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けものの花嫁 狼王子は番の乙女を愛し尽くしたい 下 2

第二話


 明けて翌日、ようやく起き上がれるほどに気力を回復したマリオンに商人が来たと告げられた。
 レヴァンから聞いていた南国の物売りだろう。
 告げに来たのは十歳にも満たないくらいの子供だ。
 事前に聞かされていた話では離宮の厨房で下働きをしているという女性の息子だとかで、片言だが大陸の西側諸国の共通語が話せるというので通訳の代わりに連れてこられたらしい。
 ほかには、夫婦と思われる老人と老婆がマリオンの身の回りの世話についている。
 こちらは、西側諸国の共通語は一語も理解できず、しかも、最初のころのノア以上に寡黙だった。
 することも必要最低限。
 あるいは、三人の王子たちからそのように計らうよう指示されているのかもしれない。
「会う?」
 身振りと手振りで少年から尋ねられて、うなずいたのは半ば惰性だった。
 頭の中は、まだ、どこかぼんやりとしたままで、はっきりとはものを考えられない。
 老婆に手伝われて身支度をすると、老人が無言のまま離宮にいくつかある客間のうちのひとつにマリオンをいざなった。
 客間には、既に、多種多様の品物がところ狭しと並べられている。
 金細工の髪飾りに、真珠の首飾り。色とりどりの生地見本と、それを使った衣装の数々。金糸で刺繍された室内履きや、羽を使った扇子もあった。
 どれも、アルトリやオルノーブルの宮中で身につけても恥ずかしくないほどの豪華で華麗な品だ。
 商人は浅黒い肌をした中年の男だった。
 王宮に出入りを許されているくらいだから、ひとかどの人物なのだろう。恰幅がよく、表情や態度にも余裕がある。
「遠路はるばるよくお越しくださいました」
 マリオンは、なんとか背を伸ばし、商人に声をかける。
 気力はまだ充分には回復していない。全身が重だるい。
 それでも、アルトリの王女として培った王族としての振る舞いが、自然とマリオンを動かしている。
「タロンの次期王妃さまにお目通りかない恐悦至極にございます」
 さすがは各国を巡る商人だ。慇懃な言葉は、かすかな訛りはあるものの、流暢な大陸の西側諸国の共通語だった。
(次期王妃……)
 その言葉が、ふと、心のどこかに引っかかる。
 そうか。あの三人の王子が王となった暁には、自分は王妃となるのか。
 今まで、そんなこと、少しも考えなかった自分が少し不思議だった。
「次期王妃など、恐れ多いことでございます。わたくしはタロンに嫁いできたばかりのただの若輩者ですわ」
 マリオンがそう言うと、商人はにっこりと笑った。
 人懐っこそうに見せてはいるが、その黒い瞳は笑っていない気がした。
 アルトリは商人の国だったから、マリオンも知っている。
 商人とはそういうものだ。やり手であればあるほど、どんなに笑顔であっても、目の奥では抜け目なく相手を観察している。
 国王であったマリオンの父の周りにもこういう目をした男や女が幾人もいた。
「次期王妃さまは大変謙虚な方でいらっしゃる」
 商人は身振り手振りまで加えてマリオンを大げさに褒め讃えた。
「王子さま方も賢明なお妃さまを迎えられ、大変お喜びでしょう」
「……そう、だと、よいのですが……」
 心にもない言葉は唇の端で少しつかえた。
 商人は気にした様子もなく、お追従を続けている。
「レヴァンさまは大変頭脳明晰な方でございます。一を聞いて十を知ると申しますが、そのはるか十倍、百倍を知り、先んじて物事に手を打たれる手腕には私どもといたしましても感服するばかりでございます。既に会議にはなくてはならない方なのだとか。国王陛下方も安心して国政をお任せになっているようです」
「……そう、ですわね……」
「ノアさまはノアさまで、こちらもまた聡明な方でございます。宮廷の中でレヴァンさまが決められたことを実際に取り仕切るのがノアさまだと伺っております。何がどのくらい必要か見極めることは大変難しいことでございますが、そのあたりの計算が本業でございます私ども商人など足元にも及ばぬほど優れておいでです。また、人心の掌握にも長けておいでだ。どんな頑固者もノアさまの説得には応じるというのですから驚きでございます」
「……ええ……」
「ザザさまは……、まだまだこれからの方でございますが、偉大なお兄さま方の薫陶を受けられ、立派な王となられることは明らかでございます。次期王妃さまもご安心でございましょう」
 よくもこれだけ立て板に水でお世辞を繰り出せるものである。
 商人の長広舌にはさすがにあきれたが、一方で、久しぶりに商人の業とも言える部分に接して、マリオンは、逆に、少しほっとした。
 父の傍らでいろんな商売を見てきた。父は幼いマリオンを膝に抱いて、どの品がどこの店のもので、どのくらいの価値があるのか、ひとつひとつ丁寧に教えてくれたものだ。
『おまえが男であればなあ』
 父はよくそう言った。
『おまえには商才がある。男なら、余自ら存分に鍛えてやったものを』
 ひどく残念そうだった父の声を思い出しながら、マリオンは並べられたドレスのそれぞれに目をやる。
「これはオルノーブルのマジョール工房のものね。こちらはセルマン」
 いずれも大陸の西側諸国の位の高い貴族たちの間で人気の高級店だ。マリオンもアルトリにいたころ何着か持っていた。
「そのとおりでございます。さすがはアルトリの姫君でいらっしゃいますね」
「さわってみてもいいかしら」
「もちろんでございますとも」
 熟練の職人による精緻な裁断と縫製で作り上げられたドレスはいずれも見事なものばかりだ。
 そっと触れてみると、指先に絹のひやりとした感触が伝わってくる。
「とてもよい絹ですね」
「それは、もう。最高級の絹でございますから」
 いつか、レヴァンから聞かされた言葉がふと脳裏によみがえる。
『タロンの絹織物は質がよいと評判だ。実際、大陸の西側諸国の貴族たち御用達の最高級の絹織物のうち、およそ半数はタロンで作られている』
(もしかしたら、この生地もタロンで織られたものなのかしら)
 タロン王立だという機織りの工房には、マリオンも以前訪問したことがある。
 レヴァンが連れて行ってくれたのだ。
 レヴァンも、ノアも、ザザも、しばしばマリオンを城外に連れ出した。彼らは特別その理由を口にはしなかったが、おそらく、タロンがどんな国かマリオンに教えたいのだろうとマリオンは勝手に想像している。
 タロンの豊かな自然や、産業、国民を語る時、彼らは決まって誇らしげだった。
 三人の王子たちは自身の国を心から愛しているのだ。
 彼らのそういうところは、マリオンも嫌いではない、と思う。
 レヴァンが言うには、タロンでは仕事に男女の区別はないのだそうだ。
 狩りに行く女がいれば、機を織る男もいる。
 現に、レヴァンが案内してくれたその工房で一番の腕を持つという職人は、筋骨隆々とした壮年の男だった。
 彼が織ったという製品も見せてもらったが、アルトリでもまちがいなく最上級の品として扱われるほど見事なものだった。
 マリオンも思わず目を瞠ったことは記憶に新しい。
 だが、それ以上にマリオンを驚かせたのは、機織り工房に小さな子供たちがたくさんいたことだ。
 工房の職人が自分たちの子を連れてきているにしては数が多過ぎた。
 あの時―――。

「どうして、こんなに子供たちがたくさんいるの?」
 不思議に思って質問したマリオンに、レヴァンはすぐに答えてくれた。
「ここは託児施設も兼ねているからだ。親が仕事に出ていて家にいない間、機織り工房で無料で子供を預かる。機織り工房には子供を見る専門の係がいて、子供たちに文字や計算の仕方も教えたりする」
「それは、いい考えね。親は安心して働きに行けるし、子供たちは教育が受けられる」
 タロンでは平民でも学校に通うというが、さらに早いうちから子供たちに基礎的な学習をさせているとは驚いた。
 大陸の西側諸国には、子供どころか大人にだって読み書きも計算もできない者はたくさんいるのに。
「ここでは子供たちには機織りの手伝いもさせている。やがて、長じた子供たちのうち機織りの得意な者が工房に勤め機織り職人になる。大人になってから覚えるより、子供のうちから鍛えたほうがよい職人になるのでね。そうして、タロンの絹織物の品質は維持されているというわけだ」
「みんな小さいのに偉いのね」
「年齢と働きに応じてわずかながらも給金も出るから、子供たちのお目当てはそれだよ」
「お給金まで出しているの?」
「そのほうが、みな、真剣に働いてくれるからな。そういうところをケチってはいけないというのが今のタロンの政策だ」
 レヴァンが少しいたずらっぽく肩をすくめた。
 そうこうしているうちに、お勉強の時間が終わったのだろう。子供たちが集まってきてお手伝いを始めた。
 糸を運ぶ者。
 工房を掃除する者。
 少し大きな子の中には機を織っている子もいる。
 子供たちは覚束ないながらもいっしょうけんめいお手伝いに励んでいた。
 タロンの子供たちは、どこへ行っても、ほんとうに、明るく元気だ。
「ふふ……。かわいい……」
 マリオンは知らず知らずのうちに微笑んでいた。
 そんな自分が自分でも少し不思議だった。
 初恋のアルベールと引き離され、野蛮な獣の国タロンに嫁ぐと決まった時、自分はもう二度と笑顔にはなれないと、強く、強く、思っていたのに。
 視線を感じた。レヴァンの金色の瞳がじっとマリオンを見ている。
 少し、息苦しい。
「ここには寄宿舎も併設されている。ふた親を早くに亡くしたり、よんどころない事情で親と暮らせない子供たちが暮らしている」
 そういえば、タロンでは、物乞いをする子供や路上で暮らす子供は、ひとりとして見たことがない。
「どうしてそこまでするの?」
 王立というからには、ここの託児施設の運営費も子供たちの給金も税金から支払われるはずだ。
 マリオンの故国アルトリは豊かな国だったが、それでも貧富の差は否応なく生まれるのが常だった。
 貧民街の治安の悪さに、国王である父はよく頭を悩ませていたものだ。
「以前はタロンもここまでではなかった。子供たちへの政策を手厚くしたいというのは母の考えだ。陛下たちは母の意志に従ったに過ぎない」
 マリオンは小柄で華奢な王妃のことを思い出す。
 確かに、やさしそうな人だったが、外見だけではなく、心もやさしく気高いというわけか。
(わたしとは違うわ……)
 少しひねくれた気持ちになっていると、レヴァンが言った。
「もっとも、それだけが理由というわけでもないのだがね」
「どういうこと?」
 聞き返すと、レヴァンはどこか遠くを見るようなまなざしをした。
「タロンは虐げられし者たちが集いし国だ。今では同胞も数を減らした。お互い助け合わねば、生き残ってはいけない。我々は、それをいやというほど知っている」
 いつもは圧倒的なまでに力強い光を放つ金色の瞳が、今は、ほのかな憂いににじんでいて―――。

「……で、ございますよ。殿下」
 声をかけられ、マリオンは、ふいに、我に返る。
 随分深く物思いに沈んでいたようだ。
 商人の話も少しも聞いていなかった。
 曖昧な微笑みでごまかしながら、マリオンはとろけるような肌触りの絹織物の上で指を滑らせる。
 タロンは獣の国。野蛮人が住む未開の地。
 大陸の西側諸国の人々はみなそう言って、タロンを、蔑み、忌み嫌う。
 なぜ、タロンがそう呼ばれることになったのかマリオンは知らない。ただ、古(いにしえ)よりそうであると伝え聞くのみだ。
 おそらく、大陸の西側諸国にとって、タロンの持つ独自の文化は受け入れ難いものであったのだろう。そして、彼らはその相容れぬものを『野蛮』と呼んだのか。
 いずれにしろ、何度か繰り返された西側諸国からの弾圧に耐えかね、タロンは、大陸の西と国交を絶ち、国を閉ざした。
 それがむしろタロン国内での団結を促したのだとしたら、なんとも皮肉な話だ。
(獣の国か……)
 なんだか、ひどく冷めた心地だった。
 この絹が野蛮な獣と蔑むタロンの民によって作られたものだと知ったら、マジョール工房やセルマンの手による衣装を自慢げに身につけていた貴族たちはどうするのだろう?
 汚らわしいと言って脱ぎ捨ててしまうのだろうか?
 だが、タロン産の上質な絹に慣れた貴族たちが、よその質の悪い絹で満足するだろうか?
 結局は、それが野蛮な獣の国の経済を潤すことなど見て見ぬふりをして、タロンの絹を身につけ続けるのだろうか?
(滑稽ね……)
 蔑んだつもりで、その実、蔑まれていたのは自分たちのほうだったのかもしれない。
 大陸の西側諸国がどんなに忌み嫌おうと、タロンという国は傷つかない。
 心の中でため息をつきつつ、マリオンは口では言葉を繕った。
「どれもすばらしい品ですね。目移りしてしまいそうですわ」
 目ざとい商人はマリオンが今ひとつ気乗りしていないことに気づいているのだろう。いっそう微笑みを深くして、傍らに置かれたびろうど張りの箱を仰々しい態度で開ける。
「では、こちらなどいかがです? とっておきの品でございますよ」
 差し出されたのは、今までのものとは比べ物にならないほど豪華なドレスだった。
「まあ……! すてき……!」
 思わず感嘆の声が溢れた。
 胸元の大きく開いた流行のデザインだった。
 袖口にレースがふんだんに使用されているのも、近年人気のスタイルだ。
 生地は光沢のある薄青い絹。その上に隙間もないほどびっしりと薔薇の花が刺繍されている。
 薔薇の色は鮮やかな青だ。
(アルベールさまの瞳の色だわ……)
 胸の奥が、しくり、と軋んだ。
 こんな豪華なドレスを着てアルベールの隣に立つことを夢見ていた日もあったのに。
「いかがでございます?」
 商人の後ろで控えていた部下と思われる男たちが進み出てきて、マリオンの肩にドレスを当てた。
「大変お似合いでございますよ」
 しかし、マリオンは小さく首を横に振る。
「だめですわ。わたくしはこのドレスを着られません。わたくしはもう既婚者ですから」
 大陸の西側諸国の社交界では、胸が大きく開いたドレスを着るのは未婚の若い娘だけだ。
「なんでしたら、お直しもいたしますよ」
「いいえ。けっこうよ」
 マリオンはきっぱりと首を横に振る。
 このドレスを手に入れたとしても、今のマリオンには着ていくところもない。
 だって、タロンでは、質や形はそれぞれとしても、みながタロンの伝統の衣装を身につけている。その中で、自分ひとりがこの豪華なドレスを身にまとっているなんて、想像しただけでも滑稽ではないか。
 レヴァンはドレスでも宝石でも好きなものを買えと言ったけれど、宝石も、豪華なドレスも、髪飾りも、香水も、今のマリオンの心を動かすことはできないようだ。
 だからといって、せっかくやってきた商人を手ぶらで帰すのも気が引ける。
 何かひとつ、商人の顔を立ててやることができるものはないかとあたりを見回した時、華やかな宝飾品や衣装に紛れて、ほんの添え物のように何冊かの本が置かれているのが目に入った。
「言葉を……」
 何か考えてのことではなかった。
「タロンの言葉を覚えたいのです」
「言葉、でございますか」
 商人が意外なことを耳にしたとでもいうように片眉を上げた。
「……何か……。なんでもいいの……。言葉を覚えるのにちょうどよい本はないかしら?」
 ただの思いつきだったが、口にしたあとで、案外よい考えだったのではないかとマリオンは思った。
 本は、宝石やドレスほどではないにしろ、それなりに高価だ。何冊か購入すれば、わざわざ王宮までやってきた商人の面目をつぶすこともないだろう。
 それに……。
 ノアは言った。したいことを探せと。
『このタロンであなたは自由だ。したいことをすればいい』
 でも、マリオンはタロンの言葉が話せない。何ができるのかもわからない。
 片言でも意志の疎通を図ることができるようになれば、少しは何かが見つかるかもしれない。
「かしこまりました」
 商人が慇懃に頭を下げる。
「今ここにはございませんが、ちょうどよい品が手持ちの中にございます。のちほどお届けいたしましょう」
「ええ。そうしてください」
 これで商談は終わりだ。
 商人に挨拶をして立ち上がる。
 途端に眩暈が襲ってきて足元がふらついた。
 考えたら、三人の王子たち以外の者と話をしたのはほんとうに久しぶりだった。
 だが、今は、喜びよりも、疲労感のほうが勝(まさ)っている。
 三人の王子たちとは一切を取り繕うことのないやり取りばかりだったから、久しぶりの王族らしい毅然とした態度が思いのほか疲れを呼んだのだろう。
 そのまま部屋に引きこもっていると、しばらくして商人が再度来訪したとの知らせがあった。
 直接手渡したいというので重い足を引きずるようにして客間へ向かえば、商人が美しい青のびろうど張りの箱を携え、ひざまずいていた。
「仰せの品にございます。どうぞお納めくださいませ」
 マリオンはずしりと重いそれを受け取った。
 不審物がないかどうか、中身はここへ来るまでに検められているはずだ。マリオンの前に姿を現すことはないが、離宮を守る兵士は適切に配備されていると聞いている。
「お持ちになりましたら、是非、中をお確かめください」
 商人の目がきらりと光った。
「特に、表紙の裏の挿絵は、必ずや、お気に召していただけるものと存じます」
 そのまま、商人はあわただしく去っていった。
 今日のうちにここを発って、また別の国を目指すという。
 なんとも商売熱心なことだ。
 商人を見送って部屋に戻ると、書き物机の上に青い箱が載せられていた。世話役の老人がマリオンから受け取ってここまで運んでおいてくれたのだ。
 マリオンは椅子に座り箱を開けてみた。
 商人が持ってきたのは子供に文字を教える時の教材にするような本だった。
 ページごとに絵が描かれ、その横に大きな字で言葉が記されている。
 言葉がわからなくても見ているだけで楽しくなるような本だった。
 どうやら、あの商人は、宝石やドレスだけでなく、書物に対しても目利きだったらしい。
 ぱらぱらとページをめくっていたマリオンは、ふと、商人の言葉を思い出す。
「表紙の裏の挿絵、だったかしら……」
 意味ありげな目つきが気になった。
(必ず気に入るって、どんな絵なの?)
 マリオンは、一旦本を閉じて、それから、分厚い革の表紙をめくる。
(絵なんてないじゃないの……)
 表紙の裏は無地だった。
 目を凝らしても、何かが描かれているようには見えない。
(いったい、どういうこと?)
 もしかして、からかわれたのだろうか?
 だとしても、あの商人がそんなことをする意味がわからない。
 何か割り切れない気持ちで表紙の裏を指で辿っていると、ふと、端の方がほんの少し盛り上がっていることに気づいた。
「え……?」
 何か入っている?
(もしかして、ここに何か入れたってこと?)
 マリオンは爪の先で表紙の裏に上張りされた紙を剥がしてみた。
 少しずつ少しずつめくっていくと、現れたのは一通の手紙。
 封蝋はなかった。代わりに、印が押してある。
 輝く太陽と栄光の徴(しるし)である月桂樹の文様。
 オルノーブル王家の紋章だ。
 マリオンは急いで中を開いて見た。
(まちがいない。アルベールさまの字だわ)
 幼いころから許婚であったアルベールとは何度も何度も手紙のやり取りをした。
 恋しいアルベールのことを思い、マリオンはその手紙を、何十回、何百回と繰り返し読んだものだ。
 そのマリオンが見まちがえるはずがない。