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コワモテ騎士の激甘求婚 救国の英雄は猫めづる姫を溺愛でメロメロに蕩けさせたい 1

第一話

 

 リリアン・レイン・ハーウィックは、大陸の中央に位置する大国、ハーウィック王国国王の末っ子で、この国唯一の王女として生まれてきた。
 遅くにできた子だからと両親や兄たちに甘やかされて育ち、拾った猫を飼いたいと言えば一も二もなく許されて、それが二匹、三匹と増えていっても咎められることはまったくなかった。
 リリアンが成長するにつれ、その立場を利用しようとする大人や、貶めようとする人間の悪意に触れる機会も多くなり、だんだんと人間不信に陥りつつあったのだが、それを癒してくれたのは猫たちだった。
 そしていつしか大好きな猫に傾倒していくようになり――。
 気づけば王女棟には十匹以上もの猫が住み着き、リリアンにとって彼らを可愛がることが唯一の癒しであり生きがいになっていた。
「うちのチャールズそっくり」
 だから、救国の英雄と謳われたその魔法騎士を見た瞬間、リリアンが真っ先に抱いたのは、そんな感想だった。
 チャールズというのは、リリアンが王女棟で飼っている猫の名前だ。
 大きなキジトラの中毛猫で、彼の顔の左側には鷲と闘ったときにできた大きな傷跡がある。
 残念ながら左の視力はそのときに失ってしまったが、右目は綺麗なヘーゼルカラーで、いつも鋭く輝いている。
 目のまえにいる騎士の顔の左側にも大きな傷跡があったので、思わず口から出たというわけだ。
 背が高く、整った顔立ちに、ブラウングレーのメッシュの髪。強そうなオーラまでもが、チャールズにそっくり。
 なんの他意もなく、ただ「似てるな」と思ったから言っただけなのに――。
 なぜかその騎士はリリアンの言葉を聞いた途端、「う……っ」と急に胸を押さえ、俯いてしまった。
 それを彼の友人とリリアンの父が慌てて覗き込む。
「どうした、ウィル!」
「毒でも盛られたか!?」
 その一言に、会場が一気に緊張感に包まれた。
 だが、彼は胸に手を当てたまま、よろよろと歩き出す。
 そしてリリアンのまえに突然跪いたかと思えば、リリアンの指に遠慮がちに触れ、真っ赤な顔で、こう言った。
「俺の褒賞は王女殿下との結婚でお願いします」――と。


 * * *


 長い冬が明け、三年にも及ぶ隣国グランディア王国との戦争は、たったひとりの偉大なる魔法騎士の活躍によって、我がハーウィック王国の勝利という形で終わりを迎えた。
 その魔法騎士の名前は、ウィルフリッド・グレンフォール。
 辺境の田舎貴族の三男として生まれた彼は、幼い頃から魔法の才能の片鱗を見せていた。
 たった三歳で生活魔法を使いこなし、五歳になったときには、近隣に出没して人間を襲っていた大熊をひとりで仕留めてみせたほどだ。
 それがどのくらいすごいことかというのは、そもそも魔法が使える人間がどれだけいるか、その数を聞けばわかる。
 生活魔法と呼ばれる、手を洗うための水を出したり、薪に火をつけたりする程度のものでさえ、習得できるのは全人口の約一割。
 それよりさらに威力の高い、攻撃に転用できる魔法を使えるのが、そこからさらにたった一パーセント。つまり、千人にひとり。
 だが、ウィルフリッドがすごいのは、その千人にひとりしか現れない攻撃魔法使用者のなかでも、群を抜いて威力の高い魔法を使えるというところだった。
 たとえ攻撃魔法といえども、普通は半径五メートルほどの敵に火傷を負わせるくらいのものだ。しかし、ウィルフリッドの攻撃はその数百倍、およそ数キロメートルの範囲に及ぶ。本気を出せば生温い火傷などではなく、一瞬にして辺りを灰燼に帰すような威力も出せる。
 もちろん、魔力切れを起こすのでその規模の大火力魔法は一日に数回が限度だが、彼は魔法の腕だけでなく、騎士と名のつくとおり、剣の腕前もすごかった。
 王国の剣術大会で優勝するほどの強さを誇り、さらには本来攻撃魔法は杖を触媒としないと威力が出せないもの、という常識を打ち破り、剣と魔法との合わせ技さえも生み出してしまったのだ。
 魔法で剣に炎を纏わせ周囲の敵を焼き払い、猪突猛進に進んでいくウィルフリッドは、味方からも恐れられたという。
 一緒の隊にいた軍人たちは、揃って「人間ではない」と彼を評する。
「あいつは、魔力切れを起こすまでずっと戦い続けるんだ。……いや、魔力がなくなっても、その剣技だけで敵をなぎ倒していった。血走った目で、笑いながら。その姿はまるで……」
 ――〝血に飢えた獣〟。
 救国の英雄として王都に凱旋したウィルフリッドだが、陰でそう呼ぶ者もいる。本人の耳にも入ってきてはいるが、そう呼ばれるのも仕方ないと思っていたので、いちいち咎めたりはしなかった。
 実際は、わざとおかしな人間を演じて敵側に恐怖を植えつけ、早々に降伏してもらうことで双方最小限の被害で済ませられるようにという意図だったのだが、それを打ち明けていたのが軍隊長と親しい友人のみだったので、仲間内では本当に変人と捉えられてしまったのだ。
 しかも、その噂を助長するように、友人たちが面白がって吹聴するものだから、否定するのも野暮な気がして、あえて黙っていたというのもある。
「まったく、お前のせいだぞ、グレッグ」
 城門までの凱旋パレードと厳かな叙勲式を終え、祝勝会の会場で落ち合った魔法騎士の友人を見るなり、ウィルフリッドは文句を言った。
「悪い悪い。マジでそう信じるやつがいるとは思わなくてさ。まさかここまで広まるとは……」
 グレッグは片手を顔のまえに上げ謝るものの、ウィルフリッドは胡乱げな目で彼を見下ろし、ため息をついた。
「まあ、あのあだ名のおかげで安易に近寄ってくる人間が少なくなったのはよかったけどな」
 救国の英雄ではあるが、その強さゆえ、どうしても近寄りがたくなる。
 それでもなおウィルフリッドに近づいてくる者は、余程の馬鹿か肝の据わった人間のみだ。馬鹿はすぐわかるので相手にしなければいい。
 あとはウィルフリッドを利用しようとする者かどうかを見極め、そうであれば早々に離れるだけだ。
 しかし、問題はべつにある。
 二十四歳にして戦争も終わり、ようやく戦以外のこと――つまりは結婚を考えられるようになったというのに、恐ろしいあだ名のおかげで歳の近い令嬢たちからまったく声がかからないのだ。
 せっかく軍の正装に身を包み、髪型もばっちり決めてきたウィルフリッドだが、遠巻きにコソコソされるくらいで一向に誰も寄ってこない。
「まさかあだ名が仇となるとは……」
 ぽつりとウィルフリッドが零すと、それを聞いたグレッグが眉をひそめた。
「いや、お前の場合、あだ名というよりはその顔の傷のせいだと思うぞ」
「傷……? ああ、これか」
 ウィルフリッドは手を自分の顔に当てる。そこには、戦場でついた大きな傷があった。
 額から左頬までまっすぐ下に伸びる、幅二センチほどの刀傷だ。
 もうすっかり完治していて痛みもないが、適切な処置ができたとは言い難く、端の皮膚は盛り上がり、抉れた肉は再生したものの正常な皮膚の色とは違う、赤黒い色になってしまった。
 ウィルフリッド本人は名誉の傷だとむしろ誇りに思っていたのだが、普通の人間はそうは思わないらしい。
「元はハンサムなのに、傷のせいで印象がかなり悪いぞ、お前」
 確かにグレッグの言うとおり、ウィルフリッドの顔立ちは整っている。
 ブラウングレーのメッシュヘアに、ヘーゼルの瞳。キリリとした眉は男らしく、鍛え上げられた身体も申し分ない。
 だが、やはり傷の印象が強すぎる。
「だからなのか……」
 ぐるりと会場を見回すと、近くにいた令嬢がウィルフリッドの顔を見るなり「ひっ」と声を上げてそそくさと去っていく。
「救国の英雄なのになあ」
 可哀想に、とグレッグが慰めるようにウィルフリッドの肩を叩いた。
「戦争が終わったら、可愛い嫁さんをもらって仲睦まじく慎ましやかに暮らすのが俺の夢だったのに……」
 はあ、とウィルフリッドはまたため息をつく。
 小動物のように可愛らしい女性と子どもをつくり、一緒に生きていく。
 たったそれだけの願いが、まさかこんなにも難しいとは思いもしなかった。
「そういえば、お前、褒賞は何にするか決まったのか?」
 話題を変えようと、グレッグが訊いた。
「いや、まだだ」
 ウィルフリッドは緩くかぶりを振る。
 国王から、伯爵位と領地とともに好きなものをやると言われているのだが、未だに決め切れていない。
「正直、爵位も領地もいらないんだがな。俺が管理できるとは思えん」
「戦ばっかりだったもんな、俺たち」
 グレッグが同意して、近くにあったワインを行儀悪く一気に飲み干した。
 彼も一応貴族令息なのだが、ウィルフリッドと同じく攻撃魔法の才があるとわかった途端、騎士団のアカデミーに入れられ、幼少期からずっと研鑽を積んできた。その頃からの付き合いで、かれこれ十五年以上一緒にいる。
 とはいえ、グレッグにはちゃっかり婚約者がいて、今日の祝勝会にも連れてきている。彼女の知人を紹介してやろうかと言われたが、泣かれても嫌なので断った。
「褒賞なあ……」
 手っ取り早く、金一封とかで済ませてしまおうかという気持ちになってきてはいる。グレッグは冗談で「王族に無礼を働いても一回は大目に見てもらえる権利がいい」と言っていたが、それでもいいかもしれない。
 それからしばらく雑談に花を咲かせていると、突然仰々しい音楽が鳴り響きはじめた。周りの皆が頭を下げたのに倣い、ウィルフリッドたちも首(こうべ)を垂れる。
「ハーウィック王国第二十五代国王、アーノルド・フォン・カーツベルク・ベルシャイン・ハーウィック陛下の御成りです!」
 金色の王冠をかぶった国王が壇上に現れ、皆に楽にするよう言う。それを合図に、皆が俯けていた顔を上げた。
 続いて王妃、王子たちが姿を見せた。
 そして最後に、唯一の王女が紹介される。
「リリアン・レイン・ハーウィック第一王女殿下!」
 その呼び声とともに現れたのは、ホワイトアッシュの髪をふわふわとカールさせた、スカイブルーの瞳を持つ美少女だった。
「……可愛い」
 思わず、ウィルフリッドは口を開けてそうつぶやいていた。
 笑顔も見せずつんとした表情は、まるでビスクドールだ。少し吊り気味の目は大きく、猫のような印象を抱かせた。肌も透き通るほど白く、日に焼けたウィルフリッドとは大違いだ。
 触れたら壊してしまうんじゃないかと心配になるほど何もかもが細く小さくて、あんな人間がこの世にいるのかと感動と心配が綯い交ぜになって、そわそわと落ち着かない気分にさせられる。
 様子がおかしくなったウィルフリッドに気づき、グレッグはツンツンと肘でつつく。
「お前、叙勲式でも見ただろう? っていうか、まさかあのお姫様が好みなのか?」
 コソッと訊かれ、ウィルフリッドははっとグレッグを見つめた。
「叙勲式では緊張していて周りを見る余裕がなかったんだよ。王女は可愛いとは思うが、あまりに小さくて、ちょっと怖いというか心配になるな。でも、ずっと眺めていたい気もする……。こんな気持ちは初めてだ」
「なるほど、お前はああいう少し幼げでクールな女がよかったのか」
 ふうん、とニヤニヤと笑顔で肩をすくめられ、一瞬むっとしたものの、確かに好みと言われたらそうなのかもしれない。
 女性と縁遠い生活をしていて、女性と話をする機会があっても思春期の恥ずかしさを引きずったままだったウィルフリッドは、女性に対して好みかどうかを考えるまでにも至らなかったのだ。
 だから、リリアンを見て無意識に「可愛い」と言ってしまった自分にも驚いた。
「そうか、これが好みか」
 しかし、すぐに暗い気持ちになる。
 どうせリリアンと対面しても、この傷やあだ名のせいで怖がられるに決まっているのだ。
 あんなに可愛い人に「怖い」と怯えられるのを想像するだけで、胸がズキズキと痛みを訴える。
「陛下に頼んでお近づきになればいいじゃん。お前は陛下のお気に入りなんだから、言えば話くらいさせてくれるって」
 グレッグが言った。
「気に入られているのは当然だろう。この戦争を勝利で終わらせるために結構頑張ったんだからな、俺は」
 ウィルフリッドはそう答え、むすっと唇を引き結ぶ。
「結構っていうか、ほとんどお前のおかげというか……。まあ、話くらいはしてみたらいいんじゃないか? 案外向こうさんもお前を気に入るかもしれないし」
 グレッグに希望を持たせるようなことを言われ、一瞬真に受けそうになる。だが、ワイングラスに反射した自分の顔を見て、ウィルフリッドはすぐにぶんぶんと首を左右に振った。
「あんなか弱そうなお姫様が、俺を気に入るわけがない」
 ちょっと押したら倒れてしまいそうな華奢さなのだ。きっと心も繊細に違いない。
 確か十八歳は過ぎているはずだが、それにしてはあまりにも小さい。病弱という話は聞いたことがないが、もし公表されていないだけだとしたら、自分が守ってやりたい、とウィルフリッドの庇護欲がむくむくと膨れ上がっていく。
「あっ、こっちへ来るぞ」
 リリアンに見惚れていると、グレッグが慌てて一礼した。誰が来るのかと思えば、国王だった。後ろにはさっきまで見つめていたリリアンがついて来ている。
「……っ」
 懇願する必要もなく、その機会が与えられようとしているという事態に、ウィルフリッドは息を呑んだ。
「ど、どうすればいいんだ、俺は」
 動揺してグレッグに訊くが、「知らねぇよ」と返され、困惑の表情を浮かべたままふたりを迎えることになってしまった。
「我が太陽、ハーウィック国王陛下と第一王女殿下にご挨拶申し上げます」
 しどろもどろに一礼し、ウィルフリッドはちらりとリリアンを見遣った。
 怖がられはしないだろうか。
 泣き出されたりはしないだろうか。
 そればかりが気になって、国王への返事がおざなりになる。それをグレッグが咎めようとするけれど、ウィルフリッドの耳には入ってこなかった。
 なぜなら、ウィルフリッドと目が合ったリリアンが、クスッと可愛らしい顔で笑ったからだ。
「うちのチャールズそっくり」
 なんのことかはさっぱりわからなかったが、彼女の笑顔を見た瞬間、雷に打たれたような衝撃がウィルフリッドを襲った。
 心臓が、今までにないほどバクバクと脈打ちはじめた。
「う……っ」
 急に胸を押さえたウィルフリッドを、グレッグと国王が慌てて覗き込む。
「どうした、ウィル!」
「毒でも盛られたか!?」
 その一言で会場が一気に緊張感に包まれたのにも拘らず、ウィルフリッドは胸に手を当てたまま、よろよろと歩みを進めた。
 ――そして。
 リリアンのまえに跪くと、彼女の細くて美しい指にちょこんと触れ、熱に浮かされたようなぽうっとした表情で、言った。
「俺の褒賞は王女殿下との結婚でお願いします」


 * * *


 突然の求婚に、リリアンは「は?」とその美しい顔を歪めた。
 目のまえに跪いているのは、ついさっき執り行われた叙勲式で「救国の英雄」として紹介された男だった。
 ほんの数時間前まで、見たことも会ったこともない人だ。
(そんな人が、どうして私と結婚したがるの……?)
 意味がわからず、リリアンは困惑に眉をひそめてその男――ウィルフリッドを見下ろした。
 リリアンの指を遠慮がちに握る彼の手が、わずかに震えている。突拍子もないことをしたわりに、緊張しているらしい。
(強面なのに、随分と繊細なのね)
 そういうところはチャールズにはちっとも似ていない。チャールズはもっとふてぶてしくて、何事にも動じない。怯えたら負けだと思っているのだ。怯えて尻尾を巻いて逃げるくらいなら、たとえ敵わない相手だとしても最後まで戦い抜く。そういう猫だから。
(似ているのは、やはり傷と髪の毛の色くらいかしら)
 それにしても、いきなり結婚とは、一体どういうつもりだろう。
 父にちらりと視線を送ると、父はなぜかはっとした表情で固まっていた。
 そして数秒後、ポンッと手を叩きながら、言った。
「それはいいな! 救国の英雄ウィルフリッドと我が娘リリアンが夫婦となれば、そなたは我が息子となるも同然。これほど嬉しいことはない」
 まさか父がそこまで喜ぶとは思っておらず、リリアンは呆然とした。
 今までだって何度か見合いの打診はあったが、父は渋々といった感じで場を設けることはあれど、リリアンが嫌と言えば婚約はしないというスタンスだった。
 それなのに、ウィルフリッドが相手の今日は相好を崩してチラチラとこちらを見て承諾するように圧をかけてきている。
(最悪……)
 一国の王女として生まれたからには、結婚に自分の意思が介在してはならないとは重々承知している。
 だが、戦争を終えた今、近隣諸国との関係は友好かつ優位であり、国内もそれほど政治が荒れているわけではないので、王太子はともかく末っ子のリリアンが政略結婚しなければならない状況ではない。
 だからこそ父は遅くに生まれた待望の女子であるリリアンを長く手元に置いておきたがり、婚約にも乗り気ではなかったはずなのに。
(ウィルフリッドは相当お父様に気に入られているのね)
 リリアンは未だ膝をついているウィルフリッドに視線を戻した。
 バチッと目が合うと、彼はぐっと眉間にしわを寄せた。
 そして言う。
「もちろん、王女殿下がお嫌でなければ、ですが!」
 嫌なのはむしろウィルフリッドなのではないかと疑いたくなるほどの鋭い眼光に、リリアンは「えぇ……」と自分にしか聞こえない声でそっとつぶやく。
 彼の本心がまったくと言っていいくらい、見えない。
 父の様子から、ふたりが結託しているわけではなさそうだが、彼に何か裏があるのではとどうしても気になってしまう。
 そんなリリアンの内心は関係なしに、ウィルフリッドの奇行に周囲の視線も集まってくる。おおよその人が英雄の求婚をまさか断るわけがあるまいと信じているらしく、期待の眼差しが突き刺さる。
 なかには悪意のある視線も交ざっているようだったが、今はそれどころではない。どうやって断ろうかということでリリアンの頭のなかはいっぱいだった。
(私は一生独り身を貫いて猫のことだけ考えて生きていきたいのに……)
 固まって口を開かないリリアンに焦れたのか、父があいだに割って入る。
「まあ、出会ったばかりで互いに為人(ひととなり)もわからんだろう。まずはウィルフリッドのことをよく知るために後日ふたりで茶会でもしたらどうだ?」
 さすがにそれは断れず、リリアンは静かに頷いた。
「それなら、喜んで」
 義務的に微笑み、リリアンはウィルフリッドの手をさりげなく振り払うと、小さく膝を曲げた。
「あ、ありがとうございます」
 ウィルフリッドが言い、ようやく立ち上がる。
 魔法騎士というだけあって、背も高いしガタイもいい。平均的な成人女性の身長よりも十センチ以上低いリリアンと並べば、獅子と猫のようだった。
(さて、どうしたものかしら。ウィルフリッドの企みは不明だけれど、私が嫌がればきっとお父様も無理強いはしないわよね?)
 今までと反応の違う父に不安を覚えながらも、リリアンは祝勝会をなんとか無事に終えたのだった。