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有能騎士はツンな幼なじみに一途な溺愛をわからせたい 1

第一話

 

 お腹の奥がズキズキする。
「ん……ぅん……」
 アンジェラ・エメットは呻きながら床に膝をついた。
 宿舎の自室に駆け込んで、一人になりたい。
 それができないなら、お手洗いまで行って一人になりたい。
 でも、お腹の奥で炎のように燃えている「何か」の感覚にはもう逆らえなかった。
 膝をついたついでに、その場にごろりと身を横たえる。
 たったいま使ったテレポートの魔法。その魔法陣の周囲には、魔力の余韻が僅かに輝いていた。
「う……は、はあっ……」
 こんな場所で、こんなことをしたらいけない。
 頭ではわかっている。
 でも、我慢できない。いますぐ楽になりたい。
 次第に消えていく魔法の光を眺めながら、アンジェラはローブとスカートを一緒に捲った。
「んっ……」
 少し動くだけでも、身体中に刺激が走る。
 汗ばんだ手でなんとかドロワーズの紐を解いたとき、見慣れぬ色の光が視界に入った気がした。
 アンジェラは視線だけを下腹部のほうへ移す。
 そして目を見開いた。
 おへその下に見たことのない紋様が刻まれている。それがピンク色の光を放っているのだ。
「えっ? な、何これ……あううっ……」
 昨夜の入浴時、おへその下が赤くなっていることに気づいてはいた。しかし、そのときは爪でひっかいたような傷に見えた。身体のどこかがかゆくなって、無意識に掻いてしまうことは珍しくない。あるいは、下着を脱ぎ着するときに爪が当たってしまったのかもしれない。だからそれほど気にしていなかった。
 いま光っているのは、昨夜の傷──傷に見えていたもの──なのだろうか。
 身体を起こして紋様を調べたかったが、少しでも動くと、苦痛と呼ぶにはあまりにも甘美な感覚が全身を襲う。
 アンジェラはズキズキと主張を続けている場所に指を忍ばせた。
 ぴちゃっと湿った音がして、その部分がひどく濡れていることがわかる。
「はぅっ……」
 小さな突起に触れた際の刺激にアンジェラは身を震わせたが、自分の身を駆り立てる衝動の出どころはもっと奥のほうだ。詳しく言えば、不思議な紋様の真ん中。その、裏側だ。
 狭い入り口の周囲はじゅうぶんに潤っていたから、アンジェラの指はぬるりと奥へ吸い込まれる。
 早くお腹の裏側を刺激したい一心でアンジェラは指を伸ばしたが、人差し指では届かなかった。
 アンジェラは大きく息を吐き、今度は中指を忍ばせる。
「あっ……あうっ……」
 だが届きそうで届かない。
 もどかしくなったアンジェラは顔を冷たい床につけたまま腰を持ち上げる。中指を途中まで引き抜き、それから一気に根元まで差し込んだ。
「あ……や、う、嘘……」
 それでも指は届かなかった。
 お腹の裏側は刺激を欲して疼いている。アンジェラの脚の間から透明なしずくが滴り、手首を濡らしていった。
 別の体勢になれば届くかもしれない。
 そう考えたアンジェラはさらに脚を開こうとした。
 そのとき、扉が開く。
「アンジェラ? あのさ、団長が──」
 姿を現したのはジョエル・バートンだった。
 宮廷魔術師であるアンジェラの、護衛役の騎士。トレノ伯爵家の嫡男で、双子の弟トマスの親友。
 床に這いつくばり、尻だけを突き上げて秘所に指を忍ばせている状態で、見事に彼と目が合ってしまったのだった。
 ジョエルは肩の近くまで伸ばした金の髪を、サイドの部分だけ持ち上げて結っている。だからその表情はアンジェラからもよくわかった。
 ジョエルは緑色の目を見開き、固まっている。
 それから二呼吸ほど間をおいて、口を開いた。
「えーと……何やってんの?」
 ほんとうに自分は何をやっているのだろうと思う。こんな場面を見られたら、普通はもう彼と目も合わせられない。
 でもアンジェラは普通の状態ではなかった。いまは、ジョエルの白い手袋に……いや、手袋の下にあるだろう大きな手と長い指にしか意識を向けられない。
 ジョエルの指なら、アンジェラの奥にまで届くかもしれない。
 想像しただけでアンジェラの中がさらに潤った。
「あー……何も見なかったことにしてあげたほうがいい?」
 ジョエルはゆっくりとそう口にする。彼のセリフは「見てしまったこと」を何よりも雄弁に語っている。
 でもいまのアンジェラにはそんなことはどうでもよかった。むしろ見られていたほうが話は早い。
「……まさか、見学をご希望ってわけじゃないよな?」
 アンジェラの無言が続いたせいかジョエルはそんな軽口を叩く。
 彼なりの冗談なのだとわかっていたが、その提案にすがるようにアンジェラは大声で叫んだ。
「ジョエル、待って……! これっ……なんとかしてぇっ……」
 ジョエルの肩がぴくりと動いたように見えたので、アンジェラは言い足した。
「お願いっ……あなたにしか、頼めないの……」
 そう伝えると、ジョエルは遠慮のない視線でアンジェラの身体を眺めまわした。
 彼はアンジェラの下腹部が光っていることに気が付いたようだ。
「アンジェラ。それ、魔法……?」
 通常、魔法は光を放つ。だから多分、これは魔法なのだと思う。しかしピンク色に光る魔法なんてこれまで目にしたことがない。
「わ、わかんないっ……わかんないからどうにかして……!」
 アンジェラは涙声で叫ぶ。
 ジョエルに対してはこれまでさんざん先輩風を吹かせていた。それなのに、まさか、こんな風に彼に懇願してしまう日がくるなんて。
「お願い……」
 ジョエルの喉が大きく上下し、彼が唾を飲み込んだのがわかった。

 

 

 

 思えば、ジョエルとの付き合いは長い。
 出会いは八年ほど前にさかのぼる。
 アンジェラとトマスはクロム子爵家に生まれた男女の双子で、十二歳になるまでは家にやってくる家庭教師の元で一緒に学んだ。
 そして十三歳になる年にアンジェラは女学校へ通い始め、トマスは実家を出て寄宿学校へ入った。女の子は実家から通学し、男の子は実家を出て寮に入る──このユーグスティア王国の貴族の子女は、たいていそうだった。
 初めての夏季休暇が明けてトマスが寮に戻った際、彼は課題を家に忘れていった。それをアンジェラがトマスの寮まで届けに行くことになり……ジョエルとはそこで出会ったのだ。
 あのときのことはよく覚えている。
 アンジェラはしょうがない弟の面倒を見てやる姉のつもりだった。いや、実際にそうなのだが考えが甘かった。
 トマスの学校の校門に近づくと、周囲の男の子たちがアンジェラに不躾な視線をよこした。男の子って失礼だなと思いながら、案内図に従って学生寮まで足を運ぶ。寮の受け付けの人に用件を告げると、トマスを呼び出している間ロビーで待っていろというようなことを言われ、アンジェラはロビーに向かった。
 座れるならありがたいという気持ちでロビーに行くと、ソファを陣取っている男子の集団がいた。すると彼らはアンジェラの姿を認めるなり、ソファを譲るどころか「女だ!」と騒ぎ出したのである。
 この学校の敷地に入った瞬間から感じていた視線は、珍しい生き物を見る視線に違いない。ソファにいた男の子たちは、アンジェラを見ながら「なんで女がいるんだ?」「おまえ、話しかけてこいよ」などと言ってくすくす笑っている。
 彼らの制服のネクタイに入っているラインは、トマスと同じオレンジ色だった。
「レディをじろじろ見るなんて、失礼なことだわ」
 アンジェラは髪をかき上げながら彼らを一瞥してつぶやいた。
 男の子たちはそこでどっと笑った。
「レディだってさ」
 しかも「失礼なことだわ!」とアンジェラの口調と仕草を真似する者までいた。
 彼らは弟と同じ学年だと思ったから、お姉さんぶってそう言ってみたわけだが……よく考えたら、自分も同じ学年なのだった。全然お姉さんじゃなかった。失敗したなあと思う。
 トマスに早く来てほしかったが、こういうときに限って弟は遅い。でも気まずい思いを表に出して肩身狭そうに振る舞うのはアンジェラの流儀ではない。
 アンジェラはこちらを見ている男の子たちとは視線を合わせないようにして、でも顔を上げて胸を張り、トマスを待った。
 だが、トマスが現れる気配はまったくなかった。ソファにいる男の子たちがひそひそ話をしていて、そのうちの一人が立ち上がり、こちらへ近づいてくる。
 絶対からかわれる。そう考えたらアンジェラの心臓が早鐘を打ち始めた。
「ねえ、君どこの家の子? 誰かの家族? 何持ってるの?」
 男の子はアンジェラに矢継ぎ早の質問をする。
 自分はトマス・エメットの双子の姉で、彼の忘れ物を届けに来ただけである。
 毅然と振る舞いたいところだが、対応を間違えたらさらなる好奇心とからかいの対象になるに違いない。
「え、あの……」
 どう振る舞うべきかわからずにアンジェラが言いよどんだとき、ロビーの奥から金髪の少年が駆け足でこちらに向かってくるのがわかった。
「君がトマスのお姉さん?」
 彼はアンジェラの前までやってくると、長い前髪をかきあげながら自分はトマスのルームメイトでジョエル・バートンだと名乗った。
「トマスはいまちょっと手が離せなくて……代わりに俺が用件を聞くよ」
 ジョエルはそう言ってアンジェラの背中に手を当てた。
「え? ちょっと……」
 ジョエルの馴れ馴れしさに異議を唱えようとしたが、彼はそのまま建物の外へとアンジェラを誘導していく。
 外に出たところで、ジョエルは足を止めてこちらを向いた。
 よく見てみると、ジョエルは綺麗な顔をしている。女の子みたいな可愛らしさとは別の、精悍な美しさがあった。
「君、トマスの双子のお姉さんなんだよね?」
 そう話しかけられて、ジョエルに見惚れていたアンジェラは気を取り直した。
「そうよ。弟は家に夏休みの課題を忘れていったの」
 だから届けに来たと言って、アンジェラは胸の前に抱えていたノートを差し出した。
 ジョエルはノートを手に取るとそれをぱらぱらと捲り、笑いながら言った。
「あいつ……課題全然できてないじゃん。殆ど空欄だ」
「あの。手が離せないって……トマスは?」
「課題を提出してないから、反省文書かされてる」
「えっ?」
「これ、いまから俺がトマスのところまで持って行くけど……」
 ジョエルはノートをひらひらと振って見せる。
「この出来じゃ、反省文書かされるのは変わらないかもね」
 アンジェラは夏季休暇に、家族で避暑地へ旅行にでかけたときのことを思い起こした。
 トマスは「別荘で課題をやる」と意気込んで教本や辞書をカバンに詰め込んでいたが、旅行中にトマスがそれらを開いている場面を見た覚えがない。アンジェラは女学校の課題をやりながら、学校が違うと課題の量も違うのかしら? なんて考えていた。
「いやだ……トマスったら、サボっていたのね」
「後で俺のを写させてあげるよ」
「だめよ。こういうのは自分でやらないと身につかないのよ」
「……でも、普段の宿題も俺のを写してるよ」
「ええっ?」
 どうやらトマスはルームメイトに迷惑をかけっぱなしのようだ。ここはお姉さんぶって不出来な弟を詫びておくべきだろうかと考えた。
 だが、何か視線を感じたような気がしてアンジェラは振り返る。
 建物の入り口のところから、ソファにいた男の子たちがまだこちらの様子を窺っているのがわかった。
「おい。その子、おまえの恋人?」
「なあ、もうやった? やった?」
 彼らはこちらを見ながらそう言って騒ぎ立てた。アンジェラには「やった」が何を指すものかよくわからなかった。女学校の宿題のことだろうか? それならば出来はともかくとして、完璧に終わらせている。
「なあ、やったの~?」
 男の子たちはしつこかった。
 自分はトマスとは違って、課題の類はしっかりやっている。
 さすがにムッとして言い返そうとしたとき、ジョエルがアンジェラを庇うようにして彼らとの間に立つ。
 風が吹いて、ジョエルの金の髪が揺れる。
 アンジェラはようやく気がついた。さっき背中に手を当てられて、ジョエルのことを馴れ馴れしいと感じたが……あれはアンジェラを庇ってくれていたのではないだろうかと。
 たぶん、いまもそうだ。
 レディを庇う気概があるなんて、なかなかの紳士である。
 普段はがさつで落ち着きのないトマスを見ているせいだろうか。ジョエル・バートンはずいぶんと大人っぽい振る舞いをすると思った。
 だが、感心と同時にアンジェラの反骨精神がむくむくと湧き上がった。
 つまり、ジョエルもアンジェラのことを宿題をやっていない子だと思っているに違いないのだ。そういう庇われ方は本意ではなかった。
 アンジェラはジョエルの身体を退けるようにして顔を出し、野次を飛ばしている男の子たちに向かって叫んだ。
「しつこいわね! やったに決まってるじゃない!」
 するとジョエルが咳き込み、嫌な感じの男の子たちがいっそう騒ぎ出した。
「ちょ、ちょっと……」
 ジョエルは噎せながら何か言いたそうにアンジェラの袖を引っ張ったが、アンジェラはそれを振り払い、彼に反論した。
「何よ。正直に言って何が悪いわけ?」
「え? 正直って……ぇえ……?」
 ジョエルは困惑したような情けない声を出し、がっくりと肩を落とすと自分の両手のひらに顔を埋めた。
 失礼な男の子たちは、口笛を吹いて囃し立てている。
 ジョエルはまあまあ話が通じるみたいだけれど、男子の寄宿学校はまるで動物園みたいだと思った。
「ここは俺がなんとかするから、もう行って」
 ジョエルがボソッと言う。
「え? あ、あの……?」
「いいから、行って」
 彼は呆れたように首を横に振り、投げやりに繰り返す。
 訳も分からず退出を促されたアンジェラは「何よ、失礼ね」と独り言を呟きながら寄宿学校を後にしたのだった。

 アンジェラが「やった」の意味を知ったのは、それから数か月後の話だ。
 年末年始の休暇で帰省してきたトマスが、学校で噂になっていることを教えてくれたのだ。「ジョエルと姉ちゃんができてるって噂になってるけど、なんで? やったって、ほんと?」と。
 夏休みの課題は確かにやった。ジョエルもそうなのだろう。でも、噂になるほどのことだとは思えない。そこではじめて、自分は何か思い違いをしているのではないかと気がついた。
 アンジェラはトマスに対して「できてるって、何ができてるの?」と訊ねた。男子校で品のないスラングにまみれてしまった弟は、得意げになって教えてくれた。「できてる」は、両想いになってカップルが成立した男女のことであり「やった」とは、性行為をすませたということである、と。
 トマスは「え? 姉ちゃん知らないの? 女子校だとそういう話、しない?」ときょとんとしていたので、弟にマウントを取らせてはいけないと、アンジェラはついつい強がってしまった。
「し、しし知ってるけど? ほ、ほら女子校と男子校だと意味が違うかもしれないから、ちょっと確認しただけ!」──と、知ったかぶってしまったのである。
 そうして「やった」のほんとうの意味を知ったアンジェラは、恥ずかしさと悔しさでその夜は眠ることができなかった。
 もちろんその後アンジェラが寄宿学校に足を運ぶことはなかったが、ジョエルと会う機会はまもなくやってきた。トマスが春休みの帰省にジョエルを連れてきたからだ。なんでも、父親が購入した新しい馬車を見せてあげる約束をしたのだとか。
 アンジェラは家にやってきたジョエルの袖を引っ張り、玄関ホールの階段の下に彼を連れ込むと、小声で、でも真剣さが伝わるように訴えた。「あのとき、なんですぐに否定してくれなかったのよ!」と。
 最初、ジョエルは何を言われているのかわからなかったらしい。彼は瞬きを繰り返す。だがアンジェラが「おかげで変な噂になったみたいじゃない!」と言い足すと、彼は「ああ」と頷いた。そして言った。
「あれは不良どもを黙らせる、君なりの機転なんだと思ってた……違うの?」と。
 アンジェラは狼狽えた。そんなつもりはなかったのだが……不良どもを黙らせる機転。そういうことにしておいた方が、お姉さんっぽい振る舞いである気がした。
「え? まさか、意味もわからずにあんなこと言ったんじゃないよね?」
 ジョエルにそう問われ、アンジェラは顔を上げる。
「そ、そんなわけないでしょう! わ、わわわかってて言ったに決まってるじゃない?」
 声が上ずってしまったがそう答えると、ジョエルはフッと笑った。
 彼の皮肉気な微笑みはものすごく色っぽかった。長い前髪は緑の瞳にかかりそうになっている。トマスに比べるとずいぶんと大人っぽい。
「やっぱりそうだよね? 不良どもにあんな風に啖呵を切るなんて、トマスのお姉さんは肝が据わっているなあって、俺、感心したんだよね」
「ふ、ふう~ん? そ、それほどでもないけど?」
 持ち上げられて悪い気はしなかった。アンジェラは大人ぶって肩にかかっていた髪の毛をさっとかき上げながらそう答える。
「で、でも、ほら? 私とあなたが……そのー……できてる? って勘違いされたままなのは、よく考えたらちょっとまずいっていうか……あなただって困るでしょう?」
 するとジョエルは背後の壁に寄りかかり、腕を組んでにやりと笑った。
「俺は別に困んないけど」
「えっ……?」
「君みたいな女の子とやったなんて、自慢になるじゃん」
「え、えっ……? そ、そうなの……?」
 男子校の風紀って、どうなってるの?
 想定外のセリフに、アンジェラは慌てふためいた。
「で、でもっ、でも……あれは、ほんとうのことじゃないわけだし……! あなたは困ってなくても、私はそうじゃないっていうか……!」
 慌てるあまり、ジョエルに掴みかかる勢いで身を乗り出してしまったアンジェラに、彼は我慢できない、という感じで噴き出した。
「あははは! もうだめだ」
「な……何よ」
 ジョエルは肩を揺らし、お腹を押さえて笑っている。しまいに彼は目じりに滲んだ涙を拭い始めた。
「はははは……!」
「何がおかしいの?」
 ジョエルの考えていることがまったくわからなかった。トマスはこんなにミステリアスな生き物ではない。弟が単純なだけなのだろうか。それとも……。
 自分と同じ年頃の異性についてアンジェラが考え始めたとき、トマスが現れた。
「ジョエル、ここにいたのかよ! 馬車小屋に行こうぜ! うちの新しい馬車見せてやるって約束……あれっ、姉ちゃん?」
 トマスは階段の下までやってきて、ジョエルとアンジェラが一緒にいるところを確認すると、一歩下がって二人を見比べた。
「え……あ、あれ? やっぱり、あの噂って……」
 こんな場所でこそこそしていたから、トマスは例の噂を思い出したらしい。アンジェラは首を横に振って否定する。
「ち、違うっ!」
 それから隣で笑い続けるジョエルにも訴えた。
「ちょっと、あなたも否定しなさいよ!」
 そう言われたジョエルはキザったらしく肩をすくめると、トマスのほうへ向かって歩き出す。
「ごめん、トマス。行こうか」
 それからアンジェラを振り返り、言った。
「面白かったよ、ありがとう」
「え……?」
 アンジェラは外へ出ていくトマスとジョエルを呆然と見送った。そして彼らの姿が見えなくなってから、ようやく自分がからかわれていたことに気がついた。
「な……」
 何が面白かったって言うのよ!
 恥ずかしさと悔しさに襲われたアンジェラは、その夜はまた眠れなかった。
 学年が変わってもトマスとジョエルは仲良くしていたので、それからも彼と顔を合わせる機会はたびたびあった。
 アンジェラはジョエルに内心で腹を立てていたが、十二、十三歳の頃のことをいつまでも引きずっているのは大人げない。
 だからアンジェラは「トマスの姉」として取り澄ました態度でジョエルに接していた。
 そしてアンジェラは十八歳で女学校を卒業し、王国軍に所属するミモザ魔術師団に入団が決まると、実家を出て宿舎で生活をするようになる。
 一方ジョエルとトマスは騎士を目指して士官学校に進んだ。彼らは士官学校に二年間通い、卒業後は騎士としてどこかの騎士団に配属されるはずであった。袂は分かたれたのだと思っていた。
 ジョエルが、ミモザ魔術師団に入団してくるまでは。