騎士団の家政婦ですがコワモテ団長が私の下僕になったようです!? 3
「アウリ、団長は今日一日不在だ」
「教えてくださりありがとうございます、ゼフィールさん」
シューリヒトの秘密を知って二週間ほど経った頃、アウリはゼフィールにシューリヒトの所在を尋ねるようになった。
『団長に、できれば自分がいないときに掃除をしてほしいと言われまして』
そうゼフィールに理由を話すと、ジィっとアウリを見つめたあとに『団長から嫌われているのか』と遠慮も何もない答えが返ってきた。
どう説明すべきかと悩んでいたところで、ゼフィールは自己解釈したのかゆっくりと頷いた。
『団長がお前を避けたいと言うのであれば協力しよう』
彼の中でアウリはシューリヒトに嫌われた人間だと認識したようで、シューリヒトを煩わせないように協力してくれる。
一方で、シューリヒトに心酔しているのに、彼が嫌っている人物が近くにいることを何故許すのか、ゼフィールの性分であればすぐにでも排除するのではないかと聞いてみたが、どうやらそれはゼフィールの中にはない考えらしい。
『団長が望めばそうする。口にしないということは望んでいないということだ。俺は団長の言葉に従う』
なるほど、彼はシューリヒトの気持ちを慮ったり忖度することはせず、ただ言葉のままに動くことを信条としているようだ。
その忠実さにはアウリも驚きを隠せない。
ゼフィールにも従属印が刻まれていないか確認したくなるくらいだ。
とにかくシューリヒトがゼフィールに命じない限り、アウリはここにいられるし、アウリがシューリヒトに接触しないように手伝ってくれるようだ。
『ありがとうございます』
そう言えば、ゼフィールは興味をなくしたようにふらりとどこかへ行ってしまった。
本当にシューリヒトにしか興味がないのだろう。
(……もし団長が従属印に支配されたら、あんな感じになってしまうのかしら)
ゼフィールにシューリヒトの万が一の姿を見て、複雑な気持ちになる。
アウリの言葉ひとつで彼が動く。
平民で、逆に人に使われる側だったアウリには荷が重い。
(従属印を解くことができればいいのだけれど)
そうしたら何も気兼ねすることなくシューリヒトと話せるのに。
だが、三百年間それは解けなかった。
話によるとシューリヒトの祖先たちは従属印を忌々しく思っていたようだから、解く方法を探していないわけがないだろう。
そう考えると、アウリごときが書物をひっくり返して探してみても徒労に終わる可能性の方が高い。
対症療法しかないというのは何とももどかしいもので、アウリはふとした瞬間に従属印の解除のことを考えてしまう。
「……ね、ねぇ……今日、僕、ご飯いらない、から」
ウーヴェの部屋を掃除していると、彼は毛布の中から話しかけてきた。
彼が声をかけてくるなんて珍しいと目を瞬かせながら、一歩だけ近づく。
「どうかされました?」
引きこもっているが食事はしっかりととるウーヴェが、午前のうちからいらないというのは珍しい。
これまで余計な声をかけないように努めていたが、気になって聞いてみた。
「お出かけですか? それとも体調が悪いとかです?」
「うぅ~ん……わかんない……なんか、お腹がぐるぐるする」
いつもより弱々しい声。
腹が痛いのかともう一歩近づくと、ウーヴェはこちらをちらりと見たあと視線を落とす。
その目はアウリに何かを訴えたいが戸惑っているように見えた。
アウリはしゃがみ、ウーヴェの顔を窺う。
「お医者様に診ていただきますか?」
彼はフルフルと首を横に振った。
「医者、嫌い」
アウリよりふたつ年下のウーヴェだが、今日はさらに幼く見える。
辛そうでどうにかしてあげたい。
そっと手を伸ばし彼を慰めるために背中を撫でようかと思ったが、触れてはいけないと思い直して引っ込めた。
「あの、お腹を擦りましょうか?」
「擦ってどうするの?」
「手の温かみが伝わって、ぐるぐるがマシになることがあります。ご両親にしてもらったことありませんか?」
「……ない。僕、親、いなかった」
「私も両親を小さい頃に亡くしました。だから思い出は少ないのですが、母が私のお腹を撫でて痛みを和らげてくれたりしました。あとはそうですね……温かいものを飲んだりとか。こういうときの対処法っていくつかあるんですよ」
母やレネおばさんにしてもらったことを思い起こしながら、アウリは話す。
「一旦、横になってみましょうか」
その方が楽だろうと言うと、ウーヴェは素直に頷き横臥した。
「まずは温かい飲み物を持ってきますね」
ホットミルクがいいだろう。
彼はミルクを好んで飲んでいたのを覚えている。
「……お腹は自分で撫でる」
「はい。ついでにお腹を温めるものを持ってきますね」
「うん」
痛みのせいか素直だ。
あんなにアウリを警戒していたのに、そうする余裕が今はないのだろう。
いつも団員たちが無理矢理ウーヴェを訓練に連れて行ってしまうが、今日のところはアウリから言って勘弁してもらおう。
ホットミルクをつくりウーヴェの部屋に戻ると、何やら騒がしい声が聞こえてきた。
「だ、だから、今日は具合が悪いんだってば」
「団長にお前を訓練に連れてくるように言われている」
「ゼフィール! 団長の命令に従う気持ちも分かるけど、僕の気持ちも分かってよ!」
ゼフィールがウーヴェを部屋から出そうとして、ウーヴェは行きたくないと抵抗している光景が見える。
これはいつものやり取りだが、今日はウーヴェの体調が芳しくない。
説得して勘弁してもらおうと、アウリは小走りでふたりに近づいた。
「あの、ゼフィールさん。ウーヴェさんは今日お腹が痛いそうで、訓練をお休みしましょうとお話ししていたところです。どうかご容赦いただけませんでしょうか」
彼に頭を下げながらお願いをするが、ゼフィールはこちらに一瞥をくれたあとにまたウーヴェに視線を戻す。
「お前には関係ない。団長がウーヴェを連れて来いと言うのなら、俺は従うまでだ」
「分かっています。ゼフィールさんのその姿勢は尊重いたしますが、ウーヴェさんも身体が辛いので、そこをどうか!」
「ダメだ」
(う……やっぱり私では説得は無理ね)
シューリヒトしかゼフィールを止めることができない。
「これまで体調が悪いなんて言ったことはなかっただろう。何だかんだ言いながら毎日訓練に出ていた。それが今日に限って体調が悪くて出られないだと?」
「だって……ゼフィールに言っても聞いてくれないじゃん」
「なら、何故今日は……」
そう言いかけて、ゼフィールの視線は再びアウリに戻ってきた。
「この女か? こいつがお前にそんな軟弱な考えを持たせたのか」
徐々に目が鋭くなり、アウリを責めるものになっていく。
「……そういうこと、言わないでよ。アウリは、ぼ、僕にただ、優しくしてくれただけなんだから……」
ところが、そんなアウリを庇うようにウーヴェがゼフィールに言い返す。
「僕、自分のテリトリーを侵されるのも初対面の人と話すのも苦手で拒否しちゃうし、つい意固地になっちゃうけどアウリは諦めなかったんだ。遠慮なく部屋に入ってきたし、僕が返さなくても挨拶してくれたし……。今までの家政婦さんは、すぐに諦めて掃除もしなくなったのに。でも、挨拶も掃除もしてくれて……嬉しかった」
ぽつりぽつりとウーヴェが話す内容は、アウリにとっては意外なものだった。
図々しい自覚もあったし、ウーヴェに疎まれているかもと思っていたので、まさか嬉しかったとまで言ってもらえるとは思っていなかったのだ。
「アウリが優しくしてくれたから、僕も甘えたくなっただけ。だから、アウリを責めないで。……僕、ちゃんと訓練行くから」
そういうウーヴェはこっそりとお腹を撫でている。
今もまだ痛むのだろう。
このまま行かせられないと、アウリはウーヴェの袖を掴んだ。
「分かりました。ならば、私が団長を説得いたします。団長がウーヴェさんの訓練参加は必要ないと判断されましたら、ゼフィールさんも納得しますよね」
「ああ」
「なら、行きましょう、ゼフィールさん。ウーヴェさんは部屋で休んでいてください」
アウリがウーヴェの代わりにシューリヒトに確認をして、その言葉を引き出す。
ウーヴェが行ってもいいだろうが、おそらく自分の気持ちを十分に伝えられずに腹痛を抱えたまま訓練に参加してしまう可能性が高い。
だから、ここは言い出しっぺのアウリが行くべきだ。
「……でも……大丈夫、かな?」
「ええ、大丈夫です。私が休むようにと言ったんです。だから、私が団長に話すのが筋でしょう」
戸惑うウーヴェを部屋に押しやり、ゼフィールと一緒に訓練場へと赴いた。
訓練場には初めて足を踏み入れる。
空に響く剣戟の音や、巻き上がる土埃、飛び交う怒号。
それらがアウリの決心を怯ませ、前に進む足を引き留めそうになるが、脇目を振らずに目標であるシューリヒトだけを見つめて近づく。
こちらが声をかける前にシューリヒトはアウリの登場に気付き、じぃっと見つめてきた。
以前のように睨みつけることはなくなったが、代わりに唇が真一文字に引き結ばれる。
「失礼いたします、団長」
恭しく頭を下げ、暗にルールを破ってしまい申し訳ないと謝罪をした。
「先ほどウーヴェさんが体調不良を訴えたので訓練をお休みした方がいいと言ったのですが、ゼフィールさんが団長の許可がなければだめだとおっしゃったので、許可をとりに来ました」
簡潔に、命令口調にならないように神経を尖らせて言葉を選ぶ。
これなら命令にはならないはずだと、シューリヒトを見つめてその様子を窺う。
「……ウーヴェの様子は」
「お腹が痛むようです」
「俺も様子を見に行こう」
そう言い出したシューリヒトは、他の団員に指示を出したあとにアウリとゼフィールとともに屋敷に戻っていった。
「調子はどうだ、ウーヴェ」
「団長……」
シューリヒトを見た途端、ウーヴェはベッドの上で横たわっていた上半身を起こし、眉が下がり怯えた表情になる。
叱られると思っているのか唇を噛み締めて、一瞬こちらに助けを求めるような目を向けてきた。
アウリはウーヴェの隣に行き、何かあれば助けられるようにする。
「体調が悪いと聞いた。具体的にどこがどう悪いか教えろ」
近くにあった椅子を持ってきてそこに座ると、シューリヒトはウーヴェの顔を覗き込むように上半身を屈めた。
「……お、お腹が痛くて、ご飯も食べたくなくて」
「ああ」
「アウリに休んだ方がいいかもって言われて、お腹を温めた方がいいとも言われて、それで……えっと……」
(頑張って、ウーヴェさん)
横で聞きながら、アウリは心の中で応援する。
けれども彼はそこから先をなかなか言えないのか口を噤んでしまい、視線を彷徨わせていた。
手助けをしようかと迷っていると、先にシューリヒトがウーヴェの名前を呼ぶ。
「お前はどうしたい? お前の気持ちを聞きたい」
彼の心を解きほぐすように、ゆっくりとじっくりとシューリヒトはウーヴェの言葉を待った。
ウーヴェはそんなシューリヒトを見ながら、口を開いたり閉じたりしている。
唾を呑み込み目を閉じた姿を見て、アウリは思わず彼の肩にそっと触れた。
「……身体がつらいので、休みたい……です」
「分かった。今日は寝ろ」
すると、シューリヒトはウーヴェの言葉を受け入れて彼の頭を撫でる。
「自分の気持ちを言えて偉いな」
「……はい」
ウーヴェの顔が安堵に綻ぶ。
それを見たアウリもよかったとホッと胸を撫で下ろした。
「ゼフィール。今日ウーヴェは休む」
「分かりました」
「それとウーヴェが休みたいと言ったら無理強いせず、俺に一度確認を取りに来い」
「分かりました」
扉の近くにいたゼフィールはシューリヒトの言葉に頷く。これで次回からは無理矢理訓練に連れ出されることはなくなるだろう。
シューリヒトもそこを慮ってくれたのかもしれない。
先にゼフィールを訓練に戻したシューリヒトは、ウーヴェと少し話をしたあと部屋を出ようとする。
そのとき、ドアノブに手をかけたままアウリに目配せをしてきた。
お前も出ろという合図だ。
一緒に部屋から出て、シューリヒトと対峙する。
(勝手に話しかけてきたことを怒られるかもしれない)
その覚悟で行動したものの、これから怒られると思うと内心ビクビクしてしまった。
「申し訳ございません。話しかけないと約束したのに破ってしまって」
「いや、同じ屋敷にいてまったく話しかけないというのは難しい。謝る必要はない。むしろ、今回、ウーヴェの不調に気付いてもらえてよかった」
ところが、予想に反してシューリヒトは怒らず、感謝をしてきた。
まるで助かったとでもいうように。
「少し話をいいか?」
「はい」
ウーヴェの部屋から離れて、ゆっくりと歩きながらシューリヒトは話した。
「ウーヴェはあまり自分の気持ちを話すことが得意ではない。だから、他人に馴染むことがなかなかできず、あいつ自身も誰かと関係を築くことを得意としていなかった。以前よりはマシになったがな」
もともと孤児たちが集まるスラム街出身だったウーヴェは、他の子どもたちのように群れることなく、一匹狼で生き抜いてきたらしい。
かといって虐げられていたわけではなく、むしろ物を横取りしようとしたり突っかかってきた子どもたちを、その腕ひとつで撃退し、恐れられていた存在だった。
故にますます人とかかわる機会がなくなり、孤立が進んでいく。
そんな中、他の騎士団の団長がウーヴェの腕を見込み入団させたが、やはりそこでも馴染めずにストレスを溜め込んで部屋に引きこもることになった。
『腕はあるが使えない奴』
そんなレッテルを騎士団の中で貼られてしまったウーヴェは邪魔者扱いされ、それを見かねたシューリヒトが彼を自分の騎士団に招いた。
「ここにいる連中は似たり寄ったりの理由でここにいる。面倒だし癖の強い連中ばかりだが、性根は悪い奴らではない。だから、ウーヴェがあんな風に甘えられるようになるまで寄り添ってもらえて感謝している」
そう話すシューリヒトはどこか嬉しそうだった。
「最近はようやく嫌だと言えるようになったが、今まで強く出られるとはっきりと自分の気持ちを言えなかった。どれだけ辛くとも我慢してしまうあいつが、弱音を吐けた」
騎士としての強さは何も忍耐強さだけではないと思っていると話す。
ずっと気を張り詰めていたら、どこかで歯車が狂ってしまう。
そうならないように息抜きをして、心の安らぎを得て、そしてまた踏ん張りどころで踏ん張れるようにする。
人間は万能ではない。
無敵でもなければ神にもなり得ないのだから、弱音を吐くことも大切なのだ。
「私、てっきり余計なことをしてしまったかと」
「いや、そんなことはない。ゼフィールに関しても迷惑をかけたな」
「いいえ。そんなことは……」
ふと顔を上げるとシューリヒトの吸い込まれそうなほどに美しい漆黒の瞳と、アウリの紫の瞳がかち合う。
こうやって真っ直ぐに彼の顔を見るのはあの日以来だ。
シューリヒトの従属印とアウリとの関係と、そして逞しい肉体と。
思い出して恥ずかしいやら悩ましいやらで今すぐ目を逸らしたかったが、それではあまりにも意識しているように見えてしまうと思い下手に動かせなかった。
代わりに動かしたのは口の方だ。
「今度は話しかけないように努めます」
「……いや、団員や仕事のことなら話しかけてくれてもいい」
そう言いながら、シューリヒトはおもむろに自分の左胸を触り始めた。
「ウーヴェの面倒を見てくれないか。手間をかける分、給金は上乗せする」
「いえ! それも仕事の範疇ですから」
家政婦は家事だけではなくときには人の世話も焼く。
だから、特別扱いしてくれなくてもいいと手を横に振った。
「それとゼフィールが融通が利かないことを言ってきたら、俺に言え」
「はい。頼らせていただきます」
たしかにこればかりはシューリヒトの手を借りなければ解決できない問題だろう。
「……それと……ぅっ」
「団長?」
シューリヒトが左胸を服の上から握り締めながら呻いた。
苦しそうに顔を顰め、少しよろめく。
「大丈夫ですか?」
ウーヴェだけでなくシューリヒトも体調が悪いのかと顔を覗き込み、手を伸ばすと、不意にその手が彼の手により弾かれた。
明らかな拒絶に目を見開くと、彼はハッとした顔をして目を逸らす。
無意識だったのだろう。
ばつの悪そうな顔をしていた。
「大丈夫だ。ウーヴェのこと、頼んだ」
颯爽と去っていく後ろ姿を見て、アウリは追うかどうか悩んだが結局やめる。
シューリヒトがああいう態度を取るときは従属印が関係している。そんな気がする。
だからアウリが深くかかわってしまうと、ますます彼を追い詰める可能性があるだろう。
(……苦しそうだったけれど……大丈夫かしら)
ウーヴェのことも気にかかるが、シューリヒトのことも気になってしまう。
シューリヒトの件は今はとりあえず様子を見ようかと思い、アウリはウーヴェのもとに戻った。
彼はいつの間にか寝てしまったらしく、目を覚ましたあとには元気になっていた。
念のために昼食と夕食は消化しやすいものを準備し、ベッドの住人となってもらう。
仕事の合間合間にアウリも様子を確認し、徐々に顔色がよくなっていくウーヴェを見て安心していた。
「明日、訓練、行けるかなぁ」
「行きたいですか?」
「うん」
「元気になったら行けますよ。だから、ゆっくり休みましょうね」
翌日、願い通り彼は訓練に行けたようだった。
部屋の前でゼフィールと押し問答をすることもなく、ウーヴェは自ら訓練に赴いていったのだ。
それから、ウーヴェはアウリに心を開くようになった。
掃除に行くと自ら部屋に招いてくれるし、毛布に包まって顔を隠し監視してくることもない。
彼から積極的に話しかけてくれて、仲良しになる。
ウーヴェは明るくなっていき口数も多くなった。
彼がこんなにもおしゃべりが好きだと思わず驚いたが、自分の気持ちを懸命に話す彼はいじらしかった。
「そういえば……最近、団長の調子が悪そう」
「え……大丈夫でしょうか?」
「さぁ。でも、ときどき左胸が苦しそう。体温上昇に発汗、呼吸機能の低下、それに指先も震えているみたい。それが持続的ではなく発作的だというところも気になる」
目を細め、つらつらとシューリヒトの症状を口にするウーヴェは以前の頼りなく毛布に包まっていた姿からは想像できない。
「危険な状況だったらどうしましょう……」
胸の中に不安が渦巻く。
シューリヒトに同調したのかアウリも左胸が苦しくなってきたような気がする。
「そこまでではないと思うけど。でも、そうだな、もっと酷くなるようなら医者に診せるしかないだろうね」
僕には休めっていうくせに自分は休まないんだから。
ウーヴェは口を尖らせながら文句を言っていた。
(そういえば、私と話しているときも左胸を押さえていた)
あのときも顔を歪めていて、声をかけようとしたが拒否されてしまったことを覚えている。
左胸というのがどうしても気になる。
自分はかかわらない方がいいと頭では分かっているが、気にするなという方が無理な話だろう。
悶々とした日々を過ごしながらも、シューリヒトに確認することもできず遠くから彼の様子を眺めるに留めていた。
「団長の様子がおかしい」
ところが、ゼフィールもそんなことを言ってくるものだからますます放っておくことができなくなる。
シューリヒトの言葉以上の忖度や慮りをしないゼフィールが、わざわざ彼の体調を気にしてアウリに言ってきたのだ。
これは本当に緊急事態ではないだろうか。
「ウーヴェを休ませたように、団長のことも休ませられないか」
「私には無理ですよ。ゼフィールさんが言った方がいいのではないですか?」
「俺は団長にそんなことを命じることはできない」
「わ、私も命じるなんてそんな畏れ多いことはできません!」
できない、決してできないと慌てて否定すると、ゼフィールは怪訝な顔をする。
「俺はできないが、お前なら団長を説得できないかと思ったんだが」
「……あ……説得、ですか? 説得! 説得ならできます!」
一瞬、ゼフィールは従属印のことを知っているのかと焦ったがそうではないらしい。
説得という言葉に安堵し、気を取り直す。
「なら頼んだ」
「え? 本当に私が説得するのです?」
「そうだ。自分ですると言っただろう」
「言いましたが……え? え?」
さぁ行くぞとばかりに手を引かれ、屋敷の外に出た。
シューリヒトは訓練場にいるらしく、さっそく説得してくれとゼフィールは言うのだ。
「あとで団長にお話ししますから! ね? だからそんなに急がなくても!」
「さっきも苦しそうにしていた。倒れないか心配だ」
そう言われてしまうとあとにしましょうなんて言えなくなる。
大人しくついていき、シューリヒトのもとへと足を運ぶ。
「……なんだ」
機嫌が悪いのか、それとも不調で身体が辛いのか。
アウリが目の前に現れると、シューリヒトは腕を組み仁王立ちをしながらこちらを見下ろし、こめかみを震わせていた。
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