この溺愛は政略です! 「貴女を愛することはできません」と言った冷徹宰相に毎晩めちゃめちゃ甘く抱かれてます 上 3
嫁にいった妹を嘆くヴィクターが引きはがされ、イヴァンゼリンはセオドアと共にケイン公爵家へとやってきた。
突然の来訪にもかかわらず、客の受け入れの態勢がいつでも整っているのか、すぐに湯あみに案内された。そうして身体を磨かれ、あっという間にちょっぴりえっちなランジェリーを身に着けさせられ、寝室へと誘導される。
夜会でのあの立ちまわりのあとに打合せまでしていたから、もう夜も更けている。とんとん拍子で進む事態に、さすがのイヴァンゼリンも動揺を隠せなかった。
(どうしたらいいの……さすがに、今夜が初夜だとは思わなかったわ……)
普段から侯爵令嬢の立場というものをしっかりわきまえている彼女である。自分で話していた通り、政略結婚には納得していたし、愛がなくとも営みを受け入れるつもりだった。だが。
(こんなに急だなんて!)
初めて会う相手、あるいは初めて話す相手に嫁ぐことは、貴族社会ではさして珍しいことではない。とはいえ、嫁ぐ前には色々と準備を行うものである。
通常婚約が決まっても、挙式までは最短で一年だ。成人までに持参金等の準備を進めるのはもちろんのこと、初夜までに閨の作法を習ったり、身体を磨き上げたりと、花嫁となる本人の準備も欠かせない。
ティムとの結婚は来年を予定していた。だから実を言えばイヴァンゼリンは閨関連の花嫁修業には、まだ一切手をつけていないのだ。当然、情事についての知識もほとんどない。
営みをしてみせるとは言ったものの、緊張するのも仕方あるまい。
「イヴァンゼリン様をお連れしました」
「入ってくれ」
考えごとをしている間に、寝室に辿り着いてしまった。心の準備が追いつく前にドアが開く。
「あ……」
ガウンを羽織ったセオドアがドアの前で迎えてくれた。そんなことをする必要もないのに。
「それでは失礼いたします」
「ああ。こちらへどうぞ」
差し出された手を握って、イヴァンゼリンはちらりと部屋の中を見る。
寝室はベッドにサイドチェストしか置いていない、シンプルな部屋だった。当然窓のカーテンはぴったりと閉まっている。もう夜も遅いので外は真っ暗だろう。
薄暗い寝室に灯るのは、サイドチェストに置かれたランプが一つきりである。セオドアの手に導かれて中を進むと、ぼんやりとした二人の影が、壁に大きく映った。
ドアもしっかりと閉ざされたので、外界から遮断されて寝室に二人きりになったことをより強く意識させられる。
(本当に、今から……)
セオドアの横顔がランプに照らされているのが、なんだか淫靡だ。こんな薄灯りの中で、異性とこれほど近くにいたことがない。
イヴァンゼリンはベッドへとエスコートされる。来客を迎えることはできても、妻を迎える準備はまだだったのだろう。それは一人用のベッドだ。とはいえさすがは公爵家と言うべきか、だだっ広いので二人で眠るのは問題ないだろう。
そんな細かい一つ一つのことを発見するたびに、イヴァンゼリンの胸が緊張で高鳴っていく。
一歩一歩が酷く遠く思われる中、ひとまず彼女はベッドのふちに腰かけさせられた。
(今からどうすればいいのかしら)
落ち着かずに足先をつい見つめる。侯爵令嬢として生きてきて、こんなふうに動揺を表に出す機会など滅多になかった。
「イヴァンゼリン」
名前を呼ばれて、はっとする。顔を上げれば、まっすぐに見つめてくる青い瞳と視線が絡んで、どきりとした。
「緊張していますか?」
「はい……」
「でしょうね。本来なら顔合わせなどの段階を踏んで行うべきことです。今日が絶好のチャンスだったとはいえ、性急にことを進めて申し訳ありません」
「いいえ、この結婚を承諾したのはわたくしですわ」
イヴァンゼリンはきっぱりと首を振る。
ヴィクターに政略結婚の話を聞いたときから、イヴァンゼリンはこの話に乗っているのだ。侯爵令嬢として当主の決定に逆らえない、というのはその通りかもしれないが、受け入れたのはイヴァンゼリン本人である。後日また、と言われて詳細を聞かされていなかったものの、そのつもりはあった。
先ほどまでどこか怯えたふうだったイヴァンゼリンが、毅然としている。その姿に対し、セオドアは無表情だ。『鋼鉄の堅物宰相』の異名にふさわしい、無慈悲な公爵の顔である。
「そうですか……では、そんな貴女だからはっきりと言います」
「なんでしょう?」
「私は、貴女を愛することはできません」
残酷な宣言だ。しかしイヴァンゼリンはしっかりと頷く。
(政略結婚だから当たり前だわ。わたくしだって、セオドア様を愛せないかもしれないのだし)
「しかし、貴女に愛人を持つ許可を与えることもできません」
「当然ですわね」
これは表向きには『恋愛結婚』なのだ。少なくとも今の代ではアリス家とケイン家の仲が良好でなくてはならない。
政略結婚に愛人はつきものだが、この二人に限っては愛人など影をちらつかせることすら言語道断だ。そのくらいに徹底しなくては、ゴシップ好きの貴族たちはたちまち政略結婚だと見抜くに違いない。
おそらく今夜の流れで、『アリス家がそっちに行くなら国王派に流れてもいいかな』などと思った貴族派の家門が多少いる。だが、政略結婚の事実が広まれば、派閥の対立は深まるばかりだろう。
そうなっては困るのだ。だから、イヴァンゼリンとセオドアが愛人を持つことは許されない。
セオドアは自分自身のことを言及しなかったが、彼もそのつもりであることをイヴァンゼリンは承知している。探る目つきでイヴァンゼリンを見つめていたセオドアは、不意にふっと表情を緩めた。
「貴女が聡明な方でよかった。……貴女に恋人のように情熱的な愛を捧げることはできないかもしれませんが、その代わりよい家族になりましょう」
手を差し出されて、イヴァンゼリンはつい顔がほころぶ。
(ビジネスパートナーってだけなのに。セオドア様は実直な方ね)
「はい。この政略結婚の秘密を共有するパートナーとして、よろしくお願いします」
そっと手を乗せると、セオドアがその手の甲に口づける。まるで誓いでも捧げるかのようだ。驚いて顔を見れば、青い瞳がしっかりとイヴァンゼリンを見つめている。その目の奥に炎が宿っている気がして、胸が跳ねた。
「生涯、貴女を大切にします」
とどめの一言を言われ、イヴァンゼリンは落ち着かなくなる。
(愛の告白みたい……)
つい先ほど愛せないと言われたばかりなのに、セオドアの発言のせいで心が騒がしい。
思えば、思春期になる前にティムと婚約させられていたし、ティムはイヴァンゼリンに好意を示そうとすらしなかった。彼女の美貌にふらふらと寄ってくる男性はもちろんいたが、彼らが恋慕の情に発展させる前に当たり障りなくあしらっていた。
だから、こんなふうにあからさまな口説き文句らしい言葉を囁かれるのは初めてだ。意識した途端に、顔が赤くなる。
「初夜についてですが……今夜は初夜をしたフリで済ますという方法もあります。どうしますか?」
「……王太子殿下のご命令ですもの。逆らうわけには参りません」
どきどきしながらも、これにはきっぱりと首を振った。この結婚の事情は、数人しか知らない。できるだけ嘘をなくしたほうがいいのだ。
「ですが……」
セオドアが言い淀んだのは、イヴァンゼリンのためだろう。触れたままの彼女の指先が、微かに震えている。
(いやね、セオドア様に心配をさせたんだわ)
自嘲気味に笑って、もう一度首を振った。
「これは……緊張しているだけです。初めて、ですから……それに、花嫁教育を受ける時間がなくて……。ですが、きちんと初夜はやります。よろしくお願いします」
「ああ」
イヴァンゼリンが濁した言葉の意図を、セオドアはすぐに気づいたようだ。
「大丈夫ですよ。私は閨教育をきちんと受けていますから。貴女は私に任せて、リラックスしてもらえれば」
下から支えていただけだった手をやんわりと握られ、セオドアが穏やかに囁いてくる。
(セオドア様は初めてじゃないのね)
閨教育なんて、高位の貴族ならば受けていない者の方が珍しいだろう。なのになんだか引っかかる。
「では始めましょう」
(そんな仕事でもするみたいに……ううん、これも仕事みたいなものかしら)
小さく頷いたものの、イヴァンゼリンは着ているガウンを自分から脱ぐべきかどうかすら悩む。
「脱がせても?」
「……はい。……んっ」
返事とほぼ同時に、セオドアの手が腰ひもを引き抜いた。そうしてするりと両手が肩に滑って、ガウンを脱がせてくる。大きな手が素肌を撫でる感触が、くすぐったい。
「ああ……これは」
「え? あっ……!」
感嘆したようなセオドアの声にきょとんとして、自分がどんな姿なのかをやっと思い出す。とっさに身体を両手で隠したが、もう遅い。
彼女は今ちょっぴりえっちなランジェリーを着ているのだ。このランジェリーにはいくつも問題がある。
服の形状だけを見れば、メイドのお仕着せのエプロンドレスのようだ。ただしワンピースがなく、エプロン部分だけしかない。つまりは、素肌にエプロンという状態なので、大問題だろう。
しかし、パッと見のデザイン自体はとても愛らしい。
ふんわりとしたフリルの肩紐が背中まで回って、腰で可愛らしく大きなリボンの形に結ばれている。胸元は膨らみに沿うようにか、ハートの形にカットされており、谷間のラインに合わせてこれもまた可愛らしいフリルで覆われている。
もっとも可愛らしいのはフリルだけだ。エプロンの下はすぐに素肌だから、胸の豊満さを強調しており酷く煽情的である。
次の問題はエプロン全体の生地だ。
かなり薄い。薄すぎて、肌が透けている。とはいえ繊細なレースがあしらってあるので身体がすべて丸見えというわけではない。しかし、肝心の胸の膨らみの中心や、腰回りはなぜかレースがほとんどついていなかった。これでは隠したいところが一切隠せないではないか。
しかも、ドロワーズにも問題が多い。まず、エプロンドレスと同じ生地でできているため、非常に薄くて何も隠せていない。
そのうえ丈が異様に短くて、太ももはほとんどむき出しだ。そのうえ、非常に独特なカッティングが施されている。股の生地が割れているのだ。
いや、外出用ドロワーズのように足を閉じていれば、素肌が隠れるようなささやかな切りこみではない。股の割れ目からお尻の谷まで、ちょうど大事な部分だけを丸出しにする形状にカッティングされているのだ。まるで触ってみてくれと言わんばかりではないか。
身体の前面がいやらしすぎる。かといって背面も慎ましやかではなかった。
背中側はイヴァンゼリンの形のよい尻が丸出しである。腰の大きなリボンはぎりぎりお尻を隠してくれない。さらに横から見れば、エプロン脇に横胸が覗き、太ももが晒されている。
この服のどの角度を切り取っても卑猥だった。
ドレスを纏っているときにはいつだって優美な微笑みを絶やさない完璧令嬢と呼ばれる彼女も、こんな衣装を着せられては平静を保てない。
(どうしてこんなにえっちな服が周到に準備されてるのよ……!)
羞恥に顔を赤くしたその瞬間である。
「なんとも、いやらしい姿ですね」
「こ……っ!」
これはあなたが用意したんじゃないか。ついそう叫びそうになった。
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