新しくカートに入れた電子書籍 すべて見る
カートを見る 合計金額(税込)0円
新しくカートに入れた電子書籍 すべて見る
カートを見る 合計金額(税込)0円

ティアラ文庫溺愛アンソロジー⑥ ギャップ萌え!

本を購入

本価格:759(税込)

カートに追加しました
電子書籍を購入

電子書籍価格:759円(税込)

獲得ポイント:7pt
電子書籍を閲覧するにはビューアアプリ「book-in-the-box」(SHARP)をインストールしてください。
書籍紹介

私にだけ見せる本気の顔に、ドキドキが止まらない!

クールでそっけない幼なじみが淫らに豹変!?
仲良くなった美少女が、本当は男で……!?
やる気のない部下の正体は、憧れていた伝説の騎士様――!?

意外すぎるギャップが、たまらなく愛おしい――。
極上男子の一途な情熱に翻弄されて、蕩かされて。
人気作家陣が描く、ときめきエロスなアンソロジー。

登場人物紹介

サミュエル

いつもやる気のない騎士で公爵令嬢ブリジットの守役。ブリジットが憧れる【グランゼロ】のことを知っているようだが……。

アルベルト

王立魔法学院の生徒会長。クールでぶっきらぼうだが、優しい一面もある。女装した姿をミリアに目撃され、双子の妹だと嘘をつき距離を縮める。

サイラス

社交界を賑わす美青年の国王近侍。幼馴染みのミカエラの前でだけ、余所行きの丁寧な物腰からは考えられない粗野で淫らな顔を見せる。

ヘラルド

伯爵位を持つ将軍で『英雄』。強面で大柄。いるだけで威圧感のある美丈夫。第五王女トニアと政略結婚したが、事故で記憶喪失になり、心だけ10歳の少年になってしまい……。

月凜(げつりん)

妖艶な美女のような容姿の男。先帝の遺児。妻である雪花のほうが男まさりで正反対な夫婦関係nなっているが……。

立ち読み

 青く澄み渡った空に、円形闘技場を埋める観衆の大歓声が響く。
 この日、プレディア帝国建国を記念した祭典の目玉でもある【グランゼロ】による親善試合が行われるとあり、会場には早朝から大勢の市民が集まってきていた。
 足を鳴らし、彼らが待ちわびているのは、もちろん白き甲冑を纏ったプレディア帝国最強騎士【グランゼロ】だ。
 騎士の頂点に立つ者だけが身に着けることを許されている白の甲冑は、決して血に染まらないという強さの証。
 人々の興奮を煽るように強い風が吹き、砂埃が舞い上がる。
 重々しい鉄柵がゆっくりと引き上げられると熱狂は最高潮となり、彼が現れた。
 地面が割れるほど会場中が興奮に沸く様を横目に、ブリジットは父オルターム公爵の隣で俯いたままぼんやりとしていた。
(──こんなところに来る気分でもないのに)
 最愛の家族を失ったばかりのブリジットにとって、歓喜の声もただの騒音にしか聞こえない。上げるつもりのない顔を起こしたのは、視界の端にちらりと金色のものが映り込んだからだ。
(何だろう?)
 虚ろな眼差しで闘技場の中心を見る。そして、【グランゼロ】の意外な風貌に目を瞬かせた。
(女の人……?)
 陽光に煌めく金色の髪をした騎士は、神話に出てくる女神を彷彿とさせた。すらりとした体躯に、金色の長い髪が風に揺れている。それは、本当に戦場を駆ける騎士なのかと思うほど艶めいていた。
(あの方が【グランゼロ】)
 はじめて見た騎士の頂点に立つ存在に、ブリジットの視線は釘付けになっていた。
【グランゼロ】の放つ圧倒的な気迫に肌が粟立つ。
 やがて、また重々しい鉄柵が開き、鎖に繋がれた闘犬が五頭入ってきた。興奮しきっているのは、一目でわかった。獰猛な目をぎらつかせ、涎を垂らしながら【グランゼロ】にうなり声を上げている。
(あんなに何匹もいるのに、無理よ)
 不安になるブリジットを尻目に、観覧席にいた皇帝が開始の合図を送った。その直後、闘犬たちを繋いでいた鎖が解き放たれた。
 犬たちは猛然と獲物へ向かって走り出す。
 しかし、【グランゼロ】は抜刀することも、構えることすらしない。
 闘技場に悲鳴と声援が響く。ブリジットは見ていられなくて、手で顔を覆った。
 そのときだ。
 悲鳴が歓声に変わった。
【グランゼロ】は先陣を切ってやってきた一匹を後列の犬目がけて蹴り飛ばし、飛びかかってきた犬の脇腹に拳をたたき込んだ。悲痛な声を上げて、犬が地面に次々と沈んでいく。残りの二匹は、【グランゼロ】に襲いかかるのをやめ、体勢を低くしながら出方を窺うようになった。一匹が飛びかかってきたのを軽やかに除け、そのまま二匹目も避ける。その様は演舞を見ているかのように華麗だった。まるで甲冑の重さを感じていないかのような身のこなしに、目が離せない。鉄柵の向こう側には犬を放った男が忌々しげに立っている。すると、【グランゼロ】は指で男を手招きし、挑発した。
 男は腰に下げていた剣を抜き、【グランゼロ】に斬りかかる。そこで、はじめて【グランゼロ】も抜刀し、男を迎え討った。
【グランゼロ】の剣は男のものより、ずっと刀身が細い。とてもではないが、剣闘士の剣を受け止められるとは思えなかった。
 相手が二頭と一人になっても、【グランゼロ】は怯まない。
 終わってみれば、圧倒的だった。
【グランゼロ】が剣を向けたのは、男だけ。犬たちは打撃だけでたたき伏せた。
 闘技場に立っているのは、【グランゼロ】のみ。その白き甲冑には血飛沫ひとつついていなかった。
 その壮麗な姿に誰もが言葉を失う。
 闘技場が一瞬の静寂に包まれた。
「見事だった」
 皇帝の拍手を皮切りに、再び会場が歓声と熱気に包まれると、【グランゼロ】が兜を取り、優雅に一礼した。遠目からでも端整な顔立ちは見て取れた。
(なんて綺麗な人なの)
 今日の空のような蒼穹の瞳は、自信に満ち溢れている。
 いつの間にか立ち上がっていたことすら気づかなかったくらい、ブリジットは【グランゼロ】の勇姿に夢中になっていた。
 自分の中で燻っていたものに光明が差した。
「ブリジット?」
 オルターム公爵が気遣わしげな声で問いかけた。
「お父様、私──。私、将来は騎士になりますわ!!」
「え? えぇ──っ!?」
 ──あれこそ、私が求めていたものだ。

 プレディア帝国首都ダモーロには、毎年、帝国最強の騎士団に入隊するべく国中から腕に自信のある者が大勢集まってくる。
 騎士団の間口は広く、身分や年齢は問わない。その分、道のりは極めて厳しい。過酷と言っても過言ではなかった。
 入隊前の訓練期間はおよそ一年。
 一ヶ月で半数が挫折し、半年でさらに半数になり、最終試験後に十五人残れば順当だと言われる超難関だ。
 騎士団は現在、皇帝を騎士団長とし三十三小隊で編成されている。
 しかし、最強の称号を持つ【グランゼロ】は現在空位となっている。
 最後の【グランゼロ】が消息を断って、二年が過ぎた。
 空位を埋める声も上がっているが、皇帝はなぜか新たな【グランゼロ】を立てようとしない。
「当然だ! 【グランゼロ】様を超えられる者がそうそう現れてたまるものか。金色の髪をたなびかせ、襲いかかる闘犬たちを軒並みたたき伏せただけでなく、巨体の剣闘士まで打ち負かした勇姿は、まさに神話の戦士そのものだったんだぞ。あぁ、私は【グランゼロ】様が必ず戻ってきてくださることを信じております」
 胸の前で手を組み、祈るように【グランゼロ】への敬愛を締めくくったのは、十八歳になったブリジットだ。
 一番摘みの紅茶のように明るい茶色の髪を襟足が見えるまで短く切りそろえ、大海原を彷彿とさせる青い大きな瞳は、いつも情熱に満ちている。騎士団の隊服であるコバルトブルーの制服を纏う体躯は華奢で、背丈も低い。赤く熟れた小さな唇が饒舌に語る【グランゼロ】愛を、後ろをついて歩いていた部下の男二人は慣れた様子で聞き流していた。
「ブリジットちゃん、今日も絶好調ね」
「ローラン。私のことはブリジット隊長と呼ぶよういつも言っているだろう。他の者たちに示しがつかない」
「他の者って、もしかしてバスチアンのこと?」
 ブリジットより長身のローランは、綺麗な顔立ちをこてんと傾げ、隣を歩く巨体の男を手入れしたてのほっそりとした指で差した。背中を覆う金色の髪は令嬢たちよりも美しく、長い睫が美しい顔立ちをさらに際立たせ、妙な色香もあるのに、これで歴とした男だというのだから、人間とは恐ろしい。いや、この場合はローランか。
 ブリジットはバスチアンを見遣り、「違う」と苦笑した。
 朴訥とした男は、目が合うと小さく黙礼した。
「他の隊の者たちだ。せめて、外では隊長と呼ぶように」
 諭すように言えば、「はぁい」と軽やかな返事があった。
(まったく)
 この会話も数え切れないほどしているが、ローランは一向に改める気配はない。だが、彼がブリジットを隊長と呼びたくない気持ちも痛いほどわかるため、毎回この程度の注意しかできない。
 ブリジットが隊長を務める第三十三小隊は、ブリジットが騎士団に入隊した年に新設された。
 隊長は騎士になりたてのブリジット、隊員は三名。ローランとバスチアン、そしてブリジットの父オルターム公爵が守役として連れてきたサミュエルだ。
 この隊は第二騎士団隊長を務める父オルターム公爵の私欲で作ったと、まことしやかに囁かれているが、事実その通りである。
 ブリジットが本気で騎士を目指していると知ったオルターム公爵は、あの手この手で妨害してきた。嘘の入隊試験の日付を伝えてきたり、仮病を使って入隊試験に行かせまいとしたりと手段は姑息だった。最後は泣き落としにまであった。
 しかし、入隊してからは、一転してブリジットにだけ過酷な試験を課した。あえて訓練を受けさせないという暴挙にも、ブリジットはめげなかった。教官や同期に煙たがられても、無理やり訓練に参加し続けた。おかげで随分と面の皮は厚くなったし、打たれ強くもなった。
 一年後、ブリジットが最終試験に合格すると、オルターム公爵は隊を新設し、その隊長に任命したのだ。
 新米騎士が新設された隊の隊長に任命されたことに眉を顰める者もいたが、隊の実情を知った途端、不満はぴたりと止んだ。
 第三十三小隊は、騎士団から「あくた場」と呼ばれている。各小隊で問題を起こした者が行き着く場所であり、隊の任務内容を鑑みても、ここに入ったら二度と昇進は望めないと言われているせいだ。
 かくいうローランは、美貌がもとで起きた痴情のもつれが原因で諜報部隊から。バスチアンは対人関係が理由で第四小隊から追い出されている。
 第三十三小隊の任務内容は、もっぱら貧困層が暮らす区域の見回り、城の掃除と、よほど騎士らしくない内容ばかり。今も厩舎の掃除を終えた帰り道だった。
 ローランは「馬の匂いがつくから、私は監視役ね」と、さっさと厩舎外に積まれているわらの束の上で爪の手入れをはじめ、バスチアンに至っては黙々と馬糞の回収や、わらの交換をしていた。ブリジットはサミュエルと二人で馬の手入れを担当するはずだったのだが、サミュエルが雲隠れしてしまったため、今日は一人だった。馬は好きだが、なぜかいつもブリジット一人だと馬に髪や服を引っ張られてしまう。
 ローラン曰く「懐かれてる証拠じゃない」と言うのだが、絶対に嘘だ。
 現に馬は、見かねたローランが手入れをしはじめると、一切邪魔をすることがなかったからだ。
 まさか、馬にまで見下されているとは。
 だが、この程度の侮辱など、人間たちからの陰湿なものに比べれば可愛いものだ。ブリジットが女であること、オルターム公爵の威光を笠に着ていること、すべてが気に入らない騎士は多い。苦労をして騎士となった者からすれば当然の不満だということも身に染みている。
 だが、ブリジットに言わせれば「それが何だ」だ。
 女に負けるのが悔しいのであれば、鍛錬に励めばいい。身分の差を嘆くなら、手柄を立て、名を上げたらいい。
 できないことを並べ立てるだけなら、誰でもできる。
(そんなことで挫けたりしないんだから)
「それで、サムはどこへ行ったんだ」
 そもそも、サミュエルがいてくれれば、もっと早くに掃除が終わっていたのだ。内容がどうであろうと任務なら全力で当たるべきではないのか。それをサボるなんて、見つけたらみっちり叱ってやらないと。
「さぁ? どこかで昼寝でもしてるんじゃない。今日はこんなにいいお天気なんだし、私たちもお出かけしたいわぁ」
 美味しいお茶が飲みたぁい、とブリジットにすり寄ってくる麗人の奔放さに困った顔をしたときだ。
「──……から、三十三隊は──だろ」
 渡り廊下を歩いているブリジットたちの耳に、険のある声が届いた。
 声のする方を見れば、騎士にあるまじき猫背の後ろ姿が見える。痩躯で貧弱そうな体型に、真っ白の髪をしたサミュエルはどこにいても悪目立ちした。
(あいつは、また……)
「あら、サムじゃない」
 そんな風体だからか、サミュエルは他の騎士たちとよく衝突していた。もっとも絡んでくるのは相手からで、サミュエルはもっぱら被害者だ。のらりくらりと話をはぐらかす言動が、余計に相手を苛立たせる一因になっているのを本人は果たしてわかっているのだろうか。
 だが、見てしまった以上は放っておくわけにはいかない。
「うちの隊員が何かしたか?」
 声を張り上げ、ブリジットは足早にサミュエルたちへ近づいていった。
 振り向いたサミュエルは重たい前髪で顔の半分を隠しているので、たいがい何を考えているのかはわからない。だが、唯一見える口がブリジットを見るなり嫌そうにへの字に曲がった。
 反対に、因縁をつけていた騎士たちは口端を上げてほくそ笑んだ。
「これはこれはあくた場……いや、三十三小隊長殿。今日はどのような任務だったのですか?」
 にやにやと笑う騎士に、「厩舎の掃除だ」とブリジットはにべもなく答えた。
 すると、二人の騎士たちは顔を見合わせ、大笑いした。
「騎士団にいながら厩舎の掃除かよっ。惨めだなぁ、俺だったら耐えきれずに辞めてる!」
「おいおい、仕方ないだろう。公爵様のご令嬢がここでできることといえばそれくらいしかないんだから。あとは卑怯者の【グランゼロ】様への敬愛話か」
 ここぞとばかりに、ブリジットを侮蔑する言葉に容赦はない。
 ブリジットは「ふむ」と手を腰に当てた。
「お前たち、私を愚弄すると何かいいことがあるのか?」
 首を傾げて、騎士たちを見上げた。
「確かに私は父の威光でこの立場にいる。しかし、それの何が悪いのだろう? 私たちが成すべきことをしている間、お前たちは何をしていたんだ? 私の部下に管を巻くことが騎士らしい任務だと言うのなら、ぜひお前たちの隊長であるザック殿の意見を伺わねばならないな。彼はお前たちより話がわかる男だと私は思っているぞ」
 一息で話しきれば、二人の顔は強ばっていた。
「な……んで、俺たちの隊長がザック様だと」
「騎士の顔と名前を覚えるのは隊長として当然だ。それに、次はお前たちを預かるかもしれないだろう?」
 蒼白になる騎士たちの様子に、ブリジットは「どうする?」と視線で問いかけた。
 二人が怯んだときだ。
「あっ、あ──……、隊長。ちょっとイイっすか。あの……、実はさっきから腹の調子が」
 サミュエルの弱々しい訴えに、ブリジットは血相を変えて振り返った。
「何!?」
「あ……、まずいかも」
「ば、馬鹿者! さっさと厠へ行け!!」
 やばい、と腹を押さえるサミュエルは、猫背の身体をさらに丸める。
 ブリジットは「急げ!」とサミュエルの背中を押した。
「いててて……、そんなに急かさないでくださいよ」
「急がないと駄目だろうっ。走れないのなら運んでもらえ! バスチアンッ!!」
 ブリジットの号令に、バスチアンがサミュエルを横抱きにした。
「わ、ちょっと恥ずかしいかも……」
「つべこべ言うな!!」
 喧々とまくし立てるブリジットの意識からは、先ほどの騎士たちの存在はすっかり飛んでいた。
 慌ただしく走り去っていく三人に、残された騎士らは唖然としている。
「さて……と、あなたたち」
 一人その場に残ったローランが、彼らを見据えた。ブリジットに向けていた優しい眼差しとは打って変わった、冷淡な視線で射竦める。
「不満を言ってるのはあんたたちみたいな下級な奴ばかりなのよね。知らないわけじゃないでしょ? あの子は訓練生時代の一年間、誰よりも厳しい訓練を耐え抜いた。それを間近で見てきた同期たちは誰もブリジットを否定しないわ。公爵のおかげで隊長になっているけれど、騎士になったのは紛れもなくあの子の実力よ」
「だ、だから何だって言うんだ。その話だって事実かどうか怪しいもんだ!」
「なら、あなたたちも訓練に参加させてもらえない屈辱を、今から受けてみればいいわ。教官に無視され、煙たがられても食らいつくだけの度胸は当然あるんでしょう?」
 オルターム公爵は入隊試験への阻止が失敗に終わると、次はブリジットを訓練に参加させないよう命令を出した。蝶よ花よと育てられたブリジットは、これまで他人から無視された経験などなかった。戸惑い、狼狽え、心折れたブリジットが騎士になる夢を捨てることを狙った策略だったが、ブリジットはしぶとかった。怒鳴られても無理やり訓練に参加した。当然、女のブリジットは他の訓練生たちとは体力も体格も違う。一人遅れることなどざらだ。それでも、ブリジットは一度として音を上げることも、弱音を吐くこともなかった。涙を流し、顔中泥だらけになりながらも、歯を食いしばり、訓練をやり続けたのだ。
 なぜ、そこまでブリジットが騎士になりたがるのか誰も知らない。ただ、その小さな身体には確固たる決意と、彼女を奮い立たせる情熱があることだけは伝わってきた。
 半年も経てば、同期たちはブリジットが訓練に加わることに違和感を抱かなくなっていた。仲間として受け入れ、同志となったからだ。すると、それからは脱落者が出なくなった。
 彼らが最終試験まで残れたのは、小さなブリジットが見せる根性に鼓舞されたからだ。
「ザック隊長に伝えておくわ」
「ま、待ってくれ! それだけは勘弁してくれ。二度とあんたらには絡まないっ」
 歩く筋肉と言われるザックが、この話を聞いたらどう思うだろう。正義感が強く曲がったことが嫌いな男だ。自分の部下が命じられた任務も遂行せず、他部署の人間を蔑んでいたと知れば、根性からたたき直そうとするに決まっている。
 可哀想に、彼らは二度と管を巻く時間すら与えられないだろう。
 だが、そんなことはローランには関係ない。
 蛇のように目を細めて、「知るかよ」と切り捨てた。
 硬直する二人を横目に、「や~ん、置いてかないでぇ」とローランはしなを作りながら三人を追いかけていった。

 第三十三小隊に割り当てられている部屋に戻った途端、サミュエルはけろっとした顔になった。
「もういいぞ。下ろしてくれよ」
「何を言っている。腹が痛いんじゃないのか!? バスチアンもどうして部屋に運んでくるんだ」
 バスチアンの腕から軽やかに飛び降りたサミュエルに、ブリジットが目を剥いた。
「は? 嘘ですよ。ああでも言わないと収拾がつかないでしょうが。俺一人なら適当にあしらえたってのに、わざわざ首を突っ込んでくるから……。おたく、今月何枚始末書書きました?」
 腕を上に伸ばし、伸びをしながらサミュエルが自分の席に着いた。やれやれと言わんばかりに机を足置きがわりにして、だらしなく椅子の背にもたれかかる。頭の後ろで手を組み、やる気のない顔でブリジットを見た。
 すると、開いていた窓から小鳥が二羽入ってきて、サミュエルの肩と頭に止まった。
「む……、二枚だ」
「月が変わって、まだ五日目ですよ。それで二枚はハイペースすぎるっしょ」
「今回絡まれていたのはサムだろう! 私じゃない。それに、因縁をつけてくるのは毎回向こうだ!」
「どんな因縁ですか? どうせ【グランゼロ】の悪口を言われた、とかその程度でしょうが。一応、隊長なんですから、その辺はもっと臨機応変に聞き流すくらいやってくださいよ。守役も楽じゃないんすからね」
「サミュエル! お前まで【グランゼロ】様を馬鹿にするのか!?」
 食ってかかると、サミュエルがこれみよがしにため息をついた。
「その名前で呼ぶの、やめてくださいって言ってるでしょうが。それに、【グランゼロ】なんてとっくに過去の人間なんですよ。二年も消息不明で、どこかで野垂れ死んでるのかもしれない人間を、馬鹿のひとつ覚えみたいに崇拝してりゃ、そりゃからかいたくもなりますよ。あいつは卑怯者……」
「【グランゼロ】様は生きているに決まってるだろ!」
 言葉を遮るように、ブリジットが叫んだ。
「最後の任務で大失敗したんっすよ。──死んでますよ」
「違う!!」
 子どもの口喧嘩みたいに、ブリジットが大声で言い返す。
 ブリジットも騎士の端くれだ。【グランゼロ】の最後の任務がどのような惨劇だったかくらい知っている。大勢の仲間を見殺しにして、一人逃げ帰ってきた卑怯者。【グランゼロ】の地位は剥奪され、その後行方知れずとなった。
 だが、あの親善試合で動物には一切剣を向けなかった者が、やすやすと仲間を見捨てるとは思えない。
 任務には失敗したが、【グランゼロ】は必ずどこかで生きているはずだ。
「あの方は私の光、希望なんだ! たとえサムだろうと【グランゼロ】様を愚弄することは許さん!」
 サミュエルに近づき、重たい前髪の奥にある瞳をのぞき込んだ。
「サム、お前も偉そうに人のことをいうのなら、まず自分がやる気を出せ」
 やればできるのに、という言葉をすんでの所で呑み込む。
 ブリジットの守役として紹介されてから、一年。サミュエルはつかず離れずの距離でブリジットの側にいる。
 騎士は王宮の敷地内にある寄宿舎で寝起きするが、ブリジットは王宮近くにあるオルターム公爵家の別邸で父とサミュエルと共に暮らしていた。
 一年も一緒にいれば、いやでも彼がどんな人物なのかはわかる。猫背で、貧弱で「サミュエル」と呼ばれることが大嫌いで、万年やる気が居留守を決め込んでいるが、サミュエルの動きには隙がない。訓練は面倒くさがって受けないくせに、毎朝、夜が明ける前に一人で剣を振っている表情は真剣そのものだ。
 その背中に大きな傷があることも、朝の鍛錬をのぞき見たから知っている。
 サミュエルが以前、どこの隊に所属していたかはわからなかったが、彼もローランやバスチアン同様、理由があって隊を追われたのは間違いなかった。
 サボってばかりいるのは、今の境遇が不満だからだ。
「やる気を起こさせる任務があれば、いくらでもおたくが望む勇姿ってやつを見せて差し上げますよ」
「本当だな。言質は取ったぞ!」
 意気揚々と叫ぶと、ブリジットはさっそく任務を探しに部屋を飛び出した。
 ちょうど戻ってきたローランと出くわし、「お前たちは待機だっ」と言い置いた。
「ちょっとぉ……、ブリジットちゃんを焚きつけないでよぉ」
 部屋に入るなり、ローランがじっとりと恨めしげな目をサミュエルに向けた。
「……うるせぇ。いつものことだろうが」
「あの子、向こう見ずなところがあるんだから、厄介な任務に首突っ込んで帰ってきたりしたらどうするつもりなの?」
 呆れ顔でぼやき、サミュエルの机の上に腰をかけた。長い脚を組み、「いいのかしらぁ?」とサミュエルをけしかける。
「そんなの、俺が守ってやればすむ話だ」
「全力を出せれば、の話でしょ?」
 意味深な言葉を投げるローランを、サミュエルが忌々しげに睨みつけた。

宇奈月香『女騎士隊長の守役』より

おすすめの関連本・電子書籍
電子書籍の閲覧方法をお選びいただけます
ブラウザビューアで読む

ブラウザ上ですぐに電子書籍をお読みいただけます。ビューアアプリのインストールは必要ありません。

  • 【通信環境】オンライン
  • 【アプリ】必要なし

※ページ遷移するごとに通信が発生します。ご利用の端末のご契約内容をご確認ください。 通信状況がよくない環境では、閲覧が困難な場合があります。予めご了承ください。

ビューアアプリ「book-in-the-box」で読む

アプリに電子書籍をダウンロードすれば、いつでもどこでもお読みいただけます。

  • 【通信環境】オフライン OK
  • 【アプリ】必要

※ビューアアプリ「book-in-the-box」はMacOS非対応です。 MacOSをお使いの方は、アプリでの閲覧はできません。 ※閲覧については推奨環境をご確認ください。

「book-in-the-box」ダウンロードサイト
一覧 電子書籍ランキング 一覧

ジャンル・シチュエーション検索

 

ジャンル

キャラ属性

シチュエーション