解任直前の聖女ですが、初恋の王子様の添い寝係に任命されました

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- 本販売日:
- 2022/03/17
- 電子書籍販売日:
- 2022/03/17
- ISBN:
- 978-4-8296-6955-6
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覚悟して。朝まで君を、愛し尽くしてあげる
「一緒に寝て、僕を癒してくれるんだろう?」
聖女レティシアは初恋の王子リシャールに強く抱きしめられてドキドキ。
不眠症を治すだけの役割なはずなのに!?
甘くきわどく触れられ、初心な身体は快感を覚えて。
これまでの妄想よりもずっとえっちな展開なんですが!?
でも聖女の任期ももうすぐ終わり……。別れの予感と募る恋心。
切なく悩むレティシアに、王子が伝えた本心は――。

リシャール
マルリアーヴ王国の王子。見目麗しく爽やかで、国民に人気がある。不眠気味で、心配した妹たちが大聖堂へ駆け込み聖女を王宮に連れてきて――!

レティシア
男爵令嬢だが10歳の時に聖痕があらわれ、聖女として大聖堂に暮らすことになった。一度だけ出会った王子に憧れ、日々甘ラブ妄想をして過ごしていたが……。
「嫌っ! それ以上こっちへ来ないで!」
「へっへっへっ、随分と立派な馬車だと思ったら、まさか巡礼中のお姫様だったとはな」
夜半。街道脇に広がる、鬱蒼とした森の奥。
盗賊の隠れ家へ攫われたレティシアは、日暮れ前に立ち寄った村で一泊しなかったことを後悔した。
尻で後ずさり、屈強な男たちから距離を取りながら「誰か!」と叫んだが、天幕の外から返ってきたのは不気味な鳥の鳴き声だけだ。
「お金も荷物も、全てお渡ししました。これ以上、何が望みなのですか」
「あれは御者と付き人を解放してやった分だ。お前はまだまだ使える」
周囲の男たちが下卑た笑いを浮かべた。
顎に手をかけられて身を捩ると、後ろで縛られた手首が痛む。
「っ、離しなさいっ!」
これ以上触られたら噛み付いてやるわ、と睨み上げた時、にわかに天幕の外が騒がしくなり、盗賊たちが訝しげに視線を交わした。
耳を澄ますと、剣戟の音と喧騒が近付いてくる。
「レティシア様! 今お救い致します!」
微かに拾った耳馴染みのある声に驚いて、弾かれたように振り向く。
「まさか、リシャール様? どうして……」
「姫! どこにいらっしゃいますか! 姫!」
複数の天幕が張られているため、おそらく場所がわからないのだろう。
「ここ──ここです! きゃっ……!」
頭目らしき男に羽交い締めにされ、口を塞がれて竦み上がる。
「お前ら、何ぼけっとしてやがる! 外の様子を見てこい!」
男たちが押っ取り刀で外へ駆け出ると、天幕の向こうに焚かれた篝火がゆらめき、赤い光の中で戦う人影が躍った。
白刃のぶつかりあう鋭い音と、野太い声。人が倒れ伏す鈍い音。
それから──。
「姫!!」
天幕の布が切り裂かれ、バサッと乾いた音を立てる。
月夜を背負って現れたのは、王城にいるはずの婚約者、王太子のリシャールだった。
真昼のように輝くアッシュブロンドに、藍玉を彷彿とさせる水色の瞳。
清雅な青が、今は怒りに燃えて複雑な色を帯びている。
右手に握った宝刀は血に濡れ、地面に暗い色が滴っていた。
「汚い手で、私のレティシアに触れるな!」
「ハッ、格好つけやがって!」
「きゃあっ!」
頭目はレティシアを地面に突き飛ばすと、腰の三日月刀を抜きざま、リシャールに飛びかかった。
「ダメ! やめてえぇっ!」
レティシアは顔を背けた──が、刃を弾き合う音はそう長く続かなかった。
どさりと人が倒れ、納刀の音が続いた後、足音が近付いてくる。
「愛しいレティシア。もう大丈夫ですよ」
動悸を耐えつつ顔を上げると、リシャールが懐の短剣で拘束を解き、力いっぱい抱き締めてくれた。
「ああ、こんなに震えて、可哀想に」
「っ、リシャール様……! どうして、どうしてわたくしのためにこんな危険を」
痺れた両手を伸ばして、広い背中に縋り付く。
「何を仰るのです。あなたの危機とあらば、どこへだって駆け付けます」
大きな手で頬を撫でられて、麗しい顔が近付いてくる。
「あ……」
「綺麗だ。こんな時でも私の心を捉えて離さないなんて。あなたは自分の罪を、もっと自覚した方がいい」
「っ……待って。待って下さい。私たちはまだ、婚約したばかりで、」
「美しいあなたがいけないのです。私はもう、あなた無しの人生など考えられない……」
リシャールの吐息が唇に触れて、レティシアは小さく震える。
そっと目を閉じて……。
それから……。
それから………………。
「きゃ〜〜〜〜っ! やだやだっ、リシャール様、これ以上はいけませんわ……!」
現実のレティシアは、王子の代わりに豚のぬいぐるみを抱き締めたまま、ベッドの上をごろんごろんと転げ回った。
「はぁ、はぁ……そう、駄目よ、まだ婚約しただけの設定なのにキスなんて! ちょっと早まっちゃったわ。王子様ならきっと、初夜まで大切に扱ってくれて、結婚式の時に初めてキスをするんだわ。それから……、それから……、……キスの後って、皆どうするのかしら?」
はぁ…………。
立派な天蓋を見上げて、レティシアは悩ましく息を吐く。
どんな妄想でも、最後は“めでたしめでたし”だ。
だからこそ現実に戻る瞬間は、いつもほんの少し、切なく虚しい。
「リシャール様……。十年前に偶然お会いした時も、とても素敵な方だったけれど。今はどんなお姿をしていらっしゃるのかしら」
レティシアはぬいぐるみを抱えたままベッドを下り、窓から外を見上げた。
赤い屋根の連なる王都の丘の向こう、切り立った崖の上に憧れの王城が見える。
真昼の光を受け、長年の治世と栄光を知らしめるように輝く城はため息が出るほど美しく、毎日眺めても見飽きない。
妄想の中の婚約者、リシャール・デュマ・グランジュは実在の人物だ。
何百年も昔にマルリアーヴ島を都市国家として統治したグランジュ王家の第一王子で、今もレティシアの住む大聖堂からほど近い王城に暮らしている。
一方レティシアは、聖マルリアーヴ国教会の聖女だった。
生まれは島の北部で、小さな村を治める男爵家の長女だが、十歳の時に聖痕があらわれ、二百三代目の聖女として王都の大聖堂へ迎えられた。
島に伝わる神話によれば、聖痕には、天地を司る守護神ユリアンが宿るらしい。そして聖痕を持つ処女が日々祈りを捧げる限り、島はあらゆる天災や外敵から守られるとされている。
そんなレティシアがリシャールと出会ったのは、十歳の時。
レティシアが初めて大聖堂を訪れ、前聖女から錫杖を引き継ぐ典礼の日に、ほんの一瞬言葉を交わしただけだ。
つまり現在の見目も性格も、何も知らない。わかっているのは、今年の夏十九歳になったばかりの、一つ年下の男性だということ。
だから妄想中の彼の顔貌は靄がかかって曖昧だし、言動も、理想の恋愛を思い描いているにすぎない。
噂では眉目秀麗の好青年で、剣の腕は王立騎士団長に負けず劣らず。政治はもちろん、哲学や芸術にも造詣が深く、溢れる知性と思慮深さを持つ、グランジュ王家切っての秀才らしい。彼が城下町に下って国民の生活を視察する際は、女性たちが黄色い声を上げて騒ぎ回り、遠巻きに取り囲むほどの美丈夫だと聞いた。
ただ、言葉で伝わってくる情報は無味乾燥だ。
レティシアは生身の人間のぬくもりを求めて、十九歳になったリシャールの姿を具体的に思い描こうとしてみる。
でも大聖堂で暮らしはじめて以来、十年にわたって鍛え上げた妄想力をもってしても、脳裏に浮かぶのは十年前の幼い姿のままだった。
──仕方ないわ……。だって、リシャール様だけじゃない。
──もう何年も、異性とまともに顔を合わせたことがないんだもの……。
レティシアは眩しい王城に背を向け、再びベッドにドサッと倒れ込む。それから豚のぬいぐるみと顔を見合わせ、自分を憐れまないように笑みを作った。
表向き、大聖堂を中心とする聖マルリアーヴ国教会の長は聖女ということになっている。
神話を彷彿とさせる可憐な衣装をまとい、島中の民に敬われ、祈りを捧げる聖女。そんな象徴化された姿に憧れる少女は多い。
けれど実際のところ、神の気まぐれによって無作為に選ばれた十代の少女が、一夜にして島をまるごと支える宗教組織を取り仕切れるわけもない。
実権は教会内の選挙で選ばれた五人の司教が握っており、運営や大きな祭事は、彼らの合意と指導のもとに執り行われている。
そして聖女の生活はといえば、幽閉状態に近かった。何しろ、島の命運を握る存在だということが、歴史上繰り返し証明されているのだ。
大昔、大聖堂の不自由な生活に耐えかねて、『祈りが天災を防ぐなんて迷信だわ。いつまでも古臭い神話を信じて馬鹿らしい!』と男に走って処女を失ったり、長期に渡って祈りを拒絶した聖女たちがいた。
その結果、島は大洪水に見舞われて飢饉が訪れたり、大地震が起きて多くの家屋が倒壊したのだ。
以来、グランジュ王家と司教たちによって、聖女には厳しい戒律が設けられている。
午前はひたすら祈り、午後は聖女に望ましいイメージを保つための慈善活動に専念する。常に護衛がつき、自由な外出も許されない。
家族とは引き離され、手紙は全て検閲される。生活は寄付金で賄われるため、食事や私服も質素なものだ。
何より厳格なのは、司教と司祭たち以外、異性との接触は遮断され、人との交流は大聖堂内に暮らす修道女に限られていることだった。だからレティシアが王子の噂を知っているのは、大聖堂の食糧庫に出入りしている粉屋の娘が、こっそり世間のことを教えてくれるおかげだ。
もちろん、歴代の聖女がこの厳しい生活に耐えられたことには理由がある。肉体が成熟する二十歳前後で聖痕は少しずつ薄れ、別の若い依代へと移動するためだ。
とはいえ、ほとんどの女性が十六歳前後で結婚をするマルリアーヴで、二十歳は完全な行き遅れ。
解任されたところで、妄想通りの恋愛なんて夢のまた夢だ。
それでもレティシアは、自分の運命を憂いたりしなかった。
──守護神様は、どういうわけか私を見込んで、聖女に選んでくださったんだもの。
──島の皆が平和に暮らせるなら、私一人の我慢くらい、どうってことないわ。
「恋愛だって、妄想だけで十分楽しいもの……ねっ? セリーヌ? 今日の展開は最高だったわねぇ! やっぱりピンチを救われてからのキスは鉄板! 午前の疲れも吹き飛んだわ!」
ふにふにとぬいぐるみの感触を確かめて、もう一度ぎゅっと抱く。
両腕で抱きかかえて眠ると、ちょうどしっくりくるサイズだ。
大聖堂へ召喚を受けた際、私物の持ち込みは一つしか許されず、十歳だったレティシアは迷いなく母お手製の豚のぬいぐるみを選んだ。
以来彼女は、一番の親友だ。
二十歳にもなってぬいぐるみに話しかけるなんて、自分でもどうかしていると思う。
それでも、運命を受け入れ、弱音を吐かないと決めたレティシアは、彼女を前に素直な気持ちを吐露することで、なんとか気持ちを立て直してきた。
「男の人と愛し合うって、どんな感じなのかしらねぇ……。想像だけでこんなにドキドキするんだもの。現実になったら、心臓が止まっちゃうんじゃないかしら?」
大聖堂の敷地内で生きているレティシアとは違って、日々色々な人と会っているのだろうリシャールは、レティシアのことを覚えているはずがない。それに、ここ数年は沢山の縁談が舞い込んでいると聞いた。
でももし……、と、時々妄想する。
もし王子が自分のことを覚えていてくれて、一緒に都をデートできたらと。
──護衛が一緒じゃなかったら、どこへでも行けるわね。流行りの可愛い服を着て、いろんなお店を見て回って。一緒に、王都で流行ってるって噂のカヌレを食べてみたいわ。
──それから、そう……手を繋いじゃったりして……!
きゃあああ、とまた悲鳴を上げた時、
「聖女様──レティシア様! 午後のお勤めの時間です!」
ドアをけたたましく叩かれて、レティシアは飛び起きた。

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