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生意気少年だった契約夫が、マッチョになって七年分の愛を注いでくる! 1

第一話


 アシュバートン侯爵夫人であるジュディスは、ここ数日ずっとソワソワしていた。
 北の国境地帯で続いていた戦が終わり、夫のフィリップが都への帰還を果たす日が近いからだ。
(七年ぶり……ようやく帰ってきてくれる……!)
 これまで定期的に手紙のやり取りはあった。
 大きな怪我はなく元気にしていたことも、帰還予定も知っている。
 ただし、国境から都までの旅は半月ほどで、順調であっても天候の影響で数日のずれが生じるから、具体的にいつ帰ってくるのかはわからない。
 大変な役目を果たし、英雄として凱旋(がいせん)するフィリップに再会したらなんと声をかけようか……。
 一ヶ月前、帰還予定を知らせる手紙が届いた頃から考えているのに、結局いい言葉は思いつかない。
 ずっと落ち着かないまま屋敷のアプローチ付近をうろうろしていると、付き添ってくれているメイドのソニアがため息をついた。
「ジュディス様……きっとゴッデス大橋を越えたら伝令がまいります。こんなところでぐるぐる回っておられなくても……もう三日目ですよ?」
 北方から都に入るなら、必ずゴッデス大橋を通過する。
 そこまでたどり着いたあたりで誰かが馬を走らせて、兵士たちの凱旋が近いことを知らせてくれるはずだ。
 国を守った彼らに感謝を伝えるため、多くの人が沿道から旗を振るに違いない。
 ジュディスがこんなところで待っていても無意味なのである。
「でも……仕事が手につかなくて……」
 そのときだった。正面にある鉄柵の門の前に、騎乗した青年が現れたのだ。
 脚が太い黒馬は軍用のもので、マント付きの軍服をまとう銀髪の青年だとわかる。
「ジュディス! 今帰ったよ」
 屋敷を警備する私兵がすぐさま門を開ける。
 銀髪の青年は黒馬から下り、それを私兵に預けると、ジュディスの名を呼びながら早足でやってきた。
 けれど、近づくほどに違和感を覚えていく。
「……フィリップ? じゃ、ない……」
 ジュディスの記憶の中にある夫のフィリップは、今でも十四歳の少年のままだ。
 生まれながらにして大貴族であることがわかるような、繊細で品がよく、そしてプライドの高い人だった。
 一方、満面の笑みで駆けてくる青年は、長身で服の上からでもわかるほどの筋肉をまとう歴戦の勇士のような人物だ。
 ジュディスの名を呼ぶ声も低く、迫力がある。
 七年という歳月が少年を青年に変え、フィリップの年齢が二十一歳だということは当然理解している。
 それでも彼ではなかった。
 銀髪と青い瞳以外、共通点がまるでないのだ。
(なにかの……詐欺……?)
 帰還兵詐欺……なんてあっただろうか。だとしたら、どんな罠が待ち受けているというのか。
 ジュディスが混乱している隙に、銀髪の青年がサッと手を取った。
「君のことを想わない日は一日もなかった! ジュディス、会いたかった」
 距離が近づくたび、言葉を発するたびに、ジュディスは目の前の青年がフィリップではないと確信していく。これは間違いなく帰還兵詐欺だ。
「あの……どちら様、ですか?」
 グッと手を引いて離れようとしたけれど、びくともしない。
 彼の手は大きいうえにやたらと硬くて、ジュディスに恐怖を与える。
「どちら様……とは? 私は君の最愛だ!」
「キミノ、サイアイダ……様?」
「君の夫、フィリップ・アシュバートンだ!」
 冷静になって観察してみるが、やはり違う。
 手紙のやり取りで、七年のあいだに背が伸びたという報告はあったし、戦場にいたらたくましくなるのは当然ではある。
 きっちりと整えられていた清潔感のある髪が、かなり適当な獅子のたてがみみたいになっていても、仕方がなかったが……。
(そんなはずはないわ。見た目の違和感をすべて流したとしても……性格が違うもの!)
 当時十四歳だったフィリップは、アシュバートン侯爵家を守るためだけにジュディスと結婚したのだ。
 共闘関係にあり、互いを尊重していたが「最愛」ではない。
 ジュディスは、未成年のうちに大変な役割を背負うことになったフィリップに同情し、支えたいと思っていた。
 だからこそこうやって帰還を待ち望んでソワソワしていたのだが、そこに恋愛感情は微塵も含まれていなかった。
 大事な「弟」の無事を確かめたかった、という心境だ。
「あなた……だ、誰なんですか……?」
 フィリップはツンとすました、懐かない猫のような、プライドの高い少年なのだ。
 目の前にいる青年の見た目は勇ましい獅子で、中身は飼い主が大好きでたまらない子犬……としか思えない。
「こんなに近づいても、信じてもらえないのか……?」
「そもそも、フィリップは一軍を指揮する将軍ですから……単騎でここまでやってくるはずはありません! いったいなんの目的があってこんな茶番を?」
 どんなに若く戦いの経験がないとしても、国境地帯の領主であれば有事の際には将軍として軍を指揮する立場となる。
 そもそも、一人で帰ってくるなんておかしいのだ。
「一刻も早く君に会いたくて、部隊を抜け出してきたんだが……。あぁ、そうだ! 証明する方法が一つあったな……」
 すると青年は突然服を脱ぎはじめた。
 軍服の上着が地面に落ち、シャツのボタンがはずされていく。
「なっ、なにをしているんですか!?」
 同じ人間とは思えないほど太い腕と肩……分厚い胸板に割れた腹筋。
 ジュディスは目のやり場に困り、手で顔を覆う。
 貴族の女性は夫以外の裸体など見ないものだ。ジュディスは、フィリップの裸体ですら、一度しか見たことがない。
「……脇腹の傷を覚えているだろう?」
 そう言われて、指の隙間から脇腹部分をチラリと見る。
 フィリップには賊に襲われたときにできた傷がある。ジュディスは以前、その傷を見せてもらっていた。
 かなり薄くなっているが、傷の位置は同じで、縫合の痕跡も似ている。
 成長に伴い、やや幅広くなっている気がするが確かに見覚えがあった。
 そもそも彼に傷があること、さらにそれをジュディスが目にしていることを知っている者なんて、本人以外に考えられない。
「本当に、本当に!? ……あなたが、フィリップなの……?」
「あぁ、そうだ!」
 自分の手をどけてまじまじと観察すると、ほかにも小さな傷が見てとれる。
 戦場とは、七年で人を別人に変えてしまうほどに、恐ろしい場所なのだろうか……。
「君はほとんど変わらないな。長く美しい薄茶色の髪も、澄んだ水色の瞳の印象も……知的で清楚で……七年前のままだ。いいや、以前よりもさらに美しくなったよ。もう、絶対に離れない!」
「キ、キャァァッ!」
 突然抱きつかれ、ジュディスの心臓は止まりかけた。
 男性との交際経験がないまま少年と結婚したジュディスにとって、半裸の男性との抱擁は刺激が強すぎる。
 百歩譲って、この獅子みたいな青年が夫のフィリップだと認めたとしても、抱きつくなんておかしい。なぜなら……。
「ちょ……ちょっと待って。私たち、あなたが成人するまでの契約結婚でしたよね?」
 強い口調で言い切ると、腕に込められた力が一瞬緩む。
 ジュディスはその隙に、推定夫からどうにか逃げ出した。
(いったい、どういうことなの……?)

 

  ◆ ◆ ◆

 

 エバディーン王国の都で暮らす者たちの、春の楽しみといえば『五月の花祭り』だ。
 祭りの開催期間となる三日間、大通りや噴水広場にはたくさんの露店が並ぶ。
 串焼きなどの軽食、酒、チーズにお菓子、アクセサリーや雑貨など。なんでも揃うけれど、最も出店が多いのは花屋だった。
 古い伝承がこの祭りの由来だ。
 その昔、春の盛りの時期に、この地を治めた王が好いた娘に花束を贈り、求婚したという。そこから、花束に想いを込めて愛の告白をすると幸せな結婚ができると言われるようになった。
 長く栄えた国の礎を築いた王にあやかった、恋人たちの大切な行事が五月の花祭りだ。
(チャーリー……遅いわね……)
 十七歳の子爵令嬢ジュディス・カヴァナーは、噴水広場のベンチに座ったまま一時間以上ぼんやりしていた。
 手を繋ぎながら花を選んでいる恋人たちを眺めていると、なんだか不安が押し寄せてくる。
(なにかあったのかしら? お屋敷を訪ねたほうがいい?)
 一週間前、一歳上の幼なじみである伯爵令息、チャーリー・マクニールから手紙と街歩き用のドレスが贈られてきた。
 一緒に花を選ぼうという言葉があったから、交際を申し込まれる可能性が高い。
 ジュディスは素直に、チャーリーからの手紙を喜んだ。
 彼は優しいし、小さな頃から家族ぐるみの付き合いがあるから気心が知れている。
 互いの親が手がけている事業でも関わりがあり、よい関係を築いていた。
 ジュディスは時々、彼の母親であるマクニール伯爵夫人からの提案で、伯爵家で行儀見習いをさせてもらっている。
 ジュディスの母親が早世しているので、貴婦人の礼儀作法を教える身近な女性が子爵家にはいないのだ。
 夫人からは、使用人の管理や人を招くときの心得などを習う。
 伯爵家でパーティーが開かれるときには、進んで手伝いをしている。
 さらに、事業に関することでいくつか提案をして、伯爵家から感謝されたときは嬉しかった。
 ジュディスが受けているのは、おそらくマクニール伯爵家に入るための花嫁修業なのだろう。
 そんな付き合いがあるから、交際の申し込みがあるのは自然な流れだった。
 初めて恋人ができるかもしれない。
 そして、記念となる日が特別な祭りの日となる。
 正直、昨晩はよく眠れなかった。
 ジュディスはそれくらい舞い上がっていたのだ。
 けれど、待ち合わせの時間になってもチャーリーが現れる気配はない。
 先ほどからずっと捜しに行くべきか待ち続けるべきか迷いつつ、離れた隙に彼がここに来たらどうしようかと悩んで、動けずにいた。
 すでに一時間以上だ。さすがにちょっとした遅刻では済まされない。
 急病か、事故にでも巻き込まれたか――そろそろ確認しに行くべきかもしれない。
(……? あれは……)
 立ち上がろうとしたところで、ようやくチャーリーを見つけた。
「チャーリー! ここよ……」
 噴水広場にはいくつもベンチがあるし、人も多いからジュディスをうまく見つけられないのだろうか。
 彼はキョロキョロと視線を動かしたものの、そのまま横切るようなかたちで離れていきそうになる。
「チャーリー!」
 やや声を大きくして呼びかける。するとようやく気づいてもらえた。
 けれどなんだか不機嫌そうだ。
 そしてジュディスのほうへ歩いてくる彼には連れがいた。
(だ、誰……?)
 買ったばかりの大きな花束を大事そうに抱えているのは、ジュディスと同じ年頃の令嬢だった。
 仕立てのよいツーピースの外出着を着ているところから、彼女も貴族だとわかる。
 わからないのは、チャーリーとその令嬢が腕を組んでこちらに向かってくる理由だ。
「どうしたの? こんなに遅れるなんて……」
 胸がざわざわとしていた。
 心がこの状況を分析することを拒んでいる。花祭りの期間に限っては、たまたま知り合いの女性と出会って歩いていただけ……なんて、あり得ないからだ。
 たった一週間前にドレスを贈ってくれたチャーリーは、遅刻を詫びもせず、面倒くさそうにため息をついた。
「……まだいたんだ? とっくに諦めてくれたと思っていたのに。……なにが才女だ。察しが悪いなぁ……」
 まるで、ジュディスが迷惑なつきまといをしているみたいな言い様だ。
「え……?」
「今日はお母様から頼まれてこの子を案内する約束をしてしまったんだ。……だから君とは一緒にいられない」
 チャーリーは寄り添う令嬢に一度視線を向けて、ほほえんだ。
「伯爵夫人が……? でも、私たち……手紙で、約束を……」
「仕方がないじゃないか! 状況が変わったんだよ」
「変わったのなら、お知らせをくれないと……わからないわ……」
 チャーリーは、約束をしっかり覚えていた。
 けれど、母親に言われてほかの令嬢と出かけることになり、そちらを優先したのだという。
 状況はかろうじて理解できた。けれどやはり、チャーリーの行動はおかしい。
 なぜ、ジュディスが非難されているのだろうか。
 優しいはずのチャーリーの顔が歪んでいる。
 彼と親密な様子の令嬢がこちらを見ながらクスクスと笑う。
 二人の様子を眺めていると、ジュディスのほうにすっぽかされても当然の問題がある気がしてきた。
 彼の態度は、一方的に約束を破った者のそれではなかった。
 だとしたら、知らぬ間に彼を怒らせてしまうなにかをしてしまったのかもしれない。
 そう考えてみたけれど、手紙をもらってから一度も会っていないので、見当もつかなかった。
「あぁ、もう! 気遣いだよ、気遣い! 言わないのが優しさだろう?」
「優しさ……?」
「君と付き合ったら、子爵家から金の無心をされるかもって……お母様が心配しているんだ」
「これまで互いの家の事業関連で、ずっと親しくしてきたのに? ……じゃあなんで、私……あなたの家で行儀見習いを……?」
 確かにカヴァナー子爵家には借金がある。
 祖父の時代に大きな失敗をしてできたものだ。
 父も兄も賢い倹約家で商才もあるはずだが、稼いでも稼いでも借金の返済でお金が消えていく。
 金利のせいでいくら返しても元金が減らない悪循環となっていた。
 けれど、カヴァナー子爵家は誇り高き貴族である。
 知人友人に金の無心などしたことは一度だってない。
「候補ではあったんだ」
「こう、ほ……?」
「お母様は、君の人柄を気に入っているみたいだよ。だけど、いざ婚約となると、君の欠点が見えてきた。……だって、そうだろう? 親類になった途端に図々しくなる可能性だってあるじゃないか」
「そんなふうに、思われていたのね……」
「私じゃなくて、お母様が心配しているんだ。……期待させてしまって悪いけれど、花は贈れない。だが、幼なじみのよしみで、そのドレスはあげるよ」
 話を聞き終えても、まったく納得できなかった。
 結婚相手としては失格だというのなら、それは受け入れるべきなのだろう。
 だとしても、あえてジュディスを傷つける必要なんて、ないはずなのに……。
「あらチャーリー様、こちらの方にお花をさしあげる約束をしていたの?」
 それまで黙っていた令嬢が急に口を挟んできた。
「あぁ……でも君と出会う前の話だから、気にしないでくれ」
「そんなわけにはいかないわ! お待たせしてしまったのなら、お詫びに贈ったほうがいいと思うの。かわいそうじゃない。……ほら、あそこにちょうどよさそうなお花がたくさんあるわ」
 令嬢が指差す方向には、小さな花束を売るワゴンがあった。
 今まさに十歳前後の男の子が嬉しそうにそれを買っているところだ。彼の近くにいる女の子も同じ年頃で、ほほえましい光景だった。
(子供用の安価な花束を……?)
 令嬢の意図は明らかだ。
 ジュディスをわざと惨めな気持ちにさせて、立場をわからせるつもりなのだろう。
 気持ちの伴わない贈り物ほど不愉快なものはない。
 花はただの象徴でしかなく、ほしいのは相手の心だ。
「君はなんて寛容なんだ……」
 頬を染め、うっとりとするチャーリーを眺めているうちに、急速に心が冷えていく。
 夢から覚めた気分だった。
(はぁ……? なに、このやり取り……)
 ジュディスが呆気にとられているあいだに、チャーリーがワゴンのほうへと行ってしまった。
 ベンチに座ったままのジュディスを見下ろす令嬢の笑みが気持ち悪い。
 令嬢の目的はジュディスを惨めな女にすることだ。
 だからジュディスは、戻ってきたチャーリーが片手で差し出した花を受け取らなかった。
「……お花は結構よ。『お母様が言ったから』なんて理由で約束を破る方からいただきたくはありません」
「なんだと!?」
 母親から交際を反対されて考え直した彼を、ジュディスは否定できない。
 貴族の結婚は、家の利益が優先されるものだ。
 カヴァナー子爵家には、避けられても仕方のない理由がある。
「……チャーリー、お願い。私たち、幼なじみだったでしょう? これから疎遠になるのはいいとしても、こんなふうにしなくても……」
 理由を説明して、きちんと断る。
 誘った者としての礼儀を尽くしてほしい。
 ジュディスの願いはたったそれだけだ。
「貧乏人のくせに! 強がるなよ。無礼だぞ」
「そうよ、ジュディスさんでしたっけ? どうせ誰からも花束をもらえないのだから、強がらなくていいのよ」
 チャーリーが腕を伸ばし、小さな花束を無理矢理押しつけようとしてくる。
 彼らの声が大きいせいで、注目を浴びてしまった。
 このやり取りはすでに噂話の種になりそうだ。
 花束を受け取ったらジュディスのプライドがズタズタになる。
 拒絶したいけれど花を粗末に扱うなんてできないし、これ以上は目立ちたくなかった。
 胸が苦しくて、唇を噛みしめる。どうにかして状況を打破するべきだとわかっているのに、もう言葉が出てこなかった。
「それなら、カヴァナー子爵令嬢には私が花束を贈るよ」
 突然、凜とした高めの声が響く。
 現れたのは銀髪の少年。ツンと澄ました顔をした、十代中頃の貴公子だ。
 抱えている花束が大きすぎて、口元が隠れてしまっている。
「なんだ、この子供は……」
 少年はチャーリーを無視し、ジュディスの近くまでやってきた。
「一年ぶりだね、ジュディス殿」
「アシュバートン侯爵閣下。……ご無沙汰しておりますわ」
 ジュディスは立ち上がり、お辞儀をした。
 彼は十四歳の若き侯爵、フィリップ・アシュバートンだ。
 ジュディスの家は借金を抱えているが、商談のために社交の場に出る機会がある。
 若き侯爵フィリップとは、彼の屋敷で開かれたガーデンパーティーで一度だけ言葉を交わしていた。
「今、用意したもので申し訳ないけれど……君にしか渡さないから」
 これは助け船だった。
 公衆の面前でジュディスが憐れな女にならないための、少年の気遣いだ。
 大輪の赤い薔薇にカスミ草――一目で高いものだとわかる。
 贈り物の価値を価格で決めるなんていけないことだが、今だけはそれが必要だった。
「こんな素敵な花束をいただいたのは初めてです。……ありがとうございます、侯爵閣下」
 好意を抱いていた幼なじみの仕打ちに傷ついていたからこそ、フィリップの行動が心に響く。じんわりと浮かんだ涙がこぼれないよう気を引き締めながら、ジュディスは必死になって笑顔を作る。
 そうして差し出された大きな花束を受け取った。
「この少年が……侯爵……閣下?」
 呆然としているチャーリーを、フィリップがじろりとにらむ。
「君たち、いい歳して恥ずかしくはないのか? 醜悪で見ていられないから今すぐ消えてくれる?」
 幼くても、フィリップは侯爵だ。
 彼の不興を買ったらどうなるか……。チャーリーにも予想くらいはできるだろう。
「……い、いや……その、ジュディスが……自分の立場を理解しないから……」
「君のほうが立場が上なのか? だったらなおさら、紳士として恥ずかしい行動はするべきではない。……その花束、せっかくだから大好きなママにあげなよ。三人で、どうぞお幸せに」
 年齢に見合わない、毒の混じった言葉だ。
 チャーリーは怒りで顔を真っ赤にしていたが、侯爵への反論など許されるはずもなく、走り去る。
 連れの令嬢も慌ててあとを追い、人混みに消えていった。