塩対応の美形魔術師の溺愛が本気すぎる 嘘告なのに囲い込まれて逃げられません!? 2
「……あなたがラリサ・アルバ?」
小柄なほうが、フードの下からじとりとラリサを見上げて訊いてくる。
高く澄んだ女の声だ。
名前を確認するのだから、初対面なのだろう。
「ええ。ラリサ・アルバよ。で、あなたは? どちら様?」
「……あなたに、お願いがあります」
ラリサの問いかけに答えず、女は続ける。
「あちらに馬車を待たせております。宿に部屋を借りておりますので、詳しいお話はそこでいたしましょう」
「宿? 話なら、ここで聞くわ」
「人の目がある場所で話せる内容ではないのです」
女は声を潜めて言った。
「周りに誰もいないけど」
「第三者に聞かれたら困る……大事な話なのです。どうかご同行ください」
ラリサは肩を竦めた。
「私、名前も顔も明かさない人についていくほど、不用心じゃないの」
ラリサはそう言い捨て、踵を返す。
変な輩とは、関わらないに限る。
「待ってください」
「悪いけれど個人の依頼は受けていないのよ。組合を通してちょうだい」
これ以上付き合っていられないと、足を止めずその場を去ろうとすると、女は小さな声で名乗った。
「わたくしはクラーラ・ダフロ。……レオニート・ファレフの婚約者です」
クラーラという名は初めて耳にする。
けれど……レオニート・ファレフ。
久しぶりに耳にしたその名は、よく知っていた。
「彼のことで、あなたにご相談したいことがあるのです。どうか、話だけでも聞いていただけませんか」
彼の婚約者が、自分にいったい何の相談があるというのか。
「あなたにとっても、決して悪い話ではないと思います」
関係ないと、突き放そうかと迷う。けれど……。
「……話を聞くだけでいいのね」
彼の身に何があったのか、ラリサは気になってしまった。
女に案内され、馬車に乗る。
馬車は少しして、大通りにある宿の前で停まった。
『白羽根(しらばね)の宿』は王都で一番大きく歴史のある宿だ。
行商人や旅客だけでなく恋人たちの逢瀬にも利用されていて、数刻だけの休憩でも部屋が借りられた。
(三人でって……変に思われないかしら)
三人連れ立って宿に入っていくのを見られたら、あらぬ誤解をされるだろう。
二人はフードで顔を隠しているので身分がバレる心配はない。けれど任務終わりのラリサは動きやすい軽装姿だ。衣服にはフードもなく、顔を隠す術はない。
(後ろめたいことはないんだから、隠すほうがおかしいわよね)
ラリサは俯きたくなる自分にそう言い聞かせ、堂々と顔を上げて宿に入った。
彼らについて、部屋へと向かう。
到着したのは、入ってすぐのところにテーブルとソファ、奥にベッドがある比較的質素な部屋だった。
「どうして宿で話す必要があるの?」
今更だけれど、茶屋や食堂でこっそり話せばいいのにと思った。
「先ほども言いましたけど、誰にも見られない密室でお話がしたかったのです」
「なら……馬車の中でもよかったでしょ」
「落ち着いた場所のほうがよいと思いまして。いきなり宿にお連れして、ご不安になるのは当然です。彼はわたくしの護衛なので、退室させることはできませんが、不埒な行いはさせないと誓いますわ」
男は大柄で、マントから覗いている手足は太く逞しい。腕力では敵いそうにない。
けれどラリサは魔術師である。それもわりと優秀な部類の魔術師で、六年間組合で経験も積んでいた。
風貌や振る舞いからして男は魔術師には見えなかったし、仮に魔術師だったとしても、逃げ切れる自信はある。
「じっくり話ができるほど、私、暇じゃないの。さっさと本題に入ってくれる?」
ラリサはソファに座り、話を促す。
クラーラはテーブルを挟んだ向かい側に座り、被っていたフードを脱いだ。
柔らかそうな金髪が現れる。
色白の肌。大きな青い瞳に、通った鼻筋。ぽってりとした唇。
年の頃は二十代くらいだろうか。
クラーラは可憐で愛らしい顔立ちの女性だった。
背後に立っている護衛も、クラーラに倣いフードを脱ぐ。こちらはいかにも護衛といった風貌の、厳めしい顔つきの男である。
「お時間を割いてくださり、ありがとうございます。迷惑かと思ったのですが、あなたとどうしてもお話がしたくて」
丁寧に頭を下げるクラーラに、ヒラヒラとラリサは手を振る。
「前置きはいらない。で、何なの? 相談って」
「はい……あの……」
クラーラは迷うように眼差しを揺らし、切り出した。
「あなたが、レオニート様の学生時代の恋人だったと耳にしました」
ラリサはうんざりした気持ちになり、心の中で溜め息を吐いた。
「……レオニートさんが、恋人だって言ったの?」
「いえ、レオニート様のご学友の方から教えていただきました」
「恋人だという噂があったのは事実よ。でも実際は、恋人ではなかった。たんなる同級生。学友よ。ちなみに学生時代のレオニートさんは、女っ気がまったくなかったわ。婚約者のあなたを裏切るような真似はしていないと思う。たぶんね」
あの男の潔白を、なぜ自分が説明せねばならないのか。
理不尽だと思ったが、面倒事に巻き込まれたくない。
ラリサはしっかりと釈明した。
「お気遣いありがとうございます。ですが、わたくしとレオニート様の婚約が正式に決まったのは半年前なのです。レオニート様が学生の頃にも、父親同士の間では婚約の話が出てはいたようですが……正式に婚約は結んでいませんでした。当時、レオニート様がどのような方と恋愛関係にあったとしても……わたくしにはあれこれ言う権利などないのです」
クラーラは穏やかな笑みを浮かべて言う。
そういえば、出会って半年ほど経った頃。
『貴族なんだし、婚約者とかいるんじゃないの?』と、彼に訊ねたことがあった。
『候補はいますが、正式に婚約はしていません』
レオニートはラリサの問いに、そう答えていた。
その候補とやらが、クラーラだったのかもしれない。
(っていうか……恋人じゃなかったって言っているのに。この人、私の言葉、信じてないわね)
クラーラは労るような眼差しをラリサに向けている。
レオニートを庇い、交際していた事実を隠していると思っていそうだ。
「あのね。本当に、彼とは恋人でもなんでもなかったのよ。昔もだけれど、今も。魔術学校を卒業してから六年間、一度も会ってはいないわ」
「レオニート様の元恋人だったあなたに、お願いしたいことがあるのです」
「いや、だからね……。私の話聞いてる? 元恋人ではないのよ」
「どうかレオニート様と不貞行為をしてください!」
ラリサの言葉を華麗に聞き流し、クラーラは声を張り上げてそう言った。
◆ ◇ ◆
レオニート・ファレフ。
ラリサの学生生活は、彼の名なくしては語れない。
振り返ってみると、入学前、告白現場に居合わせたのが運の尽きだったのだ。
『彼女、ですって』
『信じられないわ……。平民、それも孤児院出身だそうよ』
『奨学金をもらっているらしいわね』
『同情かしら。何にせよ珍しかっただけよ。すぐに飽きるに決まってるわ』
初登校のとき、ラリサはみなから注目を浴びていた。その理由を最初は特別入学のせいだと思っていた。
しかしコソコソと聞こえてくる喋り声に聞き耳を立てているうちに、別の理由があるのだと気づいた。
入学と入寮の手続きのため、ひと足早く学校を訪れた際、ラリサは女子生徒が男子生徒に交際を申し込み、こっぴどく振られている場面を目撃した。
そしてプレゼントを受け取らなかった男子生徒の冷たい態度に苛立って、つい余計なことを言ってしまった。
断るにしても、思いやりは大事だと思ったのだ。
『学業を優先したいとか、他に好きな人がいるとか。いろいろあるでしょ』
ラリサの発言を聞いた男子生徒……レオニートは、ラリサのその助言に従った。
初対面だというのにラリサが恋人だと、恋人がいるから付き合えないと女子生徒に告げたのである。そのうえ――。
『ぜひ周りのお友達方にも、俺が彼女に夢中なことを広めてください』
レオニートにそう言われたからか、たんにお喋りなだけなのか。
女子生徒は学校中に、ラリサがレオニートの恋人だと言い触らしていた。
孤児院出身の件も知れ渡っていたが、そちらはおそらく手続きをした職員か誰かが漏らしたのだろう。
孤児で平民なことも、奨学金をもらっていることも、ラリサは隠すつもりはなかった。別にそれは知られても構わない。
ただ、事実無根の噂を広められるのは迷惑だった。
けれども所詮は、ありもしない話なのだ。
機会をみてレオニートの戯れ言なのだと釈明すれば、馬鹿げた噂はすぐに消え去るだろうと軽く考えていた。
だが結局、ラリサはみなの誤解を解くことができなかった。
時間が経っても風化することなく、王立魔術学校に通っていた三年間、噂は事実として語られ続けた。
レオニート・ファレフ、彼のせいで。
『おはようございます。ラリサ』
登校初日。
同じクラスだったレオニートは、親しげにラリサに話しかけてきた。
『ラリサ。俺が校内を案内しましょう』
『ラリサ。何か困ったことはありませんか』
『ラリサ。お昼は一緒に食べようと、約束しましたよね』
レオニートはことあるごとにラリサの名を呼び、付き纏った。
『馴れ馴れしくしないでよ。恋人だって噂、みんなが信じちゃうじゃない』
文句を言うと、レオニートは薄ら笑いを浮かべ肩を竦めた。
『恋人がいると言ったほうがよいと、あなたがおっしゃったんですよ』
『それは……申し訳なかったわ。余計なことを言った。謝るわ』
ラリサは素直に謝罪をした。
『謝らなくていいです』
『許してくれるの? なら』
『ずっと困っていたんです。容姿のせいか、昔から恋愛感情を向けられることが多くて。特定の女性と交際をするつもりがないので、言い寄られて迷惑だったんです』
『……へえ、そうなんだ』
十代の男はやりたい盛り。頭の中は、女の裸でいっぱい。女性たちから、ちやほやされたい者たちばかりだと思っていた。
美形には美形だからこその、悩みがあったようだ。
妻子がいるのに母に手を出した軽薄な自分の父親と、レオニートを重ねてしまったことをラリサは反省した。
『だから、ありがとうございます』
改めて謝罪を口にしようとしたラリサよりも先に、レオニートが感謝を口にした。
『ありがとうって……何が?』
『女避けの良い方法を教えてくださって、助かりました。あなたのおかげで、今後は静かな学生生活を送ることができそうです』
レオニートは再び薄ら笑いを浮かべて言った。
『女避けって……。もしかして、私が恋人だって嘘を吐いたのは……女の子から言い寄られなくするため?』
『ええ』
『今後って……もしかして、これからも……?』
顔を引き攣らせ恐る恐る訊ねたラリサに、レオニートは『本当に助かります』と笑みを深くした。
レオニート・ファレフは端麗な外見のうえに、学力もずば抜けて優秀だった。
純粋な学力だけでなく、魔術師としての素質と実力も群を抜いていた。
そのうえ家柄もよく、父親のファレフ伯爵は王家からの信頼の厚い、大臣だという。
次男なので家は継がないらしいが、レオニートは道を外れない限りはこれ以上ないほど将来有望な男だった。
そんな将来有望な男の妻になれば、将来は安泰である。
妻の座を狙って、レオニートに群がる女性たちの心理は理解できた。
そして、そういう女性たちを鬱陶しく感じるレオニートの気持ちもわからなくはない。
けれどわかるからといって、まったくの他人であるラリサを巻き込むのはどう考えてもおかしい。
『別に私じゃなくていいじゃない。あなたの嘘に付き合ってくれる女の子なんて、いくらでもいるでしょ』
『確かに頼めば、付き合ってくれる人はいるでしょう。しかしそういう相手は、下心がありそうなので。俺の頼みを本気で嫌がって、断る人にお願いしたいのです』
ラリサの文句に、レオニートはそう返した。
彼の言うとおり、嘘に進んで付き合う人ほどレオニートへの好感度は高く、あわよくば本物の恋人の座を狙っていそうだ。
『そ、そうかもしれないわね』
『なので、どうぞよろしくお願いします』
『いやいやいやいや、私、引き受けないわよ!』