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不本意ですが、復讐相手の侯爵様から花嫁として溺愛されてます!?

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書籍紹介

きもちよくしてやる……すぐにだ

叔父の命令で結婚することになったメイローズ。相手の侯爵ジェントは以前、心優しい従姉を振った最低な男。復讐を誓い式に臨むけれど――。「生涯をかけてあなただけを愛する」声も顔もダンディな彼の真摯な囁きにクラクラしてしまい!? 「可憐な花嫁の喘ぐ声が聞きたい」ねっとりと深く甘い口づけ。逞しい身体に押し倒され、情熱的で巧みな愛撫に溺れて。新妻の淫らで幸せな誤算!

ジャンル:
西洋 | ファンタジー
キャラ属性:
ワイルド・騎士・軍人
シチュエーション:
年の差 | 新婚 | 甘々・溺愛
登場人物紹介

ジェント

ザッハウ侯爵。海軍に属す黒髪のダンディ。メイローズの従姉を突然婚約破棄した悪い男だと思っていたら……?

メイローズ

リビオ伯爵令嬢。従姉が突然の婚約破棄で傷ついたと知って、復讐のためにその男との結婚を決意するけれど……!?

立ち読み

 そこは妖しの森──。
 大昔からあるという巨大な森。森の神スケロスも、妖精も棲むといわれている場所──。
(好奇心は身を滅ぼす、っていうことわざがあったわ。まさにこのことかもしれない)
 メイローズ・アリシア・リビオ伯爵令嬢は、いま人気のない森の奥の湖に顎まで沈みつつあるところだった。
 質素な庭師の服を纏った手足を必死に動かすも足先が湖底につくことはない。
 帽子にしまい込んでいたはずのカールした金髪がはみ出して湖面に広がり、水の冷たさが肌に刺さる。
 美しく咲く白い花に手を伸ばしただけなのに、重心がちょっと前に傾いただけなのに、メイローズの身体は、底なしであるかのような深い湖に落ちてしまった。
 一瞬、なにがあったのかわからなかった。
 鼻先まで沈み込んで、慌てて顔を上に向ける。被っていた帽子が落ちそうになって、手で頭を押さえつけた。
 ぶかぶかだった革の靴は水底に沈んでいったのか、片方の足先に直接水の冷たさを感じている。
 手を伸ばしても、草に埋もれた岸辺にはなかなか届かない。
 以前、水遊びで湖で泳いだことがある。なのに、いま、足をじたばたさせて泳ごうと試みても、前に進むことはなく、止まれば沈んでいく早さが勝っている。
 水音だけが響く森でむなしく掻く指先で飛沫が弾けた。
(溺れている。これが溺れるということなのね……)
 顔まで冷たい水に浸かりそうなのを、懸命に上へと手を伸ばして、湖面に突き出ている枝を掴もうとした。
 けれど、水に搦め捕られた小さな手足は、その青黒い鉛のような水から逃れることはできそうになかった。
(助けて……誰か……)
 叫ぼうとしても声が出ない。
(お母様……。神様。天使。妖精でもいい……)
 母に内緒で、一人森の奥に入り込んだ。その罰かもしれない。
(神様。いま助けてくれたら、一生尽くします。恩に着ます。母や父のいうこともちゃんと聞きますから!)
 メイローズは心の中で叫んだ。

 

 事の起こりはメイローズが母の友人である侯爵夫人の主催する朗読会につれて行かれたことだった。
 母は、末っ子で病弱だったメイローズを社交界になじませようとしたのか、様々な催しに同伴させたが、その場で同じ年頃の子供と出会うことは滅多になかった。音楽を聴きながらのお茶会も大人たちのおしゃべりも、まだ十歳になったばかりのメイローズにはとても退屈なものだった。
 今日もそうだった。
 遊び相手もなく、母はほかのご婦人方との会話で忙しく、詩の朗読も、幼い子供には難しく、つまらなかった。
 メイローズは侯爵家の広大な城の外に忍び出て、幾何学様式に造られた庭園を眺めた。
 スズランや、黄薔薇、白薔薇の上品な甘い香りが漂っている。
「お嬢さん、こっちにはきちゃいけないよ。怒られちまう」
 甘い香りを身体いっぱいに吸い込んで、さらに庭園を散策しようとしたメイローズに近くから声が掛かった。
 しゃがみ込み、レモンの木の手入れをしていた庭師の少年が、目深に被ったキャスケットを土のついた指で持ち上げ振り向いている。
「どうしてだめなの?」
「その素晴らしいドレスも、シルクの靴も汚れてしまう。それに客人を勝手に庭園の奥に入れたら僕が奥様に叱られる」
「ドレスと靴は……汚したら、確かにお母様も怒るわね。あ……じゃあ、あなたのその服を少しのあいだ貸してくれない?」
「えっ?」
「このドレスを、代わりに着ていて。ね? 貸してあげるから」
「え、でも」
 驚く少年を尻目に、メイローズはさっさとドレスを脱いで渡し、彼のシャツを剥ぐように脱がせて着込み、吊りズボンを穿いて、靴下と大きな革の靴を履いた。最後にキャスケットを被り、カールした金髪をその中にしまい込む。
「ねえ、僕にこのドレスは小さいみたいだけど……」
「少しだけ我慢して。すぐに戻るから。あ、あと、これをどうぞ。食べていて」
 少年のささやかな抗議を気にも留めず、メイローズはハンカチの中に持っていた朗読会で並んだ多くの菓子の中から選りすぐったクッキーを、彼に手渡す。
「わあ! すごいな、美味しそう。しょうがないな……早く戻ってきてよ」
「ええ、もちろん」
 この靴なら、どれだけ大胆に走っても、汚れは気にならない。母や乳母やメイドに怒られることを気にしなくてもいい。
 メイローズは別人になった気分で足を踏み出した。
 緑のみずみずしい香りが、少女のほっそりとした四肢を包む。
 先ほどまでは庭園に流れていたサロンでの演奏も、もう聞こえてこなかった。
 メイローズは大きく深呼吸して、ひらひらと木々の間を舞う蝶を追いかけ始める。
 見たことのない美しい青い蝶だった。その優雅な蝶に誘われるように、庭園の奥に続く森の中に足を踏み入れた。
 ときおり鳥のさえずりが聞こえてくるだけの、鬱蒼とした古木に包まれた空間。
 メイローズは、帰り道を見失っているのにも気づかず、蝶の姿を追った。やがて森の緑の深さと、天からわずかに差し込む光にほうっとため息をつく。
「綺麗……。この森はなんて美しいの? 物語に出てくる妖精が、いまにも姿を見せそう」
 大人が数人がかりでやっと抱えられそうな太い樹木が連なり、遠く樅の木のてっぺんに、光が透けているのが見える。静まりかえった空気の中、心地よい冷気が流れている。
「いい香り」
 貴婦人たちが大勢集まり、きつい香水をぷんぷんと振りまいていたのに辟易していたせいか、外に出られたメイローズはいい気になりすぎていたかもしれない。
 振り返っても城は見えず、庭園の華やぎもまったく見えなくなっていた。
 けれど、いま来た小径は背後に伸びているのだから、このままもう少し先に行ったとしても、戻ることはそれほど難しくはないだろう。
 そう思って、メイローズは少年の姿のまま再び蝶を追った。優雅で魅惑的な花の香りが強くなっている。甘くて、とても濃厚な香り。蝶もきっとその花を目当てに飛んでいるに違いなかった。
 折り重なる木の枝を押し分けると、純白の立派な蘭が咲き誇っているのが見えた。蝶はその花に止まり蜜を吸い、またひらりと舞い上がる。
「綺麗な蘭。こんな森の中にも群生しているのね。多分、チュベローズ? 持って帰って名前を調べられるかしら」
 母にも乳母にも見せてあげたい。そんな気持ちでつい花に手を伸ばしたメイローズは、足裏がずるりと滑るのを感じた。
「──あ……ッ?」
 かき分けた枝を掴もうとしたが叶わず、がくんと身体が沈み込む。転んでしまったメイローズを、そこに広がる湖が待ち構えていて、足から湖へと落下してしまった。
 その音で、水面に浮かんでいた水鳥たちが羽ばたき、矢のように飛び去っていく。
 蝶も、驚いたのか天高く舞い上がっていってしまった。
 メイローズはただ一人、誰もここにメイローズがいると知らない場所で溺れてしまった。必死で手足を動かすけれど、どうしていいかわからない。
 誰かがもし助けてくれたら、神でなくても神と崇め奉ってもいい。
(誰か、ロープを投げてくれないかしら。それとも誰か手を伸ばしてくれないかしら。妖精でも、木こりでも、誰でもいいから、助けて──)
 気が遠くなりかけたとき、水音が響いた気がした。
 メイローズの周囲が波立つ。
「──早く、掴まれ」
 すんなりとした白い手が差し出されていた。
「ほら、早くもっと手を伸ばせ」
 命じるような男の声が降り注いだ。
“男”というには透明感がある、若く張りのある声。
“青年”だろうか。頼りがいのある低い声。
 メイローズの伸ばした手は掴まれ、あっという間に地面へ引っ張り上げられていた。
 白いシャツにベスト。銅色の輝きを放つ上着。濃紺のパンツを纏った細身の青年は、年の頃二十一、二十二歳ほどだろうか。もう少しいっているかもしれない。
 まだ幼く小柄なメイローズからすると、背も高く、肩幅もあり、手足も長いその姿は、森の中で出会うにはあまりに恐ろしい、大きなシルエットだった。
 だが、木漏れ日の中で改めて彼を見ると、その印象は大きく変わった。
 整った輪郭。綺麗な肌や長いまつげに、優美さが見える。艶のある金髪、その前髪の下に覗く青い瞳。森の上から光が差せば、彼の美しさに胸が震えた。
 ──天使? それとも、森の妖精?
 ものもいえずに見とれているメイローズの頬に、繊細な指先が伸び、濡れて貼り付く髪を押しのけた。
「大丈夫か? 一人か? 大人は一緒ではないのか?」
 メイローズは小さくうなずく。
「どうしてこんな森の中に?」
「歩いていたら……入り込んで……」
 やっと、震えた声が出た。
「この森には入ってはいけないと、子供は親に止められているはずだ。この森の所有者が誰なのか、知らないことはないだろう?」
 メイローズは、今度は顔を横に振った。
「知らないのか? “魔神の森”だぞ。──まったく、やんちゃな坊主だな。親もどういう躾をしているんだ。そのせいで溺れて死ぬところだったんだぞ。この湖は岸辺からいきなり深くなっている場所があるんだ」
 彼は怒ったようにそういいながら、メイローズの身体に脱いだ上着を掛けてくれる。
(……“ボウズ”っていった?)
 メイローズは考えてから、いま、自分が庭師の格好をしていることに気づいた。彼は自分を少年だと思っているのだ。ぽんぽんとものをいってくる。
「まだ泳ぐには早いぞ。服を着たままではもっと悪い。風邪を引く」
「──あ、りがとう」
 自分が“坊主”ではないと告げようか逡巡したが、ここで“少女”が森に入り込んだと知られるのはもっとよくない。きっと、余計にこの背の高い青年に怒られるに違いない。
 メイローズは身構えつつ、おずおずと彼に質問をした。
「……あなたは、誰なの? その入ってはいけない“魔神の森”に、どうしているの?」
「散歩だ。それに俺は大人だからいいんだ」
「散歩? こんな道もないようなところを? 人気のない深い森の奥には妖魔や妖精が棲んでいて危険だって、聞いたけど」
「──だったらその危険な森に、子供が入り込むなよ。ほら、立てるか?」
 青年はメイローズの身体を抱きかかえ、水辺から離れた場所へ移動させようとしてくれる。だが、メイローズの関心は、彼自身にあった。
「わかった。あなた妖精でしょう?」
「……ああ。どうして知ってるんだ?」
 彼は無表情のままそう答える。
「やっぱり! だって、立派な服を着ているし。この上着も上質のベルベット。襟飾りも釦も金……よね。貴族? 王子様? もしかして、“妖精王オベロン”?」
 それは有名な劇作家の妖精物語に登場する王の名だ。メイローズは読書が何よりも好きだったから、たとえに出すのも本の登場人物ばかりだった。その妖精王国の物語は、心を掴んで離さないほど好きな話なのだ。
「“魔神の森”の妖精なのね。ティターニアでもないし……。パック? でもパックは紅い頭髪のはずだし、もっとほっそりとして活発な少年のはずで……」
 メイローズは、何度も読んで熟知している話の登場人物を片端からあげてみる。
「おい。なんの話だ。俺はこう見えても若いんだ。“オベロン王”? いくつに見えてるんだよ」
「じゃあ王子なのね? 妖精王子!」
 興奮して目を輝かせるメイローズを見て、青年はただあきれたようにため息をつく。
「ああ、ああ。王子でいいから、早く服を脱げ、身体を拭かないと」
 あとにして思えば、彼はまだ十歳になったばかりの子供の戯言を真面目に聞いていたわけではなかった。『この子供は人の話を全然聞いていない。だから森の中に一人で入り込むようなことになったのだ』と、きっと悟ったのだろう。
 適当に話を合わせて、軽くいなして、さっさと帰らせようと思ったのかもしれない。
 だが、彼を憧れの“妖精王子”だと勝手に確信したメイローズはすっかり興奮して、子供らしいおねだりをした。
「あなたが王子なら、私を妖精の城に連れて行ってくれる? ずっと憧れてたの。見たことのない花が咲き乱れていて、鳥がさえずる、とても美しい場所なんでしょう?」
「──人間の子供は妖精国には入れない。妖精は人間の子供を食うからな」
 表情も変えずにいって、メイローズの濡れた衣服に手をかける。
「やっぱり人間の子供は食べられてしまうの?」
「可愛い子供は特にな。……おまえみたいな、女の子にも見えるようなちびは……、そういえば、女の子みたいに髪が長いな。声も高い」
 メイローズはぎくりと身を固くした。
 庭師の少年に借りた生成り色のシャツに、穿き込まれた吊りズボン。片足に残った靴も年季の入ったものだ。男の子だと思われているのに、ここで自分が近くの城に遊びに来ている貴族の娘だと話したら、きっとすぐに送り返されてしまうだろう。
 だから、メイローズは嘘をついた。もっとこの妖精のことを知りたいし、話したい。できることなら、妖精の持つ魔法の力も見せて欲しい。
「ええと……いま、湖に落ちて、水を飲んでしまったから、ちょっと声がおかしくなったんだと思う……よ」
 メイローズはさりげなく咳き込みながら、声を低く作り込む。
「そうか。まあまだ小さいしな。男も女も変わらないか」
 こんなつたない嘘があっさりと通じるなんて、さすが“妖精”だ。もしかしたら、単に自分に関心がないだけかもしれない。メイローズのほうは彼に大いに関心があったのだけれど。颯爽と助けてくれた美しい青年に、興味津々だった。
 誤って湖に落ち、助けられたばかりとは思えないほど、もうあのときの恐怖心は消え去っている。
 青年はおもむろにシャツを脱ぎ、肌をあらわにすると、メイローズの前にしゃがみ込んだ。
「あ、あの?」
 なんて逞しい肉体だろう。
 引き締まった肩や胸。腹部に余分な肉はなく、骨と筋肉の美しい構成を見せている。メイローズは間近に見た男性の裸体に、思わず胸をときめかせた。男性の肉体美というものを、庭や城内に飾られている彫刻以外で目にしたのは初めてだった。
「あなたは、いくつ? お名前は?」
「妖精に年齢を訊くな。失礼だろ。それに、名前もだ。名前を知ったら、それを知った人間は死ぬんだぞ。おまえ、自分の立場がわかってないな。こんなびしょ濡れでどうやって家に帰る気だ……。俺の服は貸さないぞ」
 そういいながらも脱いだシャツで濡れた髪まで拭いてくれる。
「──おい、これはなんだ」
 メイローズの身体を、脱いだシャツで拭いてくれていた彼の表情が変わった。
「おまえ、……ないぞ」
「ないって、なにが?」
 ずっと憧れていた存在、“妖精王子”の美しく引き締まった顔だけを見つめていたメイローズは、いつの間にか自分もシャツをはだけられているのに気づき、悲鳴をあげた。
「──あ! きゃああっ」
 庭師の少年のゆるめのズボンも吊りを外され、細く白い脚を滑り落ちている。
「──み、見ないで……っ!」
 羞恥心が一気にこみ上げてくる。
 彼の視線が、メイローズの脚の付け根に注がれていたからだ。
「見ないでってば」
 思わず彼を突き飛ばそうとするが、メイローズのほうがよろめいて転びそうになる。
 小枝のような小さな身体が青年に引き寄せられ、抱きすくめられた。メイローズの胸がきゅんと高鳴る。
「──女……の子……かよ。嘘だろ。脱がしちまった」
 青年は驚きを隠さずうめいた。言葉使いがかなり粗暴なのに神秘的な美貌を持ち、助けてくれたり抱き留めてくれたり、実は優しいところにもメイローズはいっそう強く惹かれてしまう。
「ごめんなさい……」
「男でもこの森に入り込むのは問題だが、女の子とは。親はいないのか? 浮浪児なのか? それにしては顔は綺麗だ。手も髪も手入れが行き届いている」
(綺麗……? 私が?)
 メイローズは、美しい青年に褒められた言葉だけ頭の中で何度も復唱する。
「──私は……」
『メイローズ。いい? あなたは由緒正しきリビオ家の末娘。古式ゆかしき大貴族の娘。家名を汚すようなことだけはしないでちょうだい』
 名乗りかけて、母親に幾度となくいわれている言葉を思い出す。庭師の服を借りて、勝手に森に入り込んだ自分はきっと母にとって“家名を汚すような娘”だ。
 ここで伯爵家の名を出したことがバレたら、あとで母に叱責されるに違いない。
「それより、あなたのお城はどこなの? そこで誰かの服に着替えさせてもらえると助かるわ」
 水に浸かった身体はすっかり冷え切っている。初夏とはいえ、森の中は空気もひんやりとして、日が暮れてきたのか、太陽の光もない。だが彼は首を横に振った。
「──だめだ」
「どうして?」
「妖精は人を食らうといっただろう。おまえのようなうまそうな小娘が城に来たらその場で食われてしまう」
「でも、“妖精王子”はそんなことしないわよね? 食べ物に困っていそうにないもの」
「──いや。その気になったら食うぞ。“妖精”とはそういう習性だ。腹が空けば水を飲むように生き血を吸うんだ。だからつれて行くことはできない」
「生き血……? 少しならあげてもいいわ。だから、つれて行って」
「怖くないのか? 首に牙で穴を開けて、吸われたら死んでしまう。こういう風に……」
 不意に柔らかな風のように、彼がメイローズの身体へ上半身を屈めてきた。
 さらりと彼の髪が流れ落ちて、メイローズの前髪に触れる。長いまつげがかたわらに見える。高い鼻筋も、朱い唇も。
 いい香りがした。先ほど嗅いだ魔性の白い蘭、チュベローズのような香り。メイローズがその香りに陶酔して目を閉じていると、すぐ近くで怒った声がする。
「──おい。なに無抵抗に目を閉じてるんだ」
「──え」
 目を開くと、彼のむすっとした困惑顔。
「ちゃんと嫌がれよ。唇が首筋に触れてしまってるじゃないか。さっきみたいに叫んで押しのけろ。俺はどうしたらいいんだ。変態か」
 首筋に、吐息が掛かって、メイローズはどぎまぎした。
「どうしたらって……血を吸いたいなら、少しどうぞ。助けてもらったお礼だわ」
「いらない」
 妖精王子は顔を離して、高いところから睥睨した。
「おまえ、自分の身体はもっと大事にしろ。森に入り込んだり、簡単に妖精に血を吸わせようとしたりするな。そら、こっちに来い。森から出してやる」
 身体を拭かれ、シャツとズボンを整えたその上に彼のベストと上着を被せられ、ぶかぶかの着せ替え人形のようになったメイローズは手を取られた。
 大きな手。骨っぽくて、でも指の関節の一つ一つがとても長くて、優美な爪先。
 メイローズはそんな彼の手に優しく包まれ、引かれるようにして森の中を歩いた。
 身体に纏っている彼の上着は大きくて、歩くたびにすうすうと風が吹き抜けたが、不思議なほどメイローズの身体は温かかった。
 頬などむしろ熱いくらいだ。
(手も顔も……熱いのはどうしてかしら? 妖精の魔力? それとも……魅力なの?)
 メイローズは彼の横顔を見つめながら、自問自答する。
 こんなことは初めてだ。
 考えていると、急に彼が立ち止まり、メイローズはつんのめった。
「ほら。この小径を向こうに行けば森から出られる。早く帰れ」
 あれだけ森深く入り込んだと思っていたのに、もう視線の先には抜け出した城がそびえ、裏庭へ入るための石積みの塀がなだらかに丘に沿って連なっているのが見える。
「──ま、待って」
 背中を向けるつれない妖精に、メイローズはしがみつこうと両手を伸ばす。足がもつれ、上体がバランスを失って前のめりになった。
 彼の背中を突き飛ばす形でメイローズは倒れ込み──。
 重なった身体。重なった唇。
 初めてのキス。
 偶然が、メイローズの恋心に火をつけた瞬間だった。

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