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私の忠犬は待てができない!? コワモテ騎士の性急で一途な甘い愛 1

第一話

 

 新月の夜はどこまでも深い闇色に包まれていた。
 社交期の王都とはいえ、表通りから一本裏道に入ってしまえば、たちまち人影はなくなる。
 エミリアはゆっくりと進む辻馬車に揺られていた。
 贔屓にしている孤児院への、出資のお願いをした帰り道である。訪ねたのは、事業がうまくいって最近羽振りがいいと評判の子爵だ。
 ――彼らが孤児なのもひとつの運だからね、それを受け入れないと。
 飾り立てた愛人をはべらせた子爵の言葉が頭にこびりついて離れない。
 これ以上話をしても無駄、と結論づけてエミリアは屋敷をあとにした。
 孤児院の子供たちの境遇を運で片付けるつもりはない。誰かが手を差し伸べれば救われるのなら、そうすればいいのだ。
 それでもエミリアが子爵の言葉について考え込んでしまうのは、それが彼女自身について言われたような気がしてならないからだった。
 自分はどう考えても、不運である。
 この若さにして命の危機に瀕した回数が多すぎる。
 戦地に赴く騎士ならともかく、エミリアは十九歳の田舎令嬢だ。もはやそういう星の下に生まれてきたとしか思えない。
 神に定められし不運の持ち主である自分は、子爵の言う通り、運命を受け入れて粛々と日々を過ごすのが正解らしい。
 それが唯一、不運という天災を生き延びるための策に違いないのだから――。
「っ、きゃ」
 一定の速度で進んでいた馬車が急に停止し、反動で椅子から落ちて膝をついてしまう。
「な、なに!?」
 馬が暴れ、落ち着かせようとする御者の声をかき消すいななきが聞こえた。
 数人の荒い足音に男のダミ声が被さる。
「馬車を置いていけ! そうしたら命までは取らねえよ」
 どうやらこの馬車は何者かによって襲撃されている。
 エミリアは自分の身体をぎゅっと抱きしめた。恐怖で強張る身体に命令して、なんとか深く呼吸する。
 大丈夫。自分は不運だが、不幸ではない。
 今までどんな危険な目に遭っても、こうして生きている。
 エミリアは御者の席に繋がる小窓を開けた。
 馬はもう静かになっていて、その場で鼻を鳴らしながら蹄で地面を蹴っている。
 暗くて詳しい様子は不明だが、馬車の前方に二人の人影が見えた。どちらも大柄の男だ。
 御者はどうしたらいいのかわからず青くなって固まっていた。エミリアはそっと声を掛ける。
「一人で逃げてください」
「いや、しかし――」
「大丈夫。今なら助かりますよ」
 その言葉に勇気が湧いたのか、恐怖にすくんでいた足をもつれさせつつ、御者は男たちのあいだを走り抜けていく。
 そちらをちらりとも見ずに男たちは未だ馬車を取り囲んでいた。
(やっぱりね)
 ご親切なことに彼らはただの物盗りだと自白している。命までは取らない、というのはきっと本当で、彼らも騒ぎが大きくなる前に仕事を済ませてここを去りたいはず。
 社交期の王都には地方から貴族や商人が集まってくるため、盗賊の稼ぎ時なのだ。狙うのはもっぱら金目のもののみで、人の命まで取って罪を重ねるリスクは負いたくないに決まっている。
 エミリアは自分の格好を見下ろす。
 露出の少ないシンプルなドレスの上にケープ型の外套を羽織っている。これで身体の線はほとんどわからない。
 髪は二本の三つ編みにぴっちりと結わえられ、おまけに長い前髪と分厚いレンズの眼鏡で顔もよく見えないはず。
 そのとき馬車の扉が乱暴に開けられた。
 大げさな音に肩が跳ねる。
「なんだ、娘一人か」
 ぐるりと車内を見渡して、男がつまらなそうにつぶやく。
「さっさと宝石やら毛皮やらを盗っちまえよ」
 後ろからもう一人男が顔を覗かせて明らかにしらけた顔をした。
「地味な女だな」
「貴族が乗っていると思ったが外れだ」
 男たちの会話にエミリアは内心ほっとする。
 こちらがお金になりそうなものを持ち合わせていないとわかれば、すぐにどこかへ行ってくれるだろう。
 だらだら仕事をしていればそのうち誰かが気づいて、夜間警護をしている騎士団に通報する。そうなる前に去りたいはずなのだ。
「あ、あのう……」
 エミリアは自分のコインケースを差し出した。
「あまり入っていませんが、良かったら……」
 せっかくリスクを負って馬車を襲撃したというのにアガリがゼロでは納得してくれないかもしれない。
 少ないとはいえ今のエミリアの全財産だ。中には銀貨と銅貨がいくつか入っている。
 これで手打ちにしてもらって、去ってくれれば上々だ。お金は失うが、命には代えられない。
 男はコインケースをむしり取って中を改める。
「少ねえ」
「えっ」
 良い落とし所を見つけたと思ったのに、男は不満げだった。
「あ、あの、焦って成果を得ようとすると身を滅ぼしますよ……? そのくらいで満足すべきでは……」
「ああ?」
「ひっ、す、すみません」
 男にじろりと睨まれて思わず小さくなる。
「おい、外套も寄越せ」
「い、いいですけど……」
 男たちはまだなにか売れるものがないか名残惜しそうに車内を眺め回していた。
「いっそこの女を売ったほうが早いんじゃねえか?」
「はあ? 売れないだろこんなブス」
「そっ、そうですよ! 誰も買いませんて! それに人身売買は見つかったときの罪がめちゃくちゃ重いんですよ!? 最低でも禁錮二十年ですからね。物盗りとは比較になりません」
「なんだ、いやに詳しいな」
「っ、い、いえそれほどでも……」
 余計なことを言っただろうか。あまり刺激したくはないのに。エミリアは再び肩を縮こまらせる。
「まあ人身売買なんてよっぽどの儲けがないとやる意味ねえな」
「そ、そうですよ!」
「じゃあその眼鏡だけ寄越せ」
「えっ!?」
「意外と高く売れるんだよ、眼鏡ってのは」
 男が無遠慮に手を伸ばしてくるから思わず身をよじって逃げる。
「なんだ? 急に聞き分けが悪いな」
「だ、だって……眼鏡がないと危ないじゃないですか! どうやって帰れと!?」
「知るか」
 狭い車内で逃げる場所などあるはずもなく、非情にも眼鏡がむしり取られる。
「はあ? なんだこれ。度が入ってねえじゃねえか」
「お、おいあれ」
 レンズを覗いて苛立った声を上げた男は、もう一方がエミリアを見て呆然としているのに気づいてこちらを見る。
 どんなに俯いても、手で壁を作ってみてももう遅かった。
「は……すげえ美人……」
 男たちの視線がさっきまでとまるで変わっている。
 今日はこうならないだろう。そう思って安心していたのに。
「この器量なら奴隷商に持っていく価値はあるんじゃないか」
「だな。その前に楽しませてもらおうぜ」
 ああ、なんて決まり文句。
 金か。欲か。ひとたび姿を晒してしまえば、自分に寄ってくる男はその二つの選択肢しか頭になくなるらしい。
 ――どこまでも誠実だったあの人以外は。
(ブラッド……今どうしているのかしら)
 唐突に思い出したのは初恋の人の姿だった。
 これは走馬灯だろうか。
 今日は本当にだめかもしれない。不運が不幸を呼び込んで、最期の日になるんじゃ――。
 そのとき。
「なにをしている!」
 鋭い声と同時に、男の「ぎゃっ!」という悲鳴がした。
「やばい、騎士団が――ぐあっ!」
 暗闇の中、剣がわずかな星明かりを反射してぎらりと翻る。
 ぼんやりと浮かび上がるのは背の高い男の人影だった。
(助けに来てくれた……?)
 物盗りの男は騎士団と言っていた。逃げた御者が通報してくれたのだろうか。
「大丈夫か!?」
 焦りを含んだ声の主が振り返り、馬車の中で呆然とするエミリアへ手を差し伸べてくれる。
 しっとりとした低い声だ。耳に馴染んでなんだか落ち着く。
「あの、あ、ありがとうございました」
 黒いハーフグローブをはめた手に自分のそれを伸ばした。
 絶体絶命のピンチを救ってくれるなんてまるでおとぎ話の王子様みたいだ。怖い思いをしたことも忘れて浮かれそうになってしまう。
「ええと、あなたは――」
「きみの犬だ。今日から飼い主になってくれ」
 伸ばした手が空中でぴしりと固まる。
 さっきまでの明るく浮き立つ気持ちはどこへやら。
 エミリアは再び自分の不運を呪った。
 盗賊から逃れたと思ったのに。
 もっと変な人が現れるなんて――。


 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆


 カンターリア王国の貴族令嬢は十六歳でデビュタントとなる。
 真っ白なドレスに身を包み、国王への謁見を済ませればそれが大人への第一歩だ。
 華やかな社交界に身を置き、美しく着飾って将来の伴侶となる人を探す。そこにはどんな素晴らしいロマンスが待ち受けているのだろう。
 ライリー子爵家の一人娘であるエミリアは今年十六歳。あと数ヶ月で社交界にデビューする。
 しかし一般的な貴族令嬢のように明るい希望を抱いて、カレンダーを待ち遠しく眺める毎日は送っていなかった。
(社交界……気が重いわ……)
 エミリアは人付き合いが得意ではなかった。
 どちらかと言えば家で一人、読書や刺繍にふけっていたいタイプである。
 人のたくさんいるところがそもそも苦手なのだが、その中の半数以上が男性だと考えるだけでぞっとしてしまう。
 男性が怖い。あれは金と性欲だけしか頭にない怪物だ。
 そんなふうに思うのは、物心ついて以来、とにかく男性に狙われ続けてきたから。
 娼館へ売るため、もしくは奴隷用として攫われそうになったことは数知れず。親切な顔をして近づいてきた男がいたかと思えば、次の瞬間には押し倒されそうになっている。
 侍女や使用人に助けてもらって事なきを得てきたのだが、そうでなければ命も貞操もいくつあっても足りないくらいだ。
 エミリアの容姿は、どうやら男の情欲をくすぐるらしい。
 白磁のようになめらかな肌に、淡い水色のぱっちりとしたたれ目。小さな唇は桃色に染まっている。
 ふわふわとした長いストロベリーブロンドの髪の毛も甘い顔立ちをぱっと引き立てた。
 あどけない容貌に対して、体つきは女性らしい丸みを帯びている。背は小さく華奢であるのに、凹凸の目立つ体形というのはどうにも男性の欲望を刺激して止まないようだ。
 人攫いの類いが自分のことを金になる商品としてしか見ていないのは当然として、優しい顔でエミリアに接してくる普通の男たちも「かわいい」「綺麗だ」と見た目にばかり言及する。エミリアがどんな話をするか、なにに興味を持っているかには全然注目しないのだ。
 なにを言ってもかわいいと褒めそやされるばかりで、まるで自分がお人形にでもなった気分になる。ちらちらと胸元を見ているのはもちろんこちらにバレているし、そういうときの男の視線というのはどろっとしたいやな湿度を孕んでいて、ただただ気持ちが悪い。
 そんな扱いを受けているうちに、どうやって人と接すればいいのかよくわからなくなってしまった。元々そう外向的な性格ではないのがさらに助長されて今に至るのだ。
 だから社交界デビューなんて憂鬱でしかない。
 ため息をつきながら、習慣になっている孤児院への慰問を済ませたエミリアは屋敷へと戻ってきた。
 ライリー領はそのほとんどを豊かな自然が占める穏やかな土地である。
 町はずれの孤児院には十人程度の子供たちがいて、すっかり顔なじみだ。
 屋敷からは歩いても行けるため、よく顔を出している。
 元々はエミリアの母の提案で父が設けた施設だ。エミリアが十二歳のときに母は亡くなってしまったが、孤児院の子供たちのことはエミリアが引き継いで気に掛けてきた。
 一人っ子のエミリアは、代々守り続けてきた屋敷に父親と二人暮らしだ。
 少ない使用人たちも親や祖父母の代から仕えてくれており、ほとんど家族同然だ。母を亡くした寂しさを紛らわせてくれたのも彼らだった。
 ここは居心地がいい。社交界で得体の知れない男なんかと出会って出て行くより、ずっとライリー領に住んでいたい。
「お父さま、ただいま帰りまし、た……」
 しかし、絶対的なゆりかごであるはずの屋敷に戻ってくると、そこには異物が鎮座していた。
「おお、エミリア! やっと帰ってきたか!」
「え、あの、え? それ――いえ、その方は……?」
 父の書斎を覗くと、応接用のソファに男が座っていたのだ。
 大きい。黒い。怖い……!
 視界の端だけで存在を確認するが、男の中でもかなりエミリアの苦手なタイプだった。
 まず座っていながらその存在を無視できないくらいにがたいがいい。背自体も高いのだろうが、全体的に筋肉がついておりさらに存在感を放っている。
 短く揃整えられた髪は黒色で、着ている服も同じく黒だ。面積が大きいのだから威圧感のある色を着ないでほしい。
 下を向いていても、びしばしと視線を感じる。鋭い眼光でじっくり観察されてしまえば、エミリアは狼に睨まれた兎の心持ちだった。
「エミリア、挨拶をなさい」
「は、はひ……っ、えみっ、エミリア・ライリー……です……」
「ブラッド・レオカディスだ。はじめまして、エミリア」
「あ、はい……」
 男――ブラッドの声は見た目ほど威圧的なものではなかった。
 しっとりと低く響いて、どこか落ち着く。
 つい気が緩んでまともに目を合わせたが、エミリアはまたすぐにさっと俯いてしまった。
(えっ、か、顔、怖……っ)
 ブラッドの瞳は金色で、予想通り眼光がとても鋭い。
 睨まれていると感じたのは気のせいではないようだ。
「ブラッドは父さんの友人の息子さんでね、騎士団に所属して立派に働いているんだよ」
「ま、まあそれはそれは……」
 ここで気を使って「すごいですね」などと言えば、男は増長して距離を一気に詰めに掛かってくるため、エミリアは適当に言葉を濁した。
 どうやら友人の息子とやらが父に挨拶しにきたらしい。
 そろそろ自分は部屋に戻ってもいいだろうか。
 夕食まで一緒だったら嫌だなと思いながら、エミリアはじりじりと後ずさりする。
「そうだエミリア、裏の森に木イチゴを摘みに行くと言っていたろう。ブラッドに手伝ってもらうといい」
「ぅえっ!?」
「喜んで」
 ブラッドは喜んでいるとは思えないような無表情で立ち上がる。
 その体躯は壁か? と思うほどに大きかった。
(お父さまのばか! なんで余計なことを言うのよ!)
 内心憤りつつ、しぶしぶブラッドを引き連れて屋敷の裏手へと向かう。
 群生した木イチゴは赤く熟した実をつけている。つやつやとしてちょうど食べ頃だろう。
(木イチゴでのジャム作りは恒例行事だけど、そろそろ収穫だなんて言わなきゃ良かったわ)
 エミリアは隣を歩く壁――もといブラッドをこっそりと見上げる。自分よりも頭一つ分背が高い。
 父だって、エミリアの今までの危機を知らないはずがないのに。よりによってどうしてこんな男と二人きりにしたんだろう。
 ただでさえ華奢なエミリアだ。こんな大男に押し倒されでもしたら抵抗のしようがない。
「あ、あの、木イチゴは一人で摘めますから、良かったら父とおしゃべりでもしていたらいかがでしょう」
「いや、興味があるので同行したい」
 相変わらずにこりともしないでブラッドが言う。
(興味があるなんて絶対嘘!! わたしを襲うタイミングを見計らっているはずよ!!)
 エミリアは心の中で半べそをかく。
「じゃあ……わたしはこのあたりを摘んでいきますね」
 しゃがみこめば、ブラッドもその隣に並ぶ。
(な、なぜ隣に!? こんなに広いんだからほかのところを摘めばいいのに――)
「すまない、嘘をついた」
「えっ!?」
「興味があるのは木イチゴではなく……きみになんだ」
「っ……!」
 ざわっといやな胸騒ぎがする。
 ――来た。
 どうせこのまま押し倒されて、すでに不快指数が閾値を超えているというのに「気持ち良くする」などとふざけたことを言われ、ドレスに手をかけられて――。
(どうしよう、侍女についてきてもらうんだった)
 叫んでも、エミリアのか細い声では屋敷に届くとは思えない。
 終わった。
 絶望してつい手元が留守になる。
「痛っ」
 尖った枝の先が指先を掠めた。
「大丈夫か!?」
 ブラッドはエミリアの手を両手で包み込むと、滲んだ血をさっとハンカチで拭った。
「良かった。たいしたことはない。血もすぐに止まったし、念のため屋敷で消毒しておけば事足りるだろう」
「あ、はい……」
 握った手はすぐに離される。
 あれ? とエミリアは不思議に思った。そのまま押し倒すのではないの、と。
 ブラッドは軽くさまよわせた視線を木イチゴに留めおく。
 そういえば、二人きりになってからは彼からの視線をまったく感じない。男たちには無遠慮な視線を向けられることばかりだったが、ブラッドは故意に目を逸らしている気がする。
「遠征のとき、国境近くの壁画を見た。あれは孤児院の子供たちが描いたものだとあとから知った」
「えっ、壁画を見てくれたんですか!?」
 思いがけない言葉につい前のめりになってしまう。
 母の代から続けていた孤児院への援助だが、エミリアが引き継ぐようになって、それだけでは不足だと痛感した。
 毎日をしのぐための水やパンはなんとかなっているが、彼らには教育を受けさせてあげたい。
 そのためにはライリー家の微々たる援助では足りなくて、さらに出資を募る必要がある。
 そこで孤児院の存在を知ってもらおうと、国境の近くにある教会の壁に絵を描かせて欲しいと願い出たのだ。
「あれは西部の夏の盛りを描いたものだな。俺の生まれ育った故郷の景色によく似ていて、懐かしくて……。騎士はときに命を賭して任務に当たらなければいけない。だから、ああして故郷を思い出す絵を見られて、帰って来なければと強く思った。――すごく、励まされた」
「っ、そう、そうなんです! あそこは国境を行き来する人たちがよく通るし、西部の景色は本当に綺麗だから、それで……っ」
「先頭に立ったのが貴族の令嬢だとあとから聞いた。孤児院への出資を募る活動をしていて、これはその一環なのだと。俺には思いつかないやり方だったから、どんな人がはじめた活動なのかと気になっていた」
「気になるってそういう……」
「その話をしたら、父がエミリアの父上と旧知の仲だと言うのでな。それで会わせてくれないか頼んだんだ」
「そう、だったんですか……」
「エミリアは聡いんだな。あの絵で興味を惹かれたのはきっと俺だけじゃないはずだ」
 そんなふうに言われたのははじめてで、ぽかんと開いたままの口が塞がらない。
 今までも男性と話すときに、孤児院の話をしたことはあった。自分が一番力を入れている活動を知って欲しかったからだ。
 けれど熱量に反して、たいていは聞き流されるだけ。貴族令嬢が孤児院への慰問をしているという大筋を聞いただけで「優しいんだね」と微笑まれて終わりだ。
 エミリアが取り組んでいる事柄を評価してくれた人はいなかった。
 こちらの顔も見ていない段階で興味を持ってもらえるなんて、そんな経験ははじめてだ。