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シゴデキ夫は今宵も新妻を離さない! 最強魔術師のエンドレス絶倫溺愛 2

第二話

 

 囁きにも似た笑い声が楽曲の合間に聞こえる。大広間では楽団が軽快なワルツを奏で、それに合わせて招待客が思い思いに踊っていた。
 皆、流行を取り入れた華やかな衣装だ。特にドレスの色は様々で、大広間中に鮮やかな華が咲き誇っているかのようだ。
 顔見知りの者がいれば声を掛け、挨拶をし、会話を楽しむ。あるいはお目当ての相手を見つけ、さりげなく二人きりになれるように仕掛けたりもする。
 高位貴族の社交はそれが基本だが、ユーフェミアは一向に慣れなかった。腹の中を探り合うようなやり取りは気が抜けない。
 また、ブラッドフォードとお近づきになりたい女性たちを牽制するためには、隙無く完璧な令嬢を演じなければならなかった。
 今も、仕事相手らと談笑しているブラッドフォードに向けられる熱っぽい視線がいくつもある。ユーフェミアは完璧な笑顔をその令嬢たちに向け、不用意に近づけないようにしていた。
 その結果、令嬢たちは遠目に憧れの眼差しを向けるだけだ。これならば大丈夫だろうと、ブラッドフォードのために飲み物を取りに行く。
 そこへ、あどけない幼女の声が掛かった。
「あ、ユーフェミアだ!」
 同時に腰のあたりにどうっ、と体当たりされ、危うく倒れそうになるのを踏ん張って耐える。見下ろせば見事な金の巻き毛によく似合う愛らしいドレスを着た十歳くらいの少女がいて、にこにこと笑ってユーフェミアを見上げていた。
 思わずこちらもつられて微笑んでしまう。そっと抱き返すと、嬉しそうにさらにしがみついてくるのが可愛くてたまらない。
 一見すると無害な幼女だが、立派な魔術師の一人だ。
「アリスンさま、こんばんは。今夜はどうされたのですか? お一人ならばとても危険です。可愛らしいアリスンさまが誰かに連れていかれないよう、私がしっかりお守りしますね。さあ、私と手を繋ぎましょう」
「もー! ユーフェミアってば過保護!! 悪い奴が来たら私一人でもやっつけられるのよ! 水の球に閉じ込めて、窒息死させてあげるんだから!」
「ぜひともそれは最終手段にしてくださいませね……」
「悪いことした奴にはきっちり仕返ししていいって教わってるわよ? ユーフェミアって時々長官よりも口うるさいんだから!」
 ぶつぶつ文句を言いながらもアリスンは素直に手を繋いでくれる。
「ごめんなさい。では今度、お詫びに手作りお菓子を差し入れますね」
「ならば許すわ」
 あっさりと頷いてアリスンは笑う。
「でも一人じゃないわよ。おじーちゃんも一緒」
 ほら、と指さす方を見れば、穏やかで優しげな顔をした黒髪の中年男性がいて、ブラッドフォードと親しげに話していた。
 ブラッドフォードよりも一回りほど年上の前魔術省長官――今は副長官のランドルフ・ボウエン伯爵だ。
 彼も魔術師だが魔力は弱い。魔術省管理下の魔術師たちの中では最弱だと、本人から聞いたことがあった。
 その代わり、魔術の知識はとても深く、ブラッドフォードと並ぶ。
 砂漠でも咲く花、数日で大樹になる種、少ない栄養でたわわに実る果樹など、特に彼の魔術植物に関する研究は国内で高く評価されていた。
「アリスンさま……ランドルフさまをおじーちゃん呼ばわりはどうかと……」
「現時点で大抵の大人は私からすればおじーちゃんだわ」
 ユーフェミアの手を引いて、アリスンはブラッドフォードの傍に走り寄る。
「長官、長官! ユーフェミアを連れてきたわよ。駄目じゃないの、ちゃんと見ておかなくちゃ」
 まるでユーフェミアが手のかかる子供のような言い草だ。だが大人ぶる様子は可愛らしいだけだった。
 ブラッドフォードが微苦笑して、アリスンが渡したユーフェミアの手を握る。そして流れるような仕草で腰に手を回し、抱き寄せた。
 突然の密着具合にドキリとする。だがランドルフもアリスンを片腕に抱き上げてこちらに身を寄せてくるのを見れば、周囲にあまり聞かれたくない話をするのだとわかった。
 ユーフェミアは知らず息を詰める。変に怪しまれないよう、笑顔は保った。
 ブラッドフォードが褒めるように、目元に甘さを滲ませた微笑を浮かべる。再びドキリと心臓が跳ねて、慌てて目を逸らした。
「あのね、新しい水魔術を覚えたのよ。ユーフェミアにも見せてあげたいなー」
「……ありがとうございます。今度、魔術省の鍛錬場で見せてください」
「ええぇー、今教えてあげたいなー」
 そんなことをしたら、このパーティー会場が阿鼻叫喚に埋め尽くされる。どうしたものかと内心で冷や汗をかいて上手い返答を探していると、ブラッドフォードが途端に険しい表情になり、アリスンの額をそっと右の人差し指で押さえた。
「アリスン、ユフィを困らせるならば、私がお仕置きをしなければならなくなるぞ? それでもいいのか?」
 背後に青い炎が立ち昇っているかのような恐ろしさだ。
 アリスンは声にならない悲鳴を上げて、ランドルフの首に力いっぱいしがみつく。ランドルフは白目を剥く一歩手前でなんとか止まってくれた。
「もう困らせないから……お仕置きはやめてぇ……」
「わかればよろしい。さて、状況は?」
 ブラッドフォードが軽く咳払いをすれば、アリスンももう一人前の魔術師としての顔になる。
「えっとね。今のところ、異常なしよ」
「私も不審な点は見つけられませんでした」
 二人の報告を受け、ブラッドフォードが眉間に皺を寄せる。一体何のことかと眉を寄せて――気づいた。
(そうだわ。数週間前に貴族が獣に襲われるという事件が起こったと……)
 とある社交パーティーの最中、酔い覚ましに庭を散歩していた男性が、獣に襲われたのだという。
 被害者は鋭い爪のようなもので背中や腕を切りつけられた。幸い、命に関わるような重傷ではなかった。
 夜も更けて庭に灯りはほとんどなく、また人目もない。唯一の手がかりは獣のような唸り声を聞いたということだけだった。
 会場となった屋敷には、それなりの人数の警備の者がいた。にもかかわらず、誰も獣を見ていない。
 主催者から魔術省に調査依頼が入り、ブラッドフォードたちが対応していると聞いている。
「まさかこの夜会で例の獣が現れると……?」
「いや、この夜会に来ているのは私の仕事関係の付き合いがある人間ばかりだから可能性は低い。万が一のときは私が守る」
 キッパリと言い切られ、内心でときめいてしまう。
「手がかりも今のところ夜会の場に現れたということくらいしかない状態だ。そこでひとまず、開催される夜会に魔術師たちを参加させて、怪しいところがないかを調べてもらっているんだ」
「この夜会は私とおじーちゃんの担当だったの」
「おじーちゃ……っ、アリスン。せめておじさんにしたまえ……」
 ランドルフが溜め息混じりに指摘する。アリスンがくすくすと愛らしく笑った直後、バルコニーに続く窓のガラスが、割れた。
「……っ!?」
 咄嗟にブラッドフォードがユーフェミアを抱き寄せる。ランドルフの腕からアリスンが飛び下り、両手を音の方へと向けた。
 テーブルが倒れ、机上の食器が床に落とされる。バルコニーから中に飛び込んできたものはテーブルを踏み台にしてこちらにまっすぐ向かってきた。
(あれ、は……獣……!?)
 狼によく似た姿と大きさの四足獣だ。瞳は銀色で、生き物が持つものとは思えなかった。
「――清らかなる水よ。我がもとに来よ。眼前の悪しきものを包み込む檻となれ!」
 愛らしい声で詠唱したアリスンの掌から水の球が突如として生まれ、獣に向かう。
 銀の目をした獣は水球に閉じ込められ、その中でもがき、吠えた。ブラッドフォードがユーフェミアを腕に抱いたまま鋭く獣を見つめる。
「よくやった、アリスン。そのまま閉じ込めて意識を奪え」
「はーい。水流を作るよー!」
 別の詠唱を続けると、水球の中で水流が生まれた。獣はそれにもみくちゃにされ、息ができなくなる。
 このまま一度窒息させて意識を奪い、捕らえるつもりなのだろう。
 会場は悲鳴や怒号が飛び交っていたが、誰もが我先にと逃げ出していて、腰を抜かした者くらいしか残っていない。
「副長官、こいつは私が捕らえます」
「お気をつけて。ですが危険だと判じたら私も反撃しますので」
 ランドルフが懐から手の中にすっぽりとおさまる程度の大きさの小さな玉を取り出した。
 魔術道具の一つで、魔術が仕込まれている。赤い玉は炎の魔術が込められていて、それを対象物にぶつけると発動する仕組みになっている。
 ブラッドフォードの傍にいると、自然と魔術の知識が入ってくるし必要にもなる。ユーフェミアは時折ブラッドフォードに魔術の知識を教えてもらっていた。
「ユフィ、副長官の傍にいるんだ。すぐに終わらせる」
 言いながらランドルフの方に押す。邪魔になってはならないとすぐに従いランドルフの隣に並ぶと、獣が最後の足掻きとばかりに咆哮した。
 水球に閉じ込められているにもかかわらず、その叫びは空間をビリビリ震わせるほど強烈だ。思わず耳を塞いでしまう。
 アリスンも同じで、意識が獣から逸れた。水球が形を崩し、獣がアリスンに向かって落ちてくる。
「アリスンさま、危ない……!」
 反射的に身を強張らせるアリスンの前に走り出て、ブラッドフォードが片手を振り上げる。次の瞬間には彼が魔術で作り出した剣が握られていた。
 その首を切り落とそうとするより早く、ランドルフが赤い球を投擲する。
「伏せてください!」
 ユーフェミアはしゃがみ込む。赤い玉は獣に当たり――爆発した。
「……!?」
 反射的に身をすくめてうずくまるのが大半の中で、ブラッドフォードだけは凛とした立ち姿を崩さない。彼の見据える先、アリスンの代わりにブラッドフォードの頭を喰らおうとした獣を淡い光の膜が球状に包み込んでいて、爆発はその中で終わっていた。
 湾曲した膜の内側に、肉片と思われるものが飛び散っている。さすがにそれにはユーフェミアも嘔吐感を覚えて口元を押さえたが、すぐに立ち上がって周囲を見回した。
 皆、助かった安堵感と――目の当たりにした魔術のすさまじさに息を呑んでいる。そこには感謝よりも驚愕と恐れの感情が強く現れていて、ユーフェミアは緩く唇を噛んだ。
(異質なものを排除する目だわ)
 ユーフェミアはすぐにブラッドフォードの傍らに駆け寄った。
「ブラッドフォードさま、助けていただきありがとうございました。どなたも怪我はしていないようです」
 しん……っ、と静まり返っていた会場内が、ユーフェミアの声を合図ににわかにざわめき出す。
 使用人たちも駆けつけ、会場内の片付けや客たちの誘導をし始めた。主催者はブラッドフォードに駆け寄り、事態をおさめてくれたことへの感謝の礼を口にする。
 その表情は少し青ざめて強張っていた。それについてはかなり不満だがぐっと堪える。
 ブラッドフォードが光の膜を消す。ぼたぼたと肉片が落ちてきて、また小さな悲鳴が上がった。
 ユーフェミアは血なまぐささに顔をしかめそうになったが堪える。
(……あら……? 肉片の他にも何か……)
 キラキラと光るガラス片のようなものが混じっていた。ブラッドフォードは険しい表情で屈み込み、破片を一つ指で摘まんで見つめる。獣の血で濡れていたが、まるで気にしていない。
「……さすがにここまで砕かれると解析は無理か……」
「おじーちゃんのばかぁ!! 魔石を砕かないように力加減、とっても頑張ってたのにー!!」
 アリスンがぽかぽかとランドルフの腹を殴りつける。
 ランドルフの身体が今にも倒れそうなほどの強い拳は幼女のものとはとても思えない。おそらくは魔術で強化しているのだろう。
「も、申し訳ない……長官が噛み殺されるかと思ったら、つい……ごふぅ……っ」
「アリスン、そこまでにしてやれ。ランドルフが失神する」
「だってだってー!!」
 魔石、という言葉は聞いたことがあった。それに、とユーフェミアはスカートのポケットからハンカチを取り出して血で汚れたブラッドフォードの手を拭きながら思う。
(銀色の目……あれは魔術生物特有のもののはず……)
 魔術生物生成――それは、禁じられた魔術だ。
 植物とは異なり、動物を魔術で生成することは禁じられている。かつて、その研究を極めようとしてついには人を作り出そうとした魔術師がいたからだ。
 その事件以降、その魔術は封じられ、消失した。わずかに残っている資料も魔術省の地下深くにある禁書庫に厳重に納められ、簡単には閲覧できない。
「ランドルフ、どう見ますか」
 ユーフェミアにされるがままになりながら、ブラッドフォードが呼びかける。まだ怒りをおさめきれないアリスンを片腕に抱き上げ、ランドルフもまた、険しい表情で応えた。
「魔術生物で間違いないかと」
「禁書庫の出入りの再チェックを。この魔石のかけらも解析はできないとは思うが調査をしてください」
 かけらを受け取って、ランドルフが強く頷く。そしてアリスンとともに客の誘導や事情説明をしに行った。
 その背中を見送ったあと、ブラッドフォードがハッと我に返ってユーフェミアを見やる。
「怖がらせてしまったな、大丈夫か……!?」
「大丈夫です。ブラッドフォードさまが守ってくださいましたし、あのくらいのことで失神していてはブラッドフォードさまのお手伝いなどできません」
「……そう、か……」
 ブラッドフォードが心底安堵の息を吐く。
 普通の令嬢ならば獣のものとはいえ血を見たら貧血で倒れるだろう。あるいは恐怖で動くことすらできなかっただろう。
 可愛げがなかったかしら……と少々心配になるが、ブラッドフォードは嬉しそうに笑ってくれた。
「さすがユフィ、頼もしい。君のような人が傍にいてくれると、本当に助かる。汚してしまったハンカチは私がもらってもいいか? 新しいものを用意するから交換させてくれ」
「そんなお気遣いは……!」
 慌てて止めたときにはもう、丁寧にたたまれたハンカチはジャケットの胸ポケットにしまわれている。申し訳なさはあったがブラッドフォードからの贈り物は道端の石ころだって嬉しいから、厚意に甘えることにした。


(魔術生物が出てくるとは……まさか……)
 犯人像としてとある人物が思い浮かび、ブラッドフォードは少々悩ましげに嘆息する。途端にユーフェミアが心配そうな顔になった。
「今夜はお疲れになったでしょう。お屋敷に戻ったら、ブラッドフォードさまのお好きな甘い紅茶を淹れますね」
「有り難う。あんなことがあってユフィは大丈夫か? 自邸に帰るのならば……」
「いいえ。私が見ていないと報告書作りなどをしそうですから」
 パートナーとして夜会やパーティーに同行する日は、大抵、泊まっていってくれる。明日は朝一番にユーフェミアの顔が見られると思うと、自然と頬が緩んだ。
 あとのことはランドルフに任せ、帰路につく。
 予定していたよりも早く帰ったものの、使用人たちは特に何も言わずユーフェミアの宿泊の用意をする。寛げる格好に着替えると、約束通り彼女が紅茶を淹れてくれた。
 ハチミツとミルクをたっぷり入れた甘い紅茶を一緒に飲みながら、他愛もない話をする。
 話している間、ユーフェミアはよく笑った。他者に見せる淑女然としたものではないその笑顔がとても愛らしくて、見ているだけでブラッドフォードの心をほんわりと温かくする。
 今夜の予想外の事件がユーフェミアの心を暗くさせていないことにも安堵した。
(芯の強い人だ)
 初めてトラヴィスからユーフェミアを紹介してもらったときから、寛いだ笑顔が朗らかで、目を引かれた。自分にもこんな妹がいたら楽しいだろうと、親友が羨ましくなったほどだ。
(ずっと、この笑顔を見続けることができたら)
 その方法を知ってはいるが、今の自分の立場を考えるとなかなか踏み出せない。いっそのこと魔術省長官など辞めてしまえば……などと思わなくもなかったが、それでは果たすべき義務を放棄したのと同義で、とてもできなかった。
 もとよりそんな中途半端な男は、ユーフェミアに相応しくない。
(ああだが、私の妻になればユフィには苦労も危険も伴う……)
 その心配さえなければ、すぐにでも求婚している。
(はぁ……今夜のユフィもとても綺麗だった……)
 着飾ったユーフェミアを思い返す。
 サラサラの淡い金髪、長い睫に縁取られたぱっちりとした若草色の瞳、愛らしい鼻と唇。ふんわりと膨らんだ胸にくびれた腰。小柄だが女らしい身体つき。
 濃い紫色のドレスがよく似合っていて、会場の男たちの視線を集めていた。彼らの両目を思わず魔術の炎で焼いてしまいたくなるほど不快なものだった。
(いやいやいや、大人げない……! 私はユフィより十も年上だぞ。この程度で嫉妬してどうする!?)
 心癒されながらも内心、悶々と会話を楽しんでいると、ユーフェミアが小さな欠伸を噛み殺し始めた。寝室に行くように促せば、「まだもう少し話したいです……」などと寝ぼけた声で甘えられて、あまりの可愛さに意識を失いそうになる。
 愛らしいお願いを聞いてやりたいが、寝不足で帰らせたりなどしたらトラヴィスに殺される。そしてユーフェミアがここに来ることを禁止されてしまう。
 ブラッドフォードは軽い身体を抱き上げ、自ら寝室に運び、寝かしつけた。万が一にも風邪をひかないよう、掛け布をしっかりと肩口まで掛ける。
「おやすみ、ユフィ。また明日だ」
 おやすみなさい、と呟いたようだがもう声になっていない。ブラッドフォードは微笑んで彼女の額に軽くくちづけて部屋を出た。
 自室に戻るとオーウェンがいて、寝支度をしてくれていた。
「ユーフェミアさまはもうお眠りになられましたか」
「ああ、ぐっすりだ。今日も私が仮眠している間、屋敷の切り盛りをしてくれたからな」
「おかげで私たちはとても助かっております。旦那さまは長官のお仕事がありますから……ユーフェミアさまの手腕はここ数年、めきめきと上がっております。いつ嫁いでこられても問題ありませんね」
 含み笑いをして、オーウェンが言う。
 言外で早く求婚しろと尻を叩かれているようで、何とも気まずい。
 オーウェンは父方の遠縁で、ブラッドフォードが生まれたときからの付き合いだ。愛しい妻との間に子ができなかったせいか、ブラッドフォードを実の息子のように可愛がってくれた。
 そのためどうにも強気になれない相手だ。もう一人の父のように思っているからかもしれない。
(……実際、トラヴィスのところに縁談の申し出が来ているらしいしな……)
 トラヴィスは、妹には好きな相手と結ばれればいいと言っている。だが、自分のお眼鏡に適う相手でなければ許さないとも言っていた。
 幸い、まだ自分の威圧に抗ってまでユーフェミアに近づこうとする男はいない。だが、いつまでも自分が傍にいてさりげなく牽制してもいられないだろう。
(もう腹を決めてユフィに結婚を申し込むべきなのか……!?)
 オーウェンが寝間着に着替えさせてくれたことにもまったく気づけず、ブラッドフォードは眉を寄せ、考え込んでいる。ベッドに促しても動かない様子を心配したオーウェンが嘆息した。
「妙なちょっかいが入らないうちに、婚姻を申し入れた方がよろしいかと……。ユーフェミアさまもお待ちになられていると思います」
「不確かなことを口にするのはやめろ。だがお前がそのように思えたということは、その……少しは私にも見込みがあるということだろうか……」
「大いにあると思います」
 真面目な顔でオーウェンが答える。その声音には「今更何を言っているんだこの人は」とでも言いたげな呆れが含まれていて、少々気圧された。
「……いや、私を主人として慕ってそう言ってくれるのは嬉しいんだがな。ありがとう。だが、それとこれとは話が別だ。私はその……ユフィより十歳も年上だし、魔術省長官で多忙だし、魔術がらみの事件に常に関わっているから危険も多いし……ユフィのようなか弱い女性では、色々と気苦労をさせてしまうばかりだ……」
 もごもごと言い訳をするブラッドフォードには答えず、オーウェンは再び溜め息を吐く。そして一礼し、就寝の挨拶をして退室した。
 何だか責められたような気がして不愉快になり、しかめっ面でブラッドフォードはベッドに潜り込んだ。