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中華後宮物語
皇帝陛下の夜伽指南 仙狐は閨で甘く啼く

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書籍紹介

小狐は本当にいやらしくて可愛いな

天界の隅で絶賛引きこもり中の仙狐。
倒れた人を助けたら、なんと皇帝・暁光だった。
強引に後宮に招かれ、身の回りの世話をすることになったけれど、
彼が嬉々として仙狐を可愛がり始めて!?
「これから私の子供をたくさん産むんだよ」
蕩けるような甘い囁きに震え、敏感な耳や尻尾を撫でられると喘ぎ声を抑えられない。
蜜で潤んだ最奥へ楔を受け入れれば、快感で満たされて――!

ジャンル:
東洋 | ファンタジー
キャラ属性:
王子・王族・貴族
シチュエーション:
甘々・溺愛 | 複数プレイ | お風呂・温泉
登場人物紹介

暁光(ぎょうこう)

神国の若き皇帝。女装癖があり、よく女装をして宮城を抜け出しては宰相を困らせている。仙狐を気に入り「小狐」と呼ぶ。

仙狐

優秀だが天界での出世を嫌がり、山で引きこもっていた狐の化生。耳と尻尾は普段から出したまま。山で助けた美女がたまたま……皇帝陛下で!?

立ち読み

 人が、落ちていた。
 仙狐は薬草を盛った籠を抱えたまま、呆然と山道に立ち尽くした。
 正確には、山道というより獣道に近い。都から遠く離れたこの僻地に、人が迷いこむことは滅多にない。だから仙狐は、驚いた。
(人間、ですよね?)
 用心深く距離を取りながら、仙狐は剥き出しの土の上に倒れている『人』の様子を窺った。
 鋼色の長い髪が、小石の転がる黒土の上に散らばっている。長身だが、細身の女性だった。
(ここから一番近い郷の、豪族のお姫様でしょうか? それにしてもまあ、なんて豪華な……)
 仙狐は少し近づいて、行き倒れている女性が身につけている服と装飾品を見た。慎重すぎるくらい慎重に隠れて暮らしている仙狐には、珍しい冒険だ。それくらい、倒れている女性の姿は特異だった。
(この襦裙、絹ですね)
 襦裙の上にふわりと羽織られている寒衣は、ツヤツヤに加工された毛皮だ。沓にも絹糸で、精緻な牡丹模様の刺繍が施されている。寒衣の隙間から見えている上衣にも、緋牡丹の模様があった。極めつけは、女の首にぶら下がっている玉璧だ。
(翡翠、でしょうか)
 深い緑色の石が鏤められた玉璧は、いくら裕福でも庶民が持てる物ではない。つまり、この女は宮城の関係者で間違いないだろう。
(ここから王都へは、人間の足なら七日はかかります。早馬をめいっぱい飛ばしても三日はかかるのに、どうやってここまで来たんでしょう、この女性)
 周囲に馬の姿はないし、蹄の跡もない。おそらく山の近くまで馬で来て、その後に誰かに襲われ馬を捨てて山に逃げたのではないかと仙狐は推理した。
 女が目を覚まさないのをいいことに、仙狐は地べたにしゃがみこみ、女の顔をしげしげと眺め続けた。
 蓬莱山の麓の、名もなき低山に引きこもりを決めこんで早百年。いくら慎重な仙狐でも、飽きがきていないと言えば嘘になる。この綺麗な人間の女性を、仙狐はもう少し見ていたかった。
「う、ん……」
 倒れ伏している女性の口から、小さな呻き声が漏れた。顔貌から予想できる声よりは、少し低めに聞こえた。見た目より年上なのかもしれないと、仙狐は考えた。
 女の、伏せられた長い睫毛が、かすかに震えている。うっすらと開かれた唇には、紅が引かれているのだろう。艶やかな鮮紅色だ。子供っぽい仙狐自身と比べるまでもなく、妖艶な美女だった。
(人間らしき女性を見るのは百年ぶりだから、新鮮です)
 さて、どうしましょう、と仙狐は独りごちる。
 鄙にはまれな、というべき種類の人間ではないことは、身なりから一目瞭然だ。
(ただの村人なら、助けて差し上げてもよいのですが……、宮城の関係者だったら、巻き込まれると面倒です)
 現在、この中華大陸を統べているのは神国だ。永きにわたる戦乱の世を経て、広大な大陸が統一国家となったのはわずか五十年前。百年生きている仙狐が見てきた歴史だった。

『百年生きても、お前は本当に子供のままだな』

 不意に、聞き慣れた声で言われた皮肉が脳裏に蘇り、仙狐は一人でムッとした。
 仙狐と同じ、百年を生きる天狐、紫釉の言葉だった。
(ああ、嫌だ、紫釉の顔を思い出すなんて)
 仙狐はふるふると頭を振って、その残像を打ち消した。金色の柔毛に彩られた狐型の耳が、つられて揺れた。
 仙狐は耳も尻尾も瞳もすべて金色の『仙狐』であり、個体としての名前はない。
 蓬莱山で『仙狐』より格上の『天狐』に昇仙した狐には、紫釉という名前がある。蓬莱山で天帝より直々に賜った名前だ。
(あんな意地悪な狐が幼なじみだなんて、不運極まりないです)
 仙狐と紫釉は同郷で、まだ人語も解さない仔狐だった頃から同じ母狐の乳を飲んで育った、乳姉弟だった。
 紫釉は早くに母狐をなくしていたから、仙狐の母狐が代わりに紫釉を育てた。正確には仙狐たちはただの狐ではなく、狐の化生である。蓬莱山で登仙の試験を受けずにいればただの野狐として短い一生を終えるが、妖術に長けた一部の狐は、登仙の試験を受けて『仙狐』となる。
 仙狐になるには、人間に化けられることが必要条件だ。もちろん、人間の言葉もしゃべれなければいけない。仙狐と紫釉は二匹とも、狐の郷始まって以来の天才だともてはやされるくらい、人間に化けることには才能があったが、そこから先の出世具合には大きな隔たりがあった。
 仙狐は百年経っても最下級の仙狐のままで、名前もない、ただの『仙狐』だ。それに比べて紫釉は、あっという間に天帝に次ぐ高位である天狐の地位に昇り詰めた。

『お前だって本気になれば、俺と同じくらいの天狐になれるだろうに』
 
 紫釉はそう言って仙狐を急かしたが、仙狐の答えはいつも同じだった。

『絶対、嫌です』

(紫釉は子狐の頃から、妙に人間くさかったわ)
 はーっ、と仙狐は、山道に響き渡りそうな大きなため息をついた。
 仙狐は、里の狐たちに乗せられて、蓬莱山で試験を受けるまで知らなかったのである。 蓬莱山で出世するには、座学や化け学だけでなく、房中術までこなさなければいけないことを。
 房中術とは、男女の交接によって陰陽の気を巡らせ、すべての病を癒やし、不老不死を実現させる究極の仙術だ。が、仙狐に言わせればただの交尾である。
(人間と交尾するなんて、信じられない。無理無理無理無理、無理中の無理です)
 仙狐はまだ仔狐だった頃、人間の郷に迷いこみ、人間の娼婦たちが男たちから酷い目に遭わされているのを偶然、目撃してしまった。そのことがとても衝撃的で、同じことをする房中術など絶対に無理だと思い込んでしまった。思い出すだけで、仙狐は今でもゾッとする。人間に化けているせいで、鳥肌が立つという感覚まで知る羽目になってしまった。
 今まさに、仙狐は鳥肌を立てていた。狐なのに鳥肌とは理不尽だ、と思いながら。
(蓬莱山の座学では鳥の言葉も習いましたね。役に立ったことはないですけれど)
 狐の郷きっての天才と言われた仙狐と紫釉だったから、二人とも鳥の言葉もたやすく習得したが、紫釉の天才性はそこにはとどまらなかった。

 紫釉は、人間とのいやらしい交尾も平気でする。

 仙狐が唯一拒否して習熟できなかった房中術についても、紫釉は天才だったのだ。紫釉は、何人もの人間の女を虜にして、使役した。対して仙狐は百年間、徹頭徹尾一匹で暮らしている。
 そこで二尾の差は歴然となった。
 仔狐時代の衝撃もあり、仙狐にはどうしても、房中術は使えなかった。
(人間と交尾するなんて、獣姦じゃないですか)
 だが、それを乗り越えられない限り、天狐にはなれない。
 ならばと仙狐はあっさりあきらめて、こうして蓬莱山に続く野山の一角で仙界の下働きをしつつ、世俗からも仙界からも一切引きこもる道を選んだ。
 斯くして百年が過ぎても、仙狐は仙狐のままである。名前はまだないし、多分この先もないだろう。
(房中術は不老不死の術。それを拒否したわたしは、多分そろそろ死にますね)
 むしろ、房中術なしで百年も生きている仙狐のほうが『異常』なのだと紫釉は言っていた。
 古今東西、不老不死の術を求める権力者は多い。
 天狐ともなれば、王侯からたくさんの貢ぎ物が贈られ、宮中に召し上げられるのが当然の出世だ。
 しかし、現在その不老不死の房中術を習熟している天狐は紫釉だけで、彼は雄だ。王侯のほとんどは男であるから、雄である紫釉と陰陽の交わりはできない。女帝が現れれば状況は変わるのだろうが、いまだ中華大陸に女帝はいない。
(いけない、今は紫釉のことを考えている場合じゃなかったんだわ)
 仙狐はようやく我に返り、目の前の行き倒れに視線を戻した。
 いくら仙狐が引きこもりでも、最低限の世事には通じている。知らないと引きこもるのにも支障をきたすことがあるからだ。
(この女性が神国の後宮の方だったら、とても面倒です)
 強大な統一王朝である神国の後宮には、正室にあたる皇貴妃が一人、夫人が三人、嬪が九人、世婦が二十七人、女御が八十一人、合わせて百二十一人の正室と側室がいるはずだった。今、仙狐の目の前で倒れているこの美女は、そのうちの一人である可能性が高い。
(あれ、でも、今の皇帝にはまだお后はいないのでしたっけ)
 即位して日が浅いのと、若年であることから、今の皇帝に后はまだいないと、仙狐は鳥たちの噂話で聞いていた。
 皇帝の名は、確か暁光といった。
(じゃあ一人引いて、百二十人ちょうどですか。そのほうが切りがいいですね。それでも狐の郷より大所帯ですけど)
 仙狐が何より心配しているのは、自分の存在が宮中に知られてしまうことだった。
 天狐になれる可能性のある『雌の仙狐』の存在など、皇帝や諸侯が知ったら何をするか決まっている。山狩り、狐狩りだ。権力を持った男は、不老不死を求め始めるのが世の常だった。
(わたしはこのお山で土に還るんです。宮城なんかに連れて行かれたら、大変です)
 それに、行き倒れた女の正体については、もう一つの懸念もあった。彼女が人間ではなく、仙狐と同じ化生であるという可能性だ。それはそれで厄災に巻き込まれそうで、面倒くさい。
(あやかしの匂いはしないし、まず人間で間違いないとは思うのですが)
 仙狐は手近に落ちていた木の枝で、女性の体を軽くつついてみた。すると女性は、仰向けのままぱっちりと目を開けた。
「ひゃっ!?」
 思わず悲鳴をあげて、仙狐は飛び退いた。金色の尻尾と耳の毛が、ぶわっと逆立つ。
 行き倒れの女は、そんな仙狐の姿をぼんやりと見つめ、ぽつりと呟いた。
「…………猫?」
「狐ですっ」
 仙狐はつい、反論した。猫の化生とは不仲だったので、猫と間違えられるのは心外だった。
 目を開けた女と視線を合わせてみて、仙狐は改めて、その美しさに驚いた。
(きれい。髪と同じ、鋼色の目なんですね)
 化生や仙人の髪の色は様々だが、人間の髪の色は大体黒か赤茶色、老いれば白だ。大陸の遙か西のほうからやって来る人間には金色の髪を生やす者もいるが、このへんの州都では見かけない。女の髪と目は、まるで磨きこまれた銅鏡みたいな鋼色で、珍しかった。
 女と仙狐は、しばしの間、じっと見つめ合った。
 その時、山から風が吹いた。その風に押し倒されたかのように、一度起き上がった女は再びぱたりと地面に倒れた。
「う、ぐっ……」
 呻吟とともに、女の口からどす黒い血が溢れ出た。
 その反応を見て、仙狐は気づく。
(毒ですね、これは)
 仙術には毒を使うものもあるから、仙狐も毒には詳しくなっていた。吐かれた血の匂いだけで、毒の種類も特定できる。狐の鼻は人間よりもずっと利く。
(山の中にも生えている、トリカブトですね)
 あれは猛毒だ。ほんの少しで死に至る。
(山を彷徨っていて、偶然口にした……というわけでは、ないんでしょう)
 おなかがすいた時に、うっかり摘んで食べたくなるような草ではないのだ、トリカブトは。
 だからきっと彼女は、何かの理由で誰かに毒を盛られたのだろう。
 ああ嫌だ、と仙狐は目を閉じ、首を振る。
 人間の世界は、諍いばかりだ。特に宮中ともなれば、謀略と謀殺が蔓延る。だから仙狐は、絶対に帝や諸侯とは関わりを持ちたくない。房中術とどっちがマシか、というくらい、嫌だった。
 なのに、関わってしまった。行きずりの、この女と。
「う……ぐ……」
 女は首を押さえ、苦しんでいる。この山の中まで逃げおおせたのは、奇跡だろう。もはや、彼女の魂魄は死に近い場所にある。
(ごめんなさい)
 仙狐は心の中で、彼女に謝罪した。
 ごめんなさい。
 助けられないんです。
 だって、あなたを助けたら、わたしの存在が下界に知られてしまうでしょう。それは嫌なんです。
 ずっと誰にも知られずに、このお山に引きこもっていたいんです。
 そう念じて、仙狐はぺこりと頭を下げて立ち去ろうとした。その時。
「……ふ……っ」
 苦しい息の下で、女は、確かに笑った。
 紅い唇を血で黒く染めながら、それでも優しく微笑んで、仙狐に手のひらを向けて、上下に振った。
 いいよ、構わなくていい、行きなさい。
 女は表情と手の動きで、仙狐にそう伝えていたのだった。
 その意図を汲んだ瞬間、仙狐の踏み出した足が止まる。ぶるぶると震えて、仙狐は今までに出したことのないような大声で叫んだ。
「──────ああ、もうっ!」
 まるで、怒っているみたいな声だった。
 仙狐は、ずかずかと早足で女のもとへ戻り、貫頭衣の袂から薬の小瓶を取り出した。
「飲んでください」
 仙狐はそれを、女の口元に押しつけた。もはや飲みこむ力も残っていないのだろう。女はぐったりとして、なかなか飲みこまない。
 仙狐は一旦、薬の瓶を自分の口に移動させ、中身を口に含んだ。そして。
「……ん……っ」
 女の血塗られた唇に自分の唇を重ね、彼女の口の中に薬を流し込む。
 ただの薬ではない。蓬莱山で、天狐に次ぐ成績を修めた仙狐の作る仙薬だ。トリカブトだって解毒できる。
(もっとも、死者を蘇らせることはできませんから、あとはこの人の運次第ですけれどね)
 死にかけてはいるが、まだ死んではいない。女はそういう状態だった。
 これで助かるかどうかは、女の運と体力次第だ。仙狐は唇を離すと、背負子の中から食べ物と水を取りだし、女の傍らに置いて今度こそその場を立ち去った。やっぱり、少し怒っているような足取りで。
(自分が死にかけているのに、他人の心配をするなんて、愚かでしょう! バカでしょう! 他人っていうか狐なんですけどね、わたし!)
 仙狐の怒りの理由は、それだった。
 人間はバカだけど、バカだから、時折仙狐の心を強く揺さぶるのだった。







「嫌です」
 キッパリと、一瞬も迷わず、仙狐は即答した。迎えに来た宦官たちは、山道に積み上げられた貢ぎ物を前にして、おろおろするばかりだ。
「そうおっしゃらずに」
「ぜっっったい、嫌です」
「あなた、大人しそうな顔をして結構ハッキリものを言いますね」
「顔は関係ないですから」
 仙狐に嫌味を言ったのは、宮城から迎えに来た宦官の中で、一番若いくせに一番偉そうな男だった。名を穆颯懍といった。丸眼鏡をかけて、きっちりと朝服を着込んだ冷たそうな男だ。
 穆颯懍は、明らかに嫌そうな態度で仙狐に頭を下げた。
「皇帝があなたをお望みです。どうか、後宮へお越し下さい」
「だから、嫌です!」
 仙狐は山道で、地団駄を踏みたい気持ちだった。

 今を遡ること三日前。雲一つない晴天の日だった。
 蓬莱山からふよふよと雲に乗って、天狐である紫釉が降りてきた。それだけで仙狐は嫌な予感がした。
 雲から飛び降りると、紫釉は話し始めた。
「おまえにいい報せがあるぞ、仙狐」
「なんでしょう?」
 仙狐は、疑い深い目で紫釉を見た。紫釉は全身白色の毛並みを持つ九尾の狐で、瞳の色と尻尾の先だけが夜明けの空と同じ、薄紫色だ。生まれた時から豪華な白狐だったが、昇仙してますます美しく神々しい青年の姿になった。
 しかし仙狐に言わせれば、中身はずっと、意地悪な幼なじみのままである。実際、今も紫釉は意地悪そうに笑っている。
「昇仙もせず、こんな低山に引きこもっているお前を、皇帝が後宮に召し上げたいと騒いでいるそうだ。あの暁光皇帝だぞ」
「なんですって?」
 仙狐は思わず真顔になる。拾い集めていたドングリが、ぽとりと手のひらから落ちて山道を転がった。
(『あの暁光』も何も、今の中華大陸に皇帝は一人しかいない)
 長い戦乱を経て、中華大陸を史上初めて統一した、神王朝の『皇帝の息子』だ。統一を果たした武帝はすでに崩御している。
 暁光の顔を仙狐は知らないが、盆暗だという噂だけは鳥たちから聞いている。武王が築いた神王朝は宦官と寵姫たちに食い荒らされ、すでに傾きかけている、と。
 そんな左前王朝に自分が招聘される心当たりは、仙狐には一つしかない。
 つい先日、出来心で助けてしまったあの女だろう。 
(口止めができる状態ではなかったですからねえ……)
 きっと、あの女性が暁光の耳に仙狐の存在を報せたのだろう。そうとしか考えられない。紫釉はそのこともお見通しの様子だった。
「おまえの噂が、暁光皇帝に伝わったんだな。蓬莱山の麓の名も無き山に、面白い狐の化生がいると」
「わたしはもう化生じゃありません、登仙して仙籍を得た仙狐ですっ! 紫釉のほうが化生っぽいでしょ、尻尾が九つもあるもの!」
「最高位の証に何をぬかすかね」
 紫釉は、九本の尻尾を自慢げに振ってみせた。純白の九尾はその先っぽだけが淡い紫で、自慢するだけのことはあり、紫釉の尻尾は確かに美しい。日差しを受けて、キラキラと光っている。
「だけど俺は、おまえの金色の尻尾のほうが美しいと思うよ、仙狐」
「そっ……あっ、ま、まあ、そう、です、けどっ」
 褒められなれていない仙狐は、不意打ちで褒められると挙動がおかしくなる。紫釉はそれをわかっていて、わざとからかっているのだろうと仙狐は思っていた。
(そりゃあ尻尾を褒められて、悪い気がする狐はいませんけれど)
 狐にとって尻尾は、もっとも大切な宝物だ。宦官にとっての『宝』と同じくらい、狐は尻尾を大切にするし、誇る。
 仙狐だってたった一本しかない尻尾を、毎朝毎晩大切に手入れしている。
 宦官の『宝』とは違って、狐の尻尾は体から切り離されたりはしない。尻尾を切られるなんて、狐にとって考えるだけで怖ろしかった。入念な手入れのお陰か、仙狐の尻尾は金色でふわふわだ。
(だけど、変です。後宮の女性が、どうしてわたしを後宮に呼ぶのですか?)
 仙狐は無意識に尻尾を揺らしながら、考えた。
 あの女性が後宮内でどれくらいの地位なのかはわからないが、雌の仙狐を後宮に推挙したって、皇帝の寵愛を奪い合う競争相手が増えるだけだろう。
(もしかして、不老不死の房中術を教えてもらおうという魂胆かも知れませんが、わたしに房中術はできません)
 仙狐が房中術が苦手であることは、蓬莱山では有名でも人間界では知られていない。
 とすれば、やはり不老不死が目当てかとも思うが、それにしたって狐を後宮に召し上げるのには危険がつきものだ。
(狐の女怪は、王朝を傾けるって言い伝えがありますからね。王朝を傾けるような狐の女怪を後宮に引き入れたって、やっぱり他の寵姫たちにはなんの利益もないはずです)
 なぜ彼女が、仙狐のことを暁光皇帝に伝えたのか。仙狐には解せない。
 その点は紫釉も同意見のようだった。
「お前が助けた人間が、何を考えているのかはわからないがね。お前、後宮に行くのは嫌だろう?」
「もちろん嫌です」
「じゃあ、俺の言うことを聞いて蓬莱山においで」
「どっちも嫌です!」
 仙狐が尻尾の毛を逆立てると、紫釉はふるりと首を振った。
「そうワガママを言うな」
「これ、ワガママでしょうか!?」
 いくら紫釉が仙界では最高位の天狐だからって、本来は天帝に帰属するはずの仙狐を自由に略奪できるわけではない。必ず、天帝の許可がいる。けれどそれは仙人の世界でだけ通用する規則であって、人間界では通用しないのだ。
 つまり、皇帝ならば仙狐を略奪しても罪には問われない。天帝が特別に仙狐を気に入っていれば話は別だが、天狐でもない仙狐は、天帝の竜顔を拝したこともなかった。そしてこのままだと仙狐は、人間の皇帝である暁光の竜顔を先に拝することになりそうだ。
「自分でなんとかしますから、偉い天狐様はどうぞ蓬莱山にお帰り下さい」

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