麗しの辺境伯令息は胃が痛い ワケあって、新妻といっぱい孕ませ×××しなければなりません 3
「……はあぁっ!?」
予想外の提案に、シエナは淑女にあるまじき口を開けて呆けるという醜態をさらしてしまった。
「りっ、リオネルさま、それは、えぇっと……」
「もし本当に両家がクレランド王国と通じていたら、私も君も反逆者になってしまう。だから私たちだけでも帝室に反意はないことを示す必要がある」
「それは、そうですが……」
「そのためにも勅命は守らねばならない。幸いにも結婚は教会で婚姻証明書に新郎新婦がサインすれば成立するから、親がいなくてもなんとかなる」
「まあ、そうですが……」
リオネルが今から教会へ駆け込みそうな勢いで話すため、シエナは話の流れに付いていけない。
それでも反逆者になりたくない危機感で気づくものがあった。
──確かに結婚さえすれば陛下の勅命を守ったって建前になるわ。これで親が馬鹿なことを考えなければ、うちもハルドウィック家も処罰されることはないのでは?
案外、名案ではないかとシエナの表情が明るくなる。
しかし……
「リオネルさま、うちの両親はハルドウィック家を本当に嫌っていますから、結婚したことを知ればわたくしを領地に連れ戻して監禁するかもしれません」
実際に領地では軟禁状態だったと言えば、リオネルがものすごく苦い表情になる。
「我が子を軟禁だなんて、許されざることだ」
「軟禁といっても、別邸の敷地内でしたら乗馬もできましたから」
「しかし遠駆けはできなかったのだろう? だいたい親が子どもの手紙を検閲することだっておかしい。人の自由を制限するなど道義に悖る行為だ」
「……そうですね、その通りですわ」
手紙の検閲も別邸の敷地から出られないことも、七年も続いているとそれが当たり前だと諦めていた。軟禁状態が日常になっていた。
しかしリオネルのおかげで思考が正常に戻ったようだ。自分の環境はおかしいのだと、当然のことに思い至った。
同時に、元の生活に戻りたくないと、リオネルのそばにいたいと心が渇望する。
領地に連れ戻されたくないと強く思ったシエナは、再びリオネルの右手を両手で握り締めた。
「いっそのこと、既成事実を作ってはどうでしょうか?」
「なっ! なっ、何を……」
リオネルの顔が一瞬にして赤く染まる。
それに対してシエナはどこまでも真面目で冷静だ。
「結婚しただけでは離婚させられるかもしれません。でもわたくしたちが身も心も夫婦になれば、両親も諦めるのではないでしょうか」
「めちゃくちゃ潔いな……」
手で口を押さえつつ頬を染めるリオネルは、肺を空にするような深くて長いため息を吐き出した。
「結婚すれば夫婦は寝室を共にするから、君と私の目的は同じだ」
「まあ、そうですわね。ではなるべく早く結婚しましょう」
「うん……。まずは皇太子殿下へ相談してから陛下へ報告しよう。私たちの婚姻については、陛下だけでなく殿下も憂慮されているんだ」
そのため今から帝城へ行くとリオネルは言う。
シエナはリオネルに促されて馬車に戻って城へ向かうと、あれよあれよという間に応接間に通された。お茶を飲みつつ室内の豪華な調度品を眺めていたら、いきなりアイヴァン皇太子が入ってくる。
シエナは紅茶を噴き出しそうになった。
──皇族、しかも次代の皇帝陛下になる方が、事前の面会の約束もなしに会えるものなの?
リオネルとともに最敬礼をしつつ冷や汗を垂らしていたら、「楽にしてくれ」と声をかけられた。
顔を上げた途端、アイヴァンと目が合う。しかもまじまじと見つめてくる。
顔に何かついていたかしら? と不安に思ったとき、隣に立つリオネルが咳払いをした。
ハッとした様子のアイヴァンはすぐさま笑顔を見せる。
「すまない、ちょっと驚いた。──ものすごく久しぶりだね、シエナ嬢」
「ご無沙汰しております、アイヴァン殿下。再びご尊顔を拝することができて、恐悦至極に存じます」
「うん、まあ座りなさい」
許しを得て恐る恐るソファに座り直した。
皇太子の紅茶が出されると、アイヴァンはリオネルに視線を向ける。
「七年ぶりに婚約者と再会できたのは喜ばしいことだけど、休みの日に緊急の面会を求めてくるとは、どれほどの問題が起きたのかな?」
「はい。実は──」
リオネルは両家が共に七年前から手紙を燃やしていたことと、謀反をたくらんでいる可能性と、勅命を守るために今すぐ結婚することを報告した。
アイヴァンは前半部分を聞いて眉をひそめていたが、後半の“今すぐ結婚する”とのくだりに目を見開いている。
「思い切ったことを考えるね」
「私とシエナ嬢は皇帝陛下と国家に忠誠を誓っております。反意はないことを示したいのです」
「私に仕えているおまえが裏切るなんて考えていないよ。ハルドウィック家が帝国から離脱したら、おまえは真っ先に捕らえられるからな」
そこで視線を遠くへ向けたアイヴァンは、痛みを感じているような顔つきになってリオネルを見る。
「離脱の可能性は高いかもしれない。おまえは本家の令息でありながら領地への出入りを禁じられている。ハルドウィック家から切り捨てられたと思っていい」
えっ、と驚愕で目を剥くシエナだったが、リオネルは平然とうなずいた。
「私もそう思います。領地に近寄らせない時点で、親にとって必要ない捨て駒になったのだろうと」
「そんな、リオネルさま……」
シエナが思わず彼のジャケットをつかむと、リオネルはその手を安心させるように軽く叩く。
「もともと放置されて育ったから親に対する情なんて湧かないさ。まあその分、彼らや領地の思想に染まらずに成長できたしね」
「そうだったのですか……わたくしと同じですね」
ハルドウィック家に嫁ぐことを定められたシエナに、両親は愛情も関心も寄せなかった。
今だってウォルステン領の別邸から届く定期連絡では、シエナの不在は露見していないという。両親は娘のことなど忘れ去っているのかもしれない。
アイヴァンが気まずそうに咳払いをした。
「それに関しては帝室にも責任がある。両家に婚姻を命じたことで、おまえたちの生育環境が最悪になったのだから」
「陛下の勅命がなくても、我が家はいずれ何かしら問題を起こしたでしょう。そもそも国境を二つの家に守らせることが間違っているのです。もともと仲が悪い家同士でしたが、さらに険悪になった」
「そうなんだよなぁ。百四十年前に二つの王国を併呑するとき、一つに統合すればよかったんだよ」
「一つにすると領地が大きくなりすぎるという新たな問題が出てきます。いっそのこと三つか四つの領地に分けたら良かったのに」
「そうするべきだったけど、旧王国民の感情を配慮したのかもしれない。当時の王族は全員殺されたそうだから、傍系に治めさせないと民が納得しなかったとか?」
「王族が絶えたなら国は終わりです。それなら全く関係ない一族を新たに配置した方がいいと思います」
……リオネルとアイヴァンの話が本筋から外れてしまい、シエナは無言で紅茶を飲んで焼き菓子をつまむことにした。
帝城で供されるお茶とお菓子だから、とてもおいしい。
しばらくすると壁際に控えている侍従長がわざとらしく咳をしたため、ようやく二人は我に返った。
アイヴァンが気まずげにうなじを撫でる。
「すまない、シエナ嬢。えぇっと、どこまで話したっけ?」
リオネルも気まずそうに、「私たちの結婚についてです」と呟いた。
「そうそう、結婚だな。陛下は喜ばれるだろう」
「ありがたいことです。では次の休みの日に挙式します」
「えっ」
シエナとアイヴァンの声が重なった。
「ちょっと待て、次の休みって六日後だろ? 婚礼衣装はどうするんだ?」
「あります」
「ある? どういうこと?」
リオネルいわく、貴族女性の平均体型をもとに、シエナ用のウエディングドレスを制作してあるという。シエナの体型が太かった場合に備えて予備も準備したとのこと。
当然ながらリオネル用の衣装も完成しているそうだ。
「シエナ嬢をイメージした装飾品も用意しております」
その言葉にアイヴァンが混乱した表情になっている。
「イメージって、シエナ嬢と最後に会ったのは七年前だよな? 彼女が十一歳のときだろ? 今の彼女には似合わないんじゃないか?」
「いえ、シエナ嬢が成長したらどんな貴婦人になるのかなと想像して、今の彼女にふさわしい品を用意しました」
リオネルは七年前から毎年、ウォルステン辺境伯にお見舞いを申し入れたという。しかし返事がなかったので、去年から想像上のシエナに合わせて作り始めたと語った。
リオネルがシエナへ、「大人になった君に似合う品だと思うが、もし宝飾店で好みのものがあったらそれに変えよう」と告げる。
シエナは頬を染めて両手の指をもじもじと組み合わせた。
「あ、ありがとう、ございます。……うれしいです」
リオネルは本当に自分と結婚するつもりだったと知って胸がドキドキする。いや、皇帝の勅命ならば当然だ。リオネルは貴族の義務として用意したのだろう。
──それでもありがたいことだわ。
感動するシエナだったが、アイヴァンは手で額を押さえている。
「普通、婚礼衣装は花嫁の意見を取り入れて作るものでは?」
「その花嫁と会えませんでしたから」
「そうか……、用意周到というか、絶対に結婚するという意思がすごいな」
「当然です。これは勅命ですから」
リオネルがきっぱりと言い切った。
シエナはこのセリフを聞くたびに切なくなり顔を曇らせる。
対照的な表情の婚約者たちを見て、アイヴァンは唇を引き結んだ。
「リオネル、気持ちは分かるが、もうちょっと言い方があるんじゃないか?」
「言い方とは?」
「だから、勅命とか──」
そこで扉がノックされた。侍従長が、「そろそろお時間のようです」とアイヴァンに告げた。
そういえば今日は、面会の約束もなしに押しかけたのだとシエナは思い出す。本来の予定が押しているのだろう。
「ここまでか。今日のことは陛下に奏上して対策を立てよう。報告ご苦労だった」
話しながらアイヴァンが立ち上がったため、すぐさまシエナとリオネルも立って皇太子を見送った。
帝城を辞すると、リオネルは東地区にある富裕層の屋敷が集まった一角へ向かう。
この辺りは貴族街と同じように一軒あたりの敷地面積が広く、美しい庭園や馬場などがしつらえてある屋敷が多い。
リオネルはその中から、瀟洒な二階建ての邸宅へシエナを案内した。
ヘニング邸など門から玄関まで数歩の距離しかないのに、その屋敷は前庭が広くとられて色とりどりの花々が咲き誇り、馬車寄せもある。
「リオネルさま、ここは?」
「私たちの新居だ」
「え!? どういうことですか?」
シエナは結婚したらハルドウィック家の街屋敷で暮らすことになっていたはず。
「君からの手紙を使用人に燃やされてから、あの屋敷に君を迎え入れるのは危険だと判断したんだ」
シエナを女主人として認めないどころか、ひそかに毒を盛ってもおかしくないとリオネルは不安を覚えたという。
そのため二人で暮らす家を購入したそうだ。
「ありがたいことですわ……」
婚約者と七年も会えず先行きが不透明どころかお先真っ暗だったのに、結婚するために一人で準備を整えてくれたなんて。
シエナは感動で泣きそうだ。
リオネルのエスコートで玄関に近づくと、屋敷の中から初老に近い男性と女性が慌てた様子で出てきた。
「旦那さま、こちらのお嬢さまはもしや……」
「私の婚約者だ」
「まあまあっ、とうとう! お待ちしておりましたわ、奥さま」
奥さまと呼ばれてシエナの頬がうっすらと染まる。
「シエナ嬢、彼らはデナム夫妻だ。元帝城の使用人で、この家の管理を任せている」
「初めまして、シエナ・ウォルステンですわ」
デナムの方は笑顔で挨拶したが、夫人の方は感極まって涙ぐんでいる。
「初めまして奥さま。やっとこの家に人が住むのですね」
彼女いわく、今まで換気と掃除しかやることがなかったらしい。しかも人が暮らさないので大して汚れないため、余った時間でカーテンやベッドカバーなどのファブリックを作っていたという。
ちょうどお昼を過ぎた頃だったため、デナム夫人が張り切って昼食を用意すると言った。
その間、リオネルが邸内を案内してくれることになった。
「とりあえず暮らせるだけの家具しか用意していない。家の中のものは全て君の好きなもので整えてくれ」
確かにガランとしていて殺風景だ。けれど自分の好みで家を整えるなんて初めてだからワクワクする。
デナム夫人が作ってくれたサンドイッチをいただき、少し休んでから婚礼衣装を預けてあるブティックへ向かうことになった。
あらかじめデナムが先触れを出していたそうで、ここでもマダムが歓迎してくれた。
「いらっしゃいませ、ノーリッシュ卿。ようやく花嫁さまをお連れくださったのですね」
大仰なぐらい喜びをあらわにするマダムが、シエナたちを歓迎しつつ奥にある個室へ案内する。
その部屋には豪奢なドレスが二着、トルソーに飾られていた。
「わぁっ、すてき」
一方はシックで落ち着いたクラシカルなデザインで、もう一方はレースやフリルをふんだんにあしらった甘いデザインだ。
どちらも生地の色はアメジストを薄くしたもので、これはリオネルの瞳をイメージしたのだろう。
「君の好みが分からなかったため、とりあえずウエディングドレスのデザインで人気が高いものを二つ作っておいた」
マダムによると、ここからでもシエナの好きなようにアレンジできるという。しかもそれぞれのデザインで、ぽっちゃり体型用もそろえてあるそうだ。
「でも花嫁さまでしたら、そちらは必要はありませんわね」
「えっと、そのドレスはどうなるのでしょう?」
「大丈夫です、なんとでもなりますわ。では花嫁さま、お式のドレスはどちらにしましょうか」
「どちらもすてきだから、迷いますね……」
悩んだ末にクラシカルなデザインのドレスを選んだ。
細かい調整のために試着することになり、リオネルのみ隣室へ移る。彼が消えるとマダムは心から安堵した表情を見せた。
「花嫁さまが来てくださってうれしいですわ。ご本人さま不在でドレスを作ることになりましたが、こんなことは初めてで」
「そうでしょうね」
採寸もせずによく仕立てたものだと感心する。が、やはり体に合っていない部分もあるので、だいぶ直さねばならないようだ。
それでもマダムは晴れ晴れとした表情になっている。
「もしかして架空の花嫁さまかと不安になりましたが、ドレスが無駄にならなくて本当に良かったですわ」
胸を撫で下ろすマダムが、なぜシエナの来店をあそこまで喜んでいたのか理解した。リオネルが空想の婚約者のために、ウエディングドレスを依頼したと思っていたのだろう。
……彼の名誉が守られて良かったと、シエナもまた胸を撫で下ろした。
そしてドレスが決まれば後は早い。ティアラとベール、靴、ブーケに使うレースやリボンも選び、あっという間に婚礼衣装一式がそろった。
シエナはリオネルの瞳の色を身にまとう己を想像して胸が熱くなる。
──わたくし、ものすごく大切にされているわ。政略結婚でもこれほど心を配ってくださるなんて、愛がなくても構わないのではないかしら。
リオネルなら仇敵の娘でも妻を尊重してくれるだろう。互いの実家が結婚を妨害しようと画策しても、守ってくれると信じられる。
「リオネルさま、わたくしは幸せ者ですね」
万感の思いでシエナが言うと、リオネルは意表を突かれた顔つきになっている。だがすぐさま照れたようにほほ笑んだ。
「そう思ってもらえるなら良かった。……私たちは政略結婚でしがらみのある関係だが、君を妻として尊重すると約束しよう」
「ありがとうございます。わたくしもリオネルさまを大切にすると誓いますわ」
お互いにまだ「愛する」と告げる勇気はなかったけれど、それでも未来は明るいのではと希望を持つことができた。
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