イゼル=レマンの完璧な人生計画 不運な年上騎士と結婚したら想定外の溺愛に困惑しています! 1
──ほら、これでお前さんの魅力が伝わる。
外された眼鏡の向こうに、そう言って笑う凜々しい顔があった。
生真面目すぎるが故に周りになじめず、職場で一人浮くばかりだったイゼルを救ってくれた上官はレイスという。
イゼルは、幼少期のトラウマのせいで、表情筋がこわばり笑顔を上手く作れない。
更にイゼルは何事も完璧にこなさずにはいられない性格で、少々いきすぎた生真面目さから変わり者と呼ばれ、人からは距離を取られがちだった。
だがそんな自分を変える事もできず、感情のない顔をだて眼鏡で隠すことしかできなかったイゼルに、彼は微笑んでくれた。
イゼルの性格を理解し、融通の利かないところさえ「おもしろいな」と笑って受け入れてくれたのは、家族を除けば彼が初めてだった。
そうしてくれたのは彼がイゼルの上官であり、仕事のためだったのかもしれない。
でも彼のおかげで、イゼルは救われた。
眼鏡を外したその手でイゼルを導き、周囲との誤解を解き、職場になじめるようにしてくれたのは彼だった。
「本当に、後悔しないな?」
そしてそんな恩人が、イゼルと優しく手を重ねながら、甘い声で問いかけてくる。
普段二人の間にある、騎士団の制服は今はない。
生まれたままの姿で、今二人は初夜を迎えようとしている。
「後悔なんてしません、あなたは完璧な相手です」
彼は『ヴィルガータの黒獅子』と呼ばれる名高き騎士であり、たとえ上官だとしても本来ならいち事務官のイゼルが触れあえる相手ではない。
にもかかわらず甘い雰囲気になっているのは、様々な事情が重なり、二人が夫婦になったからである。
「だが急なことだったし、年の差も大きい。俺みたいなオッサンに触られたくないなら、素直に言ってくれていい」
彼は自分を卑下するが、イゼルの考えは変わらない。
(レイスさんに、されて嫌なことなんてないのに)
初めて会ったときから、彼はイゼルを気遣い、真面目すぎる性格を理解してくれた。
優しくて、親切で、そして彼は男性としても魅力的だ。
普段から恋愛事や肉欲に興味ないイゼルでさえ、彼の身体にはドキドキしてしまう。
服を脱ぎ捨て、イゼルにのしかかる彼の身体は、逞しくてしなやかだった。
二十のイゼルより十五も年上のはずなのに、老いは感じない。
翡翠色の瞳を有する目元には年相応の経験と色気が滲んでいるが、そこが彼の魅力の一つだった。
そして何より目を引くのは、黒く豊かな髪に一房混じる銀色の髪だ。
ヴィルガータの守護獣である『黒銀獅子』。黒と白銀のたてがみを持つとされる獣の面影を感じさせるからと、彼は『獅子侯爵』という特別な爵位を王から直々にもらっている。
当人は自分の髪を「特別なもんじゃない。何度も死にかけたせいで色を失っただけだ」などと言っているが、一房の銀髪に尊敬の念を抱く者は多い。
そんな魅力的な容姿を持つレイスを見ていると、むしろ釣り合っていないのは自分の方だとイゼルは思う。
そもそも、イゼルはもう若いとさえ言えないのだ。
ヴィルガータ国での結婚適齢期は十六から十八とされているのに、イゼルは今年で二十になってしまった。
そして容姿も、あまり褒められることがない。
顔立ちは悪くないのだが、きりっとした目鼻と堅苦しい性格の相乗効果で、『怖い』『硬い』『キツい』という印象をもたれがちだ。
唯一女性らしいのは長く美しい銀髪と、小柄で豊満な身体くらいのものだろう。
一応貴族の令嬢らしい立ち居振る舞いや仕草は身につけているが、それを加味しても、異性から魅力的だと思われてこなかったイゼルである。
「レイスさんこそ、気が乗らないのなら言ってくださいね」
「こんな綺麗な女の前で、その気にならない男がいるか」
でも昔から、レイスだけはイゼルの女性らしさを見つけてくれた。
髪型や服装を変えれば気づいてくれたし、優しい顔で容姿を褒めてくれる。
「だからこそ、少しでも後悔があるのなら言ってくれ。これ以上先に進んだら、引き返せなくなる」
そして彼は、いつも優しい。
イゼルを気にかけ、彼女のための言葉をかけてくれる。
「やっぱり、あなたでよかった」
思わず言葉をこぼせば、レイスの目が見開かれた。
「本気か?」
「本気です。だってあなたは優しくて、私を気遣ってくれる。あと、なによりも……」
優しい男の唇に、イゼルはそっと口づける。
「バツ3なのが、とっても丁度いいです」
「キスに添える言葉が、それかい……」
がくりと、レイスがうなだれる。
「むしろ、バツ3なんて結婚相手としてこの上なくヤバイ相手だがな」
「やばいどころかピッタリじゃないですか。妻に逃げられ続けた男と、結婚相手が見つからない女。これ以上ない二人です」
レイスが、本気かという顔でイゼルを見た。
不安そうな彼を安心させたくて、イゼルは枕元からあるものを引っ張り出してくる。
「あなたは、私の計画に絶対必要な人です! 完璧で幸せな人生計画に」
彼に差し出したのは、イゼルの手記だ。
そこには、今後五十年にわたる、人生の計画が詰まっている。
イゼルは今まで、どんなことにも計画を立て、その通りに生きてきた。
手記にして既に十二冊に及ぶ計画を、書かれた通りに実行してきたのだ。
孤児であった自分を受け入れてくれた家族を幸せにするために。そして家族が望んでいる幸せを掴むため、イゼルは計画的且つ効率的に、人生を歩んできた。
その計画は、ほぼ順調だった。
結婚というポイントで躓きかけたが、それもレイスのおかげでなんとかなっている。
「唯一不安なのは子作りですが、そのための計画も練ってきました」
「子作りまで計画!?」
「だって、あなたは勃たないんでしょ?」
レイスが、絶句する。
何も言えないのは、きっと事実だからだろう。
戦争の英雄で、性格まで素晴らしい男がなぜ妻に逃げられているのかといえば、どんな美女を前にしても勃たないからなのだ。
だがその解決策も、イゼルはちゃんと用意してある。
「特製の精力剤とおもちゃ。あとレイスさんが好きそうな女性の写真を五十枚ほど用意しました」
「しゃ、写真……?」
「私に性的魅力がないのはわかっていますので、まずは写真で興奮してもらおうかと」
同僚に協力してもらい、男性が一人で致すときに使うという雑誌を集め、そこに載っていた写真を切り抜いてある。
「昨今の撮影技術の進歩は著しいですね。女性の曲線美を、こうも完璧に捉えるなんて」
などと感動しながら、どの写真がいいだろうかとイゼルは悩む。
「とりあえず、これとかどうですか?」
イゼルの目から見ても美しいと思う女性の写真を差し出してみる。
「……却下にきまってんだろ」
だがレイスはそれを奪うと、ぽいとベッドの横に投げ捨てた。
「好みじゃなかったですか?」
ならつぎ……と写真を広げるも、レイスはそれらもすべてベッドの下に落としてしまう。
「申し訳ありません、お眼鏡にかなう相手が一人もいないなんて、調査不足でした」
「確かに、お前さんは俺をわかってなさすぎる」
次の瞬間、レイスはイゼルの手を掴み、ベッドに縫い付ける。
「俺が抱きたいと思うのは、この世界でただ一人だけだ」
言葉と共に見舞われた口づけは激しく、イゼルは戸惑い翻弄される。
初夜に、身体を重ねることは計画のうちだった。
でも予想では、彼がすんなり自分に口づけてくるとは思っていなかったのだ。
そして何よりもイゼルを驚かせたのは、押しつけられた彼のものが既に力強く脈打っていることだ。
「あれ、勃ってる?」
「そりゃあそうだろう」
「でも、あなたは……」
「あれは誰かが広めた、くだらない噂だ。魅力的な相手には、ちゃんと反応できる」
だとしたら、自分は思い違いをしていたのかもしれない。
「……ということは、精力剤は必要なかったです?」
「それは、どっかにしまっとけ」
「いやもう、使った後ですけど」
途端に「は?」という間の抜けた声がレイスからこぼれる。
「男の自尊心を傷つけないよう、こっそり忍ばせろと言われたので、さっき飲ませたワインに入れたんです」
「誰の入れ知恵かわからんが、余計なことを……」
「薬の効果が出るまでまだ少しあるはずですが、もしかしたらレイスさんは精力剤の効きがいいのかもしれませんね」
「お前さんは、本当に何もわかってねぇな」
今まで穏やかだった顔に浮かぶのは、飢えた獣のような熱情だった。
「俺がどれだけ我慢したか、教えてやる」
そして再び、激しいキスを見舞われる。
(何かはわからないけど、大失敗した気がする)
自分が何を間違えたのか探ろうと、結婚を決めたときのことをイゼルは思い出す。
だが夫のもたらす激しい愛撫に思考を乱され、すぐに何も考えられなくなる。
そして待っていたのは、想像よりもずっと激しくて甘い一夜であった。
イゼルが何よりも優先するのは、孤児だった自分を引き取り愛してくれる『家族』だった。
そして家族が望んでくれる『幸せな人生』を送るために、何事にも計画を立ててきた。
母親に捨てられ、十二歳まで孤児として育ったイゼルの人生には、躓きが多い。
だからこそ、順風且つ平穏な人生に必要なことは何かと、イゼルはいつも考えている。
そんな計画の中でも、今イゼルが最も力を入れているのが『結婚』だ。
イゼルを拾ってくれたレマン伯爵家は、騎士を輩出する武の家で、愛を信じ、愛を大切にしている。
なんでも、伯爵家の者は結婚することで運を引き寄せ、自分にも家族にも幸福を招く事例が多いらしい。
故にイゼルにもそうなって欲しいと家族は言い、「いい人と結婚を」と望んでくれているのである。
そんな望みと、イゼルが持つ生真面目で完璧主義な性格が合わさった結果、出来上がった結婚に関する計画書は、手記一冊分にもあたる。
だがそれほどまでの準備をしても、人生は上手くいかない。
それを証明するように、イゼルの手には結婚を申し込んだ相手からの手紙が握られている。
(結婚って、簡単にできるわけじゃないのね)
長く仰々しい手紙の内容を要約するに、どうやらイゼルはまた見合いの相手に『お断り』されてしまったらしい。
落胆するも、会ったときからこちらに良い印象を抱いていないのは明白だったので、落ち込みは少ない。
(さあ、次よ、次!)
手紙をゴミ箱に放ってから、イゼルは手にしたサンドイッチを一口かじる。
行儀が悪いとわかっていたが、今日は週の三日目。昼休みの半分を使って、たまった事務仕事を片付ける日だ。
だからわざわざ、同僚の誘いを断り、職場の机で一人昼食を取っている。
イゼルが勤める騎士団は、福利厚生が充実し、栄養も味も満点の料理を出す食堂がある。
そのほか軽食がとれるカフェや、夜勤に当たる騎士のための売店なども完備されているが、イゼルは基本的に家から持参した食事を机で取ることが多かった。
決まった曜日に、決まった食事を取り、時間通りに仕事を行う。それがイゼルのルールだ。
そしてそのルールを守るためには、机での質素な食事が一番効率的だった。
残念ながらそれを邪魔する者もいるが、今日はまだ顔を見ていない。
「やはり、再考が必要ね」
手紙を脇に置き、代わりにイゼルは机の引き出しから写真の束を取り出す。
十年前に起きた魔法産業革命により、近頃は便利な魔法道具が増えた。
その一つに、こうした高精細の写真を撮れる撮影機がある。最近では、写真館に行くだけで、誰でも手軽に美しい写真を安価で撮れるようになった。
特別な魔法をかけて撮られた写真は、キラキラした特殊効果まで浮かびあがる華美なものだ。
そして被写体の顔なども三割増しで美化する──はずなのだが、イゼルが几帳面に並べた二十枚の男たちは皆、顔が歪んでいる。
多分、魔法をかけすぎなのだ。その上でキザったらしい表情ばかり浮かべているものだから、なかなかに痛々しい。
(でも男は見かけじゃないって、お母様は言っていたわ)
母はヴィルガータの妖精と呼ばれていたほどの美女だ。にもかかわらず彼女が選んだ男は、王国の北部に生息する『ゴリラ』という大猿に似た厳つい男である。
国の保護動物に指定されるゴリラは、険しい顔に反して気の優しい生き物だ。
それは父も同じで、母は彼の優しい気質に惚れ込み、数多の美男子たちの告白を蹴り飛ばした。
ちなみに、レマン伯爵家の男たちは皆、そろいもそろって父に似た。つまりゴリラである。
そしてそんな容姿が、イゼルはうらやましい。血がつながっていないから当たり前だが、彼女はゴリラにちっとも似ていないからだ。
せめて体格だけでもゴリラだったら、事務官ではなく騎士になって家に名誉を与えられたのにと、常日頃から思っているイゼルである。
だからこそ、結婚相手を探し始めた当初は、父のように内面の良い騎士と結婚できたらと思っていたのだが、そんな好物件はイゼルを選んではくれない。
レマン家に引き取られたとはいえ、どこの生まれとも知らない女を嫁にしたい物好きはいないし、生真面目すぎる性格も凡庸な容姿も異性には魅力的に映らないのだ。
故にこれまでに何度も見合いをしたが、最後は断られ、結果行き着いたのがこの二十人である。
それを熱心に見つめていると、不意に大きな影がイゼルの手元を覆った。
「これまた、ずいぶん几帳面に並べたな」
相手を吟味しようと思っていたとき、逞しくて大きな手が机に載る。
横目で見ただけで、イゼルにはその手が誰のものかわかった。
きっと側にいるのは、特殊な魔法など使わなくても凜々しい男に違いない。
「俳優のブロマイドか? それにしては、なんというか、個性的だな」
舞台俳優よりも甘く低い声が響くも、イゼルは今男の顔を見ている場合ではない。今見るべきは、写真だ。
一枚一枚ひっくり返し、顔と裏に書かれたプロフィールをじっくり見つめる。
プロフィールには名前と年齢、身分と簡単な略歴が書かれている。
私情を挟まず、客観性を重視しながら、イゼルがまとめたものだ。
誰も彼も一回り以上年上だし、身分も高くなく、離婚歴があるものも多い。
しかしイゼルはかれこれ二十人以上に結婚どころか見合いを断られているし、もはや行き遅れの部類だ。
だからこれくらいの相手が丁度良いと客観的には思うのだが、なかなかピンとくる者がいない。
(いえ、私の気持ちなんてどうでも良いわ。冷静に、客観的に、相手を選ばないと)
眉間のしわを深めながら写真を睨めつけていると、不意に形の良い指がイゼルの顎を撫でた。
「そろそろ、こっちを見て欲しいんだが?」
そのまま顔を上向かされると、やはりそこにいたのはイゼルの相棒であるレイスだった。
今日は妙にキザだな……と思いながら渋々視線を上げたイゼルは、珍しく相好を崩す。
「……くっ、ふふ」
「なんだ? 笑っちまうほど顔がいいか?」
「ま、真逆……です……ふふっ……」
普段感情が表に出にくいイゼルだが、稀に、素直に笑えるときがある。
そして大抵の場合、理由は目の前の男だ。
「それで、今日はどんな不運に見舞われたんですか?」
「見ればわかるだろ?」
言いながら、レイスはボサボサの髪に刺さった鳥の羽を引き抜いた。
普段は身ぎれいにしている彼だが、今日はひどい有様だ。
騎士団の制服は所々破れ、ネクタイも曲がり、鳥の羽や動物の毛らしきものがついている。
男前の顔は泥に汚れ、ひっかき傷のようなものまでできていた。
「ビル爺さんのとこのニワトリが逃げて、大騒ぎだった」
「また捕まえてくれって泣きつかれたんですね」
「仕方なく引き受けたら、ルネ婆ちゃんとこの猫たちが突撃してきてな……。ニワトリは大騒ぎだし、猫にはパンチされるし、死ぬかと思った」
「『ヴィルガータの黒獅子』がニワトリと猫にやられるなんて、運と間の悪さは相変わらずですね」
かなり間の抜けた格好になっているが、目の前のレイスは英雄だ。
かつてこの大陸が西にある帝国の侵略を受けた際、レイスは連合国軍の将軍として前線を張り、いくつもの武勲と伝説を作った。
──のだが、その気配が欠片も見えないのは、伝説を凌駕する勢いで運が悪いせいである。
道を歩けば石に当たり、橋を歩けば牛に激突されて川に落ち、一年に一度の大事な昇進試験の朝には、体調不良の老婆に五回も鉢合わせする……という、運のなさなのだ。
それ故出世もできず、彼はニワトリを追いかけるような雑務を行う小隊の隊長を続けている。
『まあ、命がありゃいいか! 運はねぇけど!』
などと本人も不運を受け入れてしまっており、それが更に災いを招いているのか、しょっちゅうボロボロで帰ってくる。
その姿に普段は笑わないイゼルが吹き出して以来、彼はわざわざこうして情けない姿を見せてくる。
「まあ、いいこともあったぞ。ニワトリを集めたお礼に、ドーナツをもらった」
報酬としては釣り合っていない気もするが、彼は心の底から嬉しそうだ。
「ここの、お前さんも好きだろ?」
見覚えのある紙袋を顔の前で振られると、イゼルの目は輝く。
思わず手を伸ばしかけて、そこでハッと我に返った。
「いや、今日は週の三日目だから甘いものは駄目です。眠くなったら、事務作業がはかどらないので」
「書類仕事なら、俺も手伝うから問題ないだろ。それより、イゼルはもっとたくさんくった方が良い」
「これ以上太ると、ただでさえない、女としての価値が下がります」
「体重で変動するような価値で、お前さんの魅力は測れんだろ」
言うなり袋を開けて、レイスがイゼルの口にドーナツを突っ込む。
ふわふわな生地にこれでもかと砂糖とシナモンをまぶしたそのドーナツは、イゼルの大のお気に入りだ。
それを話してから、レイスはことあるごとにおやつとして差し入れをしてくれる。
おかげでこの二年でイゼルの顔は少し丸くなった。
元々痩せすぎていたので丁度良いと周りは言うが、結婚相手を吟味している身で、己の不摂生を許していいのかとも思う。
(でも、おいしい。すごく、おいしい)
罪の味に心を奪われかけていると、イゼルより豪快にドーナツをかじっていたレイスが写真をのぞき込む。
「それで、一体こりゃ何だ?」
「結婚相手です」
「ッ、ごふっ……!」
ドーナツをがっつきすぎたのか、レイスが突然むせた。
「相手って、この中にいるのか!?」
「その予定です」
「もう少し詳しく話してくれ」
「この人たちは声をかける候補です。丁度お断りの手紙をもらったところなので」
「また断られたのか……」
イゼルが結婚相手を探していることは、レイスも知っている。
二人は仕事上のパートナーで友人でもあるため、ほぼ一日中一緒にいる。故に自然と互いの悩みや愚痴を吐き出し合うことも多く、イゼルは結婚相手が見つからないことを彼に何度も話していた。
「何度も言ってるが、無理して結婚することないだろ。イゼルの兄さんたちも逆に心配してたし」
確かに最近、家族は皆『無理してまで結婚することはない』と口を揃えている。
でもそれは、いつまでも結婚できないイゼルへの慰めであり、本心ではないはずだ。
家族はイゼルにとても甘い。
だから『そんなに頑張るな』『好きなように生きていい』と常々言われるが、拾われた恩を何としても返したいイゼルとしては、簡単に甘えるつもりはなかった。
「心配されているからこそ、速やかに結婚したいんです。ということで、この中でレイスさんのオススメはいませんか? 今ちょっと、決め手に欠けていて」
早口でまくし立てれば、なぜだかすねたような顔をされる。
「……そこで、俺に聞くのか」
「レイスさんの意見はいつも的確ですし」
「そう思うなら、無茶な結婚はやめろ」
「その意見だけは的確と言えないので、聞き入れません」
だからお願いしますと期待の眼差しを向ければ、彼は不機嫌な犬のように机に顎を乗せ、イゼルが並べた写真を一枚ずつ指で弾き始めた。
「……論外、絶対に駄目、家庭内暴力で逮捕歴、離婚歴十二、窃盗歴、シスコン、甲斐性なし」
などとブツブツ言いながら写真は飛んで行き、最終的に机に残ったものは一枚もなかった。
「では、こちらは?」
そう言って、イゼルは次点で候補者だった写真を並べる。
「まだあるのかよ」
「これでもかなり絞りました」
「絞るって言葉、辞書で調べ直せ」
先ほどと同じか、それ以上に難がありそうな男たちを並べているうちに時間は過ぎ、気がつけば同僚たちが昼休みから戻り始める。
「大変です。そろそろ午後の仕事なので早く終わらせないと!」
「早く終わらせる案件じゃねぇだろ。せめて、誰か家族に相談するとか……」
「家族はみんな私に甘すぎて、『焦らなくていい』としか言わないんです。でも、伯爵家の令嬢としての務めは果たさねば」
至極真っ当な主張のつもりだったが、レイスはあきれ果てた顔をする。
「務めなら果たしているだろ。あの家はみんな騎士団勤めで、お前さんだって事務官として有能だ。今の時代、仕事に生きる女性だっているし何が悪い」
「でもうちは、結婚と恋愛至上主義なところがあるので」
「なら、余計に変な男を選ぶなよ。これまでに選んだ男に比べりゃあ、三回離婚してる俺の方がマシに見えてくる」
「確かに」
レイスは離婚歴と、哀れな噂がいくつもある。
だが騎士としては有能で、何より見た目も良く、家族に紹介したら受けそうだなと、ふと思ってしまった。
(いや、待って……)
頭によぎった考えに、イゼルは今一度目を向ける。
「レイスさんとの結婚、ありでは?」