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こっそり夫(元勇者)の推し活をしていたら、いつの間にか執着溺愛されていました 番外編 こっそり侍女が推し変していました 2

第二話

 


 ナタリーの、新しい推し活が始まった。
 オフィーリアはとても有能で、ハッとするほど鋭い観点で物事を見据えている。勇者一行の伝記も、思った以上に手際よく編纂していく聡明な女性だ。
 それでいて、普段はぼんやりしたりドジな部分もある。そこがまた、たまらなく可愛らしい。
 今もまた、ライバックのブロマイドにうっとり見惚れている。
 あんなに酷い態度を取る夫なのに、それでも良いとはなんて心が広く愛情深い方なのだろう。
 オフィーリアがボーっとしている間はナタリーにもチャンスだ。
 チラチラとオフィーリアの様子を窺い、その美しい容貌を盗み見る。
 勿論、ナタリーはオフィーリアに恋愛的な気持ちを抱いているわけではない。だが、綺麗で可愛い推しを見たいという気持ちには嘘がつけない。
(あー、推しの顔が良い。こんなに可愛くて綺麗でスタイルも良いのに、謙虚で偉ぶらないなんて。存在が奇跡ッ! ずっとこのまま推させてほしい)
 そんな邪なことを考えているが、ナタリーは推しを目の前にしながらも職務はテキパキこなせる女だった。何の邪心もないような冷静な声を出す。
「オフィーリアさま。間もなくトレヴァさんとマットさんが訪問されます」
 そこから、ナタリーにも意外な展開となった。
 突然、ライバックが部屋にやってきて冒険者たちが部屋にいることについてオフィーリアを詰問したのだ。
 オフィーリアは嘘が下手で、しどろもどろになって隠そうとするがライバックの疑惑は深まるばかりだ。
 このままではまた夫婦仲が悪くなってしまう。そろそろ二人は話し合って仲直りをするべきだろうと、ナタリーは考えた。
「オフィーリアさま、もう全て打ち明けましょう」
「えーっ……」
「その方がいいです。今みたいに拗れた状態なのは、お二人の話し合いが不足しているからです。不足っていうか、ほとんどゼロです! きちんと話し合ってくださいませ。トレヴァさん、マットさん。今日はこれまでです。また明日、よろしくお願いします」
 これできっと、二人は仲直りをして今まで以上に良い夫婦になるに違いない。
 推し本人に推し活について告白するのは、ちょっと……、いやかなり恥ずかしいだろう。自分の事として考えたら、想像だけでも恥ずかしくて体温が上がる。けれど、二人が拗れたままだと周囲もヤキモキするばかりだ。
 ナタリーの思惑通り、二人はこの日、気持ちを伝えあった。
 そして、離婚前提のかりそめの夫婦はこの日をきっかけに心から愛し合う本物の夫婦になったのだ。
 夫婦を取り巻く様々な問題も大体解決し、そして『勇者伝』も完成した。
 発売すると、当然ながら大ヒットだった。
 誰もが読みたがり、本を元にした芝居や朗読も大流行。実際に勇者一行と同じ旅路を巡りたいという人々もたくさんいたので、旅行ガイドが誕生し、ツアー会社も乱立。何もなかった辺境の地にたくさんの旅行者が訪れ思わぬ復興事業の村おこしとなったりもした。
 とにかく国を挙げてのブームとなり、一大ベストセラーとなった。
 出版社は続編を出したいと何度も嘆願したし、国民たちも皆、続きが読みたいと熱望した。
『勇者伝』は魔王を倒した勇者一行が王都に凱旋したところで終わっている。
 その後の勇者たちがどう暮らしているのか、今はどんなことを考えているのか。皆は知りたくてたまらない。
 しかし、オフィーリアは続編の執筆依頼をキッパリ断った。
「そんなの、ただのゴシップ記事のようなものでしょ。わたくしは、勇者ライさまが実際に活躍した伝記を残せばそれで満足だもの。それに、勇者が結婚してその結婚相手の女性がどうこうって話、ガチファンは聞きたくないでしょう。そんなことは歴史に残す必要は無いわ」
 色んな人がどれだけ続きを望んでも、取り付く島もなかった。
 それに内心、反論していたのがナタリーだ。
 ナタリーにしてみれば、オフィーリアだって歴史にその名を残すべき女性だ。
 オフィーリアが妻でなければ、今のライバックも無かっただろう。それくらい、ナタリーから見て今までのライバックと現在の彼は全く違う存在だ。
 高貴な身分の妻を扱いかねて、家出していたような男だったのに今ではオフィーリアがいなければ探し回って後をついて歩く程の執着具合だ。
 オフィーリアがこれから産む子供だって、きっと次代の勇者としてこの国を救う存在となるだろう。
 それくらい尊い存在の彼女を、どうして本にも残さず歴史に埋もれさせることが出来ようか。
 ナタリーはこっそり、勇者伝の続きを書き始めた。
 幸い、オフィーリアは今妊娠中であまり外出はしない。屋敷の中で安静にしているか、動くとしても庭や廊下を散歩するくらいだ。
 勿論、オフィーリアの第一の侍女としてナタリーが侍ることが多いが、ライバックがいると人払いをされ、もう休んでいいと部屋から出るよう促されるのが日常だ。
 その時間を生かして、執筆時間に充てることにしたのだ。
 ナタリーは個室を与えられているし、前の『勇者伝』の時に使った紙とインクはたっぷり残っている。椅子に座って原稿に向き合うと、自然とスラスラ書き始めることが出来た。
 内容は、王都に帰ってきてから貴族社会に組み込まれ閉塞感に苛まれる勇者の苦悩から始まる。
 更に、結婚しろと指定された相手は大貴族の令嬢だった。
 全く話も合わず、噛み合わない二人は新婚早々に冷え冷えとした空気になり別居状態となる。
 その辺りを、勿論性的な話は抜きで上手く進めていく。
 内情を見ていたナタリーだからこそ書ける内容だ。
 しかし、前回と同じように勇者の跡を辿る展開が難しく、書き進めるにつれてどうしようかと手を止めて考える時間が増えていった。
 ナタリーはオフィーリア付きであるが故に、オフィーリア視点を中心として書き進めている。だが『その後の勇者伝』である限りライバック視点のエピソードも必要だ。
 屋敷を出ていたライバックが王宮で過ごしていた時と、そして地方で魔物退治をしていた時について取材するにはどうしたら良いだろうか。
 考えたがここはやはり、前回同様冒険者を雇うしかないだろう。
『勇者伝』の大ヒットで、オフィーリアは気前よく編纂チームに特別ボーナスを与えてくれた。その資金を使って、冒険者を雇う賃金にすればいい。
 早速勇者ファンだった冒険者の一人、トレヴァに連絡を取ってみた。すると彼は『勇者伝』の取材をした冒険者ということで、依頼が引きも切らず大忙しらしい。
 それでも何とか約束を取り付け、久しぶりに王都に戻ってきたトレヴァと休みの日にカフェで会うことになった。挨拶もそこそこに、トレヴァはボヤいていた。
「金持ちに雇われて、ガイドみたいな仕事ばっかりなんだ。いや、かなり割がいいからそれはありがたいんだが、勇者一行と同じ道を歩いて、毎回同じ説明をしてなぁ。俺は冒険者じゃなく、ツアーガイドなのか? って思うんだよな」
「そうですか。トレヴァさんがお忙しいなら、他の方にお仕事を頼みたいですが皆さんはどうしてるんでしょう」
 特に愚痴を聞くつもりのないナタリーは、さっさとトレヴァに見切りを付け別の人物への橋渡しを頼もうとした。しかし返事は芳しくない。
「マットも同じようなもんだろ。ウィンダムはニッキーに押し切られて結婚したらしいが、やっぱり二人ともガイドみてぇな仕事をしてんじゃねぇかなあ」
「分かりました。一応、三人に連絡を取ってみます」
「ところで、別の仕事って何だ? 奥さまは続編は絶対作らないって宣言してるんだろ?」
 トレヴァの確認に、ナタリーは詳細を語らなかった。
「ええ、だからこれは私の個人的な依頼なんです。でもお引き受け頂けない方に内容はちょっと」
「勇者関連なら、引き受ける」
 きっぱり言うトレヴァに、ナタリーは小首を傾げた。
「仕事がいっぱいでお忙しいのでは」
「それは俺じゃなくても出来る。助手がてらに雇った冒険者を、何回も同行させてたら全部覚えたしな。それより、何だか面白そうなことをするなら一枚噛ませてくれ」
 冒険者の嗅覚だろうか。
 ナタリーにとっても、旧知の冒険者で元同担だ。引き受けてくれるならありがたい。
 カバンの中から書きかけの原稿を手渡し、小声でそっと囁く。
「実は、これを書いているんです」
「……! これは!」
 一行目を見るなり、大きい声を出されたので慌てて制する。
「しーっ、静かに」
「いや、これは……! あー、これだ。俺も読みたかったんだ」
「お分かりでしょうが、私は個人的にこの原稿を完成させたいと思っています。それでこの後、勇者さまが魔物を退治した場所に行って取材をしてきてほしいんです」
「分かった、やる!」
 まだ条件を説明していないのに、トレヴァは安請け合いしている。
「まだ出版社にも話をしていないし、日の目を見ないかもしれません。でも、最後まで書きたいんです。それには……」
「それには、取材が必要なんだな。ま、出版しないにしても、俺たちで完成させようぜ」
「ありがとうございます。支払いは、前回よりは多くありませんが」
 それにも、トレヴァは気前よく頷いた。
「いいって。奥さまから特別ボーナスもらったし、あの本のお陰で結構稼がせてもらったからな。ガイドとしてだが。今は、稼ぐよりやりがいがある仕事をしてぇ」
「そう言って頂けるとありがたいです」
 前金を渡そうとすると断られ、少しこれからの仕事について打ち合わせをしてからカフェを出て彼と別れた。
 原稿の取材に見通しが立ち、事態が前進したことに機嫌よく屋敷に戻ると、家令のスチュアートが待ち構えていた。
 休日に外出しても咎められることはないのだが、何となくスチュアートが待ち伏せしていたような気がしてドキリとする。
「ナタリー、こちらへ」
「……はい」
 一体、何なんだろう。悪い予感がしながら付いていくと、書斎の扉をスチュアートがノックする。