塩対応の美形魔術師の溺愛が本気すぎる 嘘告なのに囲い込まれて逃げられません!? 3
断る、迷惑だと、ラリサは何度も訴えた。
けれども『少しの間だけですから』とのらりくらりとかわされてしまった。
『交際なんて、本当にしてないのよ。付き合ってないし。そもそも好きじゃない。迷惑しているの』
レオニートにいくら言っても無駄だと感じ、みなの前で否定したこともある。
『ラリサ、恥ずかしがらないでください。校則で男女交際は禁止されていませんし、堂々としていましょう』
ラリサがどれだけ声高に否定しても、レオニートがラリサを労るように目を細めて言うと、みなラリサではなく彼の言葉を信じた。
そんな出来事が何度かくり返されていくうちにラリサは、レオニートを振り回す目立ちたがりの幼稚な女だと、周囲から呆れられ始めた。
注目なんて浴びたくない。
実際に振り回されているのはラリサのほうである。
だというのに生徒たちはもちろん、教師すらもレオニートの肩を持った。
ラリサよりもレオニートが信用されたのは、彼のほうがみなとの付き合いが長く、美形なうえに、家柄が良く優秀でみなの憧れだったから――だけではなかった。
ラリサの生まれと、育ちも原因だった。
王立魔術学校は学費が高い。
それもあって生徒たちは、良家のご子息とご令嬢ばかり。貴族だけでなく平民の生徒もいたけれど、みな商家などの裕福な家の子どもだった。
入学試験が難関なのも原因かもしれないが、孤児院出身で奨学金をもらって通っている生徒はラリサだけだった。
ラリサが女子生徒に敵意を向けられ、陰口を叩かれていたのはレオニートの恋人だと思われていたせいだ。
しかしその件がなかったとしても、差別と偏見から遠巻きにされ孤立し、浮いた存在にはなっていただろう。
何にせよ、学生たちはラリサが話しかけても短い返答。酷いときは無視どころか、目も合わせてくれなかった。
三年間の学生生活で、ラリサに積極的に話しかけてきたのは、ただ一人だけ。レオニートだけだった。
『次の授業は、別教室に移動になりました。……ああ。誰からも教えてもらえなかったのですね』
『ええ! そうよ! 誰も、教えてくれなかったわ!』
『酷いですね』
『他人事みたいに言わないでよ! あなたが私を恋人扱いするから、私、女子から敵意を持たれるのよ』
『あなたを虐めたら、俺からの好感度は下がるだけなのに愚かですよね。ほら授業に遅れますよラリサ。早く準備してください』
レオニートのおかげで授業に遅れずにすんだことは、何度もあった。
校内では常に恋人のように振る舞っていたレオニートだが、さすがに休みの日まではラリサを拘束しなかった。
ただ放課後は頻繁に、王立図書館へ行こうとラリサを誘ってきた。
王立図書館は校内の図書館以上に教材や文献が揃っていて、静かで広く自主勉強もしやすい。遊びに行くならともかく勉強ならと、ラリサはレオニートの誘いに応じた。
レオニートから恋人扱いされ、迷惑だった。嫌な思いもたくさんした。
けれど――一緒に勉強できたことは少し……いや、正直なところかなり助かった。
レオニートは生徒としてだけでなく教師としても優秀で、ラリサの疑問に的確に答え、躓いているところに気づくと丁寧に教えてくれた。
彼の説明は教師のものよりもわかりやすく、すんなりと頭に入ってきた。
『参考資料です。次の試験までに、読んでおいたほうがよいと思います。あと、これは過去の問題集です。これもやっておくべきです』
『ありがとう。……試験までに、間に合うかしら』
『寮では親しい人がいないので、いつもお一人で過ごしているんでしょう? その時間を勉強に充てれば間に合いますよ』
『い、いつも一人ってわけじゃないわよ』
『食事や入浴は、集団ですね。俺が言ったのは友人や仲間と、団欒的なものはしていないのでしょう、ということです』
女子寮では、団欒どころかラリサに話しかけてくる者すらいなかった。
『う……それもこれも全部、あなたが恋人だとか、付き合っているとか言うから……』
『勉強に集中できて、よかったではありませんか。団欒など、煩わしいだけですよ。ああラリサ、この本もお貸ししましょう。こちらのほうがわかりやすい』
苛立つ発言も多かったけれど、ラリサが落第もせず次席という優秀な成績で卒業できたのは間違いなく彼のおかげだった。
ラリサが就職で躓いたのとはうらはらに、王立魔術学校を首席で卒業したレオニートは、給与が良く保障もしっかりした魔術研究所に就職した。
魔術研究所は王都の外れにある。
生活圏が違うのか、王立魔術学校を卒業してから六年間、ラリサはレオニートに一度も会っていない。
卒業式典のあと、少しだけ話した。それが最後だった。
『あなたと出会ってからの三年間は、実に快適な学生生活を送ることができました。ありがとうございました』
『こっちは散々な学生生活だったけどね。……でも、勉強を教えてくれたのは助かったわ。ありがとう』
振り回され腹は立てていた。
けれどそれと同じくらい感謝もしていたので、ラリサは素直に礼を言った。
『……そういえば、あなたと初めて会ったのもこの場所でしたね』
レオニートがラリサの背後へ視線を這わす。
『そうね……。もらったプレゼントをゴミ扱いしているから、腹が立ったの。余計なこと言わなきゃよかったって後悔しているわ』
彼の視線の先には、広葉樹があった。
三年前なのに、遠い昔の出来事のように感じて懐かしくなった。
『いらないなら捨ててくださいとか、どちらかといえば俺のほうがゴミ箱扱いされている気がしますが』
レオニートも懐かしさを感じているのか、目を細めて広葉樹を見つめていた。
ちなみにあのときレオニートに告白していた女子生徒は、あれからすぐ別の男子生徒と交際を始めて婚約をしたという。
『今日であなたとはお別れですね。この先、あなたと会う機会はないのかもしれません』
『そうね。おそらくないと思うわ』
ばったりどこかで……という可能性はあるかもしれない。
けれどこういうふうに、向かい合って話すのは最後だと思う。
魔術研究所の研究員は、魔術師の中でもエリート中のエリートだ。
それに彼は、由緒正しいお貴族様のご子息である。
本来ならラリサが知り合う種類の人間ではなかった。
卒業して同級生という接点がなくなれば、話しかけるのも恐れ多い存在だ。
『ラリサ、俺に言っておきたいことはありませんか?』
『言っておきたいこと……?』
『恨み言でも文句でも、今ならば何でも聞いて差し上げますよ』
レオニートは、ラリサを小馬鹿にしたような笑みを浮かべて言った。
けれど……薄らと笑んだ唇とはうらはらに、ラリサを見下ろす眼差しは真剣だった。
琥珀色の瞳に、戸惑うラリサの姿が映っている。
『……あなたこそ……私に何か言いたいことはないの?』
『感謝は先ほど伝えました』
『……他にはないの?』
『あなたにないのなら、俺にもありませんよ』
『あっ、そう! なら、私にもないわよ。文句は今までも散々言ってたしね。今更、改まって言うことはないわ』
ラリサは彼から目を逸らして言う。
少ししてレオニートの様子を窺うと、彼ももうラリサを見つめてはいなかった。
『じゃあね』
ラリサが別れの言葉を口にすると、レオニートは『お元気で』と返した。
その場で別れた。
ラリサは振り返らなかったし、彼もラリサを引き留めなかった。
◆ ◇ ◆
「家同士の交流があったため、レオニート様のことは幼い頃から存じておりました。あの麗しい容姿に憧れも抱いておりました。婚約が決まったときは、本当に嬉しかった……。ですが……あの方の本性を、わたくし、知ってしまって……」
クラーラはうっと息を詰まらせると、ハンカチーフを出して目頭に当てた。
(本性って……。もしかして彼、この可愛らしい婚約者さんの前では、ずっと猫を被っていたのかしら)
学生時代のレオニートは、寄ってくる女子に対してとにかく冷淡だった。
しかし婚約者候補の女の子には、紳士的に優しく接していたのかもしれない。
(婚約が決まった途端、素の自分を出すようになった……とか?)
態度が変わったことと、先ほどクラーラが言った『不貞行為をしてください』が、どう繋がるのかはさっぱりわからないが……。
意味がわからなすぎて、はあ、とラリサは曖昧な相づちを打つ。
するとクラーラは涙声で、思っていたよりよりも深刻な事情を語り始めた。
「レオニート様はとにかく、わたくしへの独占欲が強くて……嫉妬深いのです。わたくしが夜会で殿方と話しているのを見ると烈火のごとくお怒りになられて……。わたくし、レオニート様に殴られました」
「……殴った!? レオニート……さんが?」
「他の男に色目を使う尻軽女だと罵られましたわ」
うっうっとクラーラは嗚咽を漏らし、肩を震わせる。
「妻になるのならば夫に従うべきだ。そうおっしゃって、わたくしが夜会に出席するのですら嫌がられるのです。わたくしが反論したり、あの方の意に添わぬ行為をしたりすると酷い罵倒と容赦のない暴力が……うう」
クラーラはそのときのことを思い出したのか、怯えたようにブルブルと震える。
レオニートは、優しくて思いやりのある男ではなかった。
けれど、あくまで冷たいだけ。
ラリサの知る限り、暴力的な振る舞いはしていない。
嫌味や皮肉はよく口にしていたが、声を荒らげる姿すら見たことはない。
烈火のごとく怒り狂い、罵倒し、目の前の華奢な女性を殴りつけるレオニートが、ラリサには想像できない。
「束縛も酷くて……わたくしの行動を常に監視しているのです」
「常に……!? なら今も……監視中なんじゃ」
ラリサはチラリとクラーラの背後に立つ男に目をやる。
てっきりクラーラの護衛だと思っていたが、彼はレオニートが雇った監視役なのだろうか。
「いえ、今は大丈夫ですわ。監視の目をかいくぐって、あなたに会いに来たんです。とにかく……! 彼のわたくしへの執着が異常で……。わたくし、彼との結婚が恐ろしくて堪らないのです」
クラーラは青ざめ、顔を覆った。
(暴力も信じられないけど……異常な執着っていうのも信じられないわ)
ラリサの知っている彼は、薄情な男だった。他人に興味のない淡泊な男で、女性に対しては特に冷淡だった。
けれどレオニートとラリサがともに過ごしたのは、学生時代の三年間だけ。
ラリサの知らない一面があって当然だし、六年という歳月で性格が変わっていてもおかしくはない。
(どうでもよい女性と本命とでは、態度が違うことだってあるだろうし……)
クラーラは婚約者。将来妻になる女性だ。
彼にとって大事な女性だから、束縛するほど執着しているのかもしれない。
「わたくし、勇気を出して、レオニート様に結婚を考え直したいと言ったんです。そうしたら、あの方、ひどく激高されて……。殴られるのも蹴られるのも恐ろしい。けれど、それよりもっと恐ろしいのは、結婚したらずっと暴力に怯える日々が続くこと……。わたくし、どうしても堪えられなくなって、結婚をせずに済む方法を探すことにしたのです。そして、あの方の過去を調べているうちに、あなたの存在を知った。ですのでどうか、ラリサさん、あの方と不貞行為をしてください」
クラーラは顔を覆っていた手を胸の前で組み、ラリサを縋るように見つめて、そう言った。
「いやいやいやいや、待って。なんでそんな話になるのか、繋がりがさっぱりわかんないんだけど」
「あの方との婚約を破棄できる、明確な理由が必要なのです」
「明確な理由……。不貞を理由に、別れたいってこと?」
「はい」
「……酷い行為をされてるって、家の人に相談すればいいだけじゃない」
クラーラは首を横に振る。
「レオニート様は外面が良いのです。乱暴になるのはわたくしの前でだけ。両親の前では紳士なので、暴言や暴力のことを話しても信じてもらえませんわ」
「殴られた痕とか見せたら、信じるんじゃないの?」
「狡猾な方なので、肌に残らない程度に痛めつけてくるのです。ラリサさん、実際に不貞行為をする必要はありませんの。第三者から見て、そうと取られてもおかしくない行為をしてくださるだけでよいのです」
クラーラは、親密そうに腕を組んだり、宿から二人揃って出てきたりするだけでよいのだと言う。
「その場面をわたくしの父と、レオニート様側のご家族の誰かが目撃する。そうしたら、この婚約を破談にすることができます」
「でも、あなた、レオ……レオニートさんにすごく執着されているんでしょ。そんなことしたって彼、すんなりとは別れてくれないんじゃないの?」
「レオニート様のお父様は大臣ですので、外聞を特に気にしておられます。ダフロ家と揉め、事が公になるのは避けるはずです。厳格な方で、レオニート様もお父様には頭が上がらないと聞いております。不貞行為をした、あるいは不貞行為と疑われることをしたのが悪いと、婚約が破談になるようレオニート様を説得してくださるでしょう」
「う~ん……私でなくてもよくない? そういうの頼むにしても、別の人のほうがいいと思うわ」
ラリサは自身の外見に、そこそこの自信があった。素材はよいほうだと思う。しかし、貧乏生活を送っているため美容にお金をかけられていない。
服は三年くらい買っていないし、髪は自分で切っている。
肌の手入れは最低限だし、任務中はそれすらも疎かになる。
それに……と、目の前に座る女性を観察する。
クラーラはラリサとは真反対の容姿をしていた。
同じ金髪でもクラーラの金髪のほうが明るく、髪質も柔らかくふんわりしている。
小柄で華奢なクラーラとは違い、ラリサは女性にしては背が高く、引き締まった体つきだ。
顔立ちもクラーラは可愛らしく可憐。ラリサはきつめの美人系だ。
レオニートの『お気に入り』が彼女の容姿なら、彼はラリサに靡かないだろう。
「小柄で可愛らしくって、もっと色気のある女性に頼んだほうがよいと思うわ」
ラリサはじっとクラーラの胸元を見て言う。
衣服越しでもわかるくらい、クラーラの胸元は豊かだった。
ラリサの二倍……いや、三倍……五倍……もっとあるかもしれない。
「すでに侍女や、その筋の方にお願いしたのです。でも、レオニート様、相手にするどころか無視で……だから、あなたに頼んでいるのです。学生時代に恋人だったあなたなら、きっとレオニート様も心を許すだろうって」
「いやいや、だからその恋人っていうのが、そもそもの誤解で」
「昔の恋人と再燃して、という状況のほうがより真実味がありますし、周囲の者たちも納得するでしょう」
お願いします、とクラーラは頭を下げる。
束縛が強く、暴力をふるうような男と結婚したくないというクラーラの気持ちはわかる。
逃げてしまえばよいと思うが、貴族にはいろいろとしがらみもあるのだろう。
そんな中で打開策を練り、必死に結婚から逃れようとしているクラーラには同情する。
けれどだからといって、手を貸す気にはなれない。
「無理ね。他を当たってちょうだい」
これ以上話をしても無駄だと、ラリサは腰を上げる。
「お待ちください」
「いくらお願いされても、無理なものは無理」
「三百万ギラお払いしますわ」
ラリサを見上げ、クラーラがはっきりと口にした。
「……さ、さ、三百万ギラ……」
ラリサは目を瞠る。
三百万ギラ。危険で苛酷。報酬がすこぶる良い任務を十件以上こなして、手に届くか届かないかくらいの金額だった。
三百万ギラあれば、残っている奨学金を返し終えて、お釣りもくる。
あまりの大金に、頭がくらくらする。
最近良い任務を受けられていない。
奨学金を返済し終えたら、節約生活が終わる。
十日間くらい寝て過ごせるし、服を新調できる。気になっていた本も買えるし、お酒も遠慮せず飲める。肉が食べられる。
口が渇き、唇が震える。心が激しく揺れた。
(だ、駄目よ、ラリサ。お金に釣られるなんて……。確かに、学生時代、レオニートには迷惑をかけられたわ。でも学友よ。勉強を教えてもらったし……)
レオニートは束縛するほどクラーラに執着している。正しい行いではないものの、嫉妬で暴力をふるってしまうくらいクラーラを愛しているのだ。
お金のために、学友の恋路を邪魔するのはさすがにまずい。
「い、いくらお金をもらっても、無理なものは無理よ」
断るが、迷いで声が力なく震える。
「では四百万ギラではどうでしょう」
「よ、よ、よ、よんひゃくまんぎら」
「お願いします、ラリサさん。あなただけが頼りなんです。本当に怖くて……別れられないと、わたくし、正気でいられない……。このまま結婚をさせられるくらいなら、いっそ……」
「いっそ……?」
「どうかわたくしをお助けください。わたくしに力を貸してください」
クラーラは涙を流し、必死に懇願してくる。
クラーラは貴族令嬢だ。
平民の女に頭を下げて懇願など、本当はしたくないだろう。
彼女はそこまで追い詰められているのだ。
青ざめ泣いている哀れなその姿に、男に人生を壊されて早世した母のことを思い出した。
(こんな子を、殴るなんて……)
レオニートへの苛立ちが湧いてくる。
四百万ギラと母の面影、そしてレオニートとの思い出が、頭の中に順に浮かんだ。
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