こっそり夫(元勇者)の推し活をしていたら、いつの間にか執着溺愛されていました 2
まだオフィーリアが前世を思い出していない、生粋の貴族の令嬢であった時の話だ。
勇者パーティは苦闘の末、魔王を打倒し王国の未来を救った。
パーティのメンバーは四人。
聖騎士エドマンド。カリナッジ王国の正統なる唯一の後継者。第一王子であり王太子であったが、国を守る為に魔王討伐の旅に出た。
大魔導士ネアン。王国一の天才と名高い魔術師で、錬金術師でもあった。
聖女マリアンヌ。神の力を行使出来る修道女。どんな怪我もたちまち治療出来る癒しの能力の持ち主。
そして勇者ライバック。彼の勇気と正義感がパーティメンバーたちを引っ張り、実力以上の力を発揮させたので、強敵である魔王を倒すことが出来た。
そして四人は故国であるカリナッジ王国に戻ってきた。
王国中の民が歓喜し、平和になった世界を噛みしめた。
そこから、現実の政治が始まる。
エドマンドは父である先王の引退に伴い、若き新国王として即位した。
彼には武の実力と、圧倒的な国民人気がある。
しかし数年旅をしていた間に、王位継承権第二位だった叔父ゴドフリーが宮中で王族による派閥を作ってしまったことから、権力構造からは取り残されていた。
新王による新しい派閥は、勇者パーティと反ゴドフリー派の勢力がメインメンバーとなった。
ネアンは賢者として新国王エドマンドの相談役となりながら、数々の魔道具を発明している。
聖女マリアンヌはエドマンドと婚約。次代の王妃として、その美しさと慈悲深い振る舞いで民の支持を得ながら、献身的に国王を支えている。
そしてライバックは、領地を与えられ貴族へと取り立てられた。
伯爵として国王の側近になったのは、対外的な身分が必要だからだ。本職は、王国の防衛を担うこと。魔王が倒れたといえど、魔族が全て滅んだわけではない。またいつ徒党を組んで、人間を襲ってくるか分からない。だから元勇者が王国を守護する立場となってくれることに、表立って文句を言う者はいない。
だが、ライバックは平民出身で率直な物言いをする、素直な若者だった。
つまり、貴族特有の遠回しな物言いや陰湿なやり口、政治的な駆け引きは一切出来ないししたくもないという真っ直ぐな性格だったのだ。
彼が国王の側近であるならば、礼儀作法や宮中での処世術を身につけることは必須と言えた。
一方、オフィーリアはリングラム公爵家の令嬢であった。いかにも貴族的な、冷淡でプライドが高いツンとした性格だが気品のある振る舞いを骨の髄まで叩き込まれている。それは貴族の令嬢としては当然の振る舞いだった。貴族は庶民のように親しみやすく笑顔を浮かべたりしない。威厳を保って高貴さを演出するのだ。
しかし、貴族男性の中にはその態度を良しとしない者もいる。
オフィーリアの当時の婚約者もその一人であった。
オフィーリアの元婚約者、カールトンはベレスフォード侯爵家の御曹司だった。権門勢家の出でそつなく振る舞える人物ではあったので、オフィーリアとしては特に不満もなく彼と結婚するつもりだった。
そこに、彼の浮気問題が発生したのである。
浮気といえど、本気だったのが問題だった。
カールトンの浮気相手はありがちではあるが、可愛げがあってリアクションの良い男爵令嬢であった。上位貴族の男性に媚びて愛嬌を振りまく若い令嬢というのは、一定の人気があるのだ。
カールトンはその男爵令嬢リリィにのめりこみ、寵愛し、結果的にリリィは調子に乗ってオフィーリアに喧嘩を売るような真似を堂々としてきた。
耳に届いてくる噂では、カールトンは
『本当はオフィーリアと結婚などしたくない、愛しているのはリリィだけだ』
と睦言を囁き、それを本気にしたリリィも
『愛されているのは私。もうあの高慢な公爵令嬢は捨てられるわ』
と言いふらしているようだ。
そうなると、黙っていられるオフィーリアではない。
「お父さま、お兄さま。わたくしはカールトンの身辺調査をいたしますわ」
それは、叩けば埃の出る彼の身上を一切合切洗い出して、不正を告発したうえで婚約を破棄するという宣言だった。
「分かったよ。オフィーリアがそう言うのなら反対はすまい。だが、そもそも他に釣り合う身分と年齢の者がいないというからあの侯爵家のバカ息子と婚約したんだ。それ以降の身の振り方は考えているのだろうね?」
父の言葉に、オフィーリアは自信満々で頷く。
「勿論、考えておりますわ」
「それならば、良いだろう。調査員は、公爵家の手の者を使いなさい」
「ありがとうございます、お父さま」
オフィーリアはすぐに国王に手紙を書いた。婚約の件で相談したいことがある、という理由を書いたのは口実に過ぎない。本当の用件は交渉だったが、国王はそれを理解したうえで面談に応じてくれた。
若き国王、エドマンドはエネルギッシュで朗らかで、魔王軍に蹂躙された王国を再建し発展させるのに相応しい人物だった。
元聖騎士だけあってガタイが良くて、とても圧迫感がある。貴族の令嬢の中では、一部のマッチョ好きに大層人気があった。オフィーリアは、彼の圧倒的な陽の雰囲気から醸し出される威圧感を、少し苦手だと感じていた。貴人は冷静で無表情に、己の感情を悟らせることのない振る舞いをすべきだと幼少の頃から叩き込まれている。それに逸脱した存在の国王は、気軽に話したいと思える相手ではなかった。
今思えば、エドマンドとライバックはどことなく似ていて、率直で裏表のない物言いをする。そういうところも、彼らが仲良くなった要因であろう。
談話室で待っていたオフィーリアの前に現れたエドマンドは、すぐに同じテーブルに着く。そして朗らかな態度で単刀直入に話し掛けた。
「よく来てくれた、オフィーリア嬢。婚約について悩みがあるとか」
「はい。わたくしの婚約者、カールトンの女性関係について悩み、婚約を破棄しようと考えております」
「ふむ。俺に婚約者がいなければ、ぜひ王妃にと頼むところなのだが」
顎を擦りながらそう言うが、それは社交辞令かけん制かのどちらかで、本心ではないであろう。オフィーリアはただ静かに頭を下げて続けた。
「勿体なきお言葉でございます。聖女マリアンヌとの婚約、おめでとうございます。ところで先日、功労によって叙爵されましたヘリオット伯爵に、宮中の礼儀作法全般を指導する人員が必要だと伝え聞きましたが、もうお決まりでしょうか」
「良いところに目をつけたな、オフィーリア嬢。侯爵夫人としての立場はなくなるうえに、伯爵夫人では格は下がる。しかし、相手は勇者ライバックだ。男ぶりは何段も上だし、勇者の称号は唯一無二だ」
「……話が飛躍しすぎです。わたくしは、教育係として紹介いただきたいのです」
今、王国で一番熱い話題は、勇者はいつ誰と結婚するかだ。適齢期の女性の大半は彼と結婚したいと望んでいる。彼は「勇者」という身分の枠外の存在で、国王の言う通り唯一無二の男だ。貴族の令嬢だって婿にしたい程だ。
そんな中、いきなり勇者の妻の座を狙うなど、あまりにリスクが高すぎる。
オフィーリアとしてはひとまず、現婚約を破棄するにあたって「勇者の教育係」という安定した立場が欲しい。
その後、条件が合えば勇者の妻となってもいいが、おそらく彼は条件より感情を優先するタイプだと予測している。もしオフィーリアが自ら望んで勇者の妻に、と言って断られたら完全に社交界に居場所がなくなってしまうだろう。嘲笑の的になるのは絶対に避けたい。
まずは教育係として接する中で、自然に勇者と接点を持ちたい。オフィーリアだって相手を品定めしたいし、その結果、結婚相手として不適格だと判断すれば、深入りせずに教育係の職務だけを全うすればいい。
とにかく打算と立場の保身のみを考えるオフィーリアに、エドマンドは真摯に語る。
「いや、そんなまどろっこしいことをするより、最初から伯爵夫人として屋敷を切り盛りし、ライバックの後方支援をすると伝えるべきだ。そうでないと、ライはただの先生としてしかオフィーリア嬢を見ないし、あいつは朴念仁だからな。何も進展はないだろう」
「さようでございますか……」
完全にオフィーリアの狙いは読まれているようだ。率直すぎるこの話に乗るべきだろうか。しかし、オフィーリアが直接交渉出来るのは教育係までだ。婚約や婚姻のことは家同士の話になる。
詳細は父に任せて、と口を開こうとした時、エドマンドは驚くべきことを告げた。
「そういうことになるかと思って、ライバックを呼んでおいた」
「えっ……」
見計らったように扉がノックされ、すぐにエドマンドが応じる。
「おう、入れ」
「どうしたんだ、エド。急に呼び出して」
もう驚くしかない。
入ってきたのは、勇者ライバックだった。
そういえば、初代国王陛下も類まれなる直感の持ち主で、低い身分から国を興せたのは常に最良の選択をしてきたからだ、という伝説を聞いたことがある。
その子孫のエドマンドも、素晴らしい直感や洞察力を備えているのかもしれない。
エドマンドと同じパーティで冒険仲間であったライバックを、オフィーリアは立ち上がり淑女の礼をして迎え入れた。
魔物を討伐し、魔王を退治したと聞くと、さぞ体格の良い恐ろしい人物かと考えていたが、国王ほどの圧迫感はなかった。
スラリとしたスタイルに、水色の瞳が涼やかな印象を与える美しい青年だった。この国では珍しい黒色の髪をしている。この髪色のせいで過去に迫害を受けたこともあったが、凄まじい剣と魔法の実力で周囲を圧倒し、認められたと聞く。
全て噂でしか聞いたことがなかったが、実物はこれほどに人を魅了する存在なのかと、オフィーリアは感心していた。
そのライバックに、エドマンドはあっさりととんでもないことを告げた。
「お前の嫁さんを紹介しようと思ってな。オフィーリア嬢だ。これから、ヘリオット伯爵家の面倒を見てくれる伯爵夫人だ」
「っ……! 国王陛下、突然そのような話をするなど。わたくしはただ、教育係としてですね……」
流石に抗議するオフィーリアだが、エドマンドは気に留めない。
「いいからいいから。こういうのはさっさと決めてしまうに限る」
「お待ちください、わたくしにはまだ婚約者が……」
「あー、ライ。ちょっとこっちへ」
ライバックは驚いたような、不審げな表情をしていたが、エドマンドによってずるずると部屋の隅に引きずられていく。そこで二人は小声で話し始めた。とはいえ同じ部屋の中でのことなので、大体聞こえてくる。
「なんだよ、エド。あの子も納得してないみたいだろ」
「いいんだって。あの子は婚約者に浮気されて、他に相手もいなくて、むしろ結婚しないと立場的にまずいんだから」
酷い言われようである。だが大体合ってるし、貴族の派閥争いなどに縁のないライバックには、こういう説明が分かりやすいのかもしれない。
それでも当然、ライバックは納得いかないようだ。
「いきなり結婚なんて、出来るわけないだろ! 俺は平民だし、あの子はいかにも貴族だから全く合わないだろうし」
「いいからいいから。あの子は教育係としてお前を導けるし、伯爵家の執務についても完璧にこなして軌道に乗せてくれる。お前には絶対必要な人材だ。俺の勘は当たるんだ」
きっぱり言い切られると、ライバックの勢いも弱くなる。
「エドの勘を疑っちゃいないが。人材として必要でも、結婚相手としては合わなすぎだろ……」
「まあその時はその時だ。互いに利用して、一緒にいる必要がなくなれば離婚すればいい」
「無茶苦茶すぎる」
つまりエドマンドの勘としては、ライバックの宮中生活と新生伯爵家を軌道に乗せることは出来るが、二人の仲は上手くいかず別れるということか。
だが、一時でも結婚して妻としての務めを果たしていれば、後は気楽な元伯爵夫人として社交界で過ごすことが出来る。
だとすれば、彼に社交術を叩きこみ、伯爵家の執務については最終チェックのみをしてもらい、実務は別の人物に任せる仕組みを作らなければ。
オフィーリアがすべきことを頭の中で弾き出そうとしていると、エドマンドが小声で続けた。
「それに、俺の子とお前の子が近い年齢になってほしい。お前とオフィーリア嬢の子は、きっと優秀で素晴らしい子になる」
「……それも勘か」
「そうだ」
俺の勘は当たると断言する国王の言葉を聞き、オフィーリアのやるべきことリストの中に妊娠出産も付け加えられた。
こうして、二人は国王の結婚を待ってから挙式した。当初はぎこちないながらも夫婦としてやっていくと互いに認め、歩み寄ろうとしていた。
だが、すぐに二人の仲は超絶悪くなった。
理由としては、生まれ育ちの違い、性格の不一致、そして家というものの考え方、方向性の違いが挙げられた。つまり、全部である。
まずオフィーリアは、貴族的な言動が出来ないのは話にならないと、ライバックに礼儀作法から教え始めた。
「ライバックさま、そのように感情をあらわにしてはいけません。嫌そうな顔はやめて無表情になってください」
「元からこういう顔なんだ」
「国王陛下には笑みを見せ、親し気に振る舞っていらっしゃいましたね。あれはいけません」
「はぁ!? エドに今更、へりくだれって言うのかよ! そんな気持ち悪いこと、出来るか」
その口ぶりに、オフィーリアは彼を冷たい視線で射貫いた。
「出来るか、ではなくやるのです。貴方が国王陛下と特別な絆で結ばれた仲なのは重々承知しています。しかし、魔王は倒れ、勇者パーティは解散しております。もう陛下は貴方の仲間のエドではありません。エドマンド国王陛下にあらせられます」
その言葉に、ライバックは今までで一番嫌そうな顔をしたが、オフィーリアは無表情に冷たい態度を崩さない。
「宮中での態度はくれぐれもお気を付けください。その言動の一つ一つが批判される対象になります」
「やってられっか、そんなこと」
吐き出すように言った後、ライバックは憤然として部屋を出て行ってしまった。
今のオフィーリアならば、この事態を俯瞰することが出来る。
(まあ、どっちもどっちよね……)
オフィーリアはライバックに、宮中での言動を改めなければ失脚するし、それは彼を取り立てた国王への批判にも繋がると警告しているわけだ。
貴族的な考えでは当然と言えよう。
以前のオフィーリアからしてみれば、それくらいも分からないのに伯爵の地位を叙位されたのは、覚悟が甘いのではないか。貴族としての立場を甘く見るなと考えていた。
今のオフィーリアは、その考えを少々批判的に見てしまう。生粋の貴族としての気位の高さや、礼儀作法を重んじる性質は分かる。しかしそればかりを優先して人の心を考えず、男の沽券を傷つけまくっている。その態度が原因で前の婚約者に浮気をされたのに、全く考えが変わっていない。同じ過ちを繰り返しているではないか。
そして一方、ライバックの方は、最初は歩み寄ろうという姿勢は見せていた。だがオフィーリアがきつく冷淡な指摘をし続けた為、顔も見たくないようで、彼女を避けて屋敷にも戻らないようになってしまった。話し合いの出来ない仲にしているのは、逃げるライバックの方かもしれない。
ただ、月に一度の閨の時には屋敷に帰ってくることになっている。
そして二人の不仲を決定的にしたのも、閨の問題であった。