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超お堅い近衛隊長が、こんなにデレ甘絶倫だなんて聞いてません!?

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書籍紹介

愛される覚悟はできている、ということですか?

侯爵令嬢ヴェロニカはその美貌で求婚者が後を絶たない。けれど私がプロポーズされたいのは、近衛隊長セルゲイさまだけ。一途に想いを伝え続けたら、超絶お堅くて恋愛に疎いはずの彼が豹変し!? そして迎えた甘すぎる初夜――。「さあ、快楽を受け入れてごらん」巧みで執拗な愛撫に、うぶな身体は蕩けてゆく。快感と幸せに溺れそう! 堅物近衛隊長×夢見る令嬢、年の差溺愛婚物語。

ジャンル:
西洋 | ファンタジー
キャラ属性:
ワイルド・騎士・軍人
シチュエーション:
幼馴染・初恋の人 | 新婚 | 甘々・溺愛
登場人物紹介

セルゲイ

ゴッドルフ神聖王国の若き神王ミハイロに仕える近衛隊長。仕事一筋で女性にはあまり興味がなかったが……。

ヴェロニカ

国の重鎮であるヒョードル侯爵の孫娘。美人で有名だが、おてんばな一面も。幼い頃からずっとセルゲイに憧れ、求婚されたいと願っている。

立ち読み

 神聖ゴッドルフ王国の王都にある、ヒョードル侯爵の屋敷では、着飾った大勢の貴族が集まって、賑やかな宴が開かれていた。
 今日は老ヒョードルの孫娘にあたるヴェロニカの、十八歳の誕生日だ。
 かつて老ヒョードルは、前神王の補佐的な役割にあった。それは今のミハイロ神王の御代になっても、変わることはない。国政は選び抜かれた八人の重臣からなる評議会に補佐されており、彼はそのメンバーの一員だ。
 そんな老ヒョードルと、親しい関係を結びたいと願う貴族は多い。
 それに加えて、彼が溺愛する孫娘ヴェロニカは、宮廷の華と言われるほど美しく愛らしい容姿を持っていた。
 妖精のように華奢な手足、美しく肩に流れるプラチナブロンドの髪。長いまつげに縁取られた青い目が特徴的な、整った鼻立ち。
 この機会にヴェロニカに近づき、あわよくば婚約者の座を射止めたい。そんなふうに願って、いそいそと誕生日パーティにやってくる若い貴族が引きも切らない。
 彼らはパーティの主役であるヴェロニカの美しさを褒めたたえ、持参した花束やプレゼントを手渡しては、ダンスをねだるのだった。
 だが、ヴェロニカの表情は朝から冴えない。どうにか儀礼的な笑みを浮かべているものの、目はずっとある人を探していた。
 ──どうして、……わたくしの本命は来てくださらないのかしら。
 十六のときにゴッドルフの社交界にデビューしてから、そろそろ二年だ。
 この結婚適齢期に貴族の娘は猛烈なアプローチを受け、ほとんどが十八歳になるまでに家柄の釣り合う貴族と結婚を決めてしまう。
 家督はヴェロニカの兄夫婦が継ぐことになっているものの、孫娘への莫大な結婚持参金が表明されているとあって、ヴェロニカは多くの貴族から熱心に求婚されてきた。
 だがヴェロニカの心は、全く動かない。猛烈な求婚の嵐の中にあって、この二年間、ヴェロニカが身につけたのは、言質を取られない当たり障りのない会話をする能力と、ダンスやそれ以上の誘いを、するりと躱す技術だ。
 ──今日だって誰からの誘いも受けずに、こうして待っているのに。
 楽隊が楽しげな音楽を奏でている。
 彼からのダンスの誘いだったら、受ける準備は完全に整っている。
 だが、その相手が、いっこうに訪れてくれないことが問題なのだ。そろそろパーティも終わりだというのに。
 ヴェロニカは口元を隠した扇の下で、ふう、とため息を漏らした。
 社交界にデビューしたときから、その大きな目で追ってきたのは、時折、社交の席に姿を現す愛しい男性だった。
 とはいっても、彼が姿を見せるのは、社交のためではない。そこに出席する、ミハイロ神王の警備のためだ。
 ──それが、セルゲイさまの役割なの。
 この国の最高権力者、ゴッドルフ神王に仕える、信任厚き近衛連隊長。現在、三十八歳の男盛り。今日、十八になるヴェロニカとはかなりの年の差はあるものの、いつか自分はセルゲイのお嫁さんになるのだと、心に決めていた。
 幼いころの、たわいもない約束だ。
 それでも、その甘酸っぱい記憶は、ずっとヴェロニカの胸の中にあった。
 それは、ヴェロニカが五歳のときのこと──。
 王都にあるヒョードル侯爵邸に、セルゲイが訪ねてきた。すでに彼は、近衛の副隊長の役職にあった。黒を基調にした制服は限りなく彼の精悍さを引き立て、その姿にヴェロニカは釘付けになった。初めての、胸のときめきだった。
 おそらくは、何らかの公務でやってきたのだろう。
 祖父が呼ばれてやってくるまでの間、居間にいた幼いヴェロニカは、家令によって彼に紹介された。
『そうですか、ヴェロニカさま』
 軽く手を取って、セルゲイは優しく微笑んでくれる。
 若きセルゲイの、凜とした騎士らしさは格別際立っていた。
 ヴェロニカには、セルゲイの何もかもが最高に素晴らしく思えた。筋肉質の、鍛え抜かれた鞭のような身体つき。多少はいかついものの、笑うと親しみやすさの漂う顔立ち。
 微笑みかけられただけで、ドキドキと胸の中で心臓が鳴り響き、息ができなくなった。
 ──わたくしの、……騎士さまだわ。
 セルゲイが理想そのものであったというよりも、あのときにセルゲイに会ったことで、理想が彼という形で固定されたのかもしれない。
 それくらい、衝撃的な出会いだった。
 そのほんの少し前に、ヴェロニカは騎士物語について、乳母から語られていた。
 どこかに自分だけの騎士がいるはずだと、思い描いていたところだった。まだ出会っていないだけなのだと。
 その騎士に今、出会えた。
 セルゲイはヴェロニカの前でひざまずき、洗練された仕草で挨拶のキスをしてくれた。
『初めまして。セルゲイと申します』
 すでに騎士は存在しなくなり、騎士道精神が概念として残されているだけの時代だ。
 だから、その名残を宿す彼に、そんな素敵な挨拶をされてボーッとなった。
 弱者を保護すること。信仰を守ること。貴婦人への献身──。騎士道の徳目を、当時のヴェロニカが真に理解していたわけではない。だが、子どもとしてではなく、貴婦人として扱われたことに、ヴェロニカはのぼせ上がった。
 このまま彼と離れたくない。そんな思いが胸に飛来し、大好きなお人形を片手でぎゅっと抱きしめながら、ヴェロニカは気づけば言っていた。
『わたくしとけっこんしてくださいな』
 当時、五歳。
 いくら貴族同士の婚約は早いといえども、さすがにそんな話すら出てこない年齢だ。それでも、早熟なヴェロニカは乳母が話してくれた騎士と貴婦人の話に魅せられており、自分だけの騎士を見つけだしたと思いこんだ。
 この素敵な男性と、特別な関係を結んでおきたい。自分のものにしておきたい。そんな気負いでいっぱいだった。
 今から考えてみれば笑い話もいいところだが、彼はヴェロニカからの求婚を嗤うことなく、にっこり笑って承諾してくれた。
『ではいずれ、あなたが素敵なレディになりましたら』
 そんな返事とともに、手の甲に約束のキスをしてくれたのだ。
 ──それからずっと、わたくしはセルゲイさまの婚約者なのよ。
 ヴェロニカは記憶をよみがえらせるとともに、今また、自分に言い聞かせる。
 もちろん、そんな幼いころの口約束が、有効ではないことはわかっている。
 何せ当のセルゲイは、ヴェロニカと婚約したのをあっさりと忘れて、彼と年齢の合う女性と婚約までしていたのだ。
 ──だけど、その婚約者は亡くなったの……。
 かつてこのゴッドルフには、厳しい冬の時代があった。
 幼すぎたヴェロニカにはよくわからなかったものの、元宰相が当時の神王を弑して、この国を乗っとろうとしたのだ。結局、宰相の治世は四年しか続くことなく、今はその神王の子どもであるミハイロ陛下が神王位を継いでいるのだが、その間、多くの人が殺されたり、亡くなったりしたそうだ。
 ヴェロニカの両親も、その内乱のときに命を落とした。ヴェロニカと兄は、老ヒョードルの言いつけで領地に戻され、王都での凄惨な出来事はほとんど知らされないまま、守られていたのだったが。
 その間、近衛の役にあったセルゲイはとても大変だったらしい。セルゲイだけではなく、ヒョードル家始め、神王派とされる国中の貴族が苦難の時期にあった。
 ミハイロ陛下が神王位を継いでからも、この神聖ゴッドルフ王国の治安は、なかなか元には戻らなかった。
 そのため神王の身辺の警備や、王都全体の治安を保つ責任者であるセルゲイはとても忙しく、責務もかなりのものだったらしい。治安や王都の雰囲気がずっと良くなってきたのは、ここ数年のことだ。
 ──だからこそ、ずっと我慢してきたのよ。セルゲイさまのお仕事が楽になるまで。
 セルゲイが社交の場に姿を現すのは、常に神王や神王妃の警備のためだ。
 神王が人前に姿を現すときには、いつでも油断なく周囲に目を配っているセルゲイの姿がその傍らにあった。
 ヴェロニカはそんなセルゲイを遠目に眺め、運がいいときには少し話ができた。それだけでも、幸せだった。
 ヴェロニカの心がとっくにセルゲイにあるとは知らず、降るほどに縁談が持ちこまれたが、ひたすらその縁談を断り続けてきた。
 それは『十八まで誰とも結婚する気にならなかったら、セルゲイとの仲を取り持ってやる』と祖父が言ってくれたからだ。
 老ヒョードルが、孫娘である自分を溺愛してくれているのは、よくわかっている。
 その祖父が、すぐにセルゲイとの結婚を承諾してくれず、『少し考えてみろ』と他の貴族との付き合いを勧めた理由も、理解しているつもりだった。
 一つは、セルゲイとの年の差があること。
 もう一つは、セルゲイの元婚約者がとてもできた人間だったことだ。
『あの婚約者には、おまえはとてもかなわない。セルゲイもその婚約者を喪ったことで、一生結婚するつもりはないと言っていた。一旦、セルゲイのことは横に置いて、他の男と付き合ってみるのはどうだ?』
 ──セルゲイさまの好みは、ふるまいや話し方が落ち着いていて、おっとりとしていながらも、気品があるタイプなんですって。
 セルゲイの婚約者はそんな女性だったのだと、祖父から聞き出した。
 お転婆なヴェロニカとは、まるで違う。
 だけど、二年間に及ぶ社交界の経験は無駄ではなかったはずだ。セルゲイの好みを聞いてから、ヴェロニカはすっかり猫を被ることを覚えた。
 ──少なくとも結婚するまでは、セルゲイさまの好みそのものに見せかけるべく、特大の猫を被ってみせるわよ!
 楚々とした微笑み。おっとりとした仕草。気品のあるふるまい。
 中身が伴っていないとしても、それくらいの猫は上手に被ることができるはずだ。
 誕生日を前に、ヴェロニカはセルゲイ宛てに、心をこめた直筆の招待状を送ってある。
『絶対に、出席してくださいませ。五つのときの約束を、今日こそ果たしてくださいな』
 強いメッセージがこもったその招待状を見て、セルゲイは微笑んでくれたのだと、使いのものから聞いた。
『必ず出席しよう』という返事ももらってある。
 だから、きっと今日、セルゲイは求婚してくれるはずだ。何せ、五つのときの約束を果たしてほしいと、はっきりと伝えたのだから。
 今日の求婚に備えて、ヴェロニカは朝からピカピカに全身を磨き上げ、とっておきのドレスも身につけた。最先端の、色っぽくて大人っぽいドレスだ。いつもよりも胸の開きが大胆で、鏡で自身を見ただけでもヴェロニカは頬を赤く染めてしまう。この姿を、セルゲイはどう評価してくれるだろうか。
 いつ求婚されてもいい状態なのに、当のセルゲイがまるで姿を現さない。
 午後から始まったパーティはすでに終了の時間を過ぎて、日も沈みかけていた。
 ──……どうしてきてくださらないの?
 パーティはそれなりの盛り上がりを見せたが、一定の時間が過ぎると潮が引くように招待客は帰っていく。特に今日の主役のヴェロニカが、誘いを受けても誰ともダンスを踊ることなく、浮かぬ顔をしているからなおさらだ。
 ヴェロニカは最後の招待客を送り出した後で、窓から外を見た。
 ヒョードル家の屋敷が面しているのは、王都のメインストリート沿いだ。広い道路に、馬車が行き交っているのが見える。
 数多くの貴族の館が、通りには建ち並んでいる。厳しく長い冬の間は領地に戻る貴族たちだが、夏の社交シーズンにはこの王都に集う。そのための屋敷だ。
 その大きな邸宅越しに、太陽が沈んでいくのが見えた。
 ──セルゲイさま……。
 彼がどうして来ないのかと考えてみるが、理由がわからない。じんわりと悲しみが胸に沁みる。
 招待状を送った日から、そわそわしてずっと落ち着かない日々を過ごしてきた。
 ヴェロニカにとって人生の目標は『セルゲイさまのお嫁さんになる』ことであり、そうなれるようにひたすら自分を磨いてきた。
 ほっそりとした手足に、大きな目。愛らしい唇。ヴェロニカの容姿は幼いころから大勢に褒めたたえられるものだったし、それに磨きをかける作業も怠らずにきた。
 エウロパ大陸の最先端の流行を取り入れたドレスに、髪型。装飾品。
 セルゲイの目に少しでも綺麗に映りたくて、社交界にデビューしてからはことさら肌の手入れや、髪の手入れにも時間をかけた。
 貴婦人としてのたしなみや、社交術も必死で習得した。セルゲイが当主を務めるネフラソフ伯爵家の奥方としてどこに出しても恥ずかしくないように、名実ともに磨き上げたのだ。
 この数年間で一番綺麗だと、自分でも自信が持てる状態で待っている。なのに、セルゲイは来てくれない。いったい自分には、何が足りないのだろう。
 その答えも、ある程度はわかっている。
 ──セルゲイさまには、いつまでもわたくしが子どもに見えているのよね。
 そう思うと、悲しさが抑えられなくて、涙がにじんだ。
 今日はずっと、泣くまいとしてきた。だけど、さすがに抑えられそうもない。それでも、ヴェロニカは上を向いて、涙をこらえようとした。
 露骨なほど求婚してほしいと願う招待状を出したというのに、セルゲイにとっては、あれもちょっとした冗談としか受け止められていないのかもしれない。
 ──幼いころから、結婚結婚と言い過ぎたかしら。だって、セルゲイさま、ちっとも真面目に受け取ってくださらないんですもの。他の女性と、婚約までしてしまったぐらいだし。
 泣きそうになるのを我慢したのは、涙に濡れると念入りに施した目元の化粧が崩れてしまうからだ。
 まだセルゲイが来てくれるという、一縷の望みを捨てきれない。そのために、美しいままでありたい。ヴェロニカはぎゅっと扇子を握りしめて、どうにか耐えた。
 すでに閑散としたパーティ会場では、使用人が皿や料理を片付け始めていた。楽隊も音楽を奏でるのを止め、いつ終了の合図がくるのかと待っている。
 だが、ヴェロニカはどうしてもパーティを終わらせたくなかった。だから、そばに控えている家令に、言っておく。
「まだパーティは終わりじゃなくってよ。だって、大切な人が来ていないのですもの」
 あの招待状では、本気だと思われなかったのだろうか。
 ──でも、……絶対に行くとおっしゃられたのに。どうして、……セルゲイさま、来てくださらないの。
 髪は時間をかけて結いあげ、綺麗に花も飾ってもらった。だけど、みずみずしかった花はだんだんとしおれてきている。
 そのことが室内の装飾にもなっている鏡で確認できて、豪華な室内の景色が再びじわっと涙ににじんだ。
 ヴェロニカは屋敷の玄関が見下ろせるベランダの前に立ち、王都のメインストリートを眺めた。家令がパーティをそろそろ終わらせようという合図を送ってきているが、それをひたすら無視し続ける。
 今日は祖父が公務で留守だ。だから、ヴェロニカがこのパーティの責任者だ。自分が終わりを告げないかぎり、パーティは続く。
 それでも時間は少しずつ過ぎ、期待が失望に変わっていく。日は完全に落ちた。見下ろす道は急速に暗くなり、行き交う馬車が明かりを掲げるようになる。
 ──もう、……ダメだわ。
 何か急な用事が入ったのだろうか。
 ついに根負けして、家令にパーティの終わりを告げようとした。最後に未練がましく、ヴェロニカは外に視線を向ける。
 そのとき、明かりが掲げられたヒョードル邸の門の中に、誰かが馬で駆けて来たのが見えた。
「……っ!」
 ヴェロニカは息を呑む。
 他の招待客のように、馬車で乗りつけてくるのとは違う。
 伯爵家の当主だというのに、彼は誰よりも優雅に馬を操る。供もつけずに単身で王都中を疾走するし、パーティにも気楽に馬で乗りつけることもあるらしい。
 マントを翻しながら優雅な仕草で降り立ち、近づいた従僕に馬の手綱を預けた男を、ヴェロニカは窓から見守る。薄暗くてよく見えなくはあるが、その軽やかな身のこなしは、セルゲイに違いない。
 ──来て、……くださったわ。
 失望の直後のことだけに、ヴェロニカの喜びは半端ではない。
 息を詰め、耳を澄ませて、セルゲイの姿が玄関から大階段を上がったところにあるこのパーティ会場に現れるのを待った。
 ほどなくして、ドアの脇に立った家令が訪れた人の名を告げる。
「セルゲイ・ネフラソフ伯爵でございます……!」
 楽隊が、彼の登場にあわせて音楽を奏で始める。
 待ち焦がれたヴェロニカの目に映ったのは、見慣れた近衛連隊長の黒の軍服だ。いつもの服装と変わりないのは、公務が済むなりそのまま駆けつけてくれたからだろう。
 ヴェロニカの調べでは、今日はセルゲイは休日のはずだ。だが、彼がどれだけ仕事熱心なのかは知っていた。少しでも気になることがあれば、すぐにでも近衛詰め所に向かい、直接指示をするそうだ。
 セルゲイは入ってくるなり、ぐるりと室内を見回した。窓際に立ちつくしたヴェロニカを見つけると、マントをなびかせて大股で近づいてくる。
 そのキビキビとした動きと、逞しい太腿にうっとりした。
 セルゲイの家は、代々神王の側近として仕えてきた名家だ。
 肩幅が広く長身で、どこかストイックな黒の軍服が、鍛え抜かれた身体によく似合う。
 セルゲイはヴェロニカの前で立ち止まり、柔らかな笑みを浮かべた。
「遅くなって、すまなかった」
 昔から、彼の態度は変わらない。相手が幼い娘であっても、レディ扱いされるのを望んでいると見抜けば、その望み通りにふるまってくれる。
 温かな眼差しを向けられただけで、ドキッと鼓動が跳ね上がった。セルゲイを前にすると、いつでもヴェロニカの体温は急上昇して、普通ではいられなくなる。
 胸まで圧迫されたようで、呼吸が苦しくなってきた。
「いいのよ。お忙しかったの? セルゲイさま」
 来てくれただけで、どれだけ待たされようがすべて許せる。その笑顔を見ていれば、なんだか幸せな気持ちになれた。
 セルゲイはすっとヴェロニカの前でひざまずくと、挨拶のために手を取って口づけた。
 最近ではそのような挨拶をされることは滅多にない。だが、セルゲイはヴェロニカにだけはそうしてくれる。
 初めて出会ったとき、その挨拶によってヴェロニカがのぼせ上がったことを覚えているのかもしれない。子ども扱いされているのか、からかわれているのか、それとも貴婦人としての礼を尽くされているのか、ヴェロニカにはよくわからない。
 だけど、そんなふうにされると、耳が痛くなるほど真っ赤になる。鼓動がドクドクと鳴り響いて、収まらなくなった。
 そんなヴェロニカに、セルゲイはひざまずいたまま視線だけを上げた。
「少し任務が長引いて、遅くなった。もうパーティは終わっていると踏んでいたんだが、もしかして、お待ちいただけたのでしょうか」
 自分以外、誰一人いないパーティ会場の様子を、セルゲイはそう見抜いたらしい。
 最後の客人のために、楽隊が演奏を続けていた。
「まだ、終わっていないわ。セルゲイさまが到着するまで、パーティは終わらないのよ」
 夢見心地で、ヴェロニカは応じる。
 来てもらっただけで、胸がいっぱいいっぱいになっていた。その顔を見ているだけで幸せで、他には何もいらない気分になる。
 セルゲイは無造作に懐に手を突っこんで、小さな寄木細工の箱を取り出した。
「あなたのような若い女性が、どのようなものが好きなのか、いつもわからなくて困惑する。もしかしたら、がっかりなさるかもしれないが、……もらっていただけますか」
 セルゲイはいつでも、少し眩しそうにヴェロニカを見る。いつのころからか、彼の目の端に浮かぶようになった笑い皺が、とても好きだ。
 何を準備してくれたのかと、ヴェロニカは手元に視線を落とした。途端に、鼓動がさらに跳ね上がった。
「とても嬉しいわ、セルゲイさま」
 その箱の小ささを考えたら、もしかして渡されるのは婚約指輪ではないだろうか。ついに、求婚される日が来たのか。
 ──だってわたくし、十八歳になったのですもの。
 十八歳といえば、結婚適齢期だ。
 期待たっぷりに、ヴェロニカはセルゲイを見た。
 彼を見る自分の顔が、どれだけ恋する乙女のものなのか自覚がある。その顔を向けられている当の本人だけは、それに気づいた様子がないのにはびっくりだったが、とうとうセルゲイもヴェロニカの期待に応えてくれるときがきたのだ。
「見てもいい?」
 その問いかけに、少し照れくさそうにセルゲイがうなずいた。ヴェロニカは指に指輪をはめてもらうために、そっと手を差し出す。
 だが、セルゲイは無造作にその手に下から小箱を手渡した。
「え?」
 何かが変だと思った。婚約指輪だとしたら、セルゲイ自ら小箱の蓋を開けて、ヴェロニカの指にはめてくれるはずだ。
 だが、あっさり箱ごと渡されたから、不思議に思った。
 それでも気を取り直し、期待とともに蓋を開ける。
 箱に敷かれていたビロードクッションの中央にあったくぼみに、綺麗にはめこまれていたのは、精緻に彫られたカメオのペンダントヘッドだった。
 ゴッドルフにおける愛と美の象徴である女神が、浮き彫りにされている。表情は柔らかく、髪の毛の一本一本まで彫りこまれ、身体のラインが衣装に透ける表現も美しかった。
 細工師の技量の高さをうかがわせる素晴らしい出来だったが、ヴェロニカが欲しかったのはこれではない。
 ──違うのよ、セルゲイさま……!
 これはこれで素敵なのだが、欲しいのは婚約指輪だ。
 がっかりとした表情を極力出さないように、努力しながら顔を上げる。少し照れたようなセルゲイの顔が目に映る。
「その女神が、あなたにとても似ていると思ってね。美しい女神だ。よければ、使ってほしい。誕生日おめでとう、ヴェロニカ。今日で、いくつになったんだっけ」
 セルゲイに悪気がないのはわかっている。
 だが、もしかして彼の目に映る自分は、いつまでも子どものままなのかと不安になった。年齢も把握されていないことに、愕然としてしまう。
「十八よ」
 いつ、結婚してもいい年齢だ。
 だから、自分を女性として見てほしい。ヴェロニカは焦がれるようにセルゲイを見る。
 身につけているのは、半年前から準備した、とっておきのドレスだ。胸元を可能なかぎり寄せて盛れる下着を身に着けた上での、色香増し増しの大人のデザインなのだ。
「十八、か。そうか。すっかり大人になったな」
 そんなふうに言った後で、セルゲイは眩しそうにヴェロニカを見た。だが、あっさりと立ち上がり、退去の気配を見せる。
 すでに他の招待客はいない。自分も早く去るべきだと判断したのだろう。
「遅くなって、すまなかった。老ヒョードルにもよろしく」
 それだけ言い残して、すぐにでも去ってしまいそうなセルゲイに、ヴェロニカは慌てた。
 まだだ。まだ、肝心な用事がすんでいない。
 今日は待ちに待った十八の誕生日であり、ヴェロニカにとっては社交界でのじっと我慢の二年間を経て、好きな人と晴れて結婚することを祖父から許された日だ。
「待って……!」
 ヴェロニカは必死で叫んだ。
 不思議そうに振り返ったセルゲイの目をじっと見つめて、迫ってみる。
「わたくしに、……大切なことを伝えたいのではなくて?」
 乙女の夢としては、好きな相手から求婚してもらいたい。
 すでにそのための布石は、招待状によって打ってあるはずだ。
 セルゲイには恋人はいない。かつての婚約者以外、ずっと女性との付き合いはない。ひたすら仕事一筋で、近衛連隊の詰め所に入り浸り、身分の上下を問わずに飲み明かすこともあるという、気楽な暮らしをしているらしい。
 だから、自分しかいないはずなのだ。この三十八歳の男が、結婚する相手は。
 ──いつでも、……言ってくださっていいのよ。
 緊張のあまり心臓が壊れそうなほど高鳴り、息が浅くなる。
 セルゲイの前にいるといつでも、恋する少女になってしまう。彼の視線を感じ、その声を聞くだけで、全身が熱くなる。ひたすら彼に近づきたくて、ずっと焦っている。
「大切なこと……?」
 だが、セルゲイは不思議そうに繰り返し、心あたりを探るかのように視線を泳がせた。
 まるっきり心あたりがなさそうなその態度に、ヴェロニカは愕然とした。

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