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殿下がえっちに迫ってくるのは媚薬のせいだと思います! 傷物令嬢は一途な王太子の溺愛に陥落する 2

第二話


 あまりにも気合いの入った私の宣言に、部屋の中がしんと静まり返ってしまう。一貴族令嬢がハッキリ自分の意見を口にしたから呆気にとられているのだろう。
 そう考えた次の瞬間、ふたりは顔を見合わせて弾けるように笑い出した。
「ね、お兄様。シャルロットって面白い人でしょう?」
「ああ。素晴らしいね。おまえの友人に相応しい。それに」
 マリウス殿下はそこまで言ってなぜか口を噤んだ。
「お兄様?」
 アメリア様が問い掛けると、殿下は唇の両端を吊り上げて笑みの形にして私を見つめた。
「いや、男性に頼らず生きていきたいとは勇ましいことだが、私のことは例外として頼ってほしいな」
 そう言って右手を差し出されたけれど、さすがにすぐにその手を取ることは畏れ多い。
「私とも友人になってくれるね? シャルロット嬢」
 輝くような笑顔で見つめられて、その眩しさに私の心臓が跳ねた。それどころかなぜかドキドキと大きな音を立てて息苦しくなる。
 ――友人? 王太子殿下と?
 あまりにもありえない展開に、今度は私が呆然とする番だった。
「……」
 殿下は私に手を差し伸べて返事を待っている。いつまでもそのままにしておくのは不敬だと気づき、私は恐る恐るその手を取った。
 公式行事で着けている白い手袋のない素のマリウス殿下の手は温かい、というより少し熱いぐらいだ。
「あ、あの……どうぞシャルロットとお呼び捨てに」
「ありがとう。では遠慮なくシャルロットと呼ばせてもらう。あなたも私のことはマリウスと」
「そんな! 畏れ多いことです」
「友人になってくれるのだろう? それならまずは呼び方から変えていこう」
 グイグイ距離を詰められている気がするけれど、人懐っこい質なのだろうか。
「で、ではマリウス様と」
「ありがとう。ではこれからは友人として付き合おう。あなたの薬師としての研究にも興味があるから、色々教えてくれるね」
「も、もちろんでございます」
 なぜ殿下が魔法薬の調合に興味を持つのかわからないけれど頷くしかない。
 ひとつひとつの返答に緊張している私に気づいているはずなのに、アメリア様は側でニコニコと微笑んで見ているだけだ。
 もしかしてマリウス殿下が私を噂話から守る盾となってくれることを、喜んでいるのかもしれない。こちらとしてはあまりにも強すぎる盾も反感を招くので、ほどほどにして欲しかった。
「では私は政務があるからこれで失礼する。シャルロット、どうか王宮での生活を楽しんでほしい」
 マリウス殿下はもう一度私の手を強く握ると、アメリア様の頬にキスをして出ていった。
「よかった! お兄様は本当にあなたのことを心配していたのよ。さ、お茶にしましょう!」
 テーブルの呼び鈴を鳴らすアメリア様を横目に、私はまだ今の出来事が現実とは思えず呆然としていた。


    ◇ ◇ ◇


 というわけで、アメリア様とマリウス殿下の計らいで私が王宮に滞在するようになり一週間が過ぎた。
 表向きは王女殿下付きの薬師として研究に没頭するためとなっているが、実際は父や兄が勧めてくる新たな縁談から逃げ出す合法的な家出だ。
 アメリア様は私の生涯独身宣言を面白いと思って協力してくれたけれど、半分は友人として私がまた誰かと出会い幸せになることを望んでいるのも感じた。
 とりあえずは滞在用の部屋や専用の研究室まで準備してもらったので、家族もすぐにどうこう言えないはずだ。
 私の計画はこのままなし崩しに職業婦人として王宮に居着いてしまうことが理想だけれど、アメリア様はいつかは他家に嫁ぐ御身でもある。
 そうなるとお抱えの私は嫁ぎ先にお供するか解任されるかのどちらかという先行きの不安な立場であるわけだが、今はそれは忘れて、この救済措置を満喫することにした。
 週に何度かアメリア様のサロンでは貴族令嬢を招いたお茶会が開かれる。数時間それに顔を出す以外は好きな研究ができるのだから、これで不満を口にしたら罰が当たるというものだ。
 それに貴族令嬢の友人付き合いも、表面的なら悪くない。私だって年相応に人の恋愛話や噂を聞くのは嫌いじゃないし、むしろ私に関係ない話なら喜んで耳を傾ける。
 アメリア様は舞踏会での出来事に触れないよう気遣ってくれているが、サロンに集まった令嬢たちは話を聞きたくて仕方がないようで、好奇心に溢れた眼差しを私に向けた。
「それにしても、シャルロット様は災難でしたわね。あんな公の場で恥をかかされて、私なら二度と社交の場に顔を出せませんわ」
 ――それはこのサロンにいる私が厚顔だと言いたいのかしら? 
「あら。シャルロット様は被害者じゃないですか。堂々としていらっしゃればいいのよ。あれから伯爵令息様とはお会いになりましたの? もちろん正式な謝罪はあったでしょう?」
 ――ここで私から聞き出して明日どこかのお茶会で披露するつもり?
「それにしても伯爵令息様は見る目がなさ過ぎますわ。男爵令嬢といっても今までパーティーでお見かけしたことがありませんし、どうして王妃殿下の舞踏会に入れたのか」
「それは伯爵令息様の同伴者としていらしたからでしょう? あら、でもシャルロット様がお約束されていたのでは?」
 私から話を聞き出すために示し合わせていたような話の流れに、笑みを浮かべた唇が不覚にも引き攣りそうになる。
 でも彼女たちは私が将来商売を始めたとき顧客になる可能性があるから、対応は慎重にしなくてはいけない。
 令嬢たちの視線が一気に集まるのを感じて、私はもう一度気合いを入れて笑みを作った。
「……」
「……」
「……」
「ほ、本当にシャルロット様には災難でしたわ。家柄だって容姿だってシャルロット様の方が上ですのに」
 笑顔でだんまりを決め込んでいると、その沈黙に耐えきれなくなった令嬢のひとりが取り繕うように口を開いた。
 ――勝った!
 私は内心ニンマリしたけれど、表向きは侯爵令嬢らしい微笑を浮かべたままだ。
「そうですわ。あの女性と比べてシャルロット様を選ばない男性などありえませんもの。たとえ魔力がなかったとしても私たちはシャルロット様の味方ですわ」
「本当に! シャルロット様には魔法薬を作る才能がおありですし、気になさることなんてないですもの」
「そういえば魔法薬と言えば、お聞きになりました? 先日……」
 私が一切答えないこと、またアメリア様も一向に話題に乗ってこないことに気づいた誰かが、無理矢理話題を変えた。
 きっと私のいないところでは魔力なしの侯爵令嬢だったことや婚約破棄事件を面白おかしく噂にしているのだろうけれど、私の耳に入らないなら噂なんてないのと一緒だ。
 彼女たちの新しい話題に耳を傾けながら、人の噂も七十五日と心の中で呪文を唱えた。 
 私には生まれつき魔力がなかったわけじゃない。むしろ歴代の侯爵家の中でも強い魔力を持って生まれたため、ある事件に巻き込まれてしまった。
 それは七歳の時、メイドたちに付き添われて領地の外までピクニックに出かけた時のことだった。
 行き先は国立の大きな自然公園で、私たちが木陰で昼食を取り始めたとき、突然黒装束の男たちに囲まれ拘束された。私だけが馬車に連れ込まれそうになったのだけれど、それを阻止しようとしたメイドのひとりが剣で切りつけられてしまったの。
 メイドの白いエプロンが真っ赤な血に染まった瞬間、私の頭の中も真っ赤になって身体の奥から熱いものが噴き出してきてなにもわからなくなった。
 覚えているのはいつも仲良くしているメイドが傷つけられて、それが恐ろしくてたまらなかったことだけで、次の記憶は自室のベッドの上だった。
 目覚めたとたん目に涙を溜めた母とメイドのリサの姿が視界に飛び込んでくる。お仕着せのメイド服の手首からは白い包帯が見えて、彼女が怪我をしていることがわかった。
 その時はすぐにまた眠りに落ちてしまったけれど、少しずつ目覚めている時間が長くなるにつれて母が事情を説明してくれた。
 私を襲った男たちは人身売買の組織で、魔力を持つ子どもを誘拐していたそうだ。
 幸か不幸かメイドが傷つけられたことにショックを受けた私の魔力が暴走したおかげで、誘拐犯たちは怪我を負い、結果的に組織を壊滅させることになった。
 ローエンシュタイン騎士団上層部の人間以外に私の魔力暴走については伏せられていたので、その後社交界で話題になることはなかったけれど、人を傷つけてしまったことを知った私は、自分の力が恐ろしくなった。
 今回命を落とした人はいなかったが、次は傷つけるだけでは済まないかもしれない。もし暴走した魔力が大切な人を傷つけてしまったら? 
 私はその日から魔力が使えなくなった。
 ローエンシュタインでは魔力があることが、すなわち優れた人間として評価されるが、私は人を傷つける力など二度と使いたくなかった。
 幸い侯爵夫人である母は魔法薬を作る達人でもあり、私は魔力の代わりに魔法薬を調合する知識と技術を仕込まれた。
 最初は魔力なしを補うための勉強だったが、私には才能があったようで気づくと私の作った魔法薬が注目されるようになっていた。
「シャルロット様、先日妹のために分けていただいた吹き出物を治す魔法薬、とても効果がありましたわ」
 名前を呼ばれて、なおざりに話を聞き流していた私は我に返った。
「え? ああ、効果があったようでよかったです。またご入り用でしたらいつでもおっしゃってくださいね」
 私は美容や医療系の薬を得意としている。たとえば吹き出物を治すものや毛を生やしたり減らしたり、それから髪の色を変えたりなど、アメリア様やその友人のリクエストで調合することが多い。
 王家に請われて騎士団で使う魔法薬も調合していて、特に傷口に垂らすだけでたちまち傷を塞ぐ治癒薬は王陛下から直々にお褒めいただいたこともある。
 今は体力や気力の増強を兼ねた魔法薬を依頼されていて鋭意研究中だ。できれば従来あったものよりも効果が早く現れ、さらには味覚の部分でも満足できるものを目指したいと考えていた。
「シャルロット様は惚れ薬などはお作りになりませんの?」
「惚れ薬、ですか?」
 昔母から話を聞いたことはあるので理論は知っているけれど、実際に作ったことはない。
「あら、セレスティン様、意中の殿方がいらっしゃるの?」
 誰かがからかうように言った。
「そうよ。私ね、ある殿方とお話ししてみたいの。まずはこちらに興味を持っていただくきっかけになりますもの」
「興味を持ってもらって、やっぱりタイプじゃありませんでしたって思っても惚れられてしまっていては断れないじゃないの」
 揶揄を含んだ問いに、セレスティン様が私に助けを求めるような目を向けた。
「それは……効き目があまり長く続かないものとか色々あるんじゃないかしら。ねえシャルロット様」
 令嬢たちの期待に満ちた視線が一気に私に注がれる。今度はアメリア様も興味津々という顔をされていた。
「シャルロットはそんな薬も作れるの?」
 アメリア様の声は弾んでいて、面白い話題が始まったとワクワクしているようだ。
「面白そうですが、まだ作ったことはございません。少し研究してみないと」
「素敵! シャルロット、すぐに研究を始めて欲しいわ。そしてみんなでセレスティンの想い人に試してみましょう!」
「まあ楽しそうですわ!」
「本当に、面白そうだわ! セレスティン様の想い人はどなたですの?」
「そうよね。まずは想い人のお名前を教えていただかないと!」
 アメリア様の提案でワッとその場が沸いて、そのあとは私の婚約破棄の話題などどこかへ消えていった。
 さすがアメリア様は人心掌握に長けていると、研究室に戻りながら改めて彼女の素晴らしさを思った。