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ワケあり騎士団長は末っ子王女を手放さない

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書籍紹介

大好きな君をこのまま攫ってもいい?

ずっと想いを寄せていた騎士団長のギルバートと婚約話が持ち上がった第三王女のマリー。複雑な出自のせいで、当初は結婚をためらっていた彼。けれどついに情熱的に愛を告げられて胸がいっぱいに――。「すごくそそられる。早く君と繋がりたい」独占欲むき出しの振る舞いでキスをされ、真っ赤になればいっそう巧みな愛撫で翻弄される。紳士な騎士が見せる甘すぎる獣欲に蕩けて!

ジャンル:
西洋 | ファンタジー
キャラ属性:
ワイルド・騎士・軍人
シチュエーション:
幼馴染・初恋の人 | 甘々・溺愛
登場人物紹介

ギルバート

アンネマリーの兄の友人であり、騎士団長でもある美丈夫。複雑な出自のため、最初は婚約を渋っていて……。

アンネマリー

愛称はマリー。ビルケ王国の末っ子王女。幼なじみで初恋のギルバートと婚約することになって喜ぶけれど……?

立ち読み

 凍てついた冬の空気がようやく温み、花々が咲き綻び始めた早春の頃だった。心地よい風が吹き抜ける昼下がり、王宮にある自室の窓辺で本を読んでいたビルケ王国第三王女──アンネマリーは、不意に訪れた姉姫からの報せに目を瞠った。
「……戦?」
 ハーフアップにした癖のある金色の髪が風に揺れ、窓から射した光をまばゆく弾く。
 今年十六歳になって成人した彼女の面差しは、姉たちに比べ、まだあどけなかった。しかし淡い桃色のドレスが包む肢体は成熟し、女性としてほのかな色香を漂わせ始めている。
 彼女の目の前に立つ姉──今年十九歳になる第一王女のイーリスは、見事なシルバーブロンドのストレートヘアに、長い睫で彩られた紫の瞳を持つ。多くの貴族令息を虜にし続けている姉姫の美しい顔は、いつになく緊張していた。
「そうよ。ロートス王国との戦が決まったわ。アルフォンスお兄様が総指揮官となり、私たちの国は十日後、ロートス王国側への侵攻を開始する」
「……侵攻? 防衛ではなくて?」
 二日前、国内で大きく軍隊を移動させ、不穏な動きを見せていた隣国ロートス王国が、突如宣戦布告した。四方を他国に囲われたビルケ王国は、その南に位置するロートス王国とは友好条約こそ結んでいなかったが、国交のある間柄。全く予兆のなかった戦始めの宣告に誰もが驚き、父王はなんとか回避しようと先方と連絡を取っていた。
 けれど今日になって多くの者が王宮内を慌ただしく行き来し、アンネマリーはよくない事態なのだと察した。だが彼女が想定していたのは、国境線で隣国の侵入を阻む、防衛戦だ。隣国侵略など、今まで一度も政策に上がっていなかった。
 突然、なぜ──と怪訝そうにする妹に、議会を終えた兄から今し方話を聞いたらしいイーリスは、俯き、細く息を吐く。その吐息が微かに震えていて、アンネマリーは目を瞬いた。常に落ち着きある振る舞いをする姉姫は、珍しく動揺しているようだった。
「……侵攻で間違いないわ。アルフォンスお兄様が、そう望まれたの。……防衛したところで、隣国は内紛を繰り返している。今後も同様の憂いが起きるのはわかりきっているから、一気に全てを収めてしまうお考えなのだと……」
 姉の返答で、アンネマリーは兄の考えを理解した。
 ロートス王国は、治世僅か百五十年の、常に情勢が安定していない国だった。ロートス王国国王はかねてより政に興味を示さず、妃やその末裔らは身分にあかして遊興に国費を費やすばかりと有名。王室に対する民の不満は募り、数ヶ月前から現政権に不信を訴える内紛が起こっていた。
 今回、やにわに出されたビルケ王国への宣戦布告は、領土を占拠し、その資源を手にするためだとされている。
 五百年もの治世を誇るビルケ王国は、多くの鉱山を抱える上、土壌と水に恵まれ、農工業も盛んだ。他国が手に入れたいと望むのもわかる、理想的な土地だった。
 一方──ロートス王国は資源に乏しく、農工業のみを主力にする。
 戦を起こす目的には納得いくが、隣国は経済力のみならず、戦力もビルケ王国に遙かに劣った。それにもかかわらず強行するのは、戦の真の目的が民意の操作にあるのだと考えられた。王家に向けられた民の怒りを他国へ逸らし、問題をうやむやにするためだ。
 しかし一時的に争点を見失おうと、戦が終われば民はまた王室に不満を抱く。戦により負担を強いられた民の生活は一層貧しくなり、まして敗戦すれば、民意は確実に離れる。内紛は内戦となり、国内が荒れれば経済は更に悪化。職をなくし行き場を失った難民は隣接国へ流れ、ビルケ王国への流入も想像に難くなかった。ビルケ王国は難民を拒まぬだろうが、負担は大きい。ならばいっそ、隣国を侵略し、全てを背負い統治する。
 おそらくアルフォンスはこう考え、防衛から侵略に方針を変更したのだ。
 しかし姉姫は同意しかねるのか、たおやかな手で顔を覆い隠す。
「なぜ、お兄様はお急ぎになるのかしら……。隣国を平定すれば、我が国の安寧はより強固になるわ。けれど戦となれば、誰もが無事に帰れる保証はない。何より、ギルバート様を先陣に置く布陣になさる予定だなんて……」
「──え……?」
 聞き慣れた名が挙がり、アンネマリーは頬を強ばらせた。
 イーリスはさっと顔を上げ、気遣わしい表情でアンネマリーの肩に手を添える。
「……マリー。私が貴女に一番に知らせに来たのは、ギルバート様もご出陣なさると聞いたからよ。此度の戦で、あの方は先陣を切られるそうなの。ギルバート様はお強いわ。きっとお戻りになるでしょう。けれど、出兵なさる前に必ずお会いしておきなさい」
 愛称で呼ばれたアンネマリーは、姉の話を咄嗟にのみ込めなかった。
 ギルバートは、父王の友人であるアッシャー侯爵の跡継ぎだ。王家の子供たちとも親交が深い。特にアンネマリーにとっては、年上ながら幼なじみのような人だった。
 彼が十六歳でアッシャー侯爵家に養子に入った時、アンネマリーは六歳。
 色々と悩みを抱えるアンネマリーが唯一、本音を話せるよき理解者である。優しい彼に甘え、生意気な態度も多々取ってきた自覚がある。
 つい三日ほど前だって、くだらない意地を張って、可愛げのない振る舞いをした。
『マリーの髪は、美しいね』
 遠征から戻ったギルバートは、出迎えたアンネマリーの髪が風に揺れる様を見て、何気なく褒めてくれた。とても嬉しかった。お礼の言葉が喉元まで込み上げたが、ふと姉姫たちと自分を比べる周囲の声が思い出され、アンネマリーはそっぽを向いてしまった。
『……ギル、無理に私を褒めようとしないで。美しくないのは知ってる』
 アンネマリーは、幼少期から美しい姉姫たちと比べられて育った。
“何においても姉姫たちには劣る末姫”。
 そんな陰口を叩かれ続け、劣等感を抱えて生きてきた。周囲の心ない声は彼女を強情にさせ、ついぞ彼の賛辞を素直に受け取らせたためしがない。
 それでも彼は、いつも笑って許してくれた。だから二人の関係は変わらぬままで、アンネマリーは彼を失う可能性など考えてもこなかった。
 さあっと青ざめると、それを見たイーリスは、自分の方が苦しそうに顔を歪める。
「……マリー、貴女はギルバート様によく懐いていたものね……。いつものように、口げんかなんてしてはダメよ。何が起こっても後悔のないよう、素直になるの。王女として、我が国のために命をかける皆の無事を祈り、感謝の気持ちを伝えていらっしゃい」
 アンネマリーは頭が真っ白になり、諭す姉を見返すしかできなかった。







 木々の葉擦れの音が響き渡る、奥宮近くの庭園の片隅で、アンネマリーは蹲り、声を殺して泣いていた。王の居室近くにあるその庭園は、警邏の者と、王の許しを得た限られた者しか出入りできない。誰にも涙を見せたくなかった彼女は、人目を避けるため、その庭園に逃げ込んだ。
 八歳になったばかりのアンネマリーは、自らの居室がある東塔近くを散策していて、陰口を耳にしたのである。
『姉姫様たちはあんなにお美しく優秀でいらっしゃるのに、末姫様はお顔も知性も劣っているわよねえ。私の主人じゃなくて、本当によかった』
『“出来損ないの末姫”様に仕えたって、なんの自慢にもならないものね』
 エアスト大陸の南西にあるビルケ王国の国王夫妻には、嫡男となる王太子一人と三人の姫がいる。アンネマリーはその兄妹の末っ子として生まれた。
 両親をはじめ兄や姉たちは皆優しく、愛情深い。そんな人々に囲まれて育った末姫は、この世に自らを悪く言う者も存在するのだとは知らなかった。その上、初めて目の当たりにした自らを悪く言って嘲笑っていた人々は、イーリスの侍女。会えば必ず優しく微笑み「可愛らしくていらっしゃる」とアンネマリーを褒めてくれていた人たちだったのだ。
 八歳にして人の二面性までをも知り、アンネマリーは衝撃と心に消えぬ傷を負った。
 笑顔の裏で他人を罵れる感覚を、幼い彼女は理解できなかった。
 気づかれぬよう足音を消してその場から逃げ出し、庭園の隅に埋まってどれほどの時が経ったろうか。がさっと近くで芝を踏む足音がした。
 悪口を言っていた侍女が、今度は直接罵りに来たのではと、アンネマリーは怯え、肩を揺らした。間を置かず何者かに顔を覗き込まれ、アンネマリーは目を瞠る。
「……どうした? どこか痛いのかな?」
 目の前に屈み込み、心配そうに声をかけたのは、二年ほど前に父王の友人──アッシャー侯爵の跡継ぎとして養子に入った、ギルバートという青年だった。
 養子に入ると同時に騎士団に入団した彼は、この時十八歳。国王軍第三騎士団に所属し、王宮内を警邏する職務に当たっていた。
 兄とは友人関係にある見知った青年の姿に、アンネマリーの気は緩んだ。彼も自分の悪口を言っているかもしれないと恐ろしく思いながらも、優しい気配に我慢できず、一気に心情を吐露した。
「わ……っ、悪口を、聞いてしまったの。皆、私が一番劣ってるって言ってた……っ。でも、私だってわざとこんな顔に生まれてきたわけじゃないわ。勉強だって頑張ってるけれど……お姉様たちみたいにはどうしてもできないの。講義のあとや休日に一人で勉強しても、追いつけない。ギルも、出来損ないの私は嫌い? お願い、嫌いにならないで……っ」
 言葉を吐くごとに悲しさが胸を覆い尽くしていき、ボロボロと涙が零れ落ちた。
 アンネマリーは、誰に言われずとも自らが姉たちに劣っていると自覚し、なんとか追いつきたいと一人で努力していたのだ。けれど結果に結びつかず、もがいていた。その努力の最中に陰口を聞き、心はこれ以上ないほどズタズタに引き裂かれた。
 アンネマリーの訴えは、状況を見ていない彼には理解しにくかったろう。だがギルバートは真剣な顔つきで話を聞き、アンネマリーが口を閉じると、眉尻を下げて微笑んだ。
「……そっか。……おかしな話だね。その悪口は、別の誰かの話だったんじゃないかな? 俺が知ってるマリーは、全然誰にも劣ってやしないけどな」
 そんなはずはない。あれは、自分自身について語られていた。嗚咽で声が出ず、眼差しだけでそう答えると、彼は苦笑し、アンネマリーを両腕で抱き締めてくれる。
「……大丈夫だよ、マリー。君が頑張り屋のいい子だってことは、俺も君の家族もよく知ってる。人を陰で悪く言う者になど、心を割く必要はないよ。君は君を大切にしてくれる人だけを気にかけていれば、それで十分だ」
 家族以外の人に抱き竦められたのは初めてで、アンネマリーは最初、びくっと肩を揺らした。しかしすぐに彼の体温に安堵し、ほおっと息を吐く。
「でも……私は王女だもの。皆の言葉に耳を傾けないといけないって、お父様もお母様もおっしゃってた……」
 しゃくり上げながら言うと、ギルバートは苦笑し、彼女を軽々と抱き上げる。
「そうか、王女様は大変だな。……じゃあ、言い方を変えよう。一つの悪口が全てじゃないよ。君を悪く言う人よりずっとたくさんの人が、君がいい子だってわかってる。だから怖がらなくていいよ、マリー。俺も君の家族も、皆君を愛してる。悪意に惑わされるな」
 優しい声で諭され、アンネマリーの冷え切った心にじわりと体温が戻った。零れ続けていた涙もゆっくりととまり、呼吸が落ち着くと、彼は笑いかける。
「君は可愛いよ、マリー。笑顔なんて、特にね」
 顔を寄せて可愛いと言われ、彼女はなぜだかぽっと頬を染めた。
 ギルバートの瞳にかかる栗色の髪が、光を弾いて金色に輝き、美しかった。切れ長の青の瞳はどこまでも優しさに満ちていて、鼓動がドキドキと逸る。
 背は高く、幼いアンネマリーを片腕で抱き上げる彼の肢体は筋肉質。胸板も腹筋も見事に鍛えられているのが、布越しに伝わった。
 十歳も年上の青年は、力強く、また頼もしく感じられた。
 彼の傍は嫌じゃない。そう感じるのに、どうしてか、心はそわそわとして、抱き上げられているのも落ち着かない。
 アンネマリーは自分の感情がよくわからず、気恥ずかしさを覚えて俯いた。そして不意に冷静になる。
 幼くとも、一国の王女が人前で泣くなど、みっともない振る舞いだ。
「あ、あのね、ギル。今日私が泣いたこと、誰にも内緒にしてくれる……?」
 慌ててお願いすると、ギルバートはなぜ? と言いたげに首を傾げた。だがすぐに合点がいった表情になり、眉尻を下げて頷いた。
「そうか、マリーは王女様だもんな。……いいよ、二人だけの秘密にしよう」
 すぐ承諾してもらえて、アンネマリーは胸を撫で下ろす。お礼を言うと、彼は周りに誰もいないのに、内緒話をするみたいにこそっと耳元で囁いた。
「俺でよければ、これからも聞くよ、マリー。悲しいことも苦しいことも、誰かに話すとすっきりするだろう? 溜め込むと辛くなる一方だ。秘密は誰にも言わないと約束する。どうかな? ああ、楽しい出来事があれば、それも聞かせてくれると嬉しいよ」
 アンネマリーは、ぱっと表情を明るくする。秘密を共有するなんて、悪戯をしているみたいだった。先程とは違う、期待に胸を躍らせ、アンネマリーは元気いっぱいに「うん!」と応じていた。
 それからアンネマリーは、ギルバートにだけはなんでも話している。
 大好きなのに、兄や姉が妬ましくなること。彼らが残した成績を追い越せない自分への苛立ち。気に入りのお菓子や、家族みんなで出かけたお忍び外遊の話も。
 ギルバートと夢中になって過ごしているうちに、悪口を言っていた侍女たちは職を辞していて、アンネマリーの気分は更に幾分か楽になった。
 もしかして彼が何かしたのかなと思ったが、「一身上の都合で辞めたのよ」と姉に教えてもらい、約束通り秘密は守ってくれているようだった。
 ギルバートはいい人だ。アンネマリーは、彼にとても感謝している。話を聞いてもらっている間だけは心が軽くなり、問題など何もないという気分になるから。
 だが現実では、アンネマリーが十六歳になって成人してもなお、揶揄する者は消えなかった。

 春先にアンネマリーが社交界デビューすると、世間は残酷な現実を突きつけた。
「見ろ『月影の聖女』だ。隣国へなど嫁がず、永遠にこの国にいらっしゃればいいのに」
「『白百合の君』の、次のダンスのお相手になれるだろうか」
 宴に参加するたび、アンネマリーは姉姫たちに目を奪われる多くの令息たちを見た。貴婦人主催の茶会では、婚約するまでの姉姫たちがいかに人気があったかも聞かされた。
 今年十九歳になる第一王女イーリスは、月光を彷彿とさせるシルバーブロンドの髪と淑やかな立ち居振る舞いから『月影の聖女』と呼ばれ、恋仲になりたいと望む令息はごまんといたそうだ。
 すらりとした体形と凜とした佇まいから『白百合の君』と呼ばれる、齢十八になる第二王女のリーフェも同様で、定期的に国王軍の兵らに得意なピアノで楽曲を贈っていたことから、特に軍人らの人気が高かったとか。
 イーリスは二年前に隣国のリンデン帝国皇子との婚約が決まり、リーフェは昨年、軍部の者と婚約した。それでもなお、夜会などで多くの令息らが彼女たちに群がり、人気は衰えをみせない。
 一方、今年社交界デビューした第三王女のアンネマリーはといえば、姉姫たちにはつきものであった、恋人の座を狙って集う青年の姿もなければ、美しい二つ名もない。
 見事なストレートヘアの姉二人に対し、アンネマリーのそれは父親譲りの波打つくせ毛。背は低く、それなのに胸だけは成人女性らしく成長していて、体つきもアンバランス。
 母親譲りの青い瞳だけは大きくて愛らしいも、姉二人の美貌に比肩するほどではない。
 世の人々は、姉姫たちに劣るアンネマリーに、さしたる興味を抱かなかったのだ。
 おまけにこの三姫の上にいる今年二十七歳になるアルフォンス王太子が、文武両道を地で行く美丈夫。政における采配は的確であり、馬術、剣術においても十二分な技量を持ち合わせているときている。
 こんな規格外の兄姉を持ったがために、アンネマリーに対する周囲の評価はずっと変わらなかった。
 ──何においても劣る、“出来損ないの末姫”。
 どう揶揄されようと、アンネマリーは努力を怠りはしなかったが、結果は伴わず、コンプレックスは募った。変えようのない外見に、どんなにあがいても、姉たちが残した優秀な成績を超えられない知性。
 秀でたところのない自分は不甲斐なく、しかし家族は皆、無条件に愛情を注いでくれ、嫌いにもなれない。
 彼らに憤懣をぶつけるわけにもいかず、アンネマリーは鬱屈した内心を抑え込み、皆の前ではいつも明るくいい子な末姫を演じた。そして幼い頃に秘密を守る約束をしてくれたギルバートの前でだけ、その繕った仮面を外した。
 二つ名のないアンネマリーを、気まぐれに『妖精姫』と呼ぶ彼は、いつでも愚痴を聞き、時に冗談を言って笑わせてくれた。だけど聞かされ続けた陰口からアンネマリーは悪癖を作り、時折二人の間で口げんかが起こった。
 アンネマリーは、いつの間にか、家族以外からの賛辞をどれ一つ素直に受け取れなくなっていたのだ。
 そもそも、絶世の美女である二人の姉姫を知る人は、決してアンネマリーを褒めない。
 それなのに、ギルバートだけはアンネマリーを褒めた。細く形よい指や大きな瞳。長い睫に明るい笑顔。
 褒められれば嬉しい。だが聡い彼女は、ギルバートが自らに自信を持たせるため、敢えて賛辞を口にしていると気づいていた。だから褒められるたびに、苛立った。
 ──無理に褒めなくたって、話を聞いてくれるだけで、私は十分嬉しいのに。
 そんな複雑な気持ちで、毎度可愛くない態度を取り、口げんかをしてしまうのだ。

 ついこの間だって、そうだった。二十六歳になった彼が、遠征から戻った日のことだ。
 現在第二騎士団の団長である彼は、王宮警護だけでなく、王都警護や遠征も任される。
 彼の予定を知っていたアンネマリーは、もしかしたら会えるかもしれないと思って、騎士団が使う厩舎への通り道に向かっていた。すると、王宮の正門の方向から騎士団の制服を纏った一団が移動してきていて、彼女は駆け出した。
「お帰りなさい、ギルバート!」
 後方に十数名の部下を引き連れていたギルバートは、満面の笑みで駆け寄る第三王女の姿を目にし、柔らかく笑う。
「ただ今戻りました、アンネマリー姫」
 近くで馬を下りた彼は、膝を折って畏まった騎士の挨拶をした。
 彼は、人前では身分を弁えた態度になる。友人関係にある兄に対しても同様で、どんなに気安くとも、公では決してその姿勢を崩さない。
 そんな彼の振る舞いに、アンネマリーはいつも胸が騒いだ。普段は敬語も使わない気安い間柄で、まるで別人のように感じるからだろうか。第二騎士団の紋章が胸に入る制服姿の時は、特に外見も様になっていて、ドキドキと緊張した。
 後方にいた部下たちも馬を下り、春色のドレスを着たアンネマリーに、笑顔で挨拶した。
「ご機嫌麗しく、アンネマリー姫。ギルバート閣下のお帰りを待ちわびていらっしゃったのですか?」
「まるで交際したての男女のようですね」
「──え?」
 全く意識になかった“交際”という単語に、アンネマリーはきょとんとする。
 ギルバートが立ち上がり、彼女をからかおうとする部下たちを面倒くさそうに窘めた。
「……俺との仲を疑うなど、王女殿下に対し非礼だろう。控えろ。皆、先に行け」
 ぴしゃりと叱られ、部下たちは背筋を伸ばし、敬礼する。
「失礼致しました、閣下、アンネマリー姫」
「それでは、我々は先に厩舎へ」
 一人がギルバートの馬も一緒に戻すと言って引き受け、皆下がっていく。しばらく進んだ頃、彼らはため息交じりにぼやき合った。
「あーあ。やっぱりどんなに腕があろうと、よほどの功績でもなければ、王女殿下とは許されないよな」
「王女殿下ほど高貴な方といかずとも、誰か一人くらい閣下のところに嫁いでくれたっていいだろうになあ」
「いや、そもそもギルバート閣下は結婚を望んでらっしゃるのか?」
 任務を終えて気が抜けた彼らの声は大きく、二人に筒抜けだった。
 言われてみれば、ギルバートはもう二十六歳。由緒正しき侯爵家の跡継ぎならば、そろそろ誰かと婚約してもおかしくない。
 姉姫たちによれば、彼は見目よく話し上手なため、多くの令嬢に人気があるという。しかし結婚になると話は別で、最終的には皆、生粋の貴族令息のもとに嫁ぐとか。
 十六歳の折に養子として迎え入れられたギルバートは、一般階級出身で、その出自がネックになっているのだ。
 アッシャー侯爵夫人は元々体が弱く、結婚以前から子は望めぬ体だった。周囲は結婚そのものに反対したが、アッシャー侯爵は養子を迎えるとして、結婚を強行。親戚縁者は養子についても反対するも、二十年かけて説得し、アッシャー侯爵が四十六歳になってやっとギルバートを迎え入れるに至った。それからしばらく、アッシャー侯爵夫人は三人家族で穏やかに過ごしたが、ギルバートを迎えて四年後、風邪をこじらせて他界した。
 そして迎えられたギルバートといえば、住まい以外の場では辛い立場になっていた。
 法の上では、彼が家を継ぐことになんら問題はない。しかし血縁のない──それも貴族の血を継がぬ者が後継など、とよい顔をしない貴族も少なくなかったのだ。
 軍部の中でもそれは同じで、兄によると、彼が十六歳で入隊してしばらく、多くが軽んじる態度を取っていたそうだった。数年して頭角を現し、二十歳で国王軍第二騎士団の団長に任命されたあたりから、認識が変わり始めたらしい。
 現在では中将職を手にするに至っているが、あまりの躍進ぶりに、今度はやっかむ者が続出。彼がどこの誰の子か調べる輩がおり、そこから何か後ろ暗い過去のある者の子なのではと、変な噂が広まっていた。
 一般階級から貴族階級へと養子入りするのは、異例。養護施設なり出自がわかって当然なのに、彼は生みの親や出身地など、過去の情報の一切が不明だったというのだ。
 二十年も反対した親戚縁者が急に頷くのもおかしな話だとして、彼の出生を怪しむ者は常にいた。
 ──出自がどうであれ、ギルが真面目に取り組んでいるからこその成果なのに。
 彼を知るアンネマリーは、変な噂など欠片も気にならない。父王の友人であるアッシャー侯爵は元軍人。気難しい性格で有名だ。詮索を嫌ってアッシャー侯爵が過去の一切を調べられぬよう手を回したか、調べた者の情報収集能力が低かっただけだろう。
 とはいえ、出自のせいで嫁ぎ先として選ばれないなら不憫だなと、彼女は気まずくギルバートを見上げた。
「……お嫁さん、誰も来てくれないの……?」
 尋ねてから、アンネマリーは口を押さえる。いくらなんでも、無粋な質問だった。答えなくていいと続けようとした彼女を、ギルバートは薄く笑って見下ろす。
「……さあ、どうかな。マリーはどう? 好きな男の一人くらいできたかい?」
 周囲に人がいなくなり、彼の口調は普段通りに戻った。
 気安い雰囲気にほっとした彼女は、今度はむくれた。美しい姉姫たちで目の肥えた貴族令息たちが、アンネマリーを望むわけがない。
「聞くまでもない質問をするなんて、ギルは物事を見定める能力に乏しいようね。それで団員を指揮する長が務まるのかしら」
 嫌みを返すとギルバートは瞬き、にこっと笑みを深めた。
「ああ、ごめん。よく考えたら、マリーは社交界デビューしてまだ一ヶ月だったね。色恋なんて随分先の話だ。じっくりいい男を選ぶんだよ」
 優しく取りなし、いい子いい子とでも言いたげに頭を撫でられる。
 成人してもまだ子供扱いされ、アンネマリーは半目になった。
「ギルったら、全然わかってないのね。私が選んじゃったら、相手は断れないじゃない。私はこれでも、王女だもの。無理強いなんてしたくないから、誰も選んだりしないわ」
 王女があの人と結婚したいと指名すれば、たとえ嫌だと思っていても、断れる貴族家はない。アンネマリーは素敵な恋愛に憧れていたが、自分を望む人などいないだろうし、誰とも恋はできないのだと諦めの境地だった。
 ギルバートは首を傾げる。
「……無理強い? 誰も君に恋をしないという意味かな? 君は魅力的な女の子だよ、マリー。必ず口説く男が現れる。油断していたら悪い男に捕まってしまうから、気をつけないとダメだよ」
 さらっと褒めるだけでなく心配までされ、アンネマリーは頬を染めた。幼い頃から見守ってきたせいか、彼はアンネマリーに対し、過保護すぎるきらいがある。
「そんな人いるわけないじゃない。変に気を使わないで、ギル。私に言い寄るのは、王家との縁を結び、政治的な権力を望む人くらいよ。きっとそういう人のどなたかと結婚するのでしょうけれど、お父様たちの足枷にならぬよう見極めるつもりだから、大丈夫」
 第一王女のイーリスこそ政略のため隣国皇子との結婚が決まっているが、ビルケ王国では貴族も恋愛結婚が一般的だった。
 今のところ他国との政略結婚の予定がないアンネマリーは、当面は恋愛結婚をするとみなして放任される。そして嫁き遅れの年齢になったら、適当な人が見繕われるのだ。
 達観しすぎた彼女の見解に、ギルバートは顔をしかめた。
「マリー……」
「なあに?」
 お説教が始まりそうな予感に、アンネマリーは口を尖らせる。
 ──だって仕方ないじゃない。恋愛はできそうにないし、王女が未婚のままでいるのだって、周りが黙っていないのだもの。
 心の中で反論した時、二人の間を風が通り抜けた。

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