このたび、ゼロ日婚いたしました。2 蜜月な冒険者夫婦は運命を知る 1
外の喧騒が聞こえない深夜、三日月が眩い。
冒険者の集う『マガリ亭』の酒場も、そろそろ店じまいだ。
そして上階の宿の一室では──。
「ん……」
ヒルダ・ヒーリーは、夫・オズワルドとベッドの上で抱き合い、口づけを受け止めていた。
扉には、オズワルドが魔法で強力な鍵(ロツク)をかけている。容易には解除できないはずだ。
ついでに内側からは、音も漏れないようにしてくれている。しかし、それでも階下の音が少しばかり気になってしまう。
「気もそぞろだな……」
「そ、そりゃそうでしょ」
「いい加減、慣れないか……」
そんなことをいわれても、やはり気になるものは気になる。
精霊のティティは、空気を読んでしばらくどこかに行ってくれたものの、やはり二階へ上がってくる足音──たとえそれが別室の客だとしても、聞こえてくるとびくっとなってしまう。
「無音(ミュート)の効果を強めるか?」
耳朶を甘噛みされながら囁かれ、ヒルダはきゅっと目を閉じた。
「だ、大丈夫。そこまでしなくても、いいです」
ぷるぷると震えながら告げると、ふっとオズワルドが低く笑った。
余裕めいた態度にムッとしたが、強く抱き寄せられれば心臓の音がより激しくなって、それどころではなくなる。
「あ……っ」
まだ脱がされていなかった夜着の紐を、しゅるりと解かれた。
ふっくらとした、乳房があらわになる。
この瞬間、ヒルダはいつも顔どころか全身が一気に熱くなってしまう。健康的な肌が、上気する。
ただでさえ、三日月にもかかわらず明るい夜。部屋の灯りも点されていて、隠そうか迷っているうちに、ちゅうっと膨らみを吸われてしまう。
「ひぅ……っ!」
花を散らすように鬱血痕をつけられ、ヒルダは身を硬くする。
「力を抜くといい」
「ん……」
「最近、どうも恥じらうことが多くなってきたな」
「だって……」
出逢ってゼロ日で(偽装)結婚したが、今では身も心も夫婦で恋人だ。
だが、肌を重ねるうちに改めて、結婚したのだなあという実感がわいて出てきて、そのせいで羞恥心が溢れてくる。
恋人など、今までいたことがない。
全てが初めてだ。
だから、正解がわからない。
恋人らしいとは、夫婦らしいとは、なんなのか。
「あっ、ああ」
自分のものよりひとまわり大きな手で腰を優しく撫でられ、くすぐったさと温かさで、ヒルダは甘い声を漏らした。
ドキドキする。
胸の赤い実が、ぷっくりと膨れて硬くなる。
「んんっ」
そこをちゅうっと吸われて、ヒルダは身を捩らせた。
「あ、ああ……オズワルド……」
絶え間ない愛撫で高められて、手つきはとても優しいのに、追い詰められている感じがする。
身体は燃えるように熱い。は、は、と呼吸が乱れていく。
「ひあっ!」
潤みを含んだ茂みに指が触れる。
「や、ああ……っ」
くちゅくちゅと粘る音に変わるまで、間もなかった。
オズワルドの指が、秘壺のふちをなぞるように撫でる。
自分よりも長くて太い指が、ぬちゅりとなかに入ってくる様を、ヒルダは先んじて想像するのを止められなかった。
「ふっ、くぅ……うっ」
期待した通りに、ぬるる、と指が入り込んでくる。
ヒルダは思わずふるふると首を横に振った。
すると、オズワルドが指を引き抜こうとした。
「あ、ああ、ちがう、ちがうの」
「違う……?」
余裕めいた声に、ヒルダはすぐに、オズワルドが意地悪をしているのだと気づく。
「……あ、あのっ、これは、反射的なもので、そのっ」
「ああ、わかってる。可愛いヒルダ」
そんなことをいわれたら、ますます恥ずかしくなる。
ちがう、と否定したことを、否定したくなってしまうぐらい、顔どころか全身が熱い。
「んっ」
キスをされて、口のなかに入り込んできた肉厚な舌に、己の舌を搦め捕られる。
息苦しくなるとすぐに隙間があいて、深く息を吸う。タイミングをはかったように、また奪われる。
お互いの唾液で、唇どころか顎や頬も濡れた。
「んんっ、あ、ああ」
動きを止めていた指が、ぬちゅぬちゅと抜き差しを始める。
すでに蜜で潤んでいた肉路は、オズワルドの指に絡み付くように収縮し、二本目、そして三本目も受け入れた。
「は、ああ……ぁ」
ずちゅぬちゅ、と、ねばっこい音が大きくなって、鼓膜を揺さぶり己の耳までも犯す。
「んっ! は、ああ……あぁ」
オズワルドの右手は、溢れる水を湛える泉を探り、左手は胸の膨らみを弄ぶ。
そのあいだに口づけもされて、ヒルダは翻弄されるばかりだった。
これで魔法は、避妊以外は使っていない。
いや、絶対、肉体を興奮させたり心を惑わせたりするような、特別な魔法を使っているに違いない──と、以前聞いたことがあったが、そうした幻術の類は、彼は使っていないという。
『魔呪に苦しんだ君に、そんなことができるものか』
真顔でいわれたことを、鮮やかに思い出すまでがワンセットの流れだ。
わかっている。
これほど大事にしてくれるオズワルドなのだから、気遣ってくれていることぐらい。
魔法適性がゼロで、魔力による効果を受けられないヒルダが、避妊の効果を受けているのは、婚姻のリングという魔導具のおかげだ。
これは、本来はお互いの魔力を通わせることで、位置情報を掴んだり、遠く離れても簡易な魔法を飛ばしたりできるものだ。
このリングをしている限り、オズワルドの魔法ならヒルダも効果を受ける。
オズワルドなら、幻術をかけるのも容易いだろうけども──。
彼の誓いを信じる一方で、こんなにも心も身体も熱くなってしまう自分が、信じられないのだ。
オズワルドが好きだから、感じるのだろうか。
「あああっ!」
浅い場所にある、感じやすいところをくいっと責められて、大きい声が出てしまった。
「ここが……弱いんだな」
「う、よ、弱くないよ……」
「嘘をつくぐらいには、まだ余裕があるのか」
「う、嘘じゃないっ、っ! あああぁぁっ!」
もはや防音でなければ、階下どころか外にもばっちり聞こえてしまっているだろう。
決して引っ掻きはせず柔らかい動きなのに、容赦のない刺激を与えられて、ヒルダはびくんびくんと跳ねた。
「や、あああっ、だめ、そこ……っ、うあ、ああぅ」
目の前がチカチカする。
ヒルダからは見えないが、感覚でわかる。とぷとぷと、愛欲の粘液が秘部から溢れていることが。
「もう充分か……」
オズワルドが、赤い舌を覗かせた。
溶けるような視界のなかでそれを見ていたヒルダは、ずるりと引き抜かれる指の感覚に「ひっ」と短く啼いた。
いつのまに寛げたのか、次の瞬間、濡れそぼつ秘裂に肉杭の先があてがわれた。
「あ、ああああっ!」
ずぷぷっと勢いよく、陽根が押し込まれる。
痛みは、少ない。
ただただ、圧迫される。
感じる場所全てを押さえられているようで、ヒルダは腰を揺らし、より奥へと導こうとした。
「あ、ああっ、オズワルド……っ! ひああぅ!」
名前と喘ぎを交互に繰り返して、ヒルダはぎゅうっとオズワルドに抱きついた。
「んんっ」
貪るような口づけを受け止めて、ヒルダも必死で舌を絡めて応える。
どこもかしこも一つになっていく。
そんな感覚に襲われる。
魔法でもこんなことは起きないだろう。魔法とは不本意ながら無縁で暮らさざるをえなかったヒルダでも、そう確信している。
「あああ!」
ずぷっ、ずちゅんっ!
濡れた肉を打ちつけ合う音と、愛液が混ぜられてねばっこくなっていく音が、絶え間なく響く。
「んん、あああっ! ひ、ううう」
ヒルダも腰を動かして、より奥深くオズワルドを迎え入れる。
「あああぁぁーっ!」
徐々に高みへ追いあげられ、子宮口をとちゅんと突かれたとき、ばちんっと白い火花が視界で散った。
「くう……っ!」
オズワルドもまた限界に達したらしい。
呻きと同時に、びゅくっ! びゅくっ! と、激しい迸りをヒルダの最奥へと放った。
熱源が広がっていく感覚を味わいながら、ヒルダはゆっくりと目を閉じた。
「うっ、う……ああ……」
朦朧としながらも、ヒルダは健気に精を受け止めきった。
オズワルドが、ずるりと自身を引き抜く。精液と愛液がまざった白濁した粘り水が、とろとろと流れていくのがわかる。
ベッド脇の小さいデスクに置いてあった白い布に手を伸ばしたオズワルドが、己の肉根ではなくヒルダの秘部を先に拭ってくれた。
「んっ」
ただ清めているだけだというのに、それでも刺激になってしまう。
好きだから、自分たちは肌を重ねるようになった。まだ冒険者をやめるわけにいかないので、避妊魔法は必須ではあるが。
(いきなりの結婚から始まったけど、今はちゃんと恋人なんだから……)
出逢いは森のなかで、ヒルダは巨大スライムに襲われていた。
魔法生物である巨大スライムに、魔法適性のないヒルダはされるがままになってしまった。
そのとき助けてくれたのが、通りかかったオズワルドだった。
ヒルダは防具を全て溶かされていて、素っ裸という醜態をさらしてしまった。
そしてなりゆきで、このマガリ亭でパーティーを組むと同時に、結婚することになった。
冒険者同士が結婚すると、婚姻のリングという、特殊な魔導具がもらえるのだ。
これを使うと、魔法適性ゼロでも魔法の効果を受けられる。そういわれて、ヒルダはオッケーしたのだ。
一方、オズワルドは前衛を任せられる相棒を探しており、さらにどうすれば適性のない人間にも効果を与えられるかを試したかったらしい。
つまり、利害が一致した偽装結婚だったのだ。
そう、最初は、そうだった。
それが今は、恋人。
その響きが、ヒルダを甘やかな心地にさせる。
後始末を終えると、服を着直さないまま、二人は弛緩してベッドに深く身を沈めた。
「……ねえ、オズワルド」
「なんだ?」
起きてからいうべきかもしれない。
そうは思いつつ、ヒルダは、そろそろ願い出たかったことを告げる決意をした。
「あのね、私のお母さんに──会ってほしいです」
故郷にいる、病床の母。
冒険者になってからは、治療費を送るばかりで一度も会いに帰っていない。
すでに手紙ではオズワルドを紹介しているが、やっぱり、ちゃんと顔を出したい。
「ああ、喜んで」
オズワルドは、まったく拒むことも躊躇うこともなく、快諾してくれた。
「……ありがとう」
ヒルダは、ふ、と安堵した気持ちで微笑んだ。
夫婦になるということは、家族になるということ。
やはりきちんと、母に会わせたかった。
***
「あらぁ、里帰り? いいわねぇ」
トニトルス王国の東にある城塞都市ジルヴェット。
この地に店を構えるマガリ亭の看板娘(とはいえヒルダより三つ上である)のマティルダが、ほんわかとした笑顔でそういった。
今のマガリ亭は、登録している冒険者は仕事をこなしているか部屋で休んでいるかで、午後にほんのわずかに存在する呑気な時間帯だ。
先触れの手紙を宿の受付に渡すついでに、ヒルダはマティルダに里帰りの件を話したのだった。
「ヒルダの故郷のワグテイル伯爵領は、ここから歩いて三日ぐらいだったわねぇ?」
「うん、そこまで遠くはないんだけど、一人で帰るには億劫な距離なんだよね」
ヒルダの家は山のほうにあるとはいえ、村の入り口までは平地なので、馬でも充分帰ることができる。
だが、帰るあいだは冒険者業は休むことになるし、徒歩にしろ馬にしろ金はかかる。もちろん、馬車もだ。
魔法使いなら転移魔法を使うこともできるだろうが、ヒルダは魔法適性が皆無であるがゆえにパーティーに長くいられず、力を借りることは不可能だった。
転移魔法を依頼したり、そうしたアイテムを購入したりもできする。しかしこれらもやはり、なんだかんだで金がかかる。
その分も全て治療費に回したくて、ヒルダはせめてもと手紙を送るのみで、故郷には長いこと帰っていなかった。
冒険者としても相棒であるオズワルドは、過去のトラウマ──自分をかばった父親を見捨てる形で転移をした一件から、今でもその魔法だけは使うことができない。
「いいじゃないのぉ。まだオズワルドさんと一緒に遠出はしてないでしょぉ?」
「そ、そうなんだけどね」
「伯爵領は風光明媚でいいところだと聞いてるわぁ。ゆっくりしてきなさいよぉ」
「そうだね」
病床の母は今、家ではなく、ワグテイル伯爵の持つ別邸で療養している。
ワグテイル伯爵とは、幼い頃に何度か顔を合わせていた。
厳かな空気をまとって物静かであるが、温厚な人物だ。優しいおじさん、という認識でいる。
本来、領主と一領民はそんなに交流を持たない。せいぜい収穫祭などで挨拶をするぐらいだ。
元々、ヒルダの母と当時赤ん坊だったヒルダは流民で、行き倒れていたところを保護されて入村した。そのせいか、なにかと気にかけてくれたのである。
実は、母は流民ではなく、自分の本当の父親もワグテイル伯爵なのではないか。
幼い頃は、そんな疑問を抱いたことすらあったが、それを察したかのようにある日、母がいった。
『伯爵様は恩人であって、父親ではありません』
父の話をまったくしなかった母が、ヒルダの父親について、初めてヒントになるようなことをいった。そして、これが最後だった。
あまりにきっぱりとしたいいっぷりだったので、伯爵の娘ではないのは真実なのだろうと、ヒルダは納得している。
第一、自分と伯爵は似ても似つかない風貌だ。
「うふふ、夫婦水入らずの旅ねぇ」
ワグテイル伯爵のことを思い出していたヒルダは、マティルダの笑い声で我に返った。
「え、あ、ふっ、夫婦って」
「夫婦でしょぉ? 偽装はやめたんだしぃ」
「そ、それはそうなんだけどさ!」
否定することではまったくない。だが、改めていわれると慣れなくて恥ずかしい。
「オズワルドさんのおかげで、まーったく聞こえないから助かるわぁ」
「えっ、え、なんで魔法のこと知って」
「うっふふふぅ」
「やだやだ、怖い」
マティルダはどこまで察しているのか。いや、追及するほうが恐ろしいため、これ以上は触れないことにした。
「出立は明日?」
「うん」
「晴れるといいわねぇ」
そんなのほほんとした会話をしたところで、ほかの冒険者たちが戻ってきた。
マティルダに明日弁当を作ってもらう約束をして、ヒルダはその場を離れたのだった。