 だが、そうとしか見えない動きだった。それを見た瞬間、ファイエットは何かがマズいと判断して、木の陰に身を隠した。
「心臓を」
「ケネス王子は私に気づかず、そのまま部屋に戻っていかれたわ。だいぶ離れた後で、私はその場に赴いて、打ち捨てられた小鳥の死骸を見つけたの。やっぱり、心臓がえぐられていたわ」
 可哀想な亡骸だった。
 クレマンの眉間に縦じわが一本、くっきり刻まれるのが見えた。
「あのかた、何をされていたんだと思う?」
 クレマンが答えないので、ファイエットはさらに訴えた。
「すぐさま父さまのところに駆けこんで、人払いをしてもらってから、私が見たことを伝えたの。そうしたら笑いとばされて、『おまえの見間違いだ』と一蹴されたのよ。私が結婚したくないばかりに、嘘をでっちあげてるんだろうって。だけど、見間違いなんかじゃないわ。ちゃんと見たもの。その小鳥も見せたわ」
 証拠の品である小鳥は、国王にまともに見てもらえなかった。だからその後、小鳥に詫びてべそをかきながら、庭の隅に丁寧に葬った。
 だから今、クレマンに証拠の品を見てもらうことはできないが、あの痛ましい姿を長く持ち運ぶわけにはいかない。葬ったのはよかったと思う。
 クレマンは机に両肘をつき、指を組み合わせた。その組んだ手を顔に近づけながら、あごを引く。おかげで、やたらと目が鋭く見えた。慎重に言葉をつむいでくる。
「この大陸には魔脈が通り、魔術は素質のある人々の間で、ごく普通に使われております。魔術を使うためには魔力が必要であり、それは術者の体内に備わっているものを使うのが一般的。ですが、魔力が不足した場合には魔鉱石などのアイテムが使用されるケースもございます。かつては、──他の人間や生物から、直接生命力を吸い取り、魔力に変換する方法もあったと聞いております。ですが、現在、その方法は全面的に使用を禁じられているはず」
 魔力を補充する方法として、脈打つ心臓を直接、魔術師が口に含んでかみ砕く。
 そんな怖い話を、ファイエットはかつて聞いたことがあったのを思い出した。ケネスが行使したのは、その術かもしれないと思うと、ゾッとする。
「我が国では禁忌であり、隣国でも禁忌のはずだわ」
 その言葉に、クレマンがうなずいた。
 それ以外にもファイエットには気になることがあったので、この際、聞いてもらうことに決める。
「あのかたが小鳥に悪いことをしている間、その身体を黒い霧が取り囲んでいたの。すごく邪悪な気配だった! あれは何だと思う?」
 クレマンの眉間の皺が、さらに深くなった。それでも見とれてしまうほど、その姿が絵になるのは変わりがない。
「今の時点では、何もまだわかりませんが。その黒い霧があなた以外にも見えるのだとしたら、調査する必要がありますね」
「そうして!」
「それと、あなたが逃げ回っていたことの関係は?」
 尋ねられて、ファイエットはギョッとした。話がここに戻ってきた。
「それは、無理だからよ」
「無理とは?」
「ケネス殿下と、ご挨拶したり、婚約者候補として扱われるのは嫌だってこと。だって、あのとき、血に濡れた口元がチラッと見えたけれど、ゾッとするほど邪悪だったんだもの! だから、父さまに言ったの。ケネスさまには、挨拶もしたくないって。結婚も御免だって。だけど、父さまはそれを許さず、絶対に今夜の歓迎パーティに出席して、挨拶しろって言うのよ。だから、命令なんて聞かずに部屋でふて寝していたら、侍女たちがお召替えの時間だって、大勢やってきたの。だから、……逃げることにしたんだわ」
 小鳥を葬ったときの痛ましさが残っている。ケネスとにこやかに挨拶することなどできるはずがない。ぶん殴ってやりたいほどだが、さすがに隣国との友好関係を考えれば、してはいけないことだという分別はつく。
「なるほど。それが、あのときの顛末というわけですか」
 クレマンは大きくため息をついた。
 クレマンも、国王のように歓迎パーティに出席しろと言うのだろうか。だが、絶対に折れる気はない。
「縁談など、どうでもいいわ! 二、三日、行方をくらましていれば、ケネス王子はあきらめて、帰国なさるはず」
 ファイエットが考えるに、この縁談は絶対、成立させなければならないものではない。
 隣国との関係は良好であり、大陸内での軍事的な衝突はすぐには起こりそうもない。第一王女が嫁いだヴェルデニア王国という大国の後ろ盾も、この国にはあった。
 だから、これが破談になったところで、外交上の問題はないはずだ。そもそもこの縁談は、ケネス王子のほうから積極的に持ちかけてきたものであり、カルバレン王国としては、他に引き取り手がないファイエットが片付くから、その話に乗ったに過ぎない。
 つまり、ぶち壊しても何の問題もないのだ。
 そう判断したのだが、クレマンは思わぬことを言ってきた。
「二、三日とおっしゃいましたが、残念ながら隣国の使節団はもうしばらく滞在される予定ですよ」
「え? そうなの?」
「はい。少なくとも半月ほど。ケネス殿下がこのカルバレン王国の国土にいたく関心をお持ちになり、できれば各地を回ってみたいというご意向があるようです。大荷物だったというのも、それが原因かもしれません」
「半月も滞在されるつもりなの?」
「はい。長期になられるので、私ども魔術政策局は、隣国の魔術官僚と、魔術協定についてじっくりと話を詰める予定を立てております」
「半月か……。どこにいらっしゃるつもりなのかしら?」
 ファイエットは首を傾げた。
 カルバレン王国は風光明媚であり、歴史のある建物も多く、食べものもおいしい。滞在したいと願うのも、わからなくもない。ケネスのように将来は国王となることが決まっているのだったら、即位する前に見聞を深めるためにあちこち出歩きたいと思うのも理解できる。
 だが、さすがにあの小鳥の惨事を見てしまった後は無理だ。何だか彼が厄災を持ちこんできたような胸騒ぎすらあった。
「──ともあれ、あなたの事情は理解しました。今夜の歓迎パーティの間だけでしたら、あなたを匿ってあげることもできますし、私の助手として姿を変え、誰にも気づかれないようにパーティに潜入させることも可能です」
 思わぬ助け船が出されたことに、ファイエットはビックリした。
「いいの?」
 国一番の魔術師が匿ってくれるのなら、これより心強いことはない。しかも、姿を変える魔術までかけてもらったら、とても楽しいだろう。
「ですがその代わりに、私の願いを一つかなえてくださらないでしょうか」
「いいわよ!」
 即答だった。
 願いというのが何なのか、ファイエットはわくわくしながら待つ。すると、クレマンはふう、と長く息を吐き出して、遠い目をした。
 キラキラとしたクレマンしか見ていなかっただけに、こんなふうに疲れた姿を見たのは初めてだ。
 よく見ると、目の下にくっきりとくまが浮き出ていて、白目も濁っていた。これは、官僚たちがよく陥るという「働き過ぎ」の状態ではないだろうか。
 クレマンはその疲れた表情のまま言った。
「あなたの魔力を、──ほんの一部だけでかまいませんので、私に分けていただけないでしょうか?」
「魔力を、……分ける? そんなこと、できるの?」
 その方法すらわからない。
 だが、先ほどケネスが小鳥にした悪行が、他の生き物から生命力を吸い取って、魔力に変換する方法かもしれないと聞いた直後だ。
 心臓をえぐり取られるのかと焦ったが、クレマンはにこやかな笑みに表情を切り替えた。
「あなたの魔力は魔術で使われることなく、過剰になってあふれ出している状態です。それを、……ほんの一部でいいので、私に分けてください。もちろん、心臓をえぐり出すようなことはしません。あなたの身に、何ら不具合は生じないはず」
「わけるのはかまわないけど、どうしてあなたに、そんなことをする必要があるの?」
 それが一番の疑問だった。
 クレマンは国一番の魔術師だ。生まれながらの魔力にひどく恵まれているはずだから、他人から集める必要があるはずがない。
 完璧な笑みを浮かべていたクレマンの表情が少しだけ曇った。
「理由については、今のところは説明を求めないでくださいますか。私といたしましても、不本意な事態です。その代わりに、それ相応のお礼をさせていただくつもりですが」
 いかにもエサで釣ろうとしているのが、見え見えだった。だが、ファイエットにとっては絶好のチャンスでもある。
「いいわよ!」
 またしても、即答だった。
 何よりファイエットにはかなえたい願いがあった。間髪を容れずに、尋ねてしまう。
「お礼というのは、どんなことでもしてくれるの?」
 クレマンは動じることなくうなずいた。
「私にできることでしたら、何でも」
「その言葉に、二言はないわね」
 さすがは国一番の魔術師だ。普通ならば、望みにはある程度の制限をつける。だが、何でもかなえると、さらりと口走れる力量が素晴らしい。