新しくカートに入れた電子書籍 すべて見る
カートを見る 合計金額(税込)0円
新しくカートに入れた電子書籍 すべて見る
カートを見る 合計金額(税込)0円

やんちゃな貴公子を立派な旦那様に調教しなければなりません!?

本を購入

本価格:737(税込)

カートに追加しました
電子書籍を購入

電子書籍価格:737円(税込)

獲得ポイント:7pt
電子書籍を閲覧するにはビューアアプリ「book-in-the-box」(SHARP)をインストールしてください。
書籍紹介

"自由すぎる公爵令息×初心な伯爵令嬢、
婚約から始まる甘ラブ攻防戦"

なりゆきで行方不明の公爵令息と婚約することになったジゼレッタ。まさか当の本人が見つかるなんて!? 下町で育った彼はガサツだけれど優しい人。結婚するからには将来の夫として立派に〝教育〟しなくては――と意気込んだ矢先。「ご褒美が欲しい」不意打ちの濃密なキス。白い肌を大きな手で巧みに蹂躙され、快感に溺れてしまいそう。結婚前からこんなに甘く蕩かされていいの!?

ジャンル:
西洋 | ファンタジー
キャラ属性:
王子・王族・貴族
シチュエーション:
甘々・溺愛 | 新婚
登場人物紹介

ギレンディーク

ハルバード公爵夫妻のひとり息子。赤子の時に攫われ消息不明だったが、下町で元気に育っていた。馬車の事故にあったジゼレッタを偶然助けに来て、公爵の子だと判明し……。

ジゼレッタ

アルフェレネ伯爵家の末娘。深い琥珀色の髪をした絶世の美少女。しつこい求婚を躱すために、消息不明だった公爵令息と婚約する、と宣言したが……?

立ち読み

 腕の中ですやすや寝息を立てる赤ん坊をみつめていたら、胸の奥から言葉にならない激情が湧き上がってくる。
 過去に置き忘れてきた大事なものを抱いている感覚だ。
 この赤ん坊は、とてもいい子だった。お乳を飲んだらすぐに寝るし、ぐずって大人を困らせすぎることもあまりない。
 適度に泣き、適度に眠り、最近は声を出して笑うようになったので、ますますかわいさに拍車がかかった。
(違うわ……公爵夫人はあなたの母じゃないの。あなたは、私の子……)
 ずっと悪夢の中をさまよっていたが、突然、目の前の霧が晴れた気分だった。
 木漏れ日の中庭で、車椅子の公爵夫人に代わって赤子を抱きながら子守唄を歌っていたら、やわらかな赤いほっぺたと、甘く立ちのぼるお乳の香りにくらくらした。
(早く行かなくちゃ……)
 急き立てられるように歩き出したら、決意が固まった。
(あなたは私の許に戻ってきたんだわ! 神さまがお返しくださった……!)
 車椅子の上でうとうとしている若い夫人を一瞬だけ振り返り、走り出した。
 急いで公爵邸に戻り、おくるみに赤ん坊を包むと、大きな鞄に入れて正門に突き進む。
 赤子がぐずらないことを祈りながら門を抜けると、番兵が彼女の姿をみとめて会釈した。
「お出かけですか、アネルさん」
「ええ、実家の母に送る荷物があるので、街まで行ってきます」
「馬車を出しますか?」
「いいえ、大丈夫です。すぐに戻ります」
 鞄の中を気にしつつも、不審がられないために笑顔を作り、急ぎ足で公爵邸を離れる。
(やっと戻ってきた、私の子──! お祈りしていたら、神さまが叶えてくださったの)
 やがて、街の手前で彼女を待ち受けていた馬車に乗り込むと、赤ん坊の丸くてふくふくした頬に何度もくちづけ、小さな泣き声を聞いて抱きしめる。
 あたたかなこの感覚が──偽物だと気がつく瞬間まで。
 目の前に、血の色が弾けた。







 春、ウィンズラムド王国の王都ガルガロット──。
 空が夕暮れに染まりはじめた時刻、王城に続々と集まる馬車をバルコニーから眺めていたジゼレッタは、その中にお目当ての馬車をみつけると、おろしたての菫色のドレスの裾を翻して小走りになった。
 ウィンズラムドにおいては、本格的な社交シーズンの始まりなのだ。そして今日は、国王主催の夜会が大々的に執り行われる。
 ジゼレッタはお供をつけることもなく、子供の頃から歩き慣れた城内の階段をひとりで軽快に駆け下りた。
 お淑やかな振る舞いはこの際、二の次だ。
 一階の玄関広間にたどり着くと、王国の各地からやってきた貴族たちが華やかな群れとなって、次々と城内に吸い込まれてくる。
 ジゼレッタは玄関広間の隅っこで彼らの到着を今か今かと待ち受けていたが、ようやく発見すると、濃紺の瞳に星屑を浮かべて走った。
「伯父さま、伯母さま!」
 大声をあげてドレスで走るなど、とても社交デビューを果たした貴婦人とも思えぬ行為である。それに気づいた幾人かは眉を顰めたが、それでもジゼレッタが向かって行った人物を確認すると、しかめっ面をしたことを隠すように表情を取り繕った。
「まあ、ジゼレッタ!」
 彼女に気づいたのは、車椅子に座った金髪の貴婦人だった。そして、車椅子を押す、黒茶色の髪の紳士もジゼレッタに視線を向け、にこやかに迎える。
 ふたりとも、ジゼレッタがはしたなく走ってくるのを見ても、イヤな顔をするどころか、大歓迎と言わんばかりに両手を広げた。
 だが、彼女は車椅子の手前で急停止すると、ドレスの乱れを手早く直し、優雅にスカートをつまんで挨拶する。
「お久しぶりでございます、ハルバード公爵閣下、公爵夫人。お会いできるのを一日千秋の思いでお待ちしておりました」
 頭を下げると、濃厚な琥珀色をした髪がさらりと揺れた。
 最新の意匠の、菫色をしたドレスをまとったジゼレッタは、小柄で、まるで絵画に描かれた天使のように愛らしい少女だ。
 たまご型の輪郭に、期待に輝く薔薇色の頬。十八歳のわりにすこし童顔なところを本人は気にしているが、実際この光景を見る人々は、ジゼレッタの愛らしい顔立ちを最低でも三度見するほどだ。
「久しぶりだね、ジゼレッタ嬢。素敵なレディになった」
 ハルバード公爵は五十代にさしかかったところだが、とても精悍で若々しい紳士だ。顔にいくつか散ったほくろが彼をひどく色っぽく見せており、若い頃のみならず、現在でも女性の目を惹く華やかさを持っていた。
 公爵は車椅子を押す手を止めて前に出ると、跪いてジゼレッタの白魚のような手を取り、その甲にくちづける。
「ルスラム伯父さまも、ますます素敵な紳士におなりですわ!」
 それを聞くと、公爵は凜々しい顔をほころばせて妻を振り返った。
「聞いたかシリア、かわいい姪が私を素敵な紳士だと褒めてくれた!」
 すると、五十手前とも思えぬ美貌の公爵夫人も、にこにこして手を伸ばす。
「傍に来て、ジゼレッタ。まあまあ、こんなに美しい姫君が、男性をつけあがらせるようなことを言ってはだめよ」
「つけあがるとはひどいことを。中年男性の心は繊細なんだ、もっとやさしくしてくれないと困るよ、愛するシリア」
 公爵の嘆きに、ジゼレッタとシリアは同時に笑い出す。
「お変わりないようで安心しました。シリア伯母さまもお元気そうで」
「ジゼレッタもね。いえ、あなたは一年でとっても美しく、華やかになったわ」
 公爵夫人シリアは母方の伯母だが、ジゼレッタは実の母よりもシリア夫人に懐いている。
 というのも、ジゼレッタの家であるアルフェレネ伯爵家は、子供が八人いる。その中で、彼女はひとり年の離れた末っ子なのだ。
 上の子供たちの世話に追われた母は、みそっかすの末っ子を姉に預けることが多かった。ジゼレッタも、七人の兄や姉を差し置いて母に甘えることがなかなかできなかったので、伯母の許で存分に甘えて育ったのである。
 そんな経緯もあり、ジゼレッタにとっては実家よりも居心地のいいハルバード公爵家である。社交シーズン中、夫妻が王都に滞在している間は毎年、公爵邸で過ごしているのだ。
「今日からまたしばらく、ハルバード公爵家にご厄介になります、伯父さま、伯母さま」
「ああ、大歓迎だよジゼレッタ。君がいてくれると、家の中が賑やかになっていい」
「でも今年は、いつもより早く王都にいらしていたんですってね」
「そうなんだ。ちょうど先週、外国の使節団が来ていてね。エヴァンス王国はあまり親交のない海の向こうの国で、滅多にない機会だからと私も呼ばれていたんだ。ところで、お父上のアルフェレネ伯爵はもう大広間に?」
「ええ、両親も先に上で待っています。ルスラム伯父さま、伯母さまは私が」
「頼むよ、ジゼレッタ」
 シリア夫人は生まれつき脚が悪く、車椅子でないと外出ができないため、子供の頃からジゼレッタも車椅子を押していたのだ。
「うれしいわ、ジゼレッタ。あなたが本当にうちの娘だったらよかったのに」
 その言葉に微笑みながら、ジゼレッタは伯母の内心を量るように唇を結んだ。

   *

 夜会の会場となる城の二階にある大広間は、王都ガルガロットへやってきた貴族たちで埋め尽くされている。
 だが、彼らはハルバード公爵夫妻を見るとあわてて場所を空け、恭しく頭を下げた。ハルバード公爵は、国王の実弟なのだ。この国で第二の権力を持っている高級貴族である。
 しかし、公爵についてよく王城に上がっていたジゼレッタにとって、城は子供の頃の遊び場だったし、国王は気さくなおじさんだった。
 ゆえに、公爵夫妻とともに国王の許に向かうときも、まったく物怖じすることなく、にこやかなものだ。
 だがこのあたりが、両親に「幼い」と思われてしまう所以だった。
「それにしても、若いお嬢さんの成長の著しさは目を瞠るものがあるな。一年見ないでいるうちに、驚くほどに美しくなる」
 玉座にかけるでもなく、立ったまま談笑する国王に、ジゼレッタは苦笑を向けた。
「恐縮です、陛下。ですが両親も兄や姉も、私が童顔のせいか、未だに十やそこらの子供のように扱うのです。もう十八になりましたのに」
「まあ、そうなの? 十八ともなれば、婚約者がいても──結婚していてもおかしくない年頃なのに。私がルスラムと結婚したのも、十八のときだったわ」
「ええ、伯母さま。一番年の近い姉が結婚して、きょうだい全員が片付いたと両親はほっとしております。どうやら私は忘れられているようです」
 そう言って笑ったが、実はあまりその話題には触れたくなかった。
 実際、両親はジゼレッタを幼女のごとく思っているらしく、婚約者をみつけようという素振りもない。上の七人を片付けることで、燃え尽きてしまったのかもしれない。
 彼女もさんざんみそっかす扱いをされてきたので、結婚なんて遠い先のことだと思っているし、結婚話を持ってこられても困り果ててしまうだろう。
 ところが、この社交シーズンが始まった途端、彼女に求婚する男が現れたのだ。
 あのときの出来事を思い出し、ジゼレッタはひとり密かに身震いした。

 ──それは先週、他の貴族の夜会に招かれたときのことだった。
 両親が人々と談笑している間、バルコニーで手持無沙汰にしていたジゼレッタに、長い金髪を優美に束ねた男性が近づいてきたのだ。
 男の名は、ローディス・フィン・リリカネル伯爵。
 言葉を交わしたのは初めてだったが、ジゼレッタは彼の顔も名前も、素行についてもよく知っていた。
 リリカネル伯爵は、近衛騎士団に属している二十代後半の青年貴族で、とても女好きのする甘い顔立ちの美青年だ。それはジゼレッタも否定しない。初めて近くで見て、迂闊にも目を奪われそうになったのも事実である。
 伯爵は俗に言う、『女たらし』というやつだ。ジゼレッタは常々、そういう素行の人とはお近づきになりたくないと考えていた。
 しかし、彼が数々の浮名を流しているにもかかわらず、それに臆することなく近づく女性は多いようだ。なにしろ、同時に付き合っている恋人が十人だとか二十人だとか、そういう噂が絶えないのだから。
 そして、それが単なる噂ではないという証拠に、夜会に現れれば常に女性を連れているのだが、毎回違う相手をエスコートしているという。初心な娘から、夫のいる年上のご夫人まで。
 そんな漁色家のリリカネル伯爵が、バルコニーでひとり手持無沙汰にしていたジゼレッタに近づいてくるなり、いきなり彼女の手を取って跪き、さっき伯父のルスラムがしたように甲にくちづけてきたのだ。
 伯父ならば、気心知れた相手の挨拶ですむが、リリカネル伯爵はこの日この時まで話したこともない人だった。
 人違いだろうと思うも、びっくりして目を白黒させたところ、彼はひどく煽情的な流し目でジゼレッタを見上げ、「私と結婚してください、ジゼレッタ姫」ときたものである。
 あんまり驚いたものだから、無言で伯爵の手を振り払って両親の許に逃げ帰った。
 それきり彼が追いかけてくることはなかったのでほっとしていたが、あれはいったい何だったのだろう。
 先日の出来事を思い返して内心でブルブルしていたジゼレッタだったが、ふと頬に視線を感じてそちらに目をやった。
「えっ!?」
 思わず声をあげてしまった。
 すぐ近くの壁際に、件のリリカネル伯爵がワイングラスを片手に佇んでおり、ジゼレッタと目が合うと、グラスを掲げてウインクをよこしてきたではないか。
(こんなところまで──!)
 洒落た上着を着こなし、長い髪を結ったリリカネル伯爵は、とてもきれいな顔をしており、悔しいが目を惹かれる。
 でも、あんな女たらしは絶対にいやだ。
 まだ結婚願望はないにしても、ジゼレッタにだって人並みに結婚への憧れはある。何人もの女に手を出して、妻を泣かせるような不実な男は論外だ。
 両親を通しての正式な話ではないので、遊びのために狙われているのかもしれない。
 なんとか追い払おうと思うのだが、もしまかり間違って、両親がリリカネル伯爵の求婚を受け入れてしまったら? 相手があの女たらしだとしても、リリカネル伯爵は騎士団でも団長に近い地位に就いていたはずだし、身分も申し分ない。
 みそっかすの末娘も片付くとなれば、案外、両親も喜んで差し出したりして……。
 いかに彼が漁色家だとしても、海千山千の騎士団幹部。両親が言いくるめられてしまう可能性も……。
 青ざめた。
「どうしたの? ジゼレッタ」
 伯母が不思議そうな顔をしてジゼレッタを見上げているので、あわてて首を振った。
「な、なんでもありません!」
 ごまかし笑いをしたが、まだ頬にリリカネル伯爵の視線を感じる。彼女が国王や公爵夫妻から離れる瞬間を狙っているのだろうか。
(やだやだ、早くあっち行って……!)
 助けを求めて伯父公爵を見上げるが、彼はジゼレッタの無言の訴えには気づかず、そっと彼女の頭を撫でてさみしげに笑った。
「アルロスがここにいれば、ジゼレッタをいつまでもひとりで放っておくことはなかったのになあ……」
 公爵はしみじみつぶやき、国王も遠くに視線を投げた。
「アルロスがいれば、二十二歳になるか」
「ええ。今頃、どこかで元気に暮らしていると信じるほかありません」
 大人たちが集うと必ずこの話題になって、伯母のシリアは目元を拭う。
 アルロスとは、ハルバード公爵夫妻のひとり息子の名前で、ジゼレッタの従兄にあたる。
 だが、アルロス公子は乳飲み子の頃に領地の邸から連れ去られ、その後も杳として行方が知れない。
 それは二十二年前の夏の終わりの出来事。まだジゼレッタが生まれる前の話だ。
 夫妻は領地に戻っていたのだが、伯父はその日たまたま国王に呼び出されて領地を留守にしていたそうだ。
 アルロス公子を連れ去ったのは、ハルバード家に仕えていた若い侍女だった。
 侍女は、ふたりが王都で過ごしていた一年以上前からハルバード家に仕えていて、夫妻はとても信頼していたのに、シリアが昼寝をしていた隙にアルロス公子を連れ出したのだ。
 公爵の領地はくまなく捜索されたし、街の外へ向かう馬車という馬車も検められたが、赤子を連れた女を乗せたという情報はなかった。
 王都から連れてきた侍女はハルバード領に土地勘がないため、すぐに見つけ出されると誰しもが思っていたのに……。
 シリア夫人は脚が悪いため、身体があまり丈夫ではなく、子供を授かったこと自体が奇跡だった。その中でようやく誕生した、たったひとつの宝物を奪われた彼女の嘆きは、いったいどれほどのものだったろう。
 侍女に預けて居眠りをしてしまった自分を責め、自らの足で捜しにいくこともできないもどかしさで半狂乱になり、事件から数年は毎日泣いて過ごしていたという。
 むろん、それ以降も思い出しては泣く日々が続いたそうだ。今でもその心の傷が癒えることはないだろう。
 子のいないジゼレッタにだって、その苦しみの一端くらいは理解できる。
 公爵は、後悔に苛まれる妻を一時たりともひとりにしておくことができず、王都での仕事をすべて後任に委ねて、領地でシリアとふたり、慰め合いながら過ごしてきた。
 そのせいか公爵夫妻の絆はとても強い。幼い頃からこの伯母夫婦の固い結びつきを見てきたジゼレッタも、結婚するならこんなふうに信頼し合える相手がいい──ごく自然にそう思って成長したのだ。
 そこへきて、あの女たらしの求婚である。
 伯母夫婦が『結婚』というもののお手本だとしたら、リリカネル伯爵など、彼をとりまく噂だけで最低の結婚の見本になってしまいそうだ。
(一昨日おいでくださいっ!)
 一瞬、ちらっとリリカネル伯爵を横目でにらみ、彼女は笑顔を作ってルスラムとシリアの手を取った。
「アルロスさまはきっとどこかで元気にしていらっしゃるわ。ねえ伯父さま、伯母さま、私がアルロスさまの婚約者になります! いずれお戻りになるに違いありませんから」
 咄嗟に口をついて出たこの言葉だったが、言ってから、我ながら妙案であると考えた。
 すでに婚約者がいるならば、リリカネル伯爵だって引き下がるしかないだろう。
 それに、実際にアルロス公子がここに存在したら、ジゼレッタとの縁組がなかったとは言い切れないのだ。
 ハルバード公爵夫妻は驚いた顔をした。だが、伯父はすぐにやさしい笑顔でジゼレッタの頭を撫でてくれた。
「そう言ってくれてうれしいよ、ジゼレッタ」
「本当に。あなたとアルロスが結婚するところを見られたら、どんなに幸せでしょうね」
「公子さまは必ず無事でお戻りになりますわ。だから伯母さま、気を落とさないで」
 とはいえ、ふたりにはとても申し訳ないが、アルロス公子がハルバード公爵家に戻ってくるなんて、ジゼレッタはちっとも信じていなかった。
 なにしろ二十二年もの間、消息をつかむための手がかりひとつ見つけられず、行方不明のままなのだ。生死すら不明である。
 事件は夫妻にとって残酷な出来事だったが、公爵邸に飾ってある、家族の肖像の中に描かれた赤ん坊のアルロスしか見たことがないジゼレッタにとって、彼はほとんど架空の人物に等しい。
 それよりも、今ここで困難に直面している自分のために、名前だけ貸してもらおう……そんな安直な考えだった。
 それに、公爵夫妻だって口では喜んでくれたが、本当にそんな日が来るなんて思ってはいないはずだし、この口約束でジゼレッタの将来を縛ったりはしないだろう。
(打算的な私をどうか許してください……! でも、あんな女たらしと結婚することになるくらいなら、生死不明の婚約者を想って独身でいるほうがマシだわ!)
 口約束ではあったが、ハルバード家の子息との婚約を取り付けたジゼレッタは、ほっと胸を撫で下ろした。リリカネル伯爵に対する、最強の盾を手に入れたのだ。
 そのとき、広間の向こうに両親の姿を見つけた。
「あ、両親がおりました。呼んでまいりますから、こちらでお待ちください」
 こうして国王の前から辞して、自分の両親を公爵夫妻の前に連れてくることになったのだが、やはりリリカネル伯爵はジゼレッタに隙ができるのを待ち構えていたようだ。
「ごきげんよう、ジゼレッタ姫。今宵はまた格段に愛くるしい。この濃紺の瞳は、まるで星の浮かぶ宇宙のようにどこまでも深く、みつめていると吸い込まれてしまいそうだ。それにあなたのその髪、古来よりウィンズラムドに伝わる美しい琥珀色ですね。深い色合いと淡い艶が混じって、とても魅惑的だ。今ではとても珍しい色です」
(くさ……ッ!)
 反射的に背筋がぞわぞわして、鳥肌が立った。
「……詳細な容姿の説明をありがとうございます。どなたにご説明されているのかは存じませんが……」
 誰もふたりのやりとりを聞いている人がいないのを確認し、ジゼレッタはそっけない口調になるよう努めて言った。
 常に子供扱いされてきた彼女は、男性が女性を口説くときに使う、歯の浮くような美辞麗句に耐性がなかった。王都で流行の恋愛小説でなら読んだことがあるが、実際に口にする人がいるとは。
 しかし恥ずかしいは恥ずかしいが、リリカネル伯爵みたいな凜々しい青年に言われると、我知らず頬が赤らんでしまう。
(女ったらしの常套句だわ! 油断しちゃだめ)
 咄嗟に臨戦態勢をとり、険しい目で伯爵を見上げた。
 だが、そんな必死なジゼレッタを見下ろし、彼はくすっと笑う。
「子猫が必死に噛みつくようなお顔をなさっても、あなたの愛らしさが際立つばかりですよ、ジゼレッタ姫」
 自然に彼女の手を取ろうとするので、ジゼレッタは反射的に手を引っ込めた。だが、逃げることを見越していたのか、更に腕を伸ばしてきたため、結局手を取られてしまった。

おすすめの関連本・電子書籍
電子書籍の閲覧方法をお選びいただけます
ブラウザビューアで読む

ブラウザ上ですぐに電子書籍をお読みいただけます。ビューアアプリのインストールは必要ありません。

  • 【通信環境】オンライン
  • 【アプリ】必要なし

※ページ遷移するごとに通信が発生します。ご利用の端末のご契約内容をご確認ください。 通信状況がよくない環境では、閲覧が困難な場合があります。予めご了承ください。

ビューアアプリ「book-in-the-box」で読む

アプリに電子書籍をダウンロードすれば、いつでもどこでもお読みいただけます。

  • 【通信環境】オフライン OK
  • 【アプリ】必要

※ビューアアプリ「book-in-the-box」はMacOS非対応です。 MacOSをお使いの方は、アプリでの閲覧はできません。 ※閲覧については推奨環境をご確認ください。

「book-in-the-box」ダウンロードサイト
一覧 電子書籍ランキング 一覧

ジャンル・シチュエーション検索

 

ジャンル

キャラ属性

シチュエーション