こっそり夫(元勇者)の推し活をしていたら、いつの間にか執着溺愛されていました 番外編 こっそり侍女が推し変していました 3
「旦那さま、連れてまいりました」
「入れ」
ということは、ナタリーを呼び出したのはライバックということだ。
スチュアートが扉を開けて促すので、仕方なく入室する。
そこには威圧感たっぷりのライバックが執務机の向こうで座って、鋭い眼差しでこちらを見ていた。
もし、ナタリーが当初のように勇者ファンのままなら、彼と話す機会があったことを舞い上がって喜んだかもしれない。
今も、元推しだしカッコイイとは思う。
でも、今はただの仕事の雇い主だ。
ナタリーが忠誠を誓っている主人は、オフィーリアなのだから。
「……失礼いたします」
「単刀直入に聞く。我が屋敷の、特にオフィーリアの情報を漏らすことは許さない。お前はあの冒険者に何を見せた?」
どうやら監視されていたらしい。一侍女を尾行して動向を探るだなんて、他人に無関心な今までのライバックには無かったことだ。
そう、オフィーリアが結婚した当初はナタリーが勇者グッズを買いに出掛け、新聞雑誌なども仕入れてきていた。
その時のライバックは、オフィーリアにも屋敷にも興味が無かったので、監視など無かった。だからオフィーリアが推しグッズをたくさん持っていることに驚いていたのだ。
しかし、妻への執着と独占欲に目覚めた途端、急に屋敷内を監視し始めたらしい。
思わずフッと笑ってしまうと、厳しい声が飛んできた。
「何がおかしい」
「失礼いたしました。旦那さまが、オフィーリアさまを大切に思われていることを嬉しく思っただけです」
「質問に答えろ」
回答によっては許さない、という強硬な態度だった。
ナタリーは一礼してから口を開いた。
「私の目的は、オフィーリアさまの名を歴史に残すことです。オフィーリアさまは勇者の妻として、いくらでも表に出ることが出来る立場なのに、存在さえ伏せようとされておられます」
「……続けろ」
ライバックは真剣な表情で聞いている。彼の興味を引いたのだろう。
真っ直ぐに見つめ返しながら、ナタリーは話を続けた。
「『勇者伝』の続きを、私はオフィーリアさまの存在を知らしめる為に上梓したいのです」
「確かに、あれの続きを求める声は何度も聞いた。あいつら……、国王や王妃でさえもっと読みたがっていた」
「王都に戻ってから、国王陛下が荒れた国を平定するくだりを入れるのも良いかもしれませんね。先の国王さまの弟君の一件を、どこまで書いて良いのか分かりませんが」
そう提案すると、ライバックは前のめりになった。
「オフィーリアの活躍を書くなら、何を書いてもいい」
「えっ。構わないのですか」
いきなり事態が進んでいくので、ナタリーは驚いて確認する。
彼は大きく頷いた。
「もし出版出来ないとしても、報酬は俺が払う。オフィーリアの話を読みたい」
「一応、オフィーリアさま単体の話ではなく、旦那さまとその妻であるオフィーリアさまの物語で……」
「尚更読みたい!」
ライバックの声が大きくなった。
ナタリーは、先ほどトレヴァに見せた原稿用紙をそっと差し出した。
「まだ冒頭のみですが……」
ライバックはひったくるように手に取り、思い切り集中して読み始めた。
ナタリーは一応、説明をする。
「先ほど、冒険者のトレヴァさんにこれを見せたのは『勇者伝』と同じく彼に取材をしに行ってもらう為です」
「…………」
「旦那さまが魔物を退治している時に、オフィーリアさまが王都で魔石を集めてそれを送り、妻として夫の活躍を陰で支えるという展開にします」
「……続きは?」
「えっ」
「早く続きを書け」
それほど、ライバックはこの物語に夢中になったということらしい。
まだ二人が結婚したところだというのに。
「えーっと。トレヴァさんに現地での様子を取材してもらってから、仕事の合間に少しずつ書いていこうかなと思っています」
「取材なら、俺に何でも聞け。全て答える」
「はい……?」
「それから仕事はしばらく休んでいい。執筆に集中しろ」
「えーっ! オフィーリアさまのお世話がありますので、それはちょっと……」
「別の者に任せればいい」
その言葉には、ナタリーはキッと視線も語気もきつくなってしまった。
「嫌ですッ! 私はオフィーリアさまの一番の侍女なんですッ! 今日だって、オフィーリアさまが出掛けないから休んでほしいと薦めてくださったので休日にしましたが、そうじゃなければ他の女にこの役目を渡したくありませんッ!!」
猛抗議すると、隅に控えていたスチュアートが流石に口を挟んだ。
「これ、ナタリー。旦那さまに失礼だろう」
「私はオフィーリアさま専属の侍女なので! そこは譲れませんッ」
負けずにキッパリ宣言すると、ライバックは嫌そうな顔をしながらも尋ねた。
「しかし、それならいつ書くのだ」
オフィーリアの侍女を外れたら、執筆時間は確保出来る。
でも外れたくない。
どうにか侍女の仕事と執筆を両立させようと、ナタリーは声を絞り出した。
「……毎日、少しずつ書き進めます」
「それならいい。進捗はこまめに報告しろ」
やってやる。
やってやろうじゃないの。
ナタリーは更に集中して原稿に向き合った。
取材については、トレヴァ一人に頼むよりはもっと人手を集めようと、マットとウィンダム、ニッキーにも声を掛けた。皆は今の仕事より新しい『勇者伝』を取材する方が面白そうだとあっさり話に乗ってくれた。皆、前回のやり方が分かっているから仕事が早い。
出版社にも企画を持ち込むと、かなりやる気でもの凄く反応が良かった。
それはそうだろう。前作が社会現象になる程の大売れだったのだから、続きも出したかったに違いない。校正などのバックアップをお願いすると、有能な編集を付けてくれたので一安心だ。
それからライバックとも密なやり取りをして、取材で聞いた話を原稿に組み込む。その後は整合性チェックをしてもらう。
本は着々と完成に向かっていった。
その間にも、オフィーリアのお腹の子はすくすく育ち、やがていよいよ出産となった。
分娩室は男子禁制で、ライバックでさえ部屋の外にいる。医師も治癒魔術師も看護師も皆女性だ。限られた、オフィーリアの信頼厚いメンバーの中にナタリーも選ばれていた。
そのことが、本当に誇らしくありがたかった。そして命を生みだそうとして苦しんでいるオフィーリアを励ましながら、既に泣きそうだった。
やがて、赤ん坊が無事に生まれた。
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