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この溺愛は政略です! 「貴女を愛することはできません」と言った冷徹宰相に毎晩めちゃめちゃ甘く抱かれてます 下 2

第二話

 

 ノブレス・オブリージュを広める活動を続けてしばらく経った。デートそのほかの行為のおかげもあり、宰相夫妻のいちゃらぶ度合についてももはや疑われることはない。ゴシップ記事は仲睦まじく慈善活動をするイヴァンゼリンたちを報じているし、近頃は夫婦円満の後押しとして慈善活動をしてみる貴族もちらほら増えてきたようである。
 完全にノブレス・オブリージュと夫婦でイチャイチャすることがセットで流行っている。後者は流行らせるつもりなど特になかったが、構わないだろう。
 いつものように登城したセオドアは、会議室に来ていた。今日の定例議会の議題は、セオドアたち国王派が入念に準備を重ねてきた件である。
 最奥の玉座はまだ空席だが、その前に二列並ぶ貴族の席はほとんどが埋まってきている。ぞくぞくと集まる貴族たちを見て、セオドアは気を引き締める。
(いよいよですね)
 今日の議会では税制の変更についての決議が取られる。かねてより議論を重ねてきたが、決めるときがきたのだ。
 会議室に集まっているのはいつものメンバーである。不機嫌そうなナッシュ侯爵もいる。
(ここにいる貴族は貴族派、国王派、中立派がちょうど三分の一ずつ、といったところですか……)
 ちらりと席についた面々を見回して、セオドアは考える。もともと貴族派と中立派がかなり優勢だったというのに、この状況になっているのはセオドアたちの活躍のおかげだろう。
 しかも今は、その中立派の中に国王派に傾きかけている者もいるのだ。
 先に来ていたヴィクターと目が合うと、彼は緊張の面持ちながらも小さく頷いた。事前に何度も打合せをしてはいるものの、失敗できないと思っているのだろう。
「セオドア」
「殿下」
 ギィ、と扉が開き、ヒューバートが護衛騎士を連れて入ってきた。彼が腰かけるのは、議会側の席である。そうして全員が集まったタイミングで、国王が来る。いつもの定例議会では国王が出席することはほとんどないが、それだけ今日の議題が重要ということだ。
 国王が手を振ったのが、開始の合図である。
「それでは始めましょう」
「うむ」
「かねてより陛下からご提示のあった、税制改革についてです」
 王は玉座で黙っているだけで、議論の最中にはほとんど発言しない。喋るのは議題進行役も担う宰相のセオドアや、王の名代である王太子のヒューバートが中心で、あとは他の貴族たちが意見を述べる形式だ。
「ご存じの通り、今までの税は、領地と家格の規模に応じた固定の金額が毎年課されていました。それを、各年の収入に合わせて税金額を変更する『変動方式』に移行するというものです」
 基本的な説明をしたところで、さっそくナッシュ侯爵が片眉を上げた。気に入らないという表情である。だがナッシュ侯爵に限らず、他の貴族派の者も不機嫌そうに腕を組んでいる。
「それは商売などで儲けている家門からは多くの税を取りたてる、ということだったな?」
「そうです」
 発言をしたのは領地の産業が順調で、懐が潤っている領主だ。短い肯定に、明らかに気分を害したように貴族は顔を歪めた。
「それでは商売をする意味がなかろう」
 周りの貴族派がうんうんと同調する。だがセオドアは真顔のまま首を振った。
「いいえ、税金が多くなると言っても、儲けのすべてを没収するわけではありません。あくまで収入の多い者の税をほんの少しだけ増やそう、というものです」
「ほんの少しなどと。収入が減るのは同じだろう。それでは我々の貴族としての品位が落ちるではないか」
 ようは贅沢ができなくなるからいやだ、という意味だ。そうだ、と両隣からも同意する声があがった。
「その件について、俺からも意見がある」
「ナッシュ侯爵、どうぞ」
「辺境の領地は、交易で栄えてはいるが、国境警備の維持費がかかっているだろう。単純に収入に応じての課税では困窮するのではないか?」
 ただ我儘で反論しているのではない。そう主張するナッシュ侯爵に、ヒューバートが微笑んで頷いた。
「その通りだよ。だからね、各家門の事情を鑑みて、生活に必要な金額や、特定の出費に関しては、税金をかけないっていう特例を設けようと思うんだ」
「なんですと?」
 心配はいらないよ、と笑うヒューバートは、ちらりとセオドアに目線を送って続きを促す。
「今は、領民の数と領地の面積に応じて税をかけていますからね。特に目立った産業のない領地でも、広ければ税が高い。これでは困窮する家門がいるのも当然です。今回の変更は『より税金を搾りとること』ではなく、『困窮する者をなくすこと』を目的としているんですよ」
 そのために、多く稼いでいる者の税負担を増やしてバランスを取ろうというものだ。一度の説明だけでは理解しきれなかったらしい貴族派の者たちは顔を見合わせる。
 だが、反対するばかりでまともに取り合ってこなかった貴族派と違い、国王派の者たちはすでに何度も検討を重ねているのでうんうんと頷いている。
「税をかける対象から外されるのは、国境の防衛にかかる費用、それから国のための寄付などが該当します。さらには一定金額以下の収入であれば、税金そのものの免除もあります」
「なんと……」
 会議室内が一瞬にしてどよめいた。困窮する者がいなくなるように、とはいっても税金を払わなくてもいい者が出てくるとは思いもよらなかったのだろう。
「寄付、寄付ねえ……」
 ぶつぶつと呟いてにやりと笑ったのは、貴族派の一人だ。
 ずる賢い彼は、寄付金で調整すれば税金を逃れられるかもしれないという可能性に早くも気づいたようだった。そこのところは寄付金の上限額を設けるなどの調整で、抜け道をふさぐ予定である。とはいえ、今は甘い汁が吸えると勘違いさせておいたほうが法案を通しやすいだろう。
 どよめきの中で、慎重な面持ちなのは中立派の貴族である。
「税金を免除するなんて、それでは示しがつかないのではありませんか」
「そうですな、民草には税を納めさせてこそでしょう。義務をなくせば上を恐れ敬う気持ちがなくなりますよ」
 中立派の指摘に対し、ナッシュ侯爵がしかりと頷く。
「ノブレス・オブリージュですよ。それを国の指針とするのです」
「はっノブレス・オブリージュなどと……」
 ナッシュ侯爵は鼻で笑う。
「それではやはり税収が減るのではあるまいか」
「ううん、トータルでは増える予定だよ。試算ではこうだね」
 ヒューバートが、試算額を書いた紙を貴族に回してみせる。簡易的なまとめだが、主に平民の商人からの税収が増えるために総額では収入が増える見こみだった。
「増えた分の税収を、王都と辺境の間の道路の工事費に当てます。行き来が楽になれば、ますます商売はしやすくなり、国が栄えるでしょう」
 雨が多い時期に、通行が困難になる道も整備予定に入っている。季節を問わず通りやすくなるのは、売り上げを上げるためには重要だろう。
「それこそ、今までは特定の時期しか入手できなかった辺境の珍味のほかにも、辺境の鉱石も仕入れやすくなるし、逆に王都の細工品を流通させるのも活性化するだろうね」
 珍味と具体例を出されて、ナッシュ侯爵が苦虫を噛み潰したような顔になった。珍味の件でティムがもの知らずを露見させたことに関しては、侯爵も把握しているだろう。
 あの一幕を知っている周囲の者がくすくすと笑うのに対し、さらに不機嫌そうな表情になる。
「今まで道の整備は各地の領主がすべてを負担していました。そこに国の補助が加わるのです。今よりも負担が少なく、よりよい道に整備されるのですから、トータルで考えれば、いい話では?」
「うむぅ……」
 悪い話ではない。そう唸るのは、辺境と王都を結ぶ地の領主だ。彼は貴族派である。
 辺境との行き来をする者たちが落とす金で栄えている領地だから、国の金で甘い汁を吸わせてやると言われれば心が動かされるだろう。
「しかし、寄付なら税がかからないとは……貴族が下々の者に施しなどと」
 貴族派の考えでは、民とは搾取してナンボだ。だがその考えはもう古い。
 貴族派の老人がぼやけば、隣に座っていたヴィクターがふっと息を漏らした。それで一瞬場が静かになる。
「施しこそ貴族の『特権』でしょう。これは俺の妹の言葉ですがね」
 ヴィクターが自信満々に言う。彼が前々から寄付を積極的に施していることはすでに新聞記事で周知の事実である。孤児院支援による返礼の恩恵を受けていることも。
 さりげなく胸元を彩る刺繍入りのクラバットも、その返礼品の一つである。それを見つめながら、中立派の老人が「ふむ」と呟く。
「……妻が、最近、寄付活動はよいものだと言っていましてな」
「まさか……貴殿もでしたか……」
 ざわざわとしながら、中立派の人々が話し合っている。
「私はこの改革に賛成だ」
「ええっ」
 いち早く賛成の声をあげたのは、もともと貴族派だった家門の男である。最近うら若い後妻を迎えたばかりで、贅沢しきりの生活を送る筆頭のはずだった。
「……妻が、ノブレス・オブリージュはよいものだと言っていてね……」
 照れている。つまり流行りもの好きの奥方は散財よりも『ノブレス・オブリージュはかっこいい派閥』に入ってくれたようだ。
 大変によろしい趣味である。夫婦のいちゃいちゃ仲良しの流行もなかなかによく影響している。
「しかし! 結局は貴族が損をするのではないか!」
「いやそれは……!」
 もうここからは会議室内は大騒ぎである。議事進行そっちのけで、貴族たちが好き好きに話しはじめた。
「特権……」
「返礼品」
「税が減らせる……」
「道の整備は……」
「儲けが増えれば税が」
 議論は紛糾している。寄付は良いものだから、寄付金のぶんだけ税が免除されるのは魅力的だろう。それに道の整備による収入増加の見こみも、やはり捨てがたいらしい。
 だがやはり典型的な貴族派や収入が元から多い貴族は税負担が増えることに文句を言っていた。
 逆に改革も悪くないという空気を醸し出している者も複数いる。
 ナッシュ侯爵だけが口を引き結んで議論に参加せず、不機嫌そうな顔だ。
 パンッパンッとセオドアが手を叩いて注目を集めたところで、笑顔のヒューバートが黙るよう皆を威圧する。
「そろそろいいかな?」
「議論が平行線のようですし、そろそろ採決を取りましょう」
 セオドアが周囲を見回し、一様に貴族が黙ったのを確認してから頷く。
「税制改革に賛成の方は、手を挙げてください」
 すっと挙がった手が、半数近い。とはいえ少しだけ半数に足りていないようだ。
 だが中立派の者はまだ周りを見ながら迷っている様子が見てとれる。
 もちろんナッシュ侯爵は腕を組んだままで手を挙げる気配すらない。あまつさえ、隣の貴族がおずおずと手を動かしたところでギロリと睨んで止めさせていた。
「意見が割れているようだね……」
 そう言ったヒューバートが、ちらりと玉座を仰ぎ見た。そこでずっと黙ってなりゆきを見守っていた王が、鷹揚に頷く。
「ああ、これを伝え忘れておったな。税収が増える分、余からの下賜も増えるであろうよ」
 王の言葉に、迷っていた中立派の顔が途端に輝いた。
 国王が愛用する品を授かるのは貴族としての栄誉である。わかりやすく言えば、ゴシップ好きの貴族の間ではいわば人気アイテムで、自慢になるのだ。
 ここでナッシュ侯爵に睨まれて躊躇していた貴族派が、きりっとした顔で手を挙げる。現金なものである。
 それでもちょうど半々になったくらいだろうか。王の言葉は魅力的ではあるものの、税負担が増える中立派の貴族はいまだに迷っているふうだ。
「ふむ……」
 国王が会議室を見回して、顎を撫でる。その声音は酷く低い。
「もう一度、議論をする必要があるようだ。皆の者、手を下げなさい。今回の議題について、今日、結(・)論(・)が下されるまでは、この場を辞することは叶わぬと心得よ」
「……陛下」
 その発言は、国王が望む税制改革が決議されなければ、会議を終わらせない。必ず改革を押し通す、という意味だろう。
 もちろん、国王にはその力がある。国王の独断で法を制定すること自体はできるのだ。
 とはいえ、それでは議会を開いている意味がない。貴族に支えられて成り立つ王政なのだから、強要は後々の不和の種になりかねないのだ。
 ヒューバートがたしなめる声をあげたが、国王はそれきり、議論を進めるようにとでも言わんばかりに黙りこむ。
 おかげで会議室には、しん、と不気味な沈黙が下りた。
「……会議が長引くのは、少し困りますね」
 静寂を破ってぽつりと呟いたのは、セオドアである。国王に向いていた視線が、一斉に堅物宰相のほうへと注がれる。
 彼は今日の会議の間、終始真顔であった。だが今は、眉間に皺を寄せている。
「いえ、すみません。私情でした。続けましょう」
 衆人の注目の中、あっさりとセオドアは言って、議題に戻ろうとする。だが、ぱっと中立派の貴族が手を挙げて、身を乗り出した。
「私情、ですか!? お聞かせください! どんな事情なのか……!」
 セオドアに発言を促されるまでもなく、目をらんらんと輝かせた貴族が言う。彼は先ほど迷った末に手を挙げなかった一人だが、ゴシップ大好き貴族でもある。
 その彼と目があった瞬間に、セオドアは眉間の皺を深くした。ちらりとヴィクターとヒューバートの顔を見比べて、大きなため息を吐く。
 実はと言えば、議論が拮抗した際に、事前にヒューバートたちと取り決めていたことがある。最後の一手が必要なのであれば、セオドアがなんとかしよう、と。
 それが今だ。
『せっかくの武器を、利用しない手はないよね?』
 渋るセオドアに対し、その案を出したのはヒューバートだった。
 以前は政略だと割り切って、使えるものはすべて無駄にせずにやってきたセオドアだったが、イヴァンゼリンへの想いを自覚した今では少し違う。
 彼女への偽りのない想いを政略のために利用するのはいささか気がひけた。
 そう、つまり、『最後の一手』とは宰相夫妻のいちゃらぶアピールである。
 とはいえ、こうなってはもう渋ってもいられない。
「……イヴが、いえ、妻が……」
 その言葉を紡いだ途端に、会議室内に先ほどとは違った緊張感が走る。いや、期待だろうか。ごくりと誰かの唾を飲みこむ音が聞こえた。
 そんな中でセオドアの眉間の皺はますます深く刻まれる。だが、険しさに反して頬がやや赤くなった。
 照れなどではなく、イヴァンゼリンを利用することへの申し訳なさと、多少の怒りからくるものだろう。
 しかし、周囲の目にはあの真顔か渋面しか見せない堅物宰相が羞恥心を覚えているように映るのだ。
 中立派の貴族はわくわくと続く言葉を待っている。
「今日はその、早く、帰ってきてほしい、と」
「それはいけませんね!」
「ええ、ええ!」
 途端に静かだった会議室内がわっと沸く。
 どうやら質問をした中立派の貴族は、『宰相夫妻を応援し隊』だったらしい。しかも他にもいたらしく、やけに興奮して頷きあっている。
「宰相殿! もう一度決議を! ええ、今すぐ決めましょう!」
「お願いします……!」
 口々に催促されて、ぐっとセオドアは口を引き結んだ。
「……税制改革に、賛成の方は挙手を……」
 セオドアが言い切る前に、ざっと勢いよく貴族たちの手が一斉に挙がる。それも過半数だ。
 さっきまでさんざん文句を言っていたはずの貴族派の者も交ざっている。ゴシップ大好きにもほどがあろう。
 だが、決定は決定である。
「…………過半数のようですね」
 片手で顔を覆って、わずかな苦渋をにじませる堅物宰相に、会議室の中は盛り上がる。
「うむ、賛成が得られたな。これで税制改革は採用とする」
 満足そうに国王が言い、拍手と共に会議が終わりを告げた。ナッシュ侯爵が眉間に皺を寄せていたが、もはや貴族派の誰も気にしていなかった。
 こうしてイヴァンゼリンたちの政略結婚の一番の目的、国王派を増やし税制改革を成すという目的は達成されたのであった。