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殿下がえっちに迫ってくるのは媚薬のせいだと思います! 傷物令嬢は一途な王太子の溺愛に陥落する 3

第三話


 先ほどサロンを辞するころには令嬢たちはすっかり私の味方になっていて、これまであまり親しく話したことのなかった令嬢に、我が家のお茶会にも来て欲しいと声をかけられてしまった。
 アメリア様が、私が社交界でつまはじきにならないよう気を遣ってくれているのを感じて、胸がいっぱいになる。以前から目をかけていただいていることに感謝していたけれど、これからさらに心を込めてお仕えしようと思った。
 そんなことを考えながら研究室に続く渡り廊下まで来たときだった。
「もうほんとにグズね。これだから魔力なしはダメなのよ」
 突然耳に飛び込んで来た言葉にドキリとする。自分のことを誰かが揶揄していると思ったのだ。
 しかし声の主は近くにおらず視線を巡らすと、渡り廊下のすぐそば、茂みの向こうから声がした。
「あなたがグズだから失敗したんじゃない! さっさと片付けなさいよ!」
「違うわ。これはあなたが落としたから汚れてしまっただけで、私に責任はないでしょう。それに私は危ないって声をかけたわ」
「危ないと思ったらあなたが助けてくれればよかったのよ。他の子なら魔力でもなんでも使って、とっさに手助けしてくれるものでしょ」
 木々の間を透かし見るとメイドが三人立っていて、失敗を押しつけ合っているように聞こえた。
「さっきの掃除のときだって魔力でやらないからモップの絞りが甘いし、窓掃除ぐらい魔力でやりなさいよ。すぐにピカピカになるわ」
「バカね、ヒルダ。レオナにそんなことできるわけないでしょ。魔力なしなんだから」
「あらぁ、すっかり忘れていたわ、魔力なしなんてめったにいないんですもの」
「そんなの関係ないでしょ。私はちゃんと仕事をしているわ。それに魔力なしなんて珍しくない。貴族の皆様にもいらっしゃるじゃない」
 どうやらヒルダともうひとりのメイドが、レオナというメイドを虐めている。そしてレオナというメイドは魔力を持たないようだ。
「貴族の皆様って、もしかして今アメリア様のところに滞在しているヴェルナー侯爵令嬢のことを言っているの?」
 鼻で笑うような口調に、なぜか聞き耳を立てている私の方が苛立ってくる。
「やだぁ、あのお嬢様と自分を一緒に考えているの? 随分と大胆なのね」
「同じだなんて言ってないわ。ただ魔力なしの方もいらっしゃるという話を」
「あのお嬢様はアメリア様の薬師で貴族でしょう。魔力がないとしても身分も後ろ盾も才能もあってなんの心配もない方。あなたなんかと一緒にしたら失礼よ」
 小馬鹿にした言葉は、私に投げつけられている気がした。
 ローエンシュタインでは魔力がないというだけで馬鹿にされたり、格下扱いされたりすることが多い。
 そして物をほんの少し持ち上げたり、光を作り出したりする程度で生活の役に立たない魔力だとしても、自分は魔力持ちだとひけらかす輩もいる。
 あの意地悪なメイドの言う通り、私には貴族の身分となんとか魔法薬を作る才があったからこうして過ごせているが、そうでなければあのレオナというメイドのように虐められることもしばしばあっただろう。
 そんなことを考えてしまい、注意してやめさせることをほんの少し躊躇してしまう。彼女たちの口ぶりだと、私の魔力なしは使用人たちの間にまで広まっているらしい。
 うちの屋敷の使用人たちは私が魔力なしであっても気にせず仕えてくれているけれど、王宮(そと)の人たちは違うという不安が、私を躊躇させた。
「大変。もうこんな時間じゃない。戻らないとメイド長に叱られるわ」
「ほら、グズグズしないでもう一度洗ってきなさいよ、自分の手でね。私たちはサロンの片付けをしなくちゃ」
 バタバタという気配と共にすぐに声が遠ざかりメイドたちはいなくなったが、声をかけることができなかった罪悪感はいつまでも私につきまとった。

 鶴の一声で新たに惚れ薬の開発を任された私だけれど、いざ研究を始めると言ってもそれは簡単なことではなかった。
 いくら私が魔法薬の調合で一目置かれる腕前だとしても、初めて作る薬はどれほど効果があるかもわからないし、それによって用量を調整したり、副作用がないかなども試さなければならない。
 男性の薬師や王宮の薬師たちはネズミなどの小動物で試すことが多いが、私は動物を傷つけるのが可哀想で、なるべく自分の身体で試すことにしている。
 惚れ薬の理論などは母のおかげでわかっていたので、研究棟から参考文献を借り出し、催淫効果のある花や血流がよくなる薬草を数種類取り寄せ色々な組み合わせを試して、私は数日ほどでいくつかの試作品を作り出した。
 理論的には鼻孔への刺激と鼓動の速さが相手に対する好意を認識させる作用があり、それをさらに魔力で増強するのが惚れ薬の特徴だ。
 ただ注意をしなければならないのは催淫効果の強さで、あまり強すぎるとその場で淫らな行為に及ぶほど昂奮してしまうことになる。作ったことはないけれど精力剤なども似たような配合なので、充分注意する必要があった。
 男女間の秘めごとや子どもの作り方など貴族令嬢として最低限の知識はあるが、アスマン様とは口づけを交わしたこともなかった。
 これまで淫らな欲望を感じたことがないから、催淫効果についてもいまいちわからない。でもアメリア様に万が一でも被害があっては大変なので、安全であることを確認するまで渡すことはできなかった。
「シャルロット様、例のお薬の研究は進んでいらっしゃいますか?」
 お茶会の顔ぶれは毎回少しずつ違うけれど、すっかり令嬢たちの間で惚れ薬のことが話題になっていて熱心に進捗を確認してくる令嬢もいる。
「大体の調合はできておりますが、まだ試作品の段階です。今は副作用などないか試している最中ですので、もう少しお待ちになってくださいね」
「楽しみだわ! シャルロットの薬が完成したら殿方を招いた盛大なお茶会を開きましょう。やっぱりお菓子に仕込むことにしたの?」
 どうやら一番楽しみにしているのはアメリア様で、身を乗り出して問い掛けてきた。
「ええ。やはり焼き菓子やチョコレートなど簡単に口にできるものがよいかと。でも殿方には甘いものより、お酒に入れる方が口にしてもらいやすいのではないかとも考えているのです」
「そうねえ。でも私が勧めれば断れないわ。その辺は任せてちょうだい」
 子どもがいたずらを思いついた時のように、アメリア様はキラキラと目を輝かせた。
 ほかの令嬢のためというより、自分が試してみたいと思っているのがダダ漏れだ。
「アメリア様、お聞きになりましたか? セレスティン様のお相手のこと。どうやらマイヤー伯爵に想いを寄せているみたいですわ」
 その言葉に、令嬢たちから歓声が上がった。
「そういえばセレスティン様のお家はマイヤー伯爵家と家族ぐるみのお付き合いと聞いていますわ。幼馴染みというところでしょうか」
 また令嬢たちがキャーッと歓声を上げる。
 私は十二歳で婚約していたので、独身男性との交流はほとんどない。相手を探す必要もないから、夜会で積極的にダンスをしなくていいのは助かったけれど、その分年の近い男性貴族のことはあまり詳しくなかった。
 確か一昨年に先代が亡くなられたと聞いたので、マイヤー伯爵は爵位を継がれたばかりで王太子殿下と同じ年頃のはずだった。そう考えたときアメリア様が言った。
「あら、都合がいいこと。マイヤー伯爵ならお兄様のご友人だから、いつでもお茶会に招待できるわ!」
「では王太子殿下もご一緒に?」
 どこかから期待に満ちた声が上がった。
「当たり前ですわ。伯爵だけ招いたらおかしいじゃありませんか。ね、アメリア様」
「ええ、そうね。久しぶりに楽しみができたわ。シャルロット、魔法薬が仕上がるのを楽しみにしているわね」
「承知いたしました」
「ふふふ。お兄様に試してもいいわね。お薬を飲んで、お兄様がこの中の誰かを選んだら面白いじゃない?」
 アメリア様の言葉に令嬢たちが同意するように何度も頷いた。
 私はアメリア様のいたずらっ子のような表情を見て少し不安になる。もともと無邪気で茶目っ気のある方なので、あまり大きな騒ぎにならないようどこかで制止しないと問題になるかもしれない。
 まさか本気で王太子殿下に飲ませるとは思えないが、そんな計画が出たときはこっそり殿下に警告しようと心に決めた。
 そのあとはどうやってセレスティン様とマイヤー伯爵をふたりきりにするかとか、どのタイミングで薬を飲ませるかという作戦会議でお茶会の話題は持ちきりになった。
 考えてみればマリウス殿下もお年頃だ。ここ数年殿下のお相手について詮索するような会話をよく耳にする。父や兄も話していたが、国内貴族の中からではなく他国の王女を迎えるために動いているらしいという話だ。
 先日アメリア様の部屋で突然お会いしたときにも思ったけれど、噂に聞いていた病弱な引きこもり王子と呼ばれていたのが嘘のように、立派な体躯と整った容姿の男性だった。
 もともとローエンシュタイン王族の皆様は美形で有名なので容姿が整っているのは当然だが、見た限り腕や肩もがっしりと男らしく、後衛で国を支える兄よりも一回り大きく見えた。
 きっとご自身で努力をされて身体を鍛えられたのだと思うと、それだけで好感が持てる。彼が馬を操っている姿を見てみたい、そんなことを考えてしまった。
 もう少し時間をもらえれば魔法薬は完成しそうだけれど、今やはちきれんばかりの高揚感を隠そうともしないアメリア様を見て、効力は控えめに調整する必要がありそうだと思った。


    ◇ ◇ ◇


 アメリア様も含めた令嬢たちの期待を感じて、私はより一層薬の開発に力を入れることになった。
 王宮の厨房に頼んでお茶会用の焼き菓子の試作品を用意してもらったり、実際に自分で試飲してみたりもしたが、適切な分量というのが難しい。
 男性は甘いものを好まない人もいるから、勧められても付き合いで一口しか食べない場合もある。そうなると最初から一口で食べられて、気づかれない程度の量で最大限に効能を発揮できないとダメだ。
 なんならそれをどうしても食べないといけない状況を作り出す必要もあったけれど、その辺の工作はアメリア様の得意分野だ。
 ちなみに薬の効能自体は仕上がりがよく、さすがに自分だけの効果ではわからずネズミで試してみたが、初めて顔を合わせた二匹の番(つがい)はすぐに檻の中で仲良くなった。
 屋敷にいるときならメイドたちが面白がって私の魔法薬を試してくれたけれど、惚れ薬となると誰かに頼るわけにいかないので、これが人だった場合どうなるかは未知だった。
 ある日、私がいつものように研究に勤しんでいると扉を叩く音がした。
 といっても集中していた私はしばらくノックの音に気づかず、もしかしたらかなりの回数扉が叩かれていた可能性もある。
 とにかくノックの音に気づいた私は驚いて扉を見た。そもそもこの部屋に来るのはアメリア様か王宮専属の薬師の方々ぐらいで、それだって王宮に来てからほんの二、三度だ。つまりはこの部屋は訪ねる人がほとんどいない、そんな場所だった。
 私がそんなことを考えている間にも扉は根気よく、少し休んでは叩かれるということが規則的に繰り返されていた。
「……どなたかしら」
 気づいてしまった以上無視することもできなくて返事をすると、扉がカチャリと音を立てて開く。そこから顔を覗かせた人を見て私は息を呑んだ。
「で、殿下!?」
「やあシャルロット、ご機嫌はいかがかな」
 マリウス殿下はそう言うと部屋の中に入ってきた。
「気づいてもらえてよかったよ。アメリアからシャルロットは夢中になると話しかけても気づかないぐらいだと聞いたことがあったから」
 そう言いながら部屋の中に入ってくると、興味深げに研究室の中を見回した。
「なるほど、こんなふうになっていたのか。なにか足りないものはない? 不便があるようなら言ってくれればすぐに用意させよう」
 マリウス様が実験台の上にあるビーカーやガラス扉の棚に並んだ薬瓶を面白そうな顔で覗き込む。
 研究室と言ってもアメリア様の持っていた客間の一室を改装したものだから、窓には金糸の縁取りがある豪奢なカーテンがかかっているし、私が休憩するソファーには精巧な花の刺繍が施されたクッションが置かれている。
 それにしても根気よく扉を叩き続けていたのがマリウス殿下だったことも驚きだ。そもそもどこにでも勝手に入ることができる人なのにどれだけ扉の前で待っていたのだろう。
「あの……殿下、どうしてこちらに?」
 そう尋ねたくなるのは当然だ。マリウス殿下ほどこの場に不似合いな人はいないというぐらい、私の研究室では異質の存在に見える。
「少し時間ができたからシャルロットの顔を見に来たんだ。それに殿下はやめようと言っただろう?」
 確かにそんな話をしたけれど、いきなり現れたことでそんな約束は頭の中からすっぽり抜け落ちている。
 というか王太子殿下がなぜわざわざ妹の友人の顔を見に来るのかがいまいち謎だ。まさかアメリア様たちの惚れ薬計画がどこかから伝わって、様子を探りに来たのかと不安になった。
 もし問い詰められたら嘘をつく自信がないと思いながら、私は膝を折って挨拶をした。
「失礼しました。ではお言葉に甘えてマリウス様と呼ばせていただきます」
「うん」
 マリウス様は頷くと、また部屋の中を見て回る。私の顔を見に来たという戯れ言が質問への答えらしかった。

 

 


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