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処女令嬢は最強ユニコーンの激重執着愛から逃げられない 3

第三話


 茶会はつつがなく終わった。
 皆歳も近いし、身分を鼻にかける子もおらず、終始和気あいあいとした雰囲気だった。男の子とは近づきすぎないよう細心の注意を払って、お喋りを楽しんだ。
 ほんの数時間の茶会だったが、皆かなり仲良くなったと思う。
 特にハニエット子爵家の長女シエラは同い年ということもあり話が弾み、手紙のやり取りを始めることになった。
 シエラの二歳上の兄、フロイドとも好きな本の話で盛り上がった。やさしく落ち着いた男の子で、次男も含め美形三兄妹だ。自分にもこんな兄がいたらよかったのに、とほんの少しだけ思ってしまった。
 懸念していたリヒトの妨害も特になく、泉で茶会の報告をしたときも特段怒った様子も拗ねた様子もなかったので、ルロワがリゼットの社交に納得してくれたのだと、このときは信じ切っていた。
 しかし、その後不可解なことが起こった。
 再び茶会で顔を合わせたとき、仲良くなったはずの男の子たちから怯えたような態度をとられてしまったのだ。
 表面上は仲が良さそうに取り繕ってはいるものの、リゼットが話しかけるとビクッと身体を跳ねさせる。
 フロイドも例外ではなく、リゼットと目を合わせようとしない。
 かといってシエラはいつもどおりで、屈託ないお喋りは心地のいいものだった。
「ねえ、シエラ。私、あなたのお兄様に避けられてない? それに、ほかの男の子たちも……」
 男の子たちが座っているのに飽きて遠くで遊んでいるのを眺めながら、リゼットはシエラに訊いた。
「ええっ? そんなことないわよ。むしろ、あなたのことを可愛いってずっと言ってたもの。逆に意識しすぎちゃってるんじゃないかしら」
 意味深に微笑み、シエラが答えた。
「可愛いって……」
 家族以外に初めて言われ、リゼットの顔がじわじわと赤くなっていく。
「そうだわ! リゼットがお兄様と結婚すれば、私たち姉妹になれるじゃない? そうしましょうよ! きっとお兄様も喜ぶわ」
「ええっ!?」
 突飛な提案に、リゼットは目を瞬かせた。
(可愛いって言われるのは嬉しいけど、結婚なんて言われても困るわ……)
 脳裏に拗ねた顔のルロワが思い浮かぶ。
 男の子と茶会をすると言っただけでもあんなに不安そうにしていたのに、結婚の話なんてしたらどうなってしまうのだろう。
「お兄様! ちょっとお話がありますの!」
 シエラが大声でフロイドを呼びつける。それに気づいて彼がこちらを向いた。
 ぱちり、目が合う。
 しかし――……。
 彼はリゼットからさっと目を逸らし、シエラを無視して男の子たちのほうに行ってしまった。
「お兄様ったら、照れてるのかしら」
 不満そうにシエラが頬を膨らました。
「そんなことはないと思うけど……」
 照れているのではなく、あの表情には明らかに怯えが滲んでいた。
 そのことに動揺しながら、リゼットはちらりと近くの木を見上げる。枝葉に隠れたリヒトは、気持ちよさそうにスヤスヤと眠っているようだ。
(リヒトが何かしたわけでもなさそうだし……)
 ひょっとしたら知らないあいだに自分が何かしでかしてしまったのかもしれない。それをフロイドが男の子たちに共有して――。
(だから男の子たちだけに避けられているのかも……?)
「うーん……」
 思い悩むリゼットの手を、シエラがぎゅっと握る。
「気にしなくていいわよ、リゼット。そっけない態度を取ってたら嫌われちゃうわよってあとで釘を刺しておくから」
「そんなこと言わなくていいわ。フロイドは素敵な人だけど、結婚なんてまだ考えてないし……」
 リゼットは十歳を過ぎたばかりだ。中央の高位貴族たちには幼くして婚約者がいるとは聞くが、田舎の低位貴族には関係のない話だと思っている。
 現に両親からは結婚のけの字も聞かされたことがない。
 今はまだ勉強や魔法の特訓をしたり、ルロワと森で遊んで過ごしたりしていたい。
「まあ、そうよね。それに、どうせならたくさん恋をしてからがいいわよね!」
 シエラが興奮したように言い、それからほかの女の子たちを呼んで恋の話で盛り上がりはじめた。
 どこそこの令息がかっこいいとか、第一王子よりも第二王子のほうが美形だとか、第三王子はもう十五歳にもなるのにまだ婚約者がいないとか――……。
 きゃあきゃあと姦しい声を上げてお喋りに興じる彼女らと一緒に笑みを浮かべつつ、しかし内心リゼットは戸惑っていた。
(皆、男の子に興味津々なのね。私にはまだ恋とかそういうの、よくわからないかも……)
 フロイドのことはかっこいいと思っているし、話していて面白いと思うけれど、それ以上の感想はない。
 良くも悪くも、シエラに対しての感情とまったく同じだ。
 ほかの男の子にも、皆が言うときめきだとか胸がぎゅっと苦しくなるような気持ちを抱いたことがない。
 小説も、恋愛小説より魔法書や冒険譚のほうが好きだ。
 新しい魔法をルロワに教えてもらったときや、勇者が魔王を倒す場面を読んだときは、叫びだしたいくらい胸がドキドキする。
 もちろん、それが皆の言うときめきとは違うとわかってはいるけれど……。
(私も、いつか恋をする日が来るのかしら……?)
 そんなふうに不安と期待を抱きながら、リゼットは皆の話に耳を傾けていた。

 しかし、そんなリゼットの期待は実を結ぶことのないまま五年が過ぎた。
 家同士の茶会に、悉く男の子が出席しなくなってしまったのだ。
 出席したとしてもリゼットに対してはなぜか怯えたように距離を置き、会話にならない。シエラやほかの女の子たちは、「リゼットが可愛すぎるから皆遠巻きにしてるんだよ」とフォローをしてくれるものの、避けられているという事実にリゼットはへこんだ。
 それに加え、リゼットと話すと悪夢を見るという噂まで流れている始末だ。これで気にしないというほうが難しい。
「どうして皆私を避けるのかしら。シエラは気にするなって言うけど、もしかして私、男の子からしたらものすごく不細工だったりする……?」
 泉に脚を浸し、パシャパシャと水飛沫を立てながら、リゼットはルロワに訊いた。
「そんなことないよ。リゼットはいつ見ても美しいし、いい匂いがする」
 そう言うルロワは、五年でかなり大きくなった。ガルニエ子爵家の馬よりも大きいくらいだ。
 声も完全に大人の男性のそれになった。程よく低くて、張りのある声だ。
「本当? 変じゃない?」
「ああ。君より美しい女性は見たことがない」
 そう言いながら、ルロワはリゼットの頭の上に顎を乗せた。
「そんなこと言って、ルロワは私以外の人間を見たことがないでしょう?」
「リヒトやほかの眷属たちを通して見ているさ」
「……そうだったわね」
 歳を重ねるごとに、ルロワの魔力はどんどんと増えていっているようだった。
 普通、眷属を一体作り出すだけでもすごいことなのに、それを何体も作り出しては使役している。
 それだけではない。ルロワ曰く、今やガルニエ領の森全体と感覚を通わせることができるというのだ。
 おまけに以前は視ることしかできず、火事が起こってもすぐには消し止められなかったが、成長した今は森のどこで何が起こってもすぐに対処ができるとのことだった。
 つまり森はルロワの支配下にあると言っても過言ではない。
 しかも、その支配は毎日少しずつ範囲を拡大しているというのだから驚きだ。
 リゼットもルロワのおかげで基本的な魔法はすべて習得したし、身を守るには十分な力を手に入れた。
 しかし、魔法を使えるようになればなるほど、ルロワとの力の差に戸惑いを感じてしまう。
 ルロワの力はあまりにも強大で、人知を超えている。
 本当は、こんなふうに気軽に話していい相手ではないような気さえする。だが、リゼットがよそよそしくなってしまったら、きっとルロワは悲しむだろう。
 そんな考えに浸っていると、また自分が男の子たちに避けられていることを思い出してしまった。
「はあ……」
 重苦しいため息に、ルロワが心配そうに顔を覗き込んできた。
「そんなに嫌なことなの? 男の子に避けられるのは」
「うーん……。男の子にっていうよりは、男女関係なく誰かに避けられるのがつらい、かしらね」
 しかも、その原因が未だわからないのがなんとも座りが悪い。自分に非があるのなら直す努力をするのだが、誰も何も言ってくれないから直しようがなかった。
 リゼットが答えると、「ふうん」と気のない声が返ってきた。
「でも、これからもこんな感じだと困ったことになるわね」
 再びため息をつき、リゼットは水面を蹴った。
「どうして?」
「だって、私、もうすぐ十六歳よ。十六歳はこの国では成人なの。だから、誕生日を迎えたら、王都に行って陛下に挨拶しなきゃならないのよ」
「挨拶だけ?」
「もちろんパーティーに出なきゃいけない。それがデビュタント――社交界への参加が認められる大事な会になるわ。そしてそこには男の人だっていっぱいいる」
 田舎貴族の令息や令嬢は近隣の貴族同士で結婚することが多いが、王都での社交で、より広く顔を繋ぎ、中央貴族と縁を結ぶことだってある。
 ようは婚活パーティーのようなものだ。
 ただでさえ近隣の令息たちに避けられているのに、もし王都でも男性に相手にされなければ、リゼットの結婚は絶望的なものになってしまう。
「結婚なんてせずにずっとここにいたらいいのに」
 ルロワが首を傾げた。
「そうね。もし結婚できなければずっとガルニエにいることになるだろうから、そのときはルロワとずっと一緒にいるわ」
「本当? というか、結婚したら僕のところに通わなくなるつもりなの?」
「ガルニエからよそに嫁げば当然気軽には来られなくなるわ。抜け出すのが難しくなってしまうでしょうし……。だから頻度は減るでしょうね」
 リゼットがそう答えた途端、泉の水が氷のように冷たくなった。
「きゃっ、冷たっ!」
 慌てて脚を引き上げ、ルロワを見遣る。
(今の言い方じゃ、ルロワと会えなくなってもいいって言っているように聞こえたわよね。怒るのも仕方ないわ)
 もう十年近くルロワの傍にいる。だから、彼の感情次第でこの泉の空気が変わることはわかっていた。この泉はルロワそのものなのだ。
 いつも心地よい風や穏やな月明かりがあるのは、リゼットと一緒にいることを彼が喜んでいてくれるからだ。
「違うの、会いたくないとか寂しくないとかじゃなくてね、」
 離れていてもルロワとはいつも繋がっているような気がしていると言いたかったのだ。だから、たとえ距離ができても、ずっと友だちであることには変わりないのだと。
「会えないんじゃ同じことだよ。リゼットはずっとガルニエにいて」
 凄みのある声で、ルロワが言った。
 お願いしているようでいて、しかし逆らえない圧があった。
「う、うん……。なるべく跡取りじゃない令息と結婚してガルニエに来てもらえるようにするわ」
 リゼットはじわりと背中に汗を掻きながらそう答えた。
 だが、その答えではルロワは納得しなかったようだ。
「結婚もしちゃダメだから」
 今度こそ、お願いではなく命令だった。
 ざわざわと木の枝が揺れ、泉の魔素がどんどん濃縮されていくような息苦しさに見舞われる。
「ルロワ……」
「結婚なんてせずに僕と番(つが)えばいいんだ」
 ふいに、ルロワがそう呟いた。そして美しく澄んだ蒼い目が、じっとリゼットを見つめる。
(そんなこと、できるわけがないわ。だって私は人間で、ルロワはユニコーンなんだもの。人間と聖獣の夫婦なんて、聞いたことがない)
 しかし冗談にしてはルロワの目は真剣で、まっすぐ受け止めるにはあまりに重い。
「そ、そういえば、ユニコーンってメスはいないの?」
 リゼットは逃げるようにそう訊いた。
 その途端、先ほどまでの空気が霧散し、いつもどおりの泉に戻る。
「……いるよ。数は多くないけど、森のあちらこちらにね。物好きなやつは人間の近くで暮らしてるのもいる。でも、メスは角がないから、人間には普通の白馬と区別がつかないと思う」
 ルロワがそう言い、ふいっとリゼットから目を逸らした。それにほっとして、リゼットは座り直す。
「そうなのね。じゃあ案外私も見たことがあるのかも」
「かもね」
 そっけなく頷きが返ってくる。こんなふうに冷たくされるのは初めてで、喉の奥が詰まったような気分になる。
「ルロワ以外のユニコーンのオスは?」
 さらに会話を広げようとそう訊くと、今度こそ無視されてしまった。
(私がほかのユニコーンと仲良くなるのが嫌なのかしら? でも、確かにルロワがほかの人間と仲良くしてるのを想像したら、私もモヤモヤしちゃうかも……)
 自分以外の誰かと楽しそうにするルロワを思い浮かべると、自然と眉間にしわが寄る。
 そしてつい、ぽつりと零してしまった。
「あーあ。ルロワが人間だったら、一緒にいても誰も何も言わないのに」
 もしくは、リゼットがユニコーンだったなら――……。
 しかしまさかその一言が、リゼットとルロワの運命を大きく変えることになるとは思ってもいなかった。
「それだ!」
 まるで名案だとでもいうかのように、ルロワがすっくと立ちあがった。先ほどまでの拗ねた態度とは打って変わって、瞳をキラキラと輝かせ、リゼットに向き直る。
「人間になったらきっと自由に森を出られるし、リゼットと一緒にどこにでも行ける。どうして今まで思いつかなかったんだろう」
「えっ、でも、そんなこと……」
 叶うわけがない。
 ただのリゼットの願望なのだ。
 だが、ルロワは希望を見たかのようにスキップまでしはじめてしまった。
 夜だというのに泉の周辺は陽光が差し、どこからともなく花びらが飛んできて、舞い落ちる。
「もし僕が人間になったら、リゼットは僕と結婚してくれるでしょう?」
 喜びに浸るルロワに水を差すわけにもいかず、リゼットは苦笑いで頷く。
「そうね、ルロワが人間になるのなら、きっと素敵な男性になるに違いないわね」
「約束だからね!」
「はいはい」
 たとえルロワが人間になっても、貴族の一員であるリゼットに自由な結婚は認められていない。恋愛結婚をするにしても、相手はきっと同等の貴族でないと認めてもらえないだろう。
 元ユニコーンで、人間の籍すらないルロワを両親が受け入れるとは到底思えない。やさしさを持ってはいても、彼らは貴族なのだ。守らなければならない厳格なルールがあり、それをきちんと守っているからこそ、貴族は貴族たりえるのだから。
 十五歳のリゼットは、もうその責務を自覚している。いつまでも子どものように我儘ばかりを言っていられない。
(こんなにはしゃいでるルロワに真実なんて言えないけれど。でも、もし本当に人間になれるのなら、深夜に泉で会うだけじゃなく、いろんなところでたくさん遊べるようになるのは間違いないわね)
 ルロワが人間になったら、一体どんな姿になるのだろう。
 美しい毛並みと同様の、青みがかった白い髪の美丈夫だろうか。
 睫毛が長く、ほんの少し垂れ目の男性を想像する。
「ふふっ」
 どうしても可愛らしい姿しか思い浮かばなくて、リゼットは吹き出した。
 それを都合のいいように理解したのか、ルロワは尻尾を振り回しながら、「楽しみだね!」と弾んだ声を上げた。

 

 

 

 

 

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